1.
二千×八年現在 三月
「え?つまり?」
俺は、厨房の扉の隣に見える、階段を見た。
「うん…美帆、もう出てきたら?」
西村が声をかける。
「はいはーい」
階段を降りる音と共に、徐々に姿が見えてきた。
「…あれ?」
―あの子、どこかで…?
目の前に立った美帆と呼ばれる美少女には、俺はどこか見覚えがあった。
「改めて、初めまして。宝木美帆と言います」
彼女は礼儀ただしく、両手を前にしてお辞儀をした。いかにも清楚系の女の子である。
「…あああ!」
俺は思わず、大きな声を上げた。その声に驚いた二人が、ビクッと体を跳ね除けた。
「ちょっと、ヒロ君!どうしたの?」
半分怒った口調で、西村が言った。
「思い出したんだよ」
「何が?」
「あの…宝木、だよな?こないだ、深夜の番組に出てなかった?」
俺は彼女に問うた。
「あぁー!見てくれたんだぁ。嬉しいなぁ」
すると彼女は、おっとりした様子で喜んだ。どうやら、俺が初めて会うタイプの子のようだ。これはこれでまた、新鮮である。
「え!?美帆、いつの間にテレビデビューしてたの!?」
ようやく話が分かった様子の西村が、更に驚く。
「うん?えっとねぇ、あの番組が初めてだなんだよね。収録が確か、先月の半ばくらいかなぁ」
「えー!?見たかったなぁ…」
「あ、ウチに録画してあるよ?今度遊びに来る?」
「ホント?行きたい!」
と、こんな調子に話がずれてしまったが。
改めて、彼女は宝木美帆。ここ最近、高校生モデルとしてちょくちょく売れ始めているらしい。まぁ、その時の番組情報だが。偶々その番組を見たときに、一番目に入ったのが彼女だった。どことなく彼女の雰囲気が、自分の母に似ていたからということもあるのだろう。
「…あっ!ちょっとちょっと!今はその話じゃないよ!」
ほんわかした雰囲気をぶち壊すように、西村が叫んだ。
その通りだ。今は、彼女についての話をしていたんだ。こんな楽しい会話をしている場合ではない。
「そうだったね。この話はまた後で…」
美帆が改めて気を引き締めるように、表情を一変させた。先ほどまでの笑顔とは違い、至ってマジメな表情であった。
「それでね。ヒロ君…だったっけ?」
「ああ、真田裕人。よろしく」
彼女は西村の隣に座ると、優しく微笑んだ。
「よろしくね。ああ、裕人君なんだ。じゃあ、ヒロ君だとちょっと馴れ馴れしい?」
「うん?どっちでもいいよ。と言っても、俺をヒロって呼ぶのは、西村とあいつぐらいだけどな」
「そっか…じゃあ、裕人君でいいかな」
まるで空気を察したように、美帆は言った。俺は別に構わないのだが、きっと彼女たち二人の気持ちを考えたのだろう。話には聞いていたが、実に人に優しい心を持っている子である。
「じゃあ、裕人君。裕人君は、心奈に会いたいと思う?」
そう思っていたのもつかの間。彼女は単刀直入に聞いてきた。意外と、大胆な性格でもあるようだ。
「ん…そうだな。会いたくない、と言えば嘘になるけどさ。まぁあいつが俺と会うって決心ができたときに、俺は会おうと思うよ」
「そっか。じゃあ分かった。心奈には、私から言っておくよ。一番会える頻度も高いしね」
「えぇ、でも悪いよ。やっぱり、ここは私が…」
西村が美帆に向かって言った。きっと、昔からの仲というプライドもあるのだろう。
すると美帆は、首を横に振りながら言った。
「ううん、きっと陽子じゃダメだと思うの。今の心奈は、今まで自分の中に閉じ込めてた人に、急に次々と会おうとしてる。それじゃあ、心奈の気持ちがもたないよ。私のほうが、知らない情報は多いし、彼女も気が楽だと思うから。大丈夫、私がなんとかするからさ。二人は、適当にデートでもしてなって。あ、それじゃあ浮気になっちゃうか…」
「ちょ、ちょっと美帆!?」
顔を真っ赤にさせた西村が、美帆の肩を叩く。どうやら、まだ昔の事を西村は引きずっているらしい。こちらとしてはそれはそれで、なんとも複雑な気持ちだが。
「ともかく。あいつは宝木、お前に任せる。でも、どうやって連絡する?」
俺は二人に問うた。
「あぁ。じゃあ、交換する?裕人君だったら全然いいよ」
美帆が言った。すると隣の西村は、またもや驚きの表情を見せた。
「えぇ!?あの美帆が男の子と連絡先を交換!?流石ヒロ君…」
「え、何?なんかあるの?…ああ、モデル関係とか?」
俺が言うと、美帆は再び首を横に振った。
「私ね。自分が信用できる人としか、連絡先は交換しない主義なの。でも、裕人君は大丈夫。ちょっとしか話してないけど、全然悪い人には見えないもん。寧ろ、優しすぎてこっちが呆れちゃうくらい」
「は、はぁ。そりゃあどうも」
まさか自分が、テレビに出ていたモデルっ子と連絡先を交換する上に、優しい男子と称されるとは思わなかった。今日は、なんだかんだツイてる。
「それからね。私の事をあんまりモデル扱いはしないでほしいなぁって」
「へ?なんで?」
俺は首を傾げた。
「私ね。本当は、あんまり人前に出るのは好きじゃないんだよね。のんびりとリンゴジュースを飲んで、アップルパイでも食べながら読書するほうが好きかな」
「…リンゴ、好きなのか?」
「大好き」
彼女は味を思い返したかのように、幸せそうな笑みを浮かべた。
「それに、将来の夢はもう決まってるの」
「モデルじゃなくて?」
「うん。将来は、心理カウンセラーになりたいんだぁ。それで、沢山の人に元気になってもらいたい。陽子からも聞いたと思うけど、私、人間観察と人助けが趣味だからさ。少し話しただけで、その人がどんな人かが分かる自信があるんだよ?」
「そりゃあまた、凄い特技だこと…」
「はいはーい。そろそろ私を思い出してくれますかー?」
隣で置いてきぼりにされた西村が、顔をふくれっ面にして見ていた。
「あれ?リンゴちゃんがこんなところに。食べちゃおうかなー?」
「だから!顔赤いからってリンゴちゃんはやめてって、昔から言ってるじゃん!」
俺にはよく分からないが、西村は美帆に向かって大声で叫んだ。
「えぇー?だって、顔が赤い陽子可愛いんだもん。裕人君も、そう思うでしょ?」
「は?あ、えーっと。まぁ…いいんじゃねぇの?」
「もう!美帆のバカぁ!」
とうとう西村は机に突っ伏してしまった。美帆はおっとりした半面、周りのペースを操作することもできるらしい。こりゃあまた、一層俺の母に似ているものである。
「あ、そうだよ裕人君!連絡先、交換しよっ?」
「…ああ!そうだったな」
「むぅ…」
互いの連絡先を交換している最中、西村は下から目線でずっとこちらを見ていた。これはこれで、初めて見る彼女の一面で可愛らしくも思う。
「よしっ。という訳で、とりあえず私が心奈に言ってみるからさ。何かあったら、二人にも連絡するね」
「りょーかーい」
機嫌が悪そうに西村が言った。どうやら、まだ気にしているらしい。
「じゃ、そう言うことで、今日は解散!香苗ー?私達帰るよー?」
美帆が、厨房でひたすら作業をしている香苗に声をかけた。
「うんー。今手が離せないから、そのまま出てっちゃっていいよー。あ、ジュース代はサービスー」
厨房から、彼女の声が聞こえる。どうやら、何かを作っているらしい。
「え、いいの?ありがとー!それじゃあ先に失礼するねぇ。みんな、バイバーイ!」
「おう、また」
「バイバーイ…」
美帆は一足先に、店を出て行ってしまった。残された俺達も、厨房に一言かけてから、一緒に店を出ようとする。
「ところで、さっきのリンゴちゃんってなんだ?」
俺は彼女に問うた。
「っ!!だからそれ聞かないで!バカ!!」
「へ?バカ?!ちょ、おい西村!」
西村はまたもや赤面しながら、怒って先に店を出て行ってしまった。
訳も分からずに、その後を急いで俺は追いかけた。
その後、結局彼女はリンゴちゃんの正体を明かしてはくれなかった。




