エイプリルフールデート 前編
四月一日
「ごめんね!急におばあちゃんの調子が悪くなっちゃって、行けなくなっちゃったの!」
その一報が入ったのは、俺が待ち合わせ場所に着いてすぐの頃だった。
「え、マジかよ…」
楽しみにしていたせいもあり、聞いた途端に気持ちがとても落胆する。まぁでも、そういうことならば仕方がないだろう。
「そうか…分かったわ。じゃあ…」
「はい、ざんねーん!」
「ぬあ!?」
突然、背中を思い切り平手打ちされた。イラッときて、誰だよと思わず振り向くと、そこには今まで電話していた明月心奈の姿があった。
真っ白のパンツに、白黒のTシャツを着て、その上にGジャンを羽織っていた。とてもカジュアルに仕上げており、彼女にとても似合っていた。
「な、お前、いつの間に?っていうか、おばあちゃんはどうした!」
「えー?ヒロ、本当に信じてたの?今日は、エイプリルフールだよ?」
「…あっ」
しまった。俺としたことが、彼女とのデートということが楽しみすぎて、すっかりそのことを忘れてしまっていた。
「もう。ま、ヒロらしいけどね」
心奈が笑った。
「それは褒めてるのか、貶してるのか?」
「どっちも!そんなことより、さっさと行くよ!」
彼女は俺の背中をパンと叩くと、先に歩いて行ってしまった。
「はいはい、分かりましたよ」
しぶしぶぼやきながら、俺は彼女の後を追いかけた。
最初に向かった先は、もうすぐ美帆の誕生日だということで、彼女への誕生日プレゼント選びを手伝わされた。
駅前の北ビルに入ると、俺たちはアクセサリーショップへと入った。普段はこんな店は入らないために、少し緊張する。
「さて、まさかヒロも多少は奮発して出してくれるんだよね?だって、美帆の誕生日プレゼントだもんね?」
横目で不気味な笑みを浮かべながら彼女が言った。その目は半分、笑っていない。実質脅迫である。
「ぬぅ…出せばいいんだろ、出せば。まぁ、宝木には色々お礼もしたいしな」
「よし!決定!じゃあこれね」
「はやっ!ってか、たか!」
俺が仕方なく了承すると、心奈は即座に一つのネックレスを指差した。リンゴに女の子の天使が抱き着いている、可愛らしいネックレスだった。そのお値段、税込み二万幾ら。
「もう、いちいちうるさいなぁ。これでも一応、私のほうがお金出すんだからね?」
「わぁってるけどよ。俺、半分もだせねぇからな?」
「そんな事だろうと思った。まぁ、一応お小遣い我慢して、ずっと貯めてきたからそれなりに余裕はあるんだけどね」
「一番美帆に感謝してるのは私だし。あ、お金は後でちょうだいね」心奈はそう言うと、一人の女性店員を呼びかけ、レジへと向かっていった。
―女子の誕プレ、えぐいなぁ…。単にあいつが凄いだけか…?
心中そんな事を考えながら、彼女の買い物を見守った。
結局、彼女との話し合いで俺が出した額は七千円に収まった。これでもお財布の中身はだいぶ減り、今月の半ばまで、残り約三千円で過ごさなくてはならない。
「あれー?裕人君だっけ?」
ふと、彼女がトイレに行っているタイミングで、どこかで聞いたような声が聞こえた。
「ん?…ああ、カフェの」
確か彼女は、西村の友人である香苗といったはずだ。今日はもちろんパティシエ姿ではなく、黒のデニムシャツに白Tシャツ、ピンクのデニムスカートといった大人っぽいコーデだ。雰囲気だけ見ると、やけに美少女である。
「うんうん、そうだよ。今日はどうしたの?」
「ああ、今日は…」
「あれ?香苗じゃん。やっほー、久しぶり」
ふと、帰ってきた心奈が香苗に声をかけた。すると香苗は、驚いた表情をして体を退ける。
「え、あんたホントになっち?何か変なものでも食べたんじゃないの?」
「へ?…ああ、そっか!香苗には、まだこっちの私見せてなかった!」
同じくして、思い出したように心奈が声を大きく荒げた。
「訳わかんないよ!確かに今日はエイプリルフールだけど、そんなのは通じないよ!っていうか、今までずっとエイプリルフールってのも無しだからね!」
「おいおい?どういうことだよ」
訳も分からない俺は、思わず二人に問うた。
「っていうか、二人とも知り合いだったの!?え、もしかしてカレカノ?」
何も知らない香苗が、次々と質問攻めしてくる。そういえば、一番彼女のカフェでのやり取りが多かった割に、一番彼女とのコミュニケーションは取っていない。
「えっと…どこから説明する?」
俺は、心奈に問うた。
「そ、そうだなぁ…とりあえず、私の喋り方から話そっか」
「ここじゃ迷惑だから、移動しよっか」そう言う訳で、俺たちは一つ下の階にある、世界でも超有名なカフェ、スタービッグズへと入った。
「さぁて。私に話すからには、あなたたちの関係隅々まで聞かせてもらうよ?覚悟してね!」
香苗が口元を吊り上げて笑った。
「へぇ。なるほどね」
香苗が、コーヒープラなんちゃら(名前がいちいち難しくて覚えられない)を飲み干すと、はて?と呟いた。
「で、結局二人は付き合ってるの?」
「え?えと、その…」
心奈が何と答えればいいかと、視線でこちらに助け舟を要求した。
―えぇ…俺かよ。
「…ああ、そうだよ。俺の彼女だ」
しぶしぶ思いながらも、俺は言い切ってやった。なんだか、彼女と言うと少しだけ優越感に浸れるのは気のせいだろうか?
「ふぇえ、やっぱりかぁ。いいなぁなっち…」
羨ましそうに机に顔を付けて、香苗がぼやいた。
「香苗だって、普通に可愛いんだからさ。頑張れば彼氏くらいできると思うよ?」
「うぅ…ありがとうなっち…。可愛いって言ってくれると、ちょっとだけ勇気出るよぉ…」
香苗が心奈の手を握る。一方の心奈は、半分苦笑いである。
「…ところでお前。なんでここに来てたんだ?」
俺は香苗に問うた。
「…ああ!忘れてた!美帆の誕プレ買いに来てたんだよ!」
―お前もか。
香苗の叫びに、俺は心の中でツッコんだ。
「そうだったんだ。あ、一応私は、リンゴのネックレス買ったんだ。結構高いやつ」
「え?いくらの?」
「んーと、二万ちょっと」
非情に言いづらそうに心奈が答える。
「ええ!凄いなぁ」
「まぁ、美帆には色々感謝してるからさ。ずっとお金貯めてたんだ」
「そっかぁ…分かった。じゃあ、私もいいモノ選ばないと!という訳で悪いんだけど、これ片づけといて!じゃあね!あ、またウチのカフェもよろしくね!」
香苗は勝手に荷物をまとめると、ちゃっかり宣伝して勝手に店を出て行ってしまった。
「…すげぇな、あいつ」
あまりの凄さに、思わず本音が口から出た。
「ははは…でも、あれでもなんだかんだいい子なんだよね。だから、嫌いになれないというか、憎めないというか」
「ふーん。ま、いいけど。っていうか、結構時間使っちまったな。俺たちも行くか」
「あ、そうだね。行こうか」
俺たちも荷物をまとめると、揃って北ビルを後にした。
続いて俺たちが向かったのは、俺の高校。江ノ星高校だ。どうしてここに来たのかというと、「普段ヒロがどんな学校で生活してるのか見たい」と彼女が言ったからである。特に比較的新しい訳でもなく、綺麗なわけでもない。見る価値は言ってしまえば、ほぼゼロである。
一度電車を経由し、普段自転車で通る道を、バスで三十分程揺られながらようやくバス停へと着いた。そこから数分程歩くと、その高校は姿を現した。
「見えてきた、あれだよ」
「へぇ、至って普通の学校だね」
「…まぁ、そりゃあな」
特にツッコミどころもないシンプルな感想に、俺は返答に戸惑った。
「あれ?裕人じゃん。あれ?なんでお前女連れてんの!?」
ふと、校門前に来たところで、聞き慣れた声に声をかけられた。
「ん、おう。宇佐美。補習か?」
相変わらずのツンツン頭。宇佐美悠介が、春休みのくせに制服姿で立っていた。
「あれ…?君、確か同じ中学の…」
ふと、心奈が思い出したように言った。
「ん…ああ!お前、明月か!ということはお前、ついにやっちまったんだな!?」
一体何をやったと勘違いしてるのかはさておき、嬉しそうにしている宇佐美に俺はしぶしぶと答えた。
「んまぁ、色々あってこの通りだ」
「おうおう、よかったじゃねぇか!あ、俺、宇佐美悠介な」
「え?あ、うん。よろしくね」
さりげなく宇佐美が自己紹介する。すると同時に、「ふごぉ!」と体をくの字に曲げて叫んだ。
「ったく!レディを置いていくなんて、酷いったらありゃしないやんね!今日の補習は、一時間延長ってお願いするよ!?」
手をパッパッと払いながら怒るのは、いつも通りの佐口璃子であった。
「…あれ?真田君。それと…?」
「あ、明月心奈です」
「ああ!あの真田君と色々あった?おぉー、ようやく仲直りできたんやね?よかったよかった。あ、ウチは佐口璃子。一応、このバカの彼女をやってるから、心奈ちゃんも何かあったら相談してね?」
「え、あ、うん。分かった」
苦笑いをして心奈が答えた。
「で?お前らはいつものやつか?」
「そ。こいつがいつまで経っても補習に受からないから、先生から直々に勉強を扱いてやってくれって言われてね。こっちだって色々予定が溜まってるのに、しょうがないったりゃありゃしないね」
「つったってよ!お前の説明難しすぎるんだよ!be動詞だとか、形容詞だとか。意味分かんねぇっつうの!」
単語から察するに、多分英語の話だろう。その単語に一瞬心奈が反応したが、話しかけづらいと察したのか、結局言葉は発さなかった。
「なんや、ウチの教え方が不満か?」
「もう少し分かりやすく教えろって言ってんだよ」
「はぁ!?こっちだってしぶしぶ一緒に学校に来てやってるんに、なんやねんその態度は!」
「え、えっと…?」
突然始まった喧嘩に、思わず心奈が慌てる。急いで止めに入ろうとしたところを、俺は映画のワンシーンみたく手を掴んで止めた。
「やめとけ。あいつら、喧嘩始まったら誰も止められないから」
「え、えぇ…」
「いいか?見とけよ?」
納得しない様子の心奈に、俺は体を張って実演してみせた。
「お、おい?お前ら、落ち着けって!」
わざとらしく、それらしく声をかける。
「ああ?!今それどころじゃないね!あんたは黙っとき!」
佐口が物凄い表情で俺を睨みつけた。おぉ、いつ見てもやはり恐ろしい…。
「う、うぃーっす…。ほらな?」
「あ、あはは…本当だ」
流石の心奈も、今世紀最大の苦笑いである。
ガミガミとうるさい口喧嘩を見守ること十数分。ようやく落ち着いた様子の二人が、こちらを振り向いた。
「ご、ごめんな!心奈ちゃん。ウチら、カッとなると喧嘩がやめられなくなるんよ…」
佐口が頭を下げた。そのまま、右手を宇佐美の頭に乗せて、強引に彼の頭を下げる。
「あ、いや、大丈夫だよ。そ、そういう時もあるよね、私もあるもん」
「あ?本当かそれ?」
思わず心奈に問いかける。
「もうっ!今は話に乗っといて!」
すると、彼女が小声で俺を睨んだ。お、おう…まことに申し訳ない。
「本当だよ。まぁでも、お互い色々あるもんね。喧嘩もいいことだと思うよ」
「あ、ああ。そうかもな」
それとなく彼女の話に乗っかると、佐口ははぁっとため息を吐いた。
「ホント、困るんよなぁ。色々と。でも、それでも嫌いになれないのが、彼氏ってもんやけどね」
「っ…お前、今日はやけに素直だな」
宇佐美が驚く。すると佐口はそっぽを向きながら、宇佐美の首根っこを掴んだ。「え、ちょ?」と、宇佐美が小さく発する。
「はいはい!嬉しかったらさっさと教室向かうよ!それじゃあ二人とも!仲良くな!」
「あ、うん。ありがとう」
心奈は苦笑いを浮かべてそれを見送った。
「…なんだろう、今日は疲れる奴とばっかと出会っている気がするぞ」
「あはは…そうだね。私もちょっと疲れちゃった」
「そうだな…少し、どこかで休むか」
学校から徒歩数分。お昼時ということもあり、昼食がてら、近くのうどん屋に頭をくぐらせようとした。
「…あれ?裕人?」
すると、またもや聞きたくもない声が聞こえた。後ろを振り向くと、いつもと変わらず眼鏡をかけて背が低い石明が、もう一人の男と立っていた。
―ああもう!どうしてこう大事な日に次から次へと!
「ああ、石明。奇遇だな」
まるで棒読み感たっぷりで、俺は彼に言った。
「…女やん」
石明は心奈を見ると、気持ち悪く一言呟いた。その目線を食らった心奈は、一瞬体をビクつかせる。
「…女だけど」
「…できたのか?」
「…幼馴染」
「…テメェ!いつの間に俺よりそんな先にぃぃぃぃ!」
よっぽど悔しいのか。石明が俺の胸倉をつかみ上げた。
「ああぁぁぁあぁぁ、ちょぉぉおおぉいいぃぃやあぁぁめえぇぇてぇぇええぇぇ」
もはや反抗する気力も無かった俺は、揺さぶられるままに声を発した。その横で、心奈と石明の友人であろう男が、苦笑いを浮かべている。
「ぐぅぅうう!…おっと。これは失礼。俺は石明真で、一応裕人の友達だ」
思い出したようにパッと俺の事を離すと、態度を一変させて心奈に自己紹介をした。
「は、はぁ。どうも」
またもや面倒な輩に、心奈はしぶしぶと頭を下げた。
「こんな奴が彼氏なんて、疲れるでしょう?バカで鈍感で。色々大変だと思うけど、こいつのこと、よろしくな」
「あ…うん。分かった」
「んじゃ、裕人。今度会った時、じっくり聞いてやるからな。覚悟しておけよ」
「おぉー、待ってないけど分かったわ」
彼は心奈に手を振ると、店内に入っていった。
一気に静まり返った俺たちは、顔を見合わせながら、実に五秒ほど、無言の時間が続いた。
「…別の店にするか」
「…うん」
二言返事で意見が一致した俺たちは、そのまた近くのラーメン屋に入った。
ようやく知り合いもおらず、二人きりでのんびりできる場所に来た。心奈も落ち着いた様子で、大きなため息を吐いていた。
「それにしても…ヒロも大変だね」
到着した塩ラーメンを食べながら、心奈が言った。
「だろ?俺、ほぼ毎日あいつらの喧嘩ばっかり聞いてるんだぜ?ホント疲れるよ」
味噌ラーメンを食べながら、思わず苦笑いを浮かべる。これからは、更に酷くなりそうで辛い。
「でも、個性的な人たちで、飽きはしなさそうだね」
「…それって、フォローか?」
「…一応」
「…伝えておくよ」
「え、いやいいよ!」
「冗談だよ」
「…エイプリルフールでしたーってのはナシね?」
「わぁってるよ」
そんなこんなで大変な午前中を過ごし終えると、俺たちは地元へと戻るために、再びのんびりと歩き始めた。




