6.
「じゃあ、また後でね」
心奈は次の移動教室の授業のため、美帆と教室の前で別れた。名列順で三つの班に分かれており、音楽、美術、書道を一年間でそれぞれ順番ずつ習う。惜しくも彼女とは違う班なのだ。
心奈は一人で教室を出ると、黙々と歩いていた。
「おーい、待てよ心奈!」
ふと、後ろから誰かに名前を呼ばれた。
「大森君?」
振り向くと、大森がこちらに向かって走ってきていた。
「同じ班なんだし、一緒に行こうよ」
「え?あ、うん」
彼は嬉しそうに笑いながら、心奈の隣を歩き始めた。
「最初は美術かぁ。心奈は、絵描けるの?」
「私?私は全然。でも、小学生の時、図工の先生には何回か褒められたっけなぁ」
「へぇ、凄いじゃん。じゃあ、心奈の絵には期待だな」
「ちょっと、やめてよ?プレッシャーになるじゃん…」
「はは、悪い悪い」
ニヤニヤと笑っている彼と、階段を上る。
「そういう大森君はどうなの?」
「そりゃあ全く描けないよ。何せ、フットサル一筋だからな」
「へぇ。フットサルやってるんだ」
「あれ、知らないの?ウチのフットサル部。去年は準優勝したんだよ?」
彼がきょとんとした顔をする。
「あはは…ごめんね。私、部活やってないから、そこら辺全然知らないんだ」
―本当は、この間まで他人と関わってなかっただけなんだけど。
苦笑いを浮かべながら、嘘で誤魔化した。
「ふぅん、そうなんだ」
「でも凄いね、準優勝。あいつもそのくらい、勝ち進めばいいのに…」
「あいつ?」
ふと、大森が顔を濁した。
「ああ、その。知り合いに、フットサルをやってる子がいて。でも、その子の学校、全然メンバーがいなくて、大会に出られないんだ」
「ふぅん…そっか」
美術室に着いた。中に入ると、黒板に大きな文字で「教室と同じ席で座って」と書かれていた。
心奈は彼と向かい合わせで席に座った。
「なぁ、心奈」
「うん?」
「…心奈は、そいつのこと。好きなの?」
「…ふぇぇぇ!?ど、どうしたの!?いきなり!」
美術室に心奈の声が響き渡る。美術室独特の床のせいか、普段の教室よりも何倍も声が響いた。
「あ、ごめんね突然。ただ、ちょっと気になっちゃって」
彼はてへへと苦笑いを浮かべている。
「で、でも!いきなりそんなこと聞かれるとは思わないよ!」
「はは…で、どうなの?」
「どうなのって…」
―どうしよう。こんな時、なんて言ったらいいのかな…?
「そ、そんな事ないよ!ホントに、ただの友達だし。好きとか、そういうのじゃないし…」
本当は嘘だ。好きではないどころか、その子は自分の彼氏なのだから。
「…そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
「え?あ、うん…」
彼は微笑むと、そのまま黙り込んでしまった。
―よかったのかな?これで。
次の授業のチャイムが鳴る。美術の先生が教室に入ってくると、授業が始まった。
「ふぇぇ…」
「ど、どうしたの心奈?」
「美帆ぉ…私、これでよかったのかなぁ?」
心奈は教室に戻ると、先に戻っていた美帆の前の席に座り、彼女の机に突っ伏した。
「それがね…?」
先程の会話の内容を、美帆に伝える。
「…ふぅん。なるほど、それは面白いね」
彼女は手を顎に添えながら微笑んだ。
「ふぇ?何が?」
「ふふっ、知りたい?」
「えー、教えてよ?」
「じゃあ、ちょっと耳貸して?」
彼女は手招きして、心奈の耳を貸すように指示した。言われた通りに、心奈は彼女に耳を傾ける。
「…心奈は、モテモテだって事」
「ふぇ…?」
「いやぁ、モテる女は辛いよねぇ。ホントに」
美帆は楽しそうに、うんうんと頷いている。
「そ、そんな!私、そんな気は…」
「シー!大森君に聞こえちゃうよ?」
「でも…」
心奈は彼を見た。彼は今、机に突っ伏して呑気に眠っている。
「まぁそうだねぇ…一応、普段通りの心奈で接していればいいと思うよ」
「普段通りの私…?」
「うん。どっちにしろ主導権は、この際心奈にあるんだし、とりあえず大森君の様子も見て、最後に判断すればいいと思うよ」
「そう言われても…」
キーンコーンカーンコーン…。チャイムが鳴った。
「ほら!大森君起こしてきて!授業始まっちゃうよ」
「う、うん…」
美帆は楽しそうに微笑むと、心奈の背中を押した。
しぶしぶ心奈は自分の席に戻ると、未だに眠っている彼を見た。
―何だか…可愛い。
い、いけないいけない。起こさなくては。
「大森君?授業始まるよ」
彼の背中を揺さぶる。しかし、彼はまだ起きない。
「大森君!おーい!」
それでもまだ彼は起きない。
「むぅ…大森君!!」
「…ぬぁ!?」
耳元で彼の名を叫ぶ。ようやく彼は驚いた様子で、椅子から跳ね退いた。
「ああ…サンキュー心奈。バッチリ寝ちゃってたわ」
「もう、全然起きないんだから」
「はは、俺の母さんばりだったよ。今の起こし方」
「え、お母さん…!?」
『それ以前にお前母親なれるのかよ』
前に、彼に言われた言葉を思い出した。そのせいで、一気に顔が熱くなる。
「…心奈?」
「ふぇ!?ああ、ごめん!何でもない!」
「そう?なら、いいんだけど」
教室に次の授業の先生が入ってきた。学級委員長の号令で、授業が始まる。
―私、本当に大丈夫かなぁ…?
未だに熱い顔を突っ伏して抑えながら、心奈は一つため息を吐いた。




