序章
ある者は、主に裏切られ。ある者は、友に裏切られ。そしてある者は……
信じたものに裏切られた者は何を思うのか。
悲哀、憎悪、憤怒、様々な感情に支配されるだろう。
そしてそれは、復讐という黒き思いへと変貌していく。
復讐に囚われた者は、ただそれだけを追い続ける。
復讐の先に何が待っていたとしても……
大地は炎に包まれ、草木は燃え尽き、灰と化していた。周りには人間と思わしき物体がいくつか転がっていた。
そこから飛び立つ巨大な生き物がいた。それは真紅に染まった鱗、太く、力強い尻尾。そして二本の角と鋭い爪を携えていた。
<火龍フレアボルグ>、その龍は姿を見せるとき、炎を纏った息で大地を焦がし、数多の生き物を焼き尽くすと言われている凶悪な暴龍であった。
この惨状は火龍によるものであろう、生存者はいないように見えた。
いや、生存者はいたようだ。必死の声が聞こえてくる。
「ラズニール!どこにいる?返事をしてくれ!」
男の声が響き渡りその直後、か細い返事が返ってきた。
「ここだ、ギル・・・」
男はラズニールに近寄り、そして絶望した。
見るも無惨な程に、ラズニールの体は焼けただれていた・・・
「嘘だろ?ラズニール、お前には奥さんと子供が待っているじゃないか、こんなところで死ぬわけにはいかないはずだろ!なのに何で・・・・・・」
男は地面を力の限り殴り、そして、涙を流した。
「ギル、聞いて欲しいことがある・・・」
息も絶え絶えに、ラズニールが声を出す。もう長くはない、気力だけで生きているようなものだ。
「駄目だ!話したらお前の体が!」
「いや、どうあがいても助からないさ・・・。だから、聞いてほしい・・・」
声を出す度に、ラズニールの体から生気がなくなっていく。
「今回の任務は仕組まれてたんだ・・・」
「どういうことだ?俺たちは運搬の任務中に偶然、火龍に襲われたのではないのか!?」
驚くギルに、ラズニールは言葉を続ける。
「俺は、国王に頼まれ、ある不正を探ってい・・・ごほ、がはあ!」
ラズニールが大きく咳き込み、血を吐いた。
「ラズニール!」
心配するギルをラズニールは制した。
「探すうちに、ある人物にたどりついた。ガルバルドだ・・・」
「ガルバルド?それは、王宮の司祭長のガルバルドのことか?」
尋ねるギルの問いかけに、弱々しくラズニールは頷いた。
「奴は様々な悪事に手を染めて、私腹を肥やしてい、る。ごほ、う、ぐ、そして、それに感づいた者や告発し、ようとした者を裏で消していた」
「そんな、ガルバルド司祭長は品行方正で通っている方だ、にわかには信じられない・・・」
<ガルバルド司祭長>、彼は王宮内において、騎士団長と同等の地位にあり、内政や外交などの政治に大きく関わる。騎士団長が武における腹心ならば、司祭長は知における腹心であり、到底悪事を働くような人物には見えなかった。
「だが、本当のことなんだ・・・証拠が集まり、告発をしようとした矢先、突然の任務で、これだ・・・」
「確かに急な任務だった。急遽、決定した感じだったが」
思い返せばおかしなことは他にもあった。まず、何を運ぶのかを教えてもらえなかった。今までに運搬の任務は何度もあったが、荷物の中身がわからないことなど一度もなかった。それに、なぜ自分を含め、ラズニールと親しい者ばかりが組まれたのか。
「まさか、口封じの為か?」
思い立った結論に、ギル自身が驚いていた。
「積み荷に、龍の子供が、入った、箱を忍ばせてあったんだ。龍の死体、は人間にはわからな、い臭いがするという・・・」
「その臭いに気づいた火龍が俺達を襲い、隊を壊滅させたということか!」
怒りのあまり、ギルの握った拳に爪が食い込み、血がしたった。
「すま、ない、俺がもっと早く気づ、いていれば皆、死なずに済ん、だのに・・・」
後悔と苦しみ、ラズニールに残されたのは、残酷な現実だけだった。
「ラズニール・・・」
「ギル、俺の、親友よ、俺の、俺達の仇を取って、くれ。隠してある、不正の証、拠を使え・・・」
「わかった、任せてくれ。仇は必ず取る!」
「悪い、な、頼んだぞ。ふう、何か、疲れた、なあ、他になに、かあった、かなあ?ああ、そう、だ・・・こ、こ、の指、輪をお前に・・・最後にあい、つらに会いた、かったなあ、エ、リス・・・リ、リーン・・・ごめん、な、こん、な父さん、を許して・・・く・・・・・・」
ラズニールの手が力なく空を目指し、そして地に落ちた。
「ラズニール!起きろ、起きてくれ!ラズニーール!!」
ラズニールが再び目を覚ますことはなく、ギルの叫びが空に響き渡った。
しばらくして、ギルは立ち上がった。そして初めて、自分の体の痛みに気づいた。
「あぐっ、痛い、うう・・・」
左腕をそっと確認して見た。
ひどい火傷だった。顔も痛い、おそらく顔も火傷を負っているのだろう。
それでも、軋む体を引きずりながら、歩き始めた。
この場に居続けるのは危険だと判断したためである。
いつ、司祭長の息のかかった者が来るかわからない。もし万が一、見つかれば命はないだろう。
司祭長はラズニールと親しい者をまとめて始末しようとした。誰が情報を共有しているかわからなかった、だから可能性のある者を全て消そうとしたのだろう。
ならば自分だけが姿を消し、死体が見つからないのでは怪しまれるかもしれない。
そう思ったギルは、黒焦げになった死体に近寄った。
それは見る影もなく、到底誰のものかわからない状態だった。
「すまない、死してなお、その身を利用する俺を許してくれ」
そう言うと、ギルは身に付けていた剣を近くに置いた。
ギルの剣は王から与えられた特殊な騎士剣であり、調べればすぐにわかるものであった。
この死体をギルのものだと錯覚させるために剣を置いたのだった。
「これで、俺が生きているとはすぐにわからないだろう」
再び、ギルは歩き始めた。
「確か近くに村があったはずだ。そこで治療してから王都に戻ろう」
ギルは村へと、体を引きずりながら歩いていった。
彼の、長い復讐への旅が幕を開けたのだった。