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4.

その夜


「え?おばあちゃんが!?」

 心奈は受話器を耳に傾けながら叫んだ。

「ええ、なるべく早めにお願いします」

「分かりました!すぐに行きます!」

 受話器を置くと、すぐに自分の部屋に戻り、部屋着を脱ぎ捨てて適当な服を着る。

 財布と家の鍵、充電していたスマートフォンをポケットに突っ込むと、心奈は家を飛び出した。


「おばあちゃん!」

 部屋に入るなり、心奈は叫んだ。

「おや、心奈かい?すまないねぇ、迷惑かけたねぇ」

 祖母はベッドに座り、のんびりとお茶を飲んでいた。

 看護婦の電話は、祖母がようやく目を覚ましたということと、祖母が「今すぐに自分に話したい話がある」の一点張りで、仕方なく来るように電話をしたのだという。本来なら、この時間の院内の出入りはあまり許されていない。

「もう…よかった…心配したんだよ!?」

 久々の彼女の笑顔に、心奈は安堵した。実に、約三週間ぶりの笑顔だ。

「ええ、ええ。ごめんよ。それに、長い間眠っちまってたみたいだ。迷惑をかけたねぇ」

「ホントだよ…。おばあちゃんのバカ」

 心奈は祖母に抱き付きながら、また涙が溢れだした。今日で一体、何回泣いたのだろう?

「えぇ、えぇ。しっかりご飯は食べてるかい?おお、そうだ。前に白菜の漬物つけただろう?食べたかい?」

「食べたよ…一人で二人分食べるの、結構辛かったんだからね?浅漬けだったから、あんまり日持ちしないし…」

「そうかいそうかい。私も楽しみにしてたんだけどねぇ…」

「なら、また今度一緒に漬物作ろう?」

「そうだねぇ…楽しみだねぇ…」

 彼女は嬉しそうに、何度も何度も頷きながら話していた。

 心奈は涙を拭うと、ベッドの隣の椅子に座った。

「それで、おばあちゃん。話があるって聞いたんだけど」

「んん…?…おお、そうだったそうだった。最近よく忘れっぽくてねぇ。ホントに困ったもんだ」

 彼女はお茶を一口飲むと、楽しそうに話し始めた。

「ずーっと眠っている間にね。心奈の結婚式の夢を見たんだ」

「…へっ!?私の?」

 思わず声が裏返った。

「えぇ、えぇ。綺麗なドレス姿だったよ。そのお婿さんも、なかなかの男前でねぇ」

 ―お婿さん…。

 その話、今はやめてほしい。今日、ちょうどそのお婿さんになるかもしれない人とファーストキスを交わしてしまったのだから。

 思わず顔が熱くなった。

「でも…そのお婿さん、昔のヒロに似ていたねぇ」

「っ…!?」

 懐かしそうに、何も知らない祖母が呟く。

 その夢はまさか正夢か?いや、そもそも何故彼女が自分の夢を見る?いや待て、その前に自分はこのまま彼と…?

 その一言で、心奈は心の中で色々と混乱してしまった。

 確信を持っていいのか、だがそれだとその言葉にどう反応すればいいのか。

 反応できない心奈を見て、祖母が笑った。

「はっはっは。心奈、顔がリンゴみたいに真っ赤だよ。まさか、私が知らないところで男の子と仲良くしたりしているかい?」

「へっ!?そ、そんなこと…!」

「えぇ、えぇ。隠さなくても。男の子とはね、とにかく喧嘩するのさ」

「喧嘩…?」

「ああ。喧嘩さ。男の子はね、女の子に嫌われないように色々考えちまうのさ。そこで喧嘩をしたら、男の子はどうすると思う?」

「うーん…どうしたら女の子と、また仲良くできるか?」

「そうだ。だから、女の子からはなるべく謝らないほうがえぇ。自分がやっちまったときは別だがな」

 はっはっはと祖母が笑う。楽しそうな祖母に、心奈もつられて笑ってしまった。

 流石は長年生きてきた彼女だ。話にも、説得力がある気がする。

「そっか…ありがとう、おばあちゃん」

 心奈が礼を言ったタイミングで、病室のドアがノックされた。

 呼びかけると、前に心奈がお世話になった、あの看護婦が中に入ってきた。

「心奈ちゃん、こんばんは。悪いんだけど、そろそろいいかしら?」

「あ、分かりました。もう出ます。それじゃあね、おばあちゃん。早く足、治るといいね」

「えぇ、えぇ。ちゃーんとご飯は食べて、沢山寝るんだよ?」

「分かってるよ。じゃ、また来るね」

 心奈は看護婦に一礼すると、すっかり冷え切った外に出た。

 急いで出てきたので、マフラーをしてくるのを忘れてしまった。おかげで寒い。

 ―…お婿さん、か。

 果たして、自分の為にタキシードを着るのは彼なのだろうか?

 祖母は夢を見たと言った。それだけならまだよかった。

 彼女は、彼に似ていると言った。それが、もしかしたら確実にそうなるのかもしれない。そう思うと、思わず顔が熱くなる。

 いやいや、まだ正夢と決まった訳ではないじゃないか。偶々祖母が、彼と自分の結婚式風景の夢を見た。ただそれだけだ。

 必死に思うが、それでも彼への想いが抜けない。

 今日、彼と話した時間を思い出す。

 笑顔こそまだ少し見られなかったものの、昔通りの憎たらしくて、愛らしい彼だった。おまけにあんなことまでされてしまったら、どう言えばいいものか。

 思い出しながら、唇を軽く触ってみる。ふふっと小さく笑うと、心奈は急ぎ足で寒い夜を歩いた。

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