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七不思議と祓いの旋律  作者: 天城 光凪
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2.泣いている女の子


 くるくるりとシャープペンをまわしながら、黒板に書かれた数式をうすぼんやりと眺める。口から自然に大きなあくびが出る。最近は、部活のせいで寝不足だ。目じりに浮かんだ涙を指の腹でぬぐう。もやっとした胸の重みが、思考回路を鈍らせる。

 立花……立花。多分気にかかっているワードはこれだ。でも、あの子とはほぼ初対面のはずだ。廊下ですれ違うくらいのことはあっただろうけど、会話したのは初めてで間違いないだろう。肥りすぎても細すぎてもいないし、ブスでもかわいいと言い切れるほどでもない。特に大きな特徴のある外見ではない。簡単に記憶のタンスの奥にしまい込まれてしまいそうな子だ。ただ、あの声は綺麗だと思った。透き通ったガラスのような、はかなさと美しさを同居させたような……あの時の会話を頭の中でリフレインして、うんとひとつ頷く。

「宿木、次の問題答えろ」

 世界史の廣瀬に指名され、椅子をがたりと押して立ち上がる。チョークを手に取り、鍵カッコの中身をカツカツカツと埋めていく。途中で力を入れすぎたせいかチョークがぽきっと折れ、教室の隅に飛ぶ。かぁっと顔に熱が集まる。急いで、破片をかがんで拾う。

「あっ」

 その時脳内に何かが蘇った。うっすらと埃が積もった部屋の隅、棚によって死角になるような位置……閃光のように駆け抜けたソレを逃さないように、心にとどめ、授業が終わったら暗部の部室に急がなければと放課後の予定を決めた。



 ジャージとはいえ女の子の服を持ち歩くというのは、くすぐったいような胸を張れない感じがする。紙袋一枚向こうというのが気をそぞろにさせる。どこか上の空で、たまに寝落ちしながら、一日の授業を終え、急いで部室に荷物を取りに行った。

 立花……その名前に感じていた既視感。昨日、夜の学校の見回りで、偶然人気のない場所で見つけた埃まみれのジャージに、印字されていた名前と同じなのだ。緑園高校は学年ごとに色が割り当てられていて、緑色は僕たち一年生の色だ。ジャージの大きさと、名前、それから昼間のあの様子からして落とし物の持ち主があのツインテールの子で間違いない気がする。

 帰りのホームルームが終わったばかりだから、教室にいてくれよと思いながら隣の教室のドアを開けようと取っ手に手をかける。

「私は、やっていません」

 教室内から聞こえた女子の大きな声に思わずびくっと手が上下に揺れる。窓ガラスを覗き込み、音の発生源を探る。見覚えのあるツインテールの女子を囲むように数人の女子が取り囲んでいる。

「はぁ。何言ってんの。この嘘つき」

「泥棒っ」

「あんたがやったって見たっていう人だっているの。言い逃れできると思わないほうがいいんじゃない」

 くすくすといやらしく笑いながら、一人の女子に詰め寄る。

「なによ、その目、ほんと、むかつく」

 一人対多数。それも気弱そうな立花と、クラス内で大きな派閥を持っていそうな女子たち。不利なのは、立花だろう。面倒な物には、首を突っ込みたくない。別に正義のヒーローでも何でもないのだから困っている女の子をわざわざ毎回律義に助けに行く必要なんてどこにもないのだ。

 だというのに、僕の手はゆっくりと何事もないかのように教室のドアを開く。ドアがスライドする音に何人かが、視線をちらりとむける。強気に囲んでいた女子たちも先生が来たのかと思ったのか、剣幕を一瞬だけ変えてこっちを見た。

 先生でもないがクラスメイトでもない。普段では入りしない人間だから物珍しいのだろう。人の視線を複数感じる。

 一番近くにいた男子に、「立花っていう子いる?」と尋ねると、女子の目を恐れるようにチラリと、視線を向け、それから案内してくれた。どうやら僕の想像通りに彼女らはクラス内でかなりの影響力を持っているのかもしれない。放課後とはいえ他のクラスというのはアウェー感がする。自分がひどく場違いなところに足を踏み入れた気がしてざわざわする。先輩はこんな中、平然と僕を引っ張っていたのか。あの人は本当にいろいろと凄い人だと思う。

「私はそんなことしてないって言っているのにっ」

 声をかけようとした瞬間、立花は絶叫するようにそう言い残し、室内から勢いよく飛び出した。途中、椅子に足を取られひっくり返しかけ慌てて直してから立ち去って行った。あんな子が、悪いことを意図的にするようには僕にはどうしても思えなかった。紙ロープをぎゅっと握りしめ、慌てて立花の後を追いかける。途中で、あのメガネの風紀委員長に「廊下で走るな」と口よりもものをいう目で見据えられ、早歩きに変更したためか、それともターゲットがちょこまかと走り回るせいか見失ってしまった。

 鼻をすするような音が上の方から降ってきている気がして、きゅっと上履きを鳴らして、立ち止まる。この先には避難訓練の時にしか使わない屋上への短い階段があるだけで滅多に立ち入らない。

 木の上に上った猫に近づくように、息をひそめおそるおそる登っていく。

「ぐすっ、うっ。どうしてよ。私じゃないのにっ。私が何をしたっていうの。どうして私ばかり困難目に合わなきゃいけないの。もう……帰りたいよぉ」

 水色のハンカチを目元に押し当てて、外敵から身を護るように丸く身を縮めて泣いていた。



 時計の長針と短針がこんにちは、するにはまだ時間が少しだけ早い時間。寮の自室で、出された英語の宿題を片づけていると、発売されたばかりの週刊漫画に顔をうずめていたはず宇野がくるりと椅子を回転させて話しかけてきた。入寮したときには気が狂いそうなほまっさらだったこの部屋も二カ月たった今では統一性のない色であふれかえっていた。シンメトリーに配置されたベッドや机、本棚。しかし、カーテンレールで分かたれた左右は、住人の性格を表すかのようだった。

「学校の教師というのはルックスの良し悪しを関係なしに一定の女子にニーズがあるのはいったいなぜなんだろうな」

「知らん。僕たちが、女子にはガキに見えるからじゃないの。先生の大人の魅力とか?」

 ノートに走らせるペンのスピードを落とさずに適当に返す。同じ量の課題を出されているはずの宇野はどうやらはじめから、僕のやったものを丸写しする気満々のようだ。宇野のためを思うと自力で頑張ってもらった方がいいのだが……たまには、一年中頭がピンクの子の友人に少しくらい現実の冷たさを思い知ってもらいたい。

「そうか。なら、俺も大人の貫禄を手に入れればモテ期到来か」

「できればのはなしだけどな。だいたい、おまえが頑張ったって女子にはかっこつけにしか見えないって、黒歴史を作る前にやめとけ。そうそう、宇野。僕はこれから、外出するから、あとよろしく」

 最期の問題を解き終わると、鞄の中に仕舞おうとしてその手を止める。宇野のためにはならないけれど、こいつの追及をかわす僕のためになるからいいか。いつか、宇野が後悔する日がくるかもしれないが、そのときは昼間の宇野のように腹を抱えて笑ってあげることにしよう。そう思うと口元が緩む。

「いいけど。最近多くないか? まぁ、わかったけど。そんなに割のいいバイトなのか。今度、俺にも紹介してくれよ……やっぱいいや。千歳のその腕ってバイトでだろう?」

「まぁ、ね。ノート映してていいから、先生適当にかわしといて」

「おう。こっちはまかせろ。だけど、鬼の西東に見つかるなよ」

 生徒指導の西東先生は、くわっと目を見開いてよく生徒を追いかけている。赤いジャージと木刀があれほど似合う先生もなかなかいないだろう。まぁ、木刀はさすがに持ち歩いてはいないが、そうしていても誰も疑問に思わないだろう。

 話しながら部屋着をベッドの上に脱ぎ捨て、黒のⅤネックのシャツと白のスキニーパンツに手早く着替える。両手が開くようにウエストポチを巻き付ける。ポーチに、家から出てくるときに、こっそり持ち出した母さんの櫛をポケットに忍ばす。こうしていると、母さんがそばにいるような気がする。実際は、電車をいくつも乗り換えなければ会えない。自分の変態さ加減に苦笑いをこぼす。 

 ドアノブをひねり周囲を確認し、「じゃあ」と一言うのに声をかけて廊下に顔を出す。ちょうど曲がり角から肩を怒らせながら歩く赤いジャージの男性がタイミングよく通りかかる。反射的に逃げようとする足を押さえつけ、軽く会釈すると、いつもは険しい目元を、わずかに和ませながら「気を付けて」と送り出された。暗部の協力者だとは聞いていたものの、何だかこういう風に反応されると背中がむず痒いような気分になった。点呼を確認する先生も、寮長でもある風紀委員長の藤峰先輩もグルであるため、同室の生徒さえどうにかしてしまえば、量を抜け出すのは簡単だ。

 僕が夜な夜な寮を抜け出して、学校にいっているなんて知ったら母さんはどんな反応をするのだろうか。もちろん、話すつもりはない。僕がこんなことをしていたらきっと母さんは夜眠れなくなってしまう。母さんは、どうしようもなく過保護で心配性だから、もし本格的に部員になっても話せないだろう。隠し事をしているという事実に胸がぎしりと痛むと同時にちょっとだけ昂奮した。



 

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