二
何かが見える、というのは何も見えない状態より百倍はましだったが、しかしすぐに安心するには早かったのだと思い知らされた。というのも、光源は出口のすぐわきに一つだけ、頼りなく揺れているだけだったからだ。ちいさなランタンだった。その明りにぼうっと照らされて、目の前の少し奥には黄土色のレンガの壁があるのが分かった。そして、それと向かいあわせのこちら側にも、同じレンガの壁が続いていた。灯りに照らされた一対の壁は左右にずっと広がっている。そして光の届かぬ先には……黒々とした闇が続いていた。俺はしばらく呆然とした。理解とか、判断とか、そういう以前にまったく頭が動かなかった。「何が起こっているのか分からない」、というのではなく、うまくは言えないが、「何が起こっていることで、何が起こっていないのかという区別がつかない」。こういう状況にたいする認識の枠組みを、俺は持ち合わせていなかった。
その混乱から抜け出ることは簡単ではなかった。何かを考えようにも、何を考えたらいいのか。思考の網を頭の中で振り回すが、何度繰り返してもそれは何にも引っかかることなく、むなしく空をきるようだった。ふと自分の体に目をやる。ひどく汚れてはいたが、俺は「森」で目を覚ましたときと同じ学生服を着ていた。ただ、何かおかしい。そうだ、俺は学ランを着ていたはずだ。しかし今は長袖のYシャツになっている。ここに来るまでに脱がされたらしい。だが、そのほかは元のままだ。ベルトもあれば靴もそのまま。何気なくポケットの中を探ると、いつからか入れっぱなしにしていた黒のボールペンが出てきた。今はおそらく何の役にも立ちそうにないそれをポケットにしまう。
取りあえず、目を覚ました部屋も調べてみるべきではないか、ふとそう思い、俺はランタンを手にすると先ほどの木製の入り口をくぐって再び部屋の中に入ってみた。多少の期待があったが、それは裏切られた。部屋の中には何もなかったのだ。これはその言葉通り、明りに照らされた、その立方体の部屋の中には、先ほどポケットにしまったボールペンほどの大きさのものすら一つも見当たらなかった。ただの、空っぽの石の箱である。俺は諦めて外にはい出す。
部屋の外でランタンを手に掲げて周りを照らしてみる。右、そして左。どちらもかがみ合わせのように全く同じ光景が続いている。部屋の外に横切っているここは、通路であるらしい、ということにやっと思い当たった。俺は少しばかりためらっていたが、ふうっ、と息を吐いた。そのかすかな音が壁に吸い取られる。壁と闇は、静寂を破る者を許さない、そういっているようだ。俺は心を決め、右側の道を進み始めた。