表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二月二十一日・漱石の日

作者: AgAz

動物、素晴らしいじゃないか!

愛らしい顔、美しい体のライン、純粋無垢な心。

「素晴らしい!素晴らしいぞ!我が嫁、サーバルよ!」

「煩い!一体何時だと思ってんの」

ごん、と頭部に一発。フライパンで殴るまでしなくてもいいじゃないか。

「何故、こんな時間に起きている我が嫁よ、まだ起床まで一時間はあるじゃないか」

「今日は、仕事です。昨日、三回も、言ったでしょ。シフトが入ったの。それで起きてみたらまだアニメ?隠れてこそこそやんじゃない。このくそオタクが。近所迷惑なんだよ」

そんなこと言って、ぐっすり寝ていたじゃないか。と言いかけて、やめた。現実の嫁は起こらせると怖いのだ。

「大体あんた、こんな奴の何処がいいの?朝からこんな騒いで、馬鹿じゃないの?」

「馬鹿とはなんだ!それにこんな奴とは!それは僕の勝手だろう」

「いっつもそればっかり」

「こっちだって仕事をしてるんだ!」

「それが許される要因だとでも?」

「僕の勝手だ、と言いたいんだ」

「そんなに画面の中のこいつが大切なの?」

「そうだよ、君とは違って優しいからね、彼女は」

「君とは違って?」


ごいん。


言葉を間違えた。そう気づく頃には視界が暗くなっていた。



「よう、黒いの。もしもし、生きてるか?」

目の前の白い物体が話している。何だろう、と思っても視界がうまく戻らない。嫁は仕事に行ったのか。

「あ、ああ、生きてます。多分」

はは、と軽く笑った後で白いのが答えた。

「返事が出来たら生きてるってことだ。理由は知らんが、生きててなんぼだからな」

「助けて、くださったのですか。これは本当にありがとうございます」

「はは、いいってことよ、それにほおっておけば死体を見て嫌な思いをするのは明白だしな」

死体…?

「死体って何ですか?」

「お前、まだ寝ぼけてんのか。そりゃずっと寝てたら喰われるってのが相場だろう?なんせ、俺は今日飯食って腹いっぱいだったからなお前を喰う必要はないし」

お前を喰う?喰うって、あの「喰う」?いやいやまさか、

「ああ、これは夢ですか。質が悪い。また寝かしてもらいま…」

「おい、死にてぇのか?」

「いや、死ぬって言ってもですね、流石に夢を信じるほど暇じゃないっていうか」

「…とりあえず立て。話はそっからだな」

そこには鬼気迫る何かがあった。仕方ないので立ち上が……れない。

え、


吾輩は猫になっていた。


これはどういう…?

「おいおい、どういう…」

立てない。それはそうだ。猫なんだから。顔を上げる。白いのも、猫だった。

「四足歩行、できるか?」

「あ、いえ、できますよ」

「そうだよな、何年猫やってんだよ」

はは、と笑っていたけれど、顔は笑っていなかった。

三分だよ。とい心の中で呟いて、腹が減っていることに気が付いた。猫も腹が鳴るんだ。すこし驚いた。

「腹減ってんのか。そりゃいい。腹が減ると頭も回んねぇからな。いいとこ連れて行ってやる」

白いのは、多分目の前の不気味な奴が変な理由を付けたかったのだろう。勝手にそう決めつけると、ついてこい、とも言わんばかりの顔で一歩踏み出した。


連れてこられた場所は大通り一角のファミリーレストラン。の、裏口。

彼はいわゆるここの常連だった。

一声鳴くと、店長らしき人が出てきた。

「ここのオーナーだ。しっかり顔覚えてもらえ」

そう一言言うと、オーナーの出した残飯を食い始めた。

それに倣おうとしたその時、ニュースが僕の動きを止めた。

「今日明け方、住宅街のアパートの一室で男性を殺し、すぐに警察に捕まった女性を逮捕しました。女性は容疑を認めており、警察は殺人罪として引き続き捜査を、検察は起訴することを明らかにしました。中継です」

そこの中継場所は間違いなく自室だった。そして、殺されたのは、

「僕…?」

「どうした、腹減ってんじゃねえのか?」

いても立ってもいられなかった。理由はわからない。ただ、動かなければ、と思った。

「どうした」

「あの被害者は僕なんです。それで、僕は生きていて、妻が逮捕されて、それで、」

自分でも何を言っているのかわからなかった。

「落ち着け、どういうことだ、お前は人間の言葉がわかんのか?」

「人間ですから。」

「それはいい。で、なんで急いでんだ?」

「わかりません、急がなくちゃいけない気がするから」

「どうして」

「…どうしてでしょうか」

「なんだ、お前はどこ行きたいんだ!」

はた、と止まった。そうだ、どこ行けばいいんだ。

「おまけに何がしたいかはわかってねぇ、もっとわかりやすく説明しろ」

「でも、」

「でももかかしもねぇ、そもそも何したいかわかんねぇのに動くのは愚の骨頂だ。いいからわかるように説明しろ」


僕は事の顛末を話した。ばらばらだったかもしれないけど、できるだけ誠実に言ったつもりだった。もちろん、人間だったことも何もかもを包み隠さず。

「俺の名前はシロだ」

突然白いのがそういったのは僕が話し終わって十秒ほどたった時だった。

「舎弟は十人いる。なかなかにできるやつらだ。信頼している」

「どうしたんですか」

「お前はどうしたい?」

「え?」

「それをすべて話して、お前はどうしたかったんだ」

「た、助けたいですけど」

「なんで?」

「なんでって言われましても、なんとなく、としか」

はぁ、と短い溜息をついた後、シロはこう言った。

「そもそもなんで嫁はお前のこと殴ったか、わかるか?」

「サーバルちゃんはそんなことしません!現実のほうは、なんででしょうね、」

「ああ、じゃあなんでお前ら結婚したんだ?」

「え、好きだったから。」

「なんでこうもこっぱずかしいことは言えんのかね、そしたらわかるだろう」

「…なにが?」

「嫁は、自分のことをもっと見てほしかったんだろう。だからついかッとなってしまった。しかもお前は、俺が嫁って言ったとき一番に出てきたのは架空の方か。問題はお前だな、もっと嫁を見てやれよ。寂しかったんだろう、気付いてやれよ。…ここまで言って、お前がしなきゃいけないことは?」

「助けること」

「もっと根本的な問題だ。謝ることだ。そして許してもらうことだ。それをするには、今からお前はお前自身を人間に戻さなければいけない。それをすれば少なくとも殺人罪ではなくなる。傷害罪にはなるかもしれんが、やれるか?」

「…何を?」

「何をって、元に戻るんだよ」

「簡単に言ってくれますけど、どうやって?しかもなんでそんな詳しいんですか。」

「やり方は知らん。やってみれば行ける」

「そんな勝手な…」

その時、シロが吠えた。鳴いたのではない。吠えたのだ。そしてすぐに、茂みから猫が出てきた。

「話は聞かせていただきました。えっと、クロ、さん?」

「ああ、チャシブ、クロでいい。所詮一時的なものだ。それより、戻せるか?」

「はい、ボス。ところでクロさん、私は舎弟のチャシブです。どうも初めまして。突然ですが、まずは会議室へどうぞ。ニュースでも見ましょうか」


会議室、と呼ばれたその部屋で、チャシブはひたすらインターネットを使っていた。

「えっと、チャシブさん?どこと繋いでいるんですか?」

「ああ、これですか?近くの民家の無線を拝借してます。パスワードが本体表記なのはやはり人間の浅さですよねぇ」

とても楽しそうなのでいいが、拝借された民家はたまったものではないだろう。使ってもいない量の金額も払っているのだから。

「あ、その心配はないです。使っている無線は毎日変えています故」

抜かりがなくて少し気持ちが悪い。神出鬼没のギガ数泥棒。気を付けよう、と思った。

なるほど、なるほど、そういうことなんですね、へぇ、

煩い。近所迷惑だ。と思ったが、寝てしまった。妻もこんなに疲れていたのだろうか。


いいですか、チャンスは一度きり。被疑者として法廷に立つその瞬間しかないのです。議長の合図の前には突入です。

気が付くと、突入当日。しかも裁判所前。僕はまだ猫。

「え、え、ちょっと待ってください。作戦って何ですか?」

「いまさら何言ってるんです。あんなに張り切っていたのはあなたでしょう。逃げないで、行きますよ」

その時、警報音が鳴った。

「第一隊作戦完了の合図ですね。行きましょう」

それはいわゆる陽動作戦だった。第一隊が警報を鳴らし、第二隊が警備を走って撹乱する。その間に第三隊、即ち僕らの入場だ。簡単だった。記憶が断片なのも簡単すぎたからかもしれない。

シロとチャシブがドアを開けてくれた。無事、猫のままであったが妻の下についた。

僕は今日、気持ちを語りに来た。

「ごめんな、迷惑かけて。気付いてやれなくて。仲間が教えてくれたよ、僕が悪かった。議長。このように被害者は死んではいません。告訴の棄却を求めます。悪かった。だからまた一からやりなおしてくれないか」

場の空気が凍った。多分、侵入者と被害者が生きていたことへの驚きだろう。そう、これで僕らはまたやり直せる。傷害罪になろうが、いくらでも待ってて…

「なんで猫がいるの!」

え?



気が付くと、僕は天井を見上げていた。

横では妻が騒いでいた。

天井?

「あ、おはよう、調子はどう?頭痛くない?」

「シロは?」

「え?」

人間だった。人間に戻っていた。

「裁判は?裁判はどうなった?ごめんな、本当にごめん。僕が至らなかった。許してくれ」

僕の態度に相当面食らったのだろう。口を開けたまま止まった後、

笑い出した。唐突に。その態度を見て、自然に僕も笑えてきた。けれど、そうだ、伝えられてない。

「あのさ、ごめんな」

「ん?あぁ、こっちもごめん。やりすぎた」

「ありがとう」

「どうしたの?キモいんだけど」


にゃー


「うわわわ、まだいたの?てかどっから入ってきたの?出てって」

どこかで見たような白猫だった。「シロ」と呼ぶとにゃ、と返して、少しどや顔して、窓から出て行った。

「ところで、仕事どうしたの?」

純粋な疑問だった。

「え、あぁ、キャンセルになった、なんて、」


本日は二月二十二日、漱石の日。

文部省からの賞与をかの夏目漱石が受け取らなかったことで制定されました。

今回は漱石さんにちなんで猫の話を書きました。それでは、今日も一日頑張っていきましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ