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一章

王都から、遠く東に位置する小さな村〈ザイン〉

ギルは痛む体を引きずりながら、そこに向かっていた。

何度か訪れたことはあるが、顔はおぼえられていないだろう。

何処で身元がばれるかわからない、だからこそ、この村を選んだのもある。

どのくらい歩いただろうか、ギルの体は限界に近づいてきている。

無理もない、治療もせずに歩き続けたのだから。

常人ならば既に気を失うか、最悪死んでいてもおかしくないのだ。

だが、それでもギルは足を止めない。友との約束だけが、彼を突き動かしていた。

ふらつく足で歩き続けたが、もう限界のようだ。ギルはその場に倒れ込んだ。

(動け!頼むから動いてくれ!俺は約束を果たすんだ、こんなところで倒れるわけにはいかない!)

それでも前に進もうと、ギルは手を伸ばす。

(前に、なんとしても進むんだ。俺は・・・死ねない!)

ギルの強い想いは届かず、そのまま、意識は遠退いていった。


・・・・・・何か音がする、何だろう?それに傷に触れているものがある。

ギルは少しずつ目を開いていった。

木で造られた天井が、目に映り込んでくる。

そして、怪我や火傷を手当てしている、ローブ姿の女性に気づいた。

「あ!気がついたのですね、良かった。貴方、村の近くで倒れていたんですよ」

そう言うと、女性は安心したように、手当てを続ける。

「ここは、ザインか?」

ギルが女性に尋ねる。

「そうです、見つけてから3日経ちました。このまま、目を覚まさないかと思いました」

女性は優しく答えた。

(そうか、村の近くまで来ていたのか。倒れた俺を助けてくれたんだな)

「助けて貰ったようだな、ありがとう。俺は・・・」

名前を名乗ろうとして、ギルは言葉を飲み込んだ。

名乗るわけにはいかない、どこで足がつくかわからない。それに、この件に巻き込んでしまうかもしれない。

そう思ったギルは、偽名を名乗ることにした。

「俺はディーン、旅の者だ」

ディーンとは、子供の頃に読んだ本に出てきた人物の名前である。主人公ではなく、敵役の名前だったりするのだが。

「ディーンさんですね、私はエミリアといいます」

「助けてくれてありがとう、世話になったようだな」

「いいえ、怪我している人を助けるのは当然のことですよ」

微笑むエミリアを見てギルは思う、優しい女性だと。

同時に、やはり巻き込まない内に、ここを去ろうと思った。

「手当てをしてもらって助かった。行かなくては」

ギルは体を、ベッドから起こそうとした。

刹那、激痛がギルの全身を襲った。

「うぐ!はあ、はあ・・・」

無理な体で歩いてきたからだろう。身体中が痛い、引き裂かれそうな程だった。

「起きたら駄目です!死ぬところだったんですよ!」

怒鳴るエミリアに、ギルは再びベッドに寝かされた。

「だが、行かなければならないんだ。既に3日も経っているというのに、寝ているわけにはいかない」

「気持ちはわかりますが、今動いたら死んでしまいますよ!良いのですか!!」

(寝ているわけにはいかない、だが死ぬわけにもいかない。どうすればいい・・・)

苦悶の表情を浮かべるギルに、エミリアが話しかけた。

「あと1日待ってください。そうすれば、もう少し良くなりますから」

そう言うエミリアに、ギルは少し疑問に思った。

なぜそんな事がわかるのだろうか?自分の体のことだが、とてもではないが、直ぐに良くなるようには思えなかった。

「なぜ、そんな事がわかるんだ?」

エミリアは寂しそうな顔をすると、ポツリと呟いた。

「私、魔女なの。と言っても薬の調合に長けた魔女、魔法は使えないのよ?」

この世界には魔女と呼ばれる者がおり、特殊な魔法を操る魔女と、何かしらの調合に長けた魔女の二種類が存在する。

彼女等はその特異性から、時に差別や迫害の対象となる。

そのため、人里を離れ、一人で暮らしていることが多い。

エミリアのように村に住んでいるのは、かなり珍しいことであった。

「貴方に使った薬は、私が作った物なの。貴方の意思の強さと、私の薬の効果を合わせれば、あと1日あれば大分良くなると思ったからよ」

おそらく、エミリアは魔女であることを知ってほしくなかったのであろう。

疎まれる存在の魔女、彼女も例外ではなかったのだろう。

「ごめんなさい、貴方だって魔女は嫌でしょ?でも明日までは我慢して、そうすれば動けると思うから…」

悲しそうにしているエミリアに、ギルは言った。

「エミリアが魔女だろうとなかろうと、俺を助けてくれたことに変わりはない。他が何と言おうと、君は俺の恩人だ。それに魔女以前に、君はエミリアという優しい一人の人間だよ。助けてくれて、本当にありがとう」

エミリアの目に涙が溢れ、床に落ちていった。

「そ、そんなことを言われたのは初めてです。ありがとう、ございます。本当に、本当に嬉しいです!」

ギルはそんなやり取りに少し照れ、目線を下げた。

今まではローブに隠れて見えなかったが、涙を拭う際に見えてしまったのだ、腕にあるたくさんの傷が。

おそらく、隠れて見えない場所にも傷があるのだろう。ローブは傷を隠すために身に着けていたようだ。

このとき、初めて彼女の置かれている状況に気づいた。

今まで、どんな辛い目にあってきたのだろうか、ただ、他の人と違う所があるというだけで。

それに比べ、俺は平民の家に生まれたとはいえ、騎士になり、何不自由なく生きてきた。それが当たり前だと信じて。

この復讐が終わったら、虐げられている人々を助ける者になるのも、いいかもしれないな。

「エミリア、明日までよろしく頼むよ」

「はい!こちらこそお願いします!」

そうして1日が過ぎていった。



次に目が覚めた時は、夜になっていた。

ギルは目を覚ますと、体を起こしてみた。

痛みはあるが昨日ほどではない、確かに彼女の言う通り、動くことは出来そうだ。

「体はどうですか?」

エミリアが声を掛ける。

「ああ、なんとか動けそうだ。君の薬が効いたようだな、ありがとうエミリア」

そう言いながら、ギルは頭を深く下げた。

「本当に良かったです。では、すぐにでも?」

「ああ、急がなければならないんだ」

「・・・わかりました。少し待っててください」

エミリアは奥の部屋に入って行った。

数分後、荷物らしき物を持って、エミリアが戻ってきた。

服と旅袋、それにこれは・・・

「鎧か?しかし、俺の鎧とは違うようだが」

鎧を見つめるギルにエミリアが話し掛けた。

「貴方の鎧はボロボロで、とても使える状態ではありませんでした。代わりになるかはわかりませんが、昔、父が使っていた全身鎧です」

そう言って渡された鎧を受け取ったギルは、全身鎧らしからぬ、軽さをしていることに気づいた。

「これは、マジックアーマーか?」

驚くギルに、エミリアが頷く。

「こんな高価な物は受け取れない」

ギルが断ったも無理はない、魔法による祝福を受けた武具は高価であり、貴族といえど、一介の騎士が持てる物ではなかったからだ。

祝福を受けた武具は、物によっては国が一つ買えるといわれているほどだ。少なくともこの鎧なら村一つ買ってもお釣りが来るだろう。

「私にはもう必要のない物です。ディーンさんに使っていただいたほうが、父も喜ぶと思います。だから、気にせずに受け取ってください」

「しかし・・・」

それでも渋るギルに、エミリアが続ける。

「なら、旅が終わったら返してください。それまで貸すということにしましょう。それならどうですか?」

ついにギルも押し負けたように、笑いながら答えた。

「わかったよ、なら、ありがたく借りるとしよう」

そう言うギルに、エミリアは笑顔になり、嬉しそうにしている。

「エミリア、世話になってばかりだな。済まないな」

「いいえ、こちらこそディーンさんの言葉に救われました。これはそのお礼だと思ってください」

エミリアの言葉を聞いて、ギルは嬉しい気持ちになった。

助けられたのはこっちだというのに、この人はどこまで俺を助けてくれるというのか。感謝してもしきれない。

(この恩を返せるだろうか?いや、返さなければならないな)

そんな想いを、ギルは心に誓ったのだった。



ギルはエミリアとしばらく話をした後、彼女の用意した服に着替え、鎧を身につけた。

まるで闇に吸い込まれそうな、真っ黒に染め上げられた鎧であった。

「本当に世話になったな、ありがとう」

ギルが出入り口の扉の前に立つ。

「どうかお気をつけて。それとこれを」

エミリアが旅袋をギルに渡しながら言った。

「食料と薬、それに少ないですが、お金を入れておきました。王都まで遠いですが、これで行けると思います」

「何から何まですまない、助かるよ。次に会った時に、この恩は何倍にもして返すよ」

そう言葉を返すギルに、エミリアはもう一つ、ある物を手渡した。

それは黒い鞘に包まれた剣であった。剣自体も黒く、また、軽いことから魔剣だと気づいた。

「これは私が長年魔力を注ぎ込んできた剣です。道中、丸腰では危険ですので、これを持っていって下さい」

ギルはもう断らなかった。笑顔を浮かべ、その剣を受け取った。

羽のように軽く、宝石のように光る剣を、ギルは腰に差した。

「ありがとうエミリア、また会いにくるからな。元気で暮らせよ」

「さよなら」と、旅立っていくギルを、エミリアは笑顔で見送った。

少しずつ小さくなっていくその姿を、エミリアはずっと目で見送った。

やがてギルの姿が見えなくなった。

数時間が経ち、ギルも大分この村から離れたことだろう。

エミリアが悲しそうに呟いた。

「ディーンさん、私嘘つきなんです。私は調合に長けた魔女ですが、魔法も使えるんですよ」

「貴方は他の村人のことを疑問に思いませんでしたね」

確かにギルは他の村人のことを聞いたり、村人がいないことを疑問に思わなかった。

「あれは、私の魔法で貴方の興味や関心をそらしていたからなんですよ」

エミリアは、ボソボソと独り言を続ける。

「この村には私以外、誰一人いないんですよ」

「だって、私が皆を殺したから」

そう言って、エミリアは笑っていた。悲しそうに・・・

「父が亡くなって、魔女の母と二人で生きてきたわ。でも父が亡くなって、私たちを庇い、守ってくれる人はいなくなった。毎日毎日、石を投げられた、そしてある時、石が母の頭に当たったわ」

唇を噛みしめ、エミリアは話続ける。唇からは血が滴っていた。

「当たりどころが悪く寝たきりになり、そして良くなることなく、そのまま母は亡くなった」

「それでも村の人たちは私に石を投げ続けた。だから、いつか復讐をしようと思ったの」

エミリアは夜空を見上げ、空に語りかける。

「3年、私は生きた、ただ生きた。復讐せず、ただ生きたわ」

「ずっと石を投げられ、ひどい言葉も言われた。でもここから離れられなかった。ここには、父と母が眠っていたから」

「先週、墓が壊されたわ。私たちには死んでも安息はないの?私たちが何をしたというの?」

「許せなかった、遂に復讐を果たす時だと思った」

握った拳からも血が滴り落ちていた。

「薬を作るより、毒を作る方が簡単だった。それを井戸に混ぜ、1日待ったの。遅延性の毒だから気づかれることはなかったわ」

「次に見たときには皆死んでいたわ。大人も子供も老人も、男も女も皆平等にね」

「その直ぐ後に、村の近くで倒れている貴方を見つけたの。助けたのはほんの気まぐれだった・・・」

エミリアの目に涙が溜まっていく。

「でも貴方のうわ言を聞いて、この人も何かを抱えてるんだと思ったの」

「何か力になれたら、そう思って、気づいたら助けていた、見返りが欲しかった訳じゃなかったのに・・・」

「そうしたら、ありがとうと貴方は言ってくれた。何年も言われたことのなかった言葉だった。それどころか優しいとまで言ってくれた」

エミリアの目から涙が溢れ落ちていく。

「私は、嬉しかった。だけどもう戻れなかった、理由はあれど、村の人たちを殺したのだから・・・」

「私の罪は消えない、でも貴方の力になりたい。だから、私に出来ることを全てしたの」

「あの剣は、復讐を誓った日からずっと魔力を注ぎ込んできた剣。貴方の目的が復讐かはわからないけど、必ず貴方の力になると思う。それにその剣は、私の分身みたいなもの、いつでも貴方の側にいられる気がするから・・・」

エミリアは目閉じて、深く深く、深呼吸をした。

「ディーンさん、最期に貴方に会えて幸せでした。貴方の言葉と優しさは絶対に忘れません」

「貴方の旅に、幸あらんことを」

そう言い終えたエミリアは、ある呪文の詠唱を始める。

「我は魔女、時を操る者なり。我は願う、命ある者は砂と化すことを。我は求める、命なき者は地に還ることを。そして全ては無へと帰さん!」

〈風化の魔法〉魔女の間でもそれは禁呪とされており、詠唱者の命と引き換えに、周囲を荒野へと変える魔法であった。

死体が砂となって消えていく。家を始めとする建物も、同じように音もなく砂と化していった。

そこにあった歴史は砂となり、風と共に消えていった。

(ディーンさんに、もっと早く会っていたら違ってたのかな・・・違う未来もあったのかな・・・幸せに、なりたかったなあ)

エミリアの体が少しずつ砂となっていく。禁呪はエミリアをゆっくりと砂に変えていった。

(もし、生まれ変われるなら普通の女性に生まれ、普通に生きたいな。それにもう一度、ディーンさんに会いたいなあ。一つでいいから叶わないかな、ふふふ)

優しい笑顔を浮かべながら、エミリアは消えていった。

そこには初めから何もなかったかのように、荒野だけが広がっていた。

辺境の村〈ザイン〉この村は人知れず、この世界から消えていった。一人の女性と共に・・・


ギルは王都を目指し、歩き続けていた。

とはいえ、体は本調子ではないため、休み休み歩いていた。

「このペースなら一週間あれば到着出来るだろう。食料も十分あるし大丈夫だな」

袋の中を確認しつつ、ギルは歩く。

(エミリア、次に会うときは、たくさんの食べ物と色んな装飾品等持って、会いに来るからな)

叶わぬ想いを胸に抱き、ギルは村の方角を見つめた。

「さて、急がなければ、な。あいつの家族が無事だといいが・・・」

体を王都の方角に向けると、再び歩き始めた。

司祭長ガルバルドは、秘密を知った者やその関係者を皆殺しにするほどである。

その家族にも、魔の手が迫っているかも知れないのだ。

妻子が無事であることを祈りつつ、ギルは急ぎ、王都に向かうのだった。

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