打上花火と蛍の光
登場人物(読まなくても大丈夫です)
向井蛍:杉山涼太とは古くからの友人。冷静沈着なところがあり、何かを興味を示すことは少ない。
杉山涼太:後ろ髪を鳥のように長く伸ばしている。行動派で思いついたら、周りを巻き込んででも実行する。
宮野楓:人の心が色になって見える力がある。(詳細は『ホタルイカ』本編参照)
藤一成:計算で未来を予測することができる。(詳細は『ホタルイカ』本編参照)
以下の登場人物は『ホタルイカ』にも出てきていません。
優希:女性に好かれる女性。成績優秀、スポーツ万能。声も中性的で、一見男性に見える。
亘:少年のように純粋で、身長が低いこともあり、小学生と勘違いされることがある。
「打ち上げ花火を見に行こうぜ。」
蝉が鳴りやまない夏の最盛期だというのに、長い後ろ髪を切ろうとしない男がそう言った。夏の補習という名前の全員参加の追加授業に駆り出された俺たちは、授業の合間の十分休みに、購買前の自販機でアイスキャンディーを買ってきて、齧っていた。
「そうだな。見に行こう。今日だったか。」
「来週だな。どうせ、おまえ暇だろうし、一緒に行こうぜ。」
目の前の男ー杉山は何がおかしいのかヘヘッと笑うと、またアイスキャンディーを一口齧った。
「他に誰も来ないのか。」
正直、面倒だと思った俺は、もし誰も他に来ないんだったら断ろうと考えていた。
「なんだよ。おまえもやっぱり花火は女の子がいなきゃダメだっていうのかよ。」
杉山が珍しく複雑な表情を見せる。困惑、期待、諦め?よく分からない。
「そうだ。女の子がいなきゃだめだ。」
理由を考えるのが面倒だった俺は、適当に返事をする。すると、杉山は鳩が豆鉄砲を食らったように、目をまん丸にした。
「……いつのまに、そんなやつになったんだ。おまえは、女の子なんて微塵も興味なさそうだったのに。これはあれか。思春期か?ついに、蛍も思春期という悪魔に飲み込まれてしまったのか?」
杉山が大袈裟に天を仰ぐ。それと同時に、先生が教室に入ってくる。俺は、アイスキャンデイーを一気に頬張る。
「いよ。待たせたな、蛍。」
浴衣を着た家族、カップル。とにかく、浴衣を着た集団が集まる駅前で、杉山は私服で右手を挙げた。駅前で配っていた団扇を仰いでいた俺も、私服だった。
「そんなに待ってない。」
「おまえが女の子が来ないと来ないってわがまま言うから、連れてきたぞ。」
そう言った杉山の隣にいたのは身長180cm近くある、Tシャツをスタイリッシュに着こなしている女性だった。
「いやあ、誘ってくれてありがとう。」
中性的な声色をした女性ー優希は、照れ笑いを浮かべている。確かに女性だが、彼女はいわば女性にモテる女性だった。
「やっぱりな。」
「ん?なんか言ったか?」
なんでもない。俺がそう言うと、三人で歩き出した。
花火会場となる河原には、すでに多くの人がブルーシートを敷き、座って待機していた。みんなが一方向を見ている。
「晴れてよかったね。」
優希が綿菓子を手にして、誰に言うでもなくそうつぶやく。
「そうだな。」
俺はそう言うと、ラムネを一口飲む。
「まあ、俺がいるからな。」
杉山が右手に焼きそば、左手にたこ焼きを持ち、右の小指には金魚の入ったビニール袋、左の薬指には水風船をぶら下げ、頭には特撮ヒーローのお面をつけていた。
「……ほんと、おまえはすごいよ。」
「だろ?俺が関与したイベントで雨が降ったことがあるか?」
それを聞いた優希が、フフと噴き出す。それを聞いた俺も、思わず口角が上がった。
「それより、どこで見ようか?」
優希が、辺りを見渡す。開始5分前。どこを見ても人だらけで、空いているスペースはなさそうだった。
「ふははは。俺をなめるなよ。ちゃーんと、席は別動隊に確保してもらっている。」
杉山が胸を張る。ちょうどそのとき、俺のスマホが鳴る。藤からだ。
「なんで、蛍のところに連絡するんだよ。」
「もしもし。」
「ああ。蛍君。おそらく、そのあたりに私服の二人組が見えると思うのですが。」
そう言われ、辺りを見渡すと、確かにみんなの向いている方向とは違う方向をきょろきょろと見渡す私服姿の男性が二人いた。そのうちの一人と目が合うと、そいつは大きく手を振った。俺は、思わず笑みを浮かべる。
「ごめん、待った?」
合流するや否や、優希が両手を合わせて謝る。
「いや、計算通りですね。」
藤は、杉山から焼きそばを受け取る。
「いやあ、大変だったよ。」
隣に座っていた亘は、小さく笑みを浮かべながら、杉山からたこ焼きを受け取る。
「ご苦労。やっぱり、持つべきものは友達だよな。」
杉山はそう言うと、ブルーシートに座る。俺と優希もその隣に座る。
「なんで、みんな私服なんだよ。」
「浴衣なんざ、めんどくさくて着てらんないだろ。浴衣着なきゃ、花火見ちゃいけないわけでもあるめえし。着たいやつは着ればいいんだよ。俺たちは、着なくても夏を満喫できる。」
「世の中には、甚平というのもあってだな。」
「なんだ?サメの話か?」
俺は、小さくため息をつき、何でもないと答える。いつの間にか、ラムネを回し飲みされており、残りわずかだった。
「でもさ、男の子って浴衣の彼女と一緒に花火見るのに憧れるんじゃないの?」
優希が綿菓子を食べ終え、割り箸を咥える。そんなさりげない仕草でも様になるのだろうか。学校の女子は優希の些細な動作でも騒ぎだすらしい。
「まあ、漫画の読みすぎだよな。そんなのはファンタジーだ。」
杉山が即答する。
「嘘ばっかり。」
その声に、杉山はゆっくり振り返る。そこには、紺色の浴衣を着た女性が立っていた。
「相手がいなかっただけでしょ。」
浴衣を着た女性―楓が勝ち誇ったような笑みを浮かべて、杉山を見下ろす。杉山は言葉を失う。しかし、それは一瞬のことだった。
「おまえは彼女じゃない。覚えとけ。」
その言葉とともに、夜空に花火が咲いた。周囲から感嘆の声が漏れる。次々と打ちあがる花火。いつのまにか、みんな夜空に浮かんでは消える花火に引き込まれていた。
「ありがと。」
俺は横を見る。隣に座っていた楓の表情は変わらず花火を見ていた。亘と優希が笑顔で花火を見ていたのは、きっと花火が綺麗だったからじゃないだろうな。
俺は、ラムネの瓶を口に運ぶ。液体が口に流れてこなかった。俺は、中身を確かめようとラムネを花火に照らした。ラムネの瓶越しに見る花火は、輪郭がぼやけて何が何だかよく分からなかった。
こんにちは。大藪鴻大です。今回は、『打上花火』をテーマに短編を書いてみました。
舞台が『ホタルイカ』の世界なのですが、『ホタルイカ』を読んだことのない人でも読めると思います。
どうせ書くなら、全く関係のない話にするよりも、少しでもつながりのある話にしようかなと思い、『ホタルイカ』の登場人物たちに、打上花火を満喫してもらいました。
これを読んで、「なんだ、所詮フィクションか。」とも思われそうですが(というかフィクションですが)、もしフィクションが現実になったら満更でもないでしょ、というメッセージを込めております。まあ、フィクションなんですけど。
それでは、またどこかで会いましょう。バイバイ!