二章二節
早朝、まだ人々が眠りに就いているであろう時間に、ギルは起き、身支度を整えていた。
(俺の家に何かあるのだろうか?あるとしたら一体・・・いや、考えるのは後だ。先ずは行動だな)
ギルは装備を整えると、音をたてないよう、静かに宿を後にした。
ギルの家は住宅街から少し離れた場所に建っていた。
特別な理由はなく、ただ土地が安かったため、そこに家を建てたのだった。
それなりの資産はあり、裕福なほうではあった。
とはいえギルは騎士にはなったが貴族ではない。
特別な後ろ楯や莫大な資産等、何も持っていなかった。
始まりは一番地位の低い従騎士だった。
ただ、ひたすらに、実直に任務をこなしてきた。
地道な努力、優秀な実力、その結果得られたのが聖騎士の位である。
だが、貴族でない以上資産には限りがある。
出来るだけ安くしようとするのは当然のことだろう。
反対に、ラズニールは小さいとはいえ、貴族の家系だった。
普通なら平民と貴族では仲良くなど出来ないだろう。
事実、ギルを快く思わないものは多くいた。
平民であること、実績を挙げること、言い出したらきりがない。
だが、そんな風潮は何処吹く風か、不思議と2人は気があった。
時にはライバル、時には友として、お互いを高め合っていた。
いつしかそんな2人を見て、周りもギルを騎士として認めるようになっていった。
(ラズニールのおかげで今の自分があるんだ、だから友の願いは俺が必ず叶えてみせる!)
昔の事を考えながら歩いていると、いつの間にか家の前に着いていた。
家は出ていった時と変わらずに建っていた。
ラズニールの親友である自分の家だ、荒らされた挙げ句に燃やされているかもしれないと思ったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
ならば、ラズニールが隠した証拠はまだ、ここにあるのかもしれない。
周りに誰も居ないことを確認しつつ、扉に近づく。
鍵は・・・掛かっている。
無理やり開けようとした形跡もない。
ギルは鍵を取り出すと、それを差込み、扉を開けた。
素早く家に入ると、鍵を内側から掛けなおした。
灯りをともし、辺りを見渡してみる。
・・・行く前と変わりないように見える。
やはり誰も中には立ち入らなかったようだ。
「さて、何処から探したものか」
ラズニールが隠すとしたら何処だろうか?
机?ベッド?いや、そんな場所に隠すわけない。
わかりにくい場所か?、思い付かないが。
ふと、2人で食べた最後の夕食の事を思い出す。
「ラズニールの持ってきたグラタン、旨かったな。それにパンと酒だったかな。最高の夕食だったな」
それと同時に1つ思い出すことがあった。
(そういえば、酒は2本持ってきた。だけど空けたのは1本だったな。それを持ち帰ってなかったな・・・)
ギルはおもむろに食品棚を開けてみる。
干し肉や自分の買った酒瓶と共にそれはあった。
「これか?ただの酒瓶に見えるな」
試しにかざしてみるが、特に変わったところはない。
これは関係なかったのだろうか。
落胆しつつ、瓶を戻そうとしたギルはあることに気付いた。
「少し軽い?」
見た目ではわからないが、確かに軽い。
外側から見た感じでは、瓶一杯に入っており、蓋もしまっている。
もしやと思い、ギルは蓋を開けてみた。
・・・やはり仕込み瓶か。
中は2重になっており、内側には、小さな鍵が入っていた。
記憶を辿ってみるが、やはり覚えがない。
恐らく、これが証拠に繋がる鍵なのだろう。
「見たことのない鍵だな、大きさからして箱か何かか?」
思い当たるような物を、ギルは知らない。
どこに何があるのか検討もつかない。
(何か手掛かりはあっただろうか?・・・駄目だ、思い付かない)
その後もしばらく家の中を探してみたが、それらしきものは見つからなかった。
「・・・そろそろ明るくなってきたな。一旦戻った方がいいか」
ギルは紙を懐に大切に仕舞うと、家を後にした。
宿に戻ると、あらためて鍵を見直してみる。
鈍く光る鍵、それ以外何もわからない。
(何か忘れてないか?何か・・・)
自分は何か忘れている、そんな気がする。
何だ、いったい何を・・・
立ち上がった拍子に、ギルのポケットから指輪が転がり落ちる。
「そうだ!指輪だ。家族のことがショックで忘れていたんだ」
落ちた指輪を拾い上げ、観察してみる。
外側は火で焼かれ、変色していたが内側は綺麗な銀色のままだった。
「結婚指輪だな、ラズニール・・・」
ラズニールはこれを家族に届けて欲しかったのだろうか、だが届けることは出来なかった。
「・・・すまない、ラズニール」
唇を噛みしめるギルの表情は、悲哀と後悔に包まれていた。
悲しい表情のまま、外側に彫られている文字を見てみる。
・・・エリス、ラズニール。
やはり結婚指輪のようだ。
(もう見たくない)
ポケットに仕舞おうと思い、指輪を摘まむと、内側を触った指が凹凸を感じた。
あわてて内側を見てみると、なにやら文字が彫られている。
「これは?いや、もしかすると・・・」
恐らく、鍵の相方の場所の手掛かりだろう。
文章は短いが、知らなければ絶対にわからない言葉。
ギルは少し微笑みながら呟いた。
「ラズニール、お前という奴は・・・」
優しい表情を浮かべながら、指輪を握り締めた。
指輪には以下の文章が彫られていた。
【誓いの場所】
これだけでは、どこを指し示すのかわからないだろう。
だが、ギルには何のことかわかった。
いや、ギルにしかわからないことだった。
「あいつと友情を誓いあった場所か」
少し考えてみる。
間違いなく、あの場所だろう。
ギルは確信し、手に持っていた鍵を見つめた。
「すぐに行くとしよう。だが、その前に」
そう呟くと、ギルは床に膝をつき、祈りを捧げ始める。
「聖神リーファ様、私は聖騎士でありながら、復讐のため、この手を血に染めるかもしれません。勝手ではありますが、聖騎士の名を汚さぬよう、私は黒騎士ディーンとして行こうと思います。どうかお許しください。長きに渡る加護、まことに、ありがとうございました」
そう言うと、ギル改めディーンはすくっと立ち上がった。
彼に迷いはない。
あるのは真実を突き止め、友の願いを果たすことだけだ。
(さあ行こう、今より俺は黒騎士ディーンだ!)
黒いマントをなびかせ、漆黒の鎧に身を包んだ騎士は部屋を後にする。
ここから彼の第2の人生が始まるのである。