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3.

次の日 放課後


 金曜日。この言葉を聞くと、若干の喜びが心のどこかで湧き上がるのは、きっと俺だけじゃないだろう。一週間を頑張ったからこそ味わえる、休日があるという快感。これはきっと、誰もが共通して中毒のように味わえる感覚だと思う。休日があるからこそ、休みのために頑張れると言っても過言ではない。

 本当は今日だって、金曜日という一日が終わり、心の中で喜びが沸き上がっていたんだ。

 そう、ほんの二十分前までは。

 ――はぁ、何やってんだろう、俺。

 心の中でため息を吐く。自転車を校門まで引いて歩くと、サドルにまたがって、嫌々とペダルを踏み込んだ。

 二十分前―――。

「ひーろと! ちょっといいか?」

「んあ? おいっ、何だよ」

 特に用事なんてものは無く、今日は何となく気分的に、誰とも話さずにさっさと帰りたい気分だった。しかし、そういう時に限って、不運というものはやってくるというものだ。運悪く、面倒な奴に絡まれてしまった。宇佐美にがっちりと後ろから腕を回され行動を制限されると、しぶしぶと俺はその歩く足を止めた。

「お前、もうすぐ璃子が誕生日だってのは知ってるだろ?」

「あ? あぁ、えっと……二月の三日だったか?」

「その通り。よく覚えてたな」

「……お前まさか、プレゼントを用意しろだのなんだの言うつもりじゃないだろうな? 先に言っておくが、そんな金は俺には無いぞ」

「まぁまぁ、そう言うなって。ついさっきさ、金が掛からないとっておきの誕生日プレゼントが一つあることを知ったんだよ。どうだ、気になるだろ?」

「別に」

「おいおい。まぁいいけど。でよ、なんでも今日この後、近くのリオンにあのロイドが来るらしいんだ」

「あ? ロイドって、ジャニーズの?」

 ロイドとは、男性五人組による国民的アイドルグループだ。その名は世界にも知られているほどで、海外からやってくるファンも少なくないのだとか。更には去年から、メンバーの誕生日にそれぞれ、各々の地元でサイン会とかもしているらしい。

「そうそう。なんか、誰だったか忘れたけど、最後の一人がこの辺の出身らしくてさ。サイン会やるらしいんだわ」

「……あぁ、うん。そうなんだ。じゃあ、俺帰りますわ。それでは」

「うぉいおい、まだ話は終わってないぞぉ?」

 嫌な予感がした俺は、すぐさま彼の腕を振り切って逃げ出そうとしたものの、すぐさま彼にリュックを掴まれてしまった。クソ、これで嫌な予感も的中してしまったとしたら、それほど最悪なことは無い。

「でな? でな? 璃子って、ロイドのファンってことも知ってるだろ? お前」

 再び肩に腕が回される。もうダメだ、こんな世界滅んでしまえ。今俺は、とてつもなくこの世界の滅びを願っている。地球上の誰よりも。

「あー、はい。一応知ってます、はい」

「それでさぁ。裕人君にサインを貰ってきて頂ければ、物凄く助かるんだよねぇ」

 ニヤニヤと楽しそうにこちらを見ている。まさに、勝ち誇った余裕の笑顔だ。

「……お前、やっぱりヤンキーの素質あると思うぞ。どっかの組にでも入ってみたらどうだ?」

「あぁ? いやいや、俺はヤンキーじゃねぇから。てかそれどうでもいいから。で、どうなのよ」

「どうなのよって。俺がイエスと頷くと思って頼んでるのか? 自分で行ってきたらどうなんだよ」

「いやぁ、それがさぁ。ロイドが来るなんて、ついさっき知ったからさぁ。俺この後、璃子の用事に付き添わないといけなくてぇ。いつも暇そうな、裕人君にお願いできないかなぁ、なんて」

「褒めてるのか貶してるのか分からん」

「まぁ、褒めてはねぇけど。つーか、お願いできませんかね? 割とマジで」

「はぁ……? 本気で言ってるのかよ?」

 当然、嫌に決まっている。出来ることなら、今すぐにでも光速で家に帰りたい。それなのに、どうしてそんな割に合わない頼みごとをされなくてはならないのだ。堪ったものではない。

「いや、ホントに。頼む、この通り!」

「あの、肩揉まれても困るんだけど………」

 そしてそのまま、十数分間による討論が俺達の間で行われ、最終的には――。

「んじゃ、モバイルバッテリー奢ってやるから。よろしくな!」

「……へい」

 と、この間壊れてしまったばかりの、モバイルバッテリーを一つ、彼の奢りということで決着がついてしまった。人間というのは、どうしてこうも弱みを握られると抵抗できない生き物か。どうしようもない絶望感が、心の中で渦巻いた。

 そんなわけで。俺は今、デパートのリオンに向かって、男一人。自転車を向かわせている次第である。

「はぁ……」

 ――こういう時、女友達がいれば、最悪一緒に行けたりもしたんだろうか? まぁ、そんな奴いねぇけどさ。っていうか、あれ以来女子と関わるのは極力控えてるし、仕方ねぇんだけど。

 はぁ、貧乏くじ引いちまったなぁ……。

 ペダルの一漕ぎ一漕ぎが重い。目的地との距離が縮まるにつれて、どんどん気も重くなっていく。今すぐにでも、家に帰ってベッドにダイブしたい気分だ。それでも、このまま引き返してしまったら、後でどうなるか、想像すらしたくない。自分で自分にムチを打つ自虐行為を繰り返しながら、着々とその距離を縮めていった。

 二十分程自転車で走り続け、ようやく目的地という名の魔王城が見えてきた。あぁ、あそこにいる魔王に、サインを貰って来ればこの世界は救われるのか。……という茶番はさておき、目的地に着くなり駐輪場に自転車を停めると、しぶしぶデパートの中へと入った。

 ――……っていうか、サイン会の会場はどこですか。

 今更ながらに疑問を持った。そういえば、詳しく会場の場所を聞いていない。しかし、宇佐美の事だ。会場の事など、一切情報として聞いていなかっただろう。彼に聞いたところで無駄だ。

 入り口付近にある、デパートのマップを見る。当然ながら、会場の場所など表記されていない。

 サイン会の開始時間は確か、六時からだったはずだ。まだ時間はある。仕方ない、適当に歩いていれば、宣伝広告くらい貼り出されていることだろう。俺はそのまま、デパート店内を適当に散策し始めた。

 ――にしても、何で金曜日なんだ? 土日にスケジュールは空いてなかったのか。…まぁ、きっと予定なんてカツカツだと思うし、そこに文句は言えないか。

 一階のフロアをぶらぶらと歩き通す。特にサイン会会場のような人だかりは無く、ましてや宣伝広告なんてものも見当たらなかった。それでも、周囲を見る限り、明らかに女性客が圧倒的に多いのは確かだ。話は間違ってはいないだろう。そう信じて俺は、続いてエスカレーターで二階に上がり、またもや隅々まで歩き通した。しかし、そのような場所は見当たらない。

 ――つーか、俺だってここに来たの、二回目だか三回目だぞ? ほとんど来たことないし、どこに何があるのか分かりゃしねぇよ。

 今度はエスカレーター前に置かれた、店内マップを確認する。……どうやら、この店は全部で地下一階と、上には四階まであるらしい。流石にこれ以上、上の階でやるようなイメージは湧いてこない。こういうのはやるとしたら、一階か二階か、地下なんじゃないのか? 勝手な推測ながら、何故か不思議な自信を持っていた。

 一つ確信を持つと、俺はそのまま、地下一階へとエスカレーターで降りた。地下一階を歩き通す。……特に目ぼしいものは無い。

 ――嘘やん。

 特にこれといって何もないことが分かると、再び一階へと戻り、入り口付近にあるマップの周囲の、今度は広告なども一緒に、再び確認し始める。……それらしいものは見当たらない。

 ――いやいや、やるなら絶対に広告の貼り出しとか、あるはずだろ。なんで無いんですかね?

 いや、寧ろもう誰かに聞いてしまったほうが早いのではないのか? ……しかし、それは俺のプライドが許せない。やはり、こういうのは謎解きゲームのような感覚であり、自らで解決できないと気が済まない。極力、それは最悪の手段として残しておこう。

 スマートフォンを取り出して、時間を確認する。いけない、会場探しだけで、既に二十分も経ってしまった。残り時間は、あと四十分程。どこか、会場のような場所は無いものか。俺は、残りの三階、四階のマップを、まじまじと見つめた。

「あの……」

 ふと。マップを見つめる視界の片隅に、黒い何かが割って入ってきた。突然誰かに話し掛けられて、思わず声のほうを向く。

 ふと、目の前に立ち、まじまじとこちらを見つめている一つの姿を見て、俺は一つ、謎の既視感を覚えた。

 ――あれ、こいつは……。

 俺は、こいつを知っている。しかし、名前がすぐに出てこない。今まで書き記してきた、店内マップなどの情報を一旦全て破棄してから、すぐさま過去の情報を脳内メモリーから一気に探し始める。だが、さほどその作業に時間は掛からなかった。

 当時の記憶と比較すると、見た感じはだいぶ違うものの、間違いない。

「え……もしかして……西村にしむら?」

「あぁー! やっぱり! ヒロ君だよね? 嬉しい、覚えててくれたんだぁ!」

 髪を肩まで伸ばした、確かミディアムロングという類だったか。以前は背中にまで伸びた長い髪だったために、髪型が以前とはまるで別人のように違っていて、すぐには分からなかった。学校帰りであろう、首元にある赤いリボンが印象的な制服を身にまとっている。

 彼女の名は、西村にしむら陽子ようこ。自分にとって、唯一無二の友人であり、掛け替えのない存在の人物だ。

「おぉ、久々だな。元気だったか?」

「うん! おかげさまでね!」

「そうか。よかった、安心したよ」

 彼女は、あの日あの時と変わらない、無邪気な笑顔で微笑んだ。

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