二話 最初の一歩
「では、本気で行きますよッ!」
はぁ〜、どうしてこうなったもんかな?
ここに来てからまだ一日も経ってない。いや、数時間経ったかも怪しい。そして、唐突に幻想郷での最初の戦いが始まろうとしていた。
(記憶もなく、今のところ戦闘経験が皆無の俺が戦う?そんなの負けるに決まってるじゃないか!)
諦めムードの和也の心の中を察する者はなく、幽々子が用意した運動がしやすい格好に着替えさせられ、武器は木刀を渡された。
俺にも妖夢にも自分の剣があるのだが、真剣同士じゃ危ないからと幽々子からの配慮だ。
(まぁ、試合と言ったら普通に木刀に決まっているけどで.....。でも、当たったら普通に痛いんだぞ! )
「お手柔らかにお願いね?」
「いざ、勝負ッ!」
まず、最初はお互い相手の隙の探り合いだ。
.....刀を腰に差しているのを見てもしかしてと思ったが、どうやら妖夢はかなりの手練らしい。構えに一切の無駄がなく、鋭い視線からは殺気がひしひしと伝わってくる。
記憶があった頃は分からないが、ここに来てから戦闘というものをやっていない俺には実戦経験も剣術に対してもなんの理解もない。
試合というからには、男である俺は勝ちを目指したいが圧倒的に多い不利な状態だ。
そんな事を思いながらも、和也は妖夢の足先から下段に構えている剣先を見つつ、最終的に彼女と視線を合わせる。
だがここで、先程まで緊張と不安で固く握っていた手先が緩む。
(あ、あれ?)
分かる.....分かってしまう。
妖夢の隙が手に取るように分かる。何故かは分からない。だけど、分かるのだ。
相手のどこに打ち込めばいいのか、相手の嫌がる攻撃は何か。それが、分かる。
俺は前の世界ではそれなりに剣が出来たらしい。ここで、それがはっきり分かった。
でも、妖夢の隙が分かったところでその後の動き方がさっぱり分からない。どうやら、記憶を失っているせいで自分の戦い方や動き方を忘れてしまっているようだ。
(頭では分かってるのに……!)
そして、俺は膝を曲げ腰を低くし、少々の焦りと苦笑いを浮かべながら真っ直ぐ妖夢を見据えた。
……スキがない。
私は攻めあぐねていた。
和也さんの構えは腰を少し落としたやや下段気味の構え。その構え自体は、オーソドックスで私自身何度も見てきた構えだ。だけど、他の剣士より少し違ったのはその雰囲気だった。
私の知っている人によく似ていた.....それだけである程度強さを測れるほど私の師は強い。和也さんには、師匠と似たような雰囲気を感じる。
どうにか、隙はないものかと和也さんの構えをよく観察する。
そして、私は気付いた。
最初は綺麗な型にはまった構えだと思った和也さんの構えだが、妙な違和感がある。その違和感を具体的には説明出来ない。だが、普通とは違うことは確かだ。
記憶を失っているというのに…恐ろしいものだ。私が予想するにこの人はそれなりの場数を踏んでいる人だ。
剣術には型というある程度の決まった作法が存在するが、作法は作法でしかなく読みやすいというデメリットがある。この構えにはこの構えという風に対抗出来る構えが決まってあるのだが、剣の腕が立つ者ほどその構えを崩して相手に読ませないという工夫が見られる。
剣を取りに行った時から変に思っていたがこの人完全に……。
(……師匠側の人間だ)
あの重い剣を軽々と持ち上げ、そしてこの完璧な立ち姿........正直自分ではこの人には勝てないと思った。でも、私から勝負を吹っかけた手前、引くことは出来ない。
それは、私の剣士としてのプライドが許してはくれない。
良くも悪くも私の型は整っていて一太刀では、崩れない自信がある。
妖夢は、覚悟を決めて一気に和也に詰め寄り下段から上段へと斬りあげる。和也はそれを木刀では受けずに、ステップで軽々躱す。
(避けられた……!)
上段に斬りあげられた木刀の刀先は完全に上を向き、妖夢の腹部ががら空きになる。斬られると覚悟した妖夢に対して、和也の攻撃は来なかった。
(あれ?)
私は正直驚いた。
完全に隙を見せた私に対して和也さんは攻撃をしなかった。一瞬見えたその反応はわざとしなかったのではなくて、どうしたらいいのか分からないという戸惑いの感情が大きいように見えた。
私は柄にもなく、安堵の笑みを浮かべた。
これならいけると調子に乗った私は攻撃を仕掛ける。
妖夢が最初の攻撃以来、積極的に攻撃を仕掛けてくるようになった。どうやら、俺の動きに中身が伴っていないと気付かれたらしい。
俺は妖夢の斬撃を避け続ける。右、左、後ろと避け続ける。避け続けることしか出来ない。そして段々妖夢も俺の動きを捉え始め、刀先が掠れて服が嫌な音を立てる。
これ本当に木刀だよね?
(あー、もう!これじゃあ、埒が明かない!どうすればいい!)
妖夢が放つ剣筋は見事という他なかった。
しっかりと型にはまった一撃が軽やかな音を立てながら飛んでくる。だが、悪いがそのおかげでその一閃一閃は読みやすく、俺でも容易に避けれていた。でも、妖夢がただ一方的に攻めるだけで俺には避けるしか考えが浮かばず進展がない。
俺の唯一の命綱である木刀は妖夢の木刀と打ち合い続けている為に削れてきており、折れるのも時間の問題だった。
「どうしたんです!もっと来てくれて構いませんよ」
「お前分かってて言ってんだろッ!このドSっ子がッ!!」
「わ、私はノーマルですッ!!」
俺の言葉に顔を真っ赤にして既に見切るのに限界がある剣速を、更に速める妖夢。次第にそれに耐えきれなくなる俺の体と木刀。
そして、妖夢は何故か俺と間合い取った。
「試合中にふざけている人には少し痛い目にあってもらいます!見せてあげましょう!お爺様から伝授された私の技をッ!」
妖夢は静かに構えた。
上段に構えた木刀からは、到底発せられるとは考えられない青白く淡い光が集まり出した。炎のようにも見える靄が木刀の刃に当たる部分を包む混んでいる。
俺は直感的にやばい雰囲気を感じ取ったが........もう遅かった。
「【現世斬】」
青白い光を木刀に纏わせながら、大きく振りかぶったその刃を振り下ろす妖夢。
これを食らったらやばいと俺の脳が危険信号を出している。だが、逃げるのが少し遅かった。
空気を切り裂くような斬撃が恐ろしく速さで飛んできて来ていた。
(これは........だめだ)
俺は早々に諦めて目を閉じるが........その後には何の衝撃もこない。恐る恐る目を開けると、身の前には妖夢の技を扇で受ける幽々子が立っていた。
(うーん、あれで人間なのよね?)
幽々子は和也と妖夢の戦いを見ていてそう思った。剣術の方もさる事ながら、あの体のなかに眠っている霊力。そして、霊力の中に微かに混じっている神力にも驚かされた。
基本的に霊力が実用可能な程備えている人間も珍しいが、それに神力も混じっているとなると前例がある人物がある程度限られてくる。
神力を有するのはそれこそ神か、それに仕える巫女しかいない。
幽々子は和也が来る前に言われた、紫の言葉を思い出した。
「あの子はきっと幻想郷で必要になる……か。あながちそれもでも嘘ではないみたいね。それにしても、あの子をどこで拾ってきたのかしら?」
あの子が記憶を取り戻して自分の本来の力を取り戻したら、もしかして私や紫よりも……。
……不思議な少年。
そんな事を思っていると、妖夢が顔を赤らめて間合いを取ったのが見えた。
「まただわ……」
私はおやつで食べていたお団子を一つ食べて皿の上に置き、のそのそと立ち上がり妖夢を止めに行った。
「幽々子ッ!?だ、大丈夫か?」
「まぁなんともないわ。それよりも……」
幽々子が妖夢を睨みつける。
「……すいませんでしたッ!」
妖夢が頭を垂直に倒して謝ってきた。
妖夢が必死に謝ってくるもんだから、俺は慌てて顔を上げるように言った。まぁ、煽ってしまったのは俺なんですけど。
「ごめんね?和也くん 」
「あ、全然大丈夫ですよ」
「和也さん、本当にすいません...」
本当にそう思っているのか真剣な顔で謝ってくれる妖夢。こんな真面目な子に謝らせている俺が情けなくなってくる。
「気にしなくてもいいですよ。俺が弱いのがいけないから」
「まぁ、立ち話もなんだから、居間に戻ってまたお話しましょう。まだ説明する事もあるし」
「わかりました」
移動している時も謝ってくる妖夢を宥めながら、先程までいた居間のような場所まで戻ってくる。
「ごめんね?妖夢は戦闘中すぐムキになる癖があるのよね。その他においては完璧なのに……」
「全然気にしなくてもいいですよ」
和也は苦笑いしながら言った。
(でも、あの技を食らったらどうなっていたか分からなかったな........。今思い出すだけでも、ゾッとする)
そんなことを思ってまた、苦笑する。
「ありがとう。それじゃあまた、色々と説明するわよ」
「さっき、貴方が聞きたがっていたことを話すわ。……えーと、能力についてよね?」
「はい!お願いします」
ようやく聞きたいことを聞けると思うと、心が高鳴る。
「うん、まずこの世界の能力というのは全員が持っているという訳じゃないの。持っている人はひと握りの人達だけ……。そして、そんな希少な能力を兼ね備えている人は総じて幻想郷における有力者になっている傾向にあるわ」
「有力者?」
「えぇ、例えば貴方が会った八雲紫は妖怪の賢者なんて大層な肩書きを付けられて畏怖されているわ。実質的な幻想郷の管理者ね」
「え!?あいつってそんな偉かったの!?」
和也は紫も自分で幻想郷の管理者と言っていたのを思い出した。色々な事があって頭が混乱していたせいで最初は胡散臭いと思っていたが、今考えると一つの世界の管理者なんて役職が大きすぎてどれほどのものなのか想像もできない。とりあえず、すごく偉大な人物なんだと理解した。
幽々子は身を乗り出して驚いている和也をくすくすと笑いながら言った。
「かくいう私やここにいる妖夢もちゃんと能力を持っていて、それなりに偉い方だと思うわよ」
幽々子や妖夢がそれなりの人物であることはこの屋敷や身なりである程度予測していた。着物イコール偉いというのが何故か固定観念化されていたからかもしれない。
「でも、能力って実際どんな事ができるんだ?俺の残っている記憶では空飛んだり、手からビーム出せたり……ってイメージだけど?」
「まぁ、大体間違ってないわ。でも、幻想郷は霊術や魔法がある世界だから手からビームは当たり前のように目にするようになるわよ」
「そ、そうなのか?だったら能力ってどういうものなんだ?」
和也がそう問うと幽々子は腕を組み難しそうな顔をして唸り出す。
「一概にこうであると言える訳じゃないわね……。多くの能力に当てはまる言い方をすれば……そうねぇ〜、世界に干渉できる程の力というのが正しいのかしら?」
「世界に……干渉?」
「紫であるなら何も無い空間にスキマを開くことができる。私であるなら世界から消えた命を誘導できる……。そんな事が出来るのが能力って認識でいいわ」
実際紫がやっていた事は俺が知る普通の人間にはできない事だ。能力ってのは自分が知っているもので例えると超能力というのが一番しっくりくる。逆に現実的に存在しないもので例える事で納得した。
「そういえば、さっきからそこら辺に浮いている白いモヤみたいなのは何だ?」
「これ?これは死者の魂よ」
「……待て。幽々子の能力で操れる命ってまさか……」
「最初に妖夢が説明したと思うけどここは冥界よ?」
(死者の魂?=幽霊?俺がこの世で一番嫌いなのは幽霊やU.M.A、それら類の色々だ。だって嫌でしょ?科学で証明できないものがあるなんてそんなものあってたまるか!)
俺は目に見えるように青ざめて、元いた場所から後ずさる。そんなことより俺を見て、幽々子は幽霊嫌いだというのを悟ってくれたのか気を遣ってくれた。
「大丈夫よ……ここに来る魂は転生を待ついい魂しかないから」
「べ、べつに び、び、びびってるわけじゃないから!」
「そういう風には見えないわね。これでいい?」
幽々子がそう言うと周りに浮いている綿のような何かが自然と消えていった。
和也は胸を撫で下ろす。それと同時にいつの間にかお茶を用意していた妖夢が和也の前に茶碗を差し出す。熱いぐらいのお茶を一口啜ると心が落ち着いた。
幽々子の話をずっと聞いていてうずうずしていた和也は抑えきれない高揚を抑えながら幽々子に聞いた。
「あの?もしかして俺にも……能力って」
幽々子の様子を逐一確認する。
「紫からあるって聞いてるわよ。どんな能力なのかは聞いてもはぐらかされたけどね」
「よっしゃぁぁ!!」
和也は大きくガッツポーズをする。実際の所能力の聞いたのは自分にその素質があるかないかを確認する為だった。その間の過程の話は難しくてよく分からなかったが、とりあえずは自分に可能性があっただけで聞いた甲斐があった。
ガッツポーズをしている和也をくすくすと笑っている幽々子が言った。
「和也くんはこれからどうするの?」
「どうする?」
(そういえば、ここに来て何をしたらいいか紫に聞きそびれちゃったし、何をしたらいいか分からないな。この世界に来させられた理由もわからないし。まぁこのままここにとどまってもいいと思うけど.....)
それは流石に二人に迷惑なので言うのをやめた。
少し考え込んで結論を出した。
「この幻想郷を回ってみたいと思います」
「そう」
幻想郷を回っていたら不意に記憶が戻るかもしれないし。それにこの世界を回って、ここの事について情報収集しなきゃならないしな。まぁ、一番はただ単に面白そうだからだけど。
「あの~?」
「何?」
ここで今一番興味があるものを聞いてみた。
「博麗の巫女ってどこにいるんですか?」
「興味があるの?」
「はい」
「それは何故かしら?」
「何故……と言われると分からないけどなんとなくかな?」
幽々子は少し考え込んでチラチラとこっちを見ながら答えを出した。
「そうね。あそこなら色々と便利だし、あそこにお世話になるなら紫もいいでしょう!」
「いいわよ。行ってらっしゃい!」
そう言うと手を振る幽々子だったが、俺は申し訳なさそうに戻りか細い声で言う。
「あのー?」
「こんどは何?」
「地図貰えませんか?」
「はい。そういうと思って持ってきましたよ」
「サンキュ、妖夢!仕事とが早いな」
妖夢が持ってきた地図を受け取る。それを見てみると詳しく地上の地図が描いてあり、土地勘がない自分でもよく分かるように工夫されていた。
そして、刀や服を着替えてこの屋敷の玄関口まで移動した。
「それじゃあ、博麗神社に行ってみたいと思います」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「…………」
そして、和也は博麗神社に向けて歩き出した。