Memory.3
次の日 放課後
「え、えぇ…それで大丈夫?」
「平気平気!だってヒロだもん!」
「いや、そうかもしれないけど…」
心奈に告げられた作戦に、西村は不安を隠せなかった。
彼女から告げられた作戦はこうだ。まず、彼女が裕人を呼び止め待機させる。そこに西村が向かい、そのまま適当な言い訳を作り、二人きりで帰るという作戦だ。シンプルかつ不自然な話だが、果たしてこれで大丈夫だろうか?
「それじゃ、帰りの会始めるぞー」
教室に戻ってきた加倉井先生が、教卓の前に立つ。
「じゃ、後でね」
「う、うん…」
彼女は微笑むと、自分の席へと戻っていった。
五分程の帰りの会が終了すると、日直の号令で解散となる。すると、心奈がこちらにやってくると思いきや、早速裕人の元に向かい、なにやら話していた。
―ちょっと…それじゃあダメじゃん…。
思わずため息を吐く。不自然にならないよう、急いでその元へ向かった。
「心奈?」
「…あ!そう!陽子も行くから!よろしくね!」
声をかけるや否や、彼女は唐突に西村も話に追加した。まったく、相変わらず変な所が適当でありゃしない。
「そうなの?まぁ、分かったよ。校門の前で待ってればいいんだよね?」
「そ!よろしくね!」
彼女が手を振りながら彼を見送ると、こちらにブイサインを送った。
「ブイ!じゃないよ!なんで私を呼んでからいかないの?変じゃん!」
「あれ?そう?ごめんごめん」
「もう…」
とにもかくにも、ひとまず彼を誘導させることには成功した。後は、自分次第だ。
「じゃ、陽子。私はしばらく学校で待ってるから、頑張ってね」
「う、うん…ちゃんと言えるかなぁ…?」
「大丈夫だって!ヒロだもん、怖くないよ!」
「そう、だね…頑張るよ」
「それじゃ、また来週会おうね!」
「うん。…来週、ね」
来週。それが西村がみんなに会える、最後の日だった。
彼女に別れを告げると、西村は彼が待つ校門の前に向かった。何故だろう?いつもは短く感じる廊下が、とても長く感じられた。
彼の背を見つける。小さく息を吐くと、西村は彼の元へ近寄った。
「ヒロ君」
彼の名を呼ぶ。今後、もう彼の名を呼ぶことが無いと思うと、とても辛かった。
「あれ、西村?明月は?」
「あぁ、その…心奈はちょっと、先生に呼ばれちゃって。時間がかかりそうだから、二人で先に帰っててだって」
「そうなの?まぁ、いいけど」
府に落ちない様子だったが、彼は一応納得はしてくれたみたいだ。ひとまず、一安心する。そのまま彼と一緒に、学校を歩き出た。
さて、本番はここからだ。どうやって、その話へ持ち込むか。西村の胸の緊張は、今までになく高まっていた。
「そういえば西村ってさ」
「…え?な、なに!?」
「え、なんでそんなに驚くの?」
「え…あ、いや…なんでだろう、あはは…」
突然彼に名を呼ばれて、思わず驚いてしまった。相当、緊張しているみたいだ。
「それで、何かな?」
「ああ、うん。明月とは、どうやって出会ったのかなぁって」
「心奈と?」
「うん。そういえば、聞いたことなかったなぁって」
彼が歩きながら問うた。
「えっと…幼稚園の頃だから全然覚えてないけど…気が付いたら、いつも心奈と一緒にいたかな」
「へぇ、昔の明月は、どんな感じだったの?」
「そうだなぁ…でも、人見知りだったのは相変わらずだったよ。初めて話す子には、いつもおどおどしてたし」
嘘だった。彼女は昔から活発で、誰とでも仲良くなれる子だった。それが自分は羨ましくて、いつも後ろからそれを見ていた。
だが、それもあの日を境に変わってしまったのだ。それは人の人格さえも変えてしまう、とても大きな事だったのだ。
それよりも、どうしてこれから自分の想いを伝えようとしているのに、彼女の話題になってしまったのか。先手を取れなかった西村は後悔する。
「あはは、そうなんだ。でも、いい子だったでしょ?」
「え、まぁ」
「明月って、一緒にいるとこっちも楽しくなるんだよね。それがなんか不思議でさ。今まで女の子と話したことなんてほとんどなかったのに、明月とは修学旅行の時から仲良くなって、最近ではいつも一緒にいるんだよね」
「そ、そうなんだ…」
―ダメ。早く話題を変えないと、別れちゃう。
もうすぐ彼と別れる道に着いてしまう。何故か痛む心を慰めながら、咄嗟に彼の名を呼んだ。
「あ、あのさ!ヒロ君!」
「うん?」
声をあげながら立ち止まる。それを見た裕人が、こちらを振り向き歩きを止めた。
「あ、あのっ…そのっ…」
いざ言葉を口にしようと思うと出てこない。本人を目の前に、二人は道の真ん中で立っていた。
「…西村?」
「えっと…その…い、今から私が言うこと、ちゃんと聞いてほしいの」
「へ?う、うん…?」
小さく息を吸う。目をつむり大きく息を吐くと、西村はきょとんとしている彼を見た。
―言わなきゃ。…今までの、私の気持ち。
「…好き、です」
「…え?」
「私、ヒロ君の事…ずっと好き、でした」
「あ、え?…ああ、うん…?」
彼が声を裏返らせる。きっと、彼も初めて告白されて驚いているのだろう。そんな目でずっと見られると、とても恥ずかしい。西村は、彼から目を背けた。
「…五年生の時に同じクラスになってから、ずっと、好きだった。いつもヒロ君の事ばっかり見てて、ずっと仲良くなりたいなぁって思ってた」
「西村…?」
「でもね?私、卒業したら、引っ越すことになったんだ」
「えっ?」
小さく彼が驚いた。そんな彼に、西村は頷く。
「お母さんの妹が重い病気でね?看病しないといけないんだ。だから、引っ越すことになったの」
「そう…なんだ」
「…だから、伝えたかった。後悔するの、嫌だったから」
二人の間に、静寂が走る。次に何を言えばいいのか、分からなかった。それはきっと、彼も同じだろう。西村が迷っていると、彼が先に静寂を打ち止めた。
「明月はもう、知ってるの?」
―また、心奈の話…。
「うん。昨日話した」
「そっか」
「…あのね?変なこと…聞いていい?」
「え?う、うん…」
「…ヒロ君は、心奈が…『好き』?」
「…俺が明月を?」
「うん」
彼が俯く。なにやら必死に考えているようだった。なにも、答えはすぐ出るはずだろうに。
だが、彼が出した答えはまたもや、西村が予想しない一言だった。
「…分からないんだよね、『好き』って気持ち」
「へ…?」
「確かに、明月は好きだよ?でも、それが『女の子だから』じゃなくて、『明月だから』って言うのかな?とにかく一緒にいられるだけで、俺は楽しいんだよね」
彼が寂しそうに微笑む。
西村はまた驚いた。まさか、彼も彼女と同じ気持ちだっただなんて。
ある意味二人は意気投合して、心から尊敬し、信頼できる存在。彼は自分じゃなくて、心から彼女を慕っているのだ。
―これはもう本当に…諦めるしか、ないな。
思わず西村はふふっと笑ってしまった。それと同時に、何かが頬を伝っていく。
「っ!?西村、なんで…」
何故泣いているのか?彼はそう問おうとしたのだろうが、すぐに理解したようで、その言葉は尻切れトンボで切られてしまった。
「…ヒロ君、お願いがあるの」
「お願い…?」
もう、この気持ちと場に耐えられない。西村は最後の一言に、その言葉を選んだ。
「…これからも、心奈を…よろしくお願いしますっ…!」
「あ、西村!?」
西村は深々とお辞儀をすると、後ろを振り向きその場から立ち去ろうと走り出そうとした。
もういい、充分だ。彼に想いを伝え、彼の気持ちもハッキリと理解した。それでいい、後悔はない。
だが、何かが足りない気がする。本当に、今立ち去ってよかったのだろうか?
走る西村は、泣きながらぽっかりと埋まらない隙間の足りない何かを探っていた。
「西村!ちょっと待ってよ!」
ふと、ガシッと右手を掴まれた。驚き振り向く。いつの間にか、彼が自分の腕を掴んでいた。思えば彼だって男の子だ。自分より足が速くても仕方がない。
「な、何よ…。もう、話は終わったよ?離してよ…」
「いや、その…あのさ」
彼が口をもごもごとしている。一体何を言いたいのか、西村には分からなかった。
「…お前、明日空いてる?」
「へ…?い、一応空いてるけど…」
「だったらさ、ほら。デート…っていうのかな?どこか、二人きりで行こうよ。最後に」
「っ!?」
再び胸がざわめく。少し複雑な気持ちだが、それでも正直に嬉しかった。
「い、いいの…?でも、心奈が…」
「いいんだよ。明月には、内緒で」
彼が口元に手を添えて微笑む。
やはり、彼はカッコいいのだ。抜けていてバカだが、こういうところに裏がなくて頼もしい。だから、西村は彼を好きになった。
「本当の、本当に…?」
「ああ、だからもう、泣かないで?ね?」
「ヒロ君…!うんっ!」
―ヒロ君…本当に、彼を好きになって…よかった。
「…ありがとう」
「いいよ、気にしないで?思い出、作らないとね」
「うんっ!約束だよ!」
もしかしたら、足りない何かは、これだったのかもしれない。
誰も知らない―――二人きりの思い出。きっとこれが欲しかったのだ。
涙を拭いながら、西村は彼に笑った。




