四十四話 地霊殿円団
和也とさとりは、一緒に大広間に向かっている。さとりによると、もう既に夕食が用意されているらしい。先程鳴った鐘は外の時間が分からない地底の住人に夕方を知らせるものだ。この鐘は朝、昼、夕と住人に日の経過を知らせる為に鳴らされているという。陽の光が差さない地底の世界では自身の健康を守る為にも役立っているが、妖怪しかいない地底でそれは必要なのかと疑問に思う。少し思考を変えれば、妖怪でも人間と同じようにずっと起きていることは出来ないということか……。
こんな鐘だけで思考が広がる自分は何かの哲学者なのだろうか?考え続けてもとことん意味が無い事案に思考を走らせていると、さとりがそんな和也を哀れに思ったのか話をかけてきた。
「人間も妖怪もそこまで差はないということですよ」
「差が無いって言ったら大袈裟かもしれないけど……まぁ、生活様式は似ているのかな?」
「妖怪は元々人間の生活を模倣しているに過ぎません。私達は言うなれば過ぎた力を持ってしまった人間ですよ」
さとりの発言に和也は口を噤んだ。
どうも、さとりと話していると妙に重い話になってしまう。さとりもそんな空気を察してか僅かに足を早めているように感じる。
「すいません……昔から空気を読むのが得意な方ではないので……」
さとりは気まずそうに謝りながら、大広間の扉を開く。その先には豪華な料理と勇儀や燐……あと、小さな鬼と背に翼を生やした少女が一人。
「ついでなので紹介しましょう。あの小さな鬼は伊吹萃香、羽が生えている子は私のペットの霊烏路空といいます」
扉を開けてすぐのところでその話をしていたのだが、声が聞こえたのかさとりが今しがた紹介した二人が自分の席を立ってこちらに向けて歩いてきた。
遠目から見ても明らかに身長差がある二人。大柄なさとりのペットの空に対して、人間の子供と同サイズの鬼の萃香という奇妙なコンビは和也達の前で立ち止まる。
まず最初に挨拶したのは鬼の萃香の方だった。
「会うのは初めてだな人間の少年!」
大きな瓢箪を持った幼女が男勝りな口調で和也に腕を挙げ、挨拶をする。初対面とは思えない気さくな挨拶に少し気押される和也だったが、そんな和也を後目に萃香は訝しげに和也の全身をじろじろと舐めるように見回す。
「お前……すっごい弱そうだな!」
萃香は和也の目を見ながら、満面の笑みでそう言い放った。悪気が一切感じられない子供の純新無垢な笑顔が和也の心に会心の一撃を叩き込んだ。
「確かに鬼から見たら俺なんてカスのカスだし?記憶もない訳の分からない不審者だし?生きてる価値ないよな……」
「ま、まぁそれはそうかもしれなませんがとりあえず置いといて……お空も挨拶しなさい?」
「さとりさん?少し酷くないですか?」
辛辣なさとりの言葉に項垂れている和也を不憫に思ったのかお空と呼ばれた羽根の生えた大柄な女の子に挨拶を促した。
「私は霊烏路空みんなからはお空と呼ばれている!よろしく頼むよ!」
これまた萃香と同じように声高らかに挨拶をするお空。
「あぁ、よろしく!」
和也もこれに答えて簡単に挨拶する。
お空の体格は男の和也から見ても大柄だった。鬼の勇儀と比べても同等、いやそれ以上かもしれない。だが、勇儀のような威圧感は一切感じられない。穏やかというなんというかほんわかした雰囲気を纏っている。
そんな二人は和也に挨拶をするとそわそわしながら自分の席に戻っていった。
「二人共待ちきれないようですし、私達も席に座りましょう」
さとりに促されて指定された席に座り、目の前に置かれた豪勢な食事に目をつける。周りを見渡すとこの食卓についた殆どの人物が、食事に首ったけである。今か今かとフォークとナイフを持ち、飯にありつけるのを待っている。
料理は豪華……。
人間の和也が全くの違和感を感じないぐらい……。
ここ最近、妖怪と人間の差を気にすることが多くなった。麗奈と生活していた時はそんなこと気にすることもなかったが……。
その原因は分かっている。
ルーミアとの戦闘だ。
何故だろう……。
ルーミアと戦う前にも妖怪とは散々戦ってきた。でも、俺の中でルーミアとの戦いは他の妖怪とは違うものだったのか?
確かに、ルーミアとのは俺と比べ物にならないくらい強い。
そう、強いのだ。
普通ならああして会話するのも躊躇われるくらい…。それなのに俺は普通にルーミアとたわいも無い冗談を言ったり、言われたり……普通の人みたいに。
考えれば考える程、思考がぐちゃぐちゃに糸みたいに絡み合っていく。さとりの話を聞いて余計に考えてしまう。
「……和也?」
隣の勇儀の声が自分の世界に入れ込んでいた和也を現実へと引き戻した。
「あぁ、なんだ?」
「飯…食わねぇのか?」
「え……?」
そこで和也は他のメンバーが既に食事に手をつけ始めていたことを知る。勇儀以外のメンバーは自分の食事に集中して、手を動かしている。
「どうした?もうホームシックにでもなったか?」
「ま、まさか!少し考え事してたんだよ」
和也の料理にこっそり手を伸ばそうとしている勇儀の手を払い除ける。ニシシと勇儀が笑っているが、それをぎこちない笑いで返す。
ようやく目の前の料理を食として見れるようになった和也はフォークで肉料理に手をつける。なんの肉かはよく知らないが、中に刻み玉ねぎが入っているソースに肉をつけて一切れ口頬張る。
「すげぇ、美味いなこの料理!」
「その料理、私が作ったんだぞ」
「嘘!?」
「うん、嘘」
うそかよ!と間髪入れずに和也がつっこむ。それを見て、勇儀はケラケラ笑っていた。その光景を見ていた周りの人間がそれに釣られて笑っていた。
だけど、ただ一人……。
心を読める少女は黙々と食事を続けていた。
「それにしても、勇儀は妖怪の山には行かないのか?」
「どうした、藪から棒に」
酒を徳利から豪快に飲み干している勇儀に徐に聞いた。
「だってさ、妖怪のほとんどが山に集中してるって聞いてたかららさ。鬼っていえば、妖怪の最上位種だろ?ここにいるのが単純に気になった」
「それは難しい質問だな……」
食事中の談話としてすごく適当に聞いていたが、勇儀が言葉を渋っている様子にハッとした。
「まさか、答えずらかったか?」
他人のプライベートに首を突っ込むのは、まだ顔を合わせたばかりの人に聞くのは失礼だったと失念していた。幻想郷は自分に自信があるのかべらべらとプライベートを話す人が多いせいで遠慮が無くなっていた。
主に例を挙げるとしたら、ルーミアは会う度に今まで何してたとか事細かに伝えてくるし、服は脱ぐし……。魔璃さんは、お喋りだから体重や自分の胸の事などを話してくる。それは、自分が男として見られてないからで……。旦那さんがいる魔璃さんだとしても、それは男として傷つく。
それはともかく、自分が勇儀の事をデリカシーもなく聞いてしまったと反省していた。
「心配しなくていいぞ!勘当されたとかではないから」
「じゃあ、どうして……」
「まぁ、なんだ……友情ってやつだ。これ以上は言わねぇぞ!」
小っ恥ずかしそうに料理を貪る勇儀。鬼の図体からは想像もつかない表情に少しビビっと来た和也はもっと根掘り葉掘り聞きたい気持ちを抑えつつ、向かい側にいる鬼にも聞いてみた。
「萃香はどうなんだ?」
「んっ?なふとなふ」
料理を口に頬張りながら、情報量がない一番つまらない答えをする萃香。だけど、可愛いからオッケーです。
会話が一段落して、自分の料理を食べようと皿を見る。
「ん?」
今までそこにあった料理が無くなっている。けれど、自分が食べた記憶はない。
もう一度同じ料理を取り皿に盛り、しばらく様子を見守った。すると、徐々に料理が無くなっていった。
「そこに誰かいる?」
自分の椅子の隣、その空間に手を伸ばすと何も無いはずの所で手が止まった。そして、微かに布のような感覚がある。
「あら?バレちゃった!」
和也が触れている何も無い所から声がする。そして、同時にその姿が足元から顕になっていく。
すらりとした細い足……花の柄が入った緑色のスカート……鮮やかな緑髪に合う鴉羽色の帽子を被る幼い少女。
この女の子はさとりと似た顔をしていた。
少女を見た瞬間、和也はこの子をさとりの話に出てきた子だと確信していた。
「もしかして、こいしか?」
「うん!よろしくね〜、和也!」
そう言って、いきなり抱きついてくるこいしにびっくりする和也だったが彼女の髪から漂う甘い香りに誘われて我が子のように抱き返す。
他のメンバーから見たら、明らかにおかしな状況だが完全に二人の世界に入っている。
「ってか、なんで俺の名前知ってるんだ?教えたっけ?」
「ううん……私が一方的に知ってるだけ〜。でも、やっと会えた!」
こいしは嬉しそうに頬擦りしてくる。和也にとっては嬉しい限りだが……。
「やっと?」
「うん!人里で見た時に気になって、一度話してみたかったの!」
太陽のように眩い笑顔でそう答えるこいしに、和也の内に眠る母性というか、父性というか……今まで感じたことの無い愛おしいという気持ちが奥底から湧き上がってるくるのが分かった。
「そうかそうか!俺も会いたかったぞ〜!」
そして、何を血迷ったのか和也はこいしの両脇を掴むと、まるで自身の子供をあやすかのようにこいしに負けず劣らない笑顔で高い高いをする。他のメンバーからすると呆気に取られる凄まじい情報量の出来事だが……。
「私の妹に何してるんですか……?」
「あっ……」
こいしの姉であるさとりの表情は極めて冷静だ。いや、冷静というより最早冷酷と言わざる負えない冷たい瞳で見つめられていた。
だが、さとりの気持ちを表情から読み取るに自分の妹が知り合って間もない男におもちゃにされているというより和也への嫉妬心……つまり何故自分が出来ないことをお前はやっているのか、その問いかけの表情に見えた。
こいつもそっち側か……そんな事をとある吸血鬼姉妹と被せて想像する。
とりあえず、名残惜しいがこいしを丁寧に地面へと着地させる。
「悪い……俺もどうかしてたわ」
「いいよ、楽しかったから!」
その満面の笑みを見て、再び気持ちが昂りもう一度高い高いしそうになったが恐らく思考を読んでいるさとりが眼を光らせるこの場では出来ない。
異常な空間は一度落ち着き、食卓に先程までの静寂な重々しい空気が戻ってきた。それを察したさとりは和哉の隣にいたこいしを自分の隣に直させる。
「こいし、改めて和也さんに挨拶しなさい」
「うん!」
こいしはさとりの隣から数歩ほど下がると自分の緑色のスカートの裾をつまみ、左右に少しだけ広げる。そして、少しだけ頭を下げる。その動作は全く不自然ではなく妙に優雅さを感じさせる。
「初めまして、和也。私は古明地こいし……地霊殿当主古明地さとりの妹です」
さっきの天真爛漫な行動からは想像もつかない丁寧な挨拶。その立ち振る舞いは何処かさとりに似ている。その後は相変わらず和也の腕に抱きつくこいし。
「随分こいしに懐かれてるんですね……」
さとりが訝しげに和也を見つめているが、その理由に検討もつかない和也はさとりの視線に苦笑いを返すしかない。
「こいし…和也さんが困っているのでやめなさい」
「しょうがないな〜」
膨れ顔になるこいしは渋々ながらも和也の腕から離れると、空席になっていた椅子に腰をかけた。
「こいし様、お食事はどうなされますか?」
「あぁ〜、大丈夫…お腹いっぱいだから」
こいしは使用人の問いかけぶっきらぼうに答えると、皆が食事しているのを黙って見ているだけだった。
こいしが来る前から粗方平らげられていた料理は食事が再開されるとあっという間になくなっていった。
それではーー。
そう言って、手を鳴らしたのはさとりだった。
「食事も終わりましたので、各々戻ってもーー」
「わぁーい!」
こいしはさとりの言葉を聞く前に席を離れる。そして、脇目も振らず和也の席まで走ってくる。
「か〜ずや!遊ぼ!」
見た目が幼い子からのその言葉には若干トラウマがある和也だったが、腕に伝わる温もりに心を許してしまう。
「それじゃあ、何して遊ぼっか?」
「かくれんぼ!」
「よし、じゃあ俺が鬼やるから隠れていいぞ!」
和也がそう言うとこいしは嬉しそうに部屋を出ていった。
「範囲言う前に出て行っちゃったな。…まぁ、大丈夫か」
こいしの性格を考えると不安はあるものの子供の遊びだと楽観視して、ルールどうり数を数え始める。
その時、後ろから腰辺りの服を引っ張られる。
「どうしたさとり?」
「いえ、貴方に忠告を……と思ったのですがやっぱりなんでもないです」
さとりは意味深な台詞を残すと和也を残して部屋から出ていった。もう、食卓がある大広間には和也以外いなくなり静寂が部屋に浸透していた。
「さて、そろそろ探しに行くか」
何秒数えたかは定かではないが、まぁいいだろうと思いこいしを探しに和也も部屋から出ていった。




