Memory.27
一学期修行式後
独り身で裕人は、学校を出ようとした。
午前中で帰れるんだ。帰ったらどこかに一人で行こうか。そんなことを考えながら、裕人は昇降口を出た。
「おい、真田!待てよ!」
ふと、誰かに名前を呼ばれた。無視しようかとも思ったが、それはそれで面倒ごとになりそうだ。仕方なく、裕人は後ろを振り向いた。そこには、予想通り宇佐美と佐口が、今まさに揃って靴を履き替えていた。
「なんだよ。用があるなら早くしてくれ」
ぶっきらぼうに裕人が言う。
「まぁそう急ぐなって。お前、今日これから暇だろ?」
「は?」
「真田君、お願い。ウチたちの話を聞いてほしいの」
隣に立つ佐口も同じように頼み込んできた。
―こいつらは…!
こういう時だけ助けようとする偽善者に、裕人は苛立った。
「…あのさぁ、お前ら。今学年中に回ってる噂知らねぇの?」
まるで見下すように、裕人は彼らを見た。
「ああ、知ってる。お前が女子をナイフで切ったってやつだろ?」
「知ってんなら、どうして俺に突っかかってくる?」
「だから、それを聞いてほしいんよ。お願い!悪いことは言わないって、約束する」
何もそこまでしなくていいのに、佐口が頭を下げた。それに続けて、宇佐美も無言で下げる。
おいおい、俺がまるで何かをしたみたいじゃないか。しかもここ、昇降口だぞ?ほら、みんな見てるって!おい、マジでやめてくれ!
「チッ…分かったよ。話聞けばいいんだろ?」
「いいのか?サンキュー、真田。いや…裕人!」
「…なんで下の名前で呼ぶんだ?」
「あ?だって、ダチは堅苦しいのは無しだろ?」
「俺がいつお前のダチになった?」
「お、それはちょっと違うな。これから、お前とダチになるんだよ」
宇佐美は口元を釣り上げて、ニッと笑った。
「はぁ?親戚が警察官?」
お昼時。裕人は二人に連れられて、ファミレスに入った。お金は宇佐美が「俺が払ってやるから、安心して好きなの食ってくれ」と言って、昼飯代は浮きそうだ。
―というか、中学生が何事もないようにお金をもって飯を食うのは校則違反なのではないのか?やっぱりこいつらヤンキーか?
未だ、ヤンキー疑惑が晴れない二人に、裕人は警戒しながら話していた。
「そう。あ、因みに俺んちは旅館な。今度、よかったら泊まりに来いよ」
「断る」
秒で裕人が返事をすると、宇佐美は表情を苦そうにして、「ちぇっ」と呟いた。
三人がそれぞれ注文した、スパゲティやらドリアが到着する。裕人の前には、大きめのピザが一枚置かれた。
「で、なんだっけ?」
宇佐美が言った。
「もう、あんたの叔父さんが警察官って話でしょ」
佐口が面倒くさそうに言うと、キノコのスパゲティを口に運んだ。
「ああ、そうだった。前に、俺はお前にあまり前田と関わるなって言ったな?」
「…そういえば、言われた」
「でも、今回の事件は全て、前田が仕向けた。そうだろ?」
「なんで分かる?」
「だから言っただろ。おっさんが警察官だって。その中でも、少年課が担当で、階級は警視正なんだ」
「け、けいし?」
「あ。ったく、そうか。階級知らねぇんだよな。まぁ、簡単言うと、偉いんだよ。警察の中でも」
「は、はぁ」
警察って、警察じゃないのか?仕組みを全く知らない裕人には、何を言っているのかが分からなかった。
「流石に少年課は分かるよな?」
「ん…未成年の事件のやつ?」
「その通り。で、おっさんは未成年の事件の担当してるクラスの、リーダーだと思ってくれればいい」
「んん…なんか、凄そう」
「っていうか、凄いんだよ。警視正って、日本全国で一パーセントもいねぇんだから」
「え、そうなの?じゃあお前の叔父さん凄いんだな」
ようやく話の前振りが分かってきたところで、彼は改めて話をし始めた。
「で、だ。この辺の未成年の事件と言ったら何か。お前なら、もう分かるだろ?」
宇佐美が裕人に問うた。
「…前田が率いてる暴力団?」
「ああ。特に前田自身は自分からは何もしていないから、特別取り調べることができなくて困ってる。あいつは、必ず誰かしらに命令して、色々面倒ごとを起こしてるんだ。お前だって、その一人だろ?」
「言われてみれば…」
確かに、彼女は他人に命令するばかりで、自分から事を起こすことはなかった。だから、警察も彼女を捕らえることができずにいるのか。
そう思うと、彼女はある意味凄いやり手なのだなと、改めて思う。
「今回、お前が何を理由に、前田に使わされたのか。その理由を、教えてほしい。別に悪い話じゃないだろ?」
「でも…俺が話したら、今度はお前らにも目が行くんじゃねぇか?」
「ああ。その可能性は否定できない。でも、だからこそ話してほしいんだ。そうすることで、もしかしたら捕まえるのが早まるかもしれないだろ?」
「お前…あいつらの強さ知ってんのか?」
裕人は、自分の左腕を見た。確かにあの二人のコンビネーションは、想像を遥かに超えていたし、もう一人のステルス能力も異常だった。
彼らを再び敵に回したら、今度はどうなるか分からない。
「知ってるから、こうやって情報提供を求めてるんだ。お前の情報が、何か役に立つかもしれないだろ?」
「情報っつってもなぁ…」
「何でもいい。前田と話した場所とかでも」
「場所…」
ふと、俺は一つ忘れかけていた記憶を思い出した。
「そういえば、先週の月曜日。帰り道に前田と話してた時に、誰かにスタンガンで気絶させられたんだ。気がついたら、壁が岩でできた場所に連れられてて、ベッドに付けられた鎖で動けなくされててさ。そこで前田と話した後、またスタンガンで気絶させられて、気がついたら元の場所に戻されてた」
一応、敢えて下着姿の話は伏せた。そんな話を付け加えたら、話の方向がどうなってしまうのか、想像もつかない。
「なるほど。岩でできた部屋ね。それで、今回前田に命令された内容は?」
「内容?そうだな。ちょっと長くなるんだが…」
宇佐美にこれまでの出来事の全てを話した。その間、いつになく彼は真剣に聞いていた。こんな奴でも、こんな表情をするんだなと、少し感心してしまった。
「と、こんな訳だ」
すっかり冷めきってしまったピザの最後の一ピースを口に入れた。彼は同情してくれた様子で、苦い表情を浮かべていた。
「辛かったんだね、真田君」
今までずっと会話を聞いていた佐口が言った。
「いいや、本当に辛かったのはあいつだ。俺は、そんなあいつを助けただけだし」
「ううん、それでも真田君は強いよ。ウチの誰かさんにも、見習ってほしいくらいね」
佐口が隣に座る彼を横目で見た。
「…お前、あの時の恩を忘れたか?」
「忘れては無いけど…前に比べて、弱っちくなっちゃったなぁって」
「んなことはねぇだろ」
「いいや、なった。昔はこんなときはもっと『俺がなんとかする!』とか平気で言ってくれてたもんな」
「場の空気を読めよ。大人になったって言ってほしいね」
「む、何?ウチが子供って言うん?」
「はぁ?…まぁ確かに、お前は子供っぽいとこ多いよな」
「そういうあんただって、子供っぽいのはお互いさまやろ!」
「あの…えっと…?」
裕人が気がついたときには、既に時遅し。二人は何故か、口喧嘩にまで発達してしまっていた。
そういえば、前もこんなことがあったような気がする。
「おーい、あのぉ…落ち着きません?ねぇ?」
「あんたはちょっと黙っといて!」
「は、はいぃ!」
佐口に怒鳴られて、すかさず裕人は身を小さくした。
結局、そのまま口喧嘩は十数分程続き、裕人が次に気がつくと、再び笑顔で会話をしている二人がいた。
―こいつらは、一体なんなんだ…?
裕人は思わず、彼らの関係に唖然としてしまった。
「悪いな、俺達興奮するとつい喧嘩になっちまうんだ」
ファミレスを出たところで、宇佐美が笑いながら言った。こっちは笑い事ではないのだが。
「は、はぁ」
「まぁとりあえず、一つだけ最後に言っておく。お前がどんなに色々言われようが、俺達はお前の味方だ。それだけは、覚えておいてくれ」
「何かあったらウチにも相談してね?あ、恋愛相談でも構わへんよ?」
二人は揃って、ニッと笑った。なんだかんだ、いいカップルなのかもしれない。
「恋愛相談は多分ないけど、とりあえずそうさせてもらうよ」
「おう。それじゃあ、また二学期にな」
「ああ、分かった」
「またなー、真田君」
「おう」
―今回、失ったものは多かったけど、多少の新しい友人はできたから…いいか。
仲が良さそうに、雑談をしながら歩く二人の後ろ姿を見て苦笑いをすると、裕人は背を向けて、自宅へと向かい始めた。




