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Memory.21

十の日


 結局、あれからずっと考えてはみたものの、中田への言い訳は何も思い浮かばなかった。重い足をどうにか動かしながら、裕人はしぶしぶと、気持ちとは正反対なすがすがしい朝の道を歩いていた。

 学校へ着くと、先に来ていた一年生たちが荷物の準備をしていた。彼らは体育館や部室から、次から次へ淡々と荷物をバスの中へと運んでいる。

「よう、昨日逃げ出した裕人君」

 ふいに肩をポンと叩かれた。すぐさま振り向くと、そこには今一番会いたくなかった、中田が立っていた。

「お、おう。和樹。おはよう…」

「一応言っておくが、俺はまだ納得してねぇからな?あんな言い訳で済むと思うなよ?」

 裕人の言葉を遮り、無表情に彼はそれだけ言うと、すぐにバスへと向かっていってしまった。

 しぶしぶ彼の後ろをついていき、中田の隣の席に荷物を置いた。

 ―さて、どうすっかな。本当のことは言えねぇし、試合前までに納得させとかねぇと、チームにも悪影響が出る。

「ところで、お前はいつからコンクリートで寝る趣味ができたんだ?」

 再び言い訳を考えていると、中田が問うた。

「は、はぁ?バカ野郎、そんな趣味があるか」

「じゃあなんだよ?昨日のあのザマはよ?本当のことくらい、話してくれたっていいだろ」

「んなこと言ってもな、その…」

 やはり、適当な言い訳も思い浮かばず口ごもる。本当の事を言えない事が、とてももどかしい。

「お前ら!集合だってよ!」

 ふと、バスの入り口から、一人の先輩が二人に向かって言った。

「ふん。後でちゃんと聞くからな?」

 そう言うと中田は、先にバスを出て行ってしまった。

 ―ああもう、どうすればいいんだ…。

 頭を抱えながら、裕人もその後を追った。


 バスに揺られながら、既に数十分が過ぎた。未だに二人の間には、会話が始まっていなかった。

 ―どうする?もう少しで会場着くぞ?何か、何かねぇかな…?

 会場に着けば、まともに二人で会話できるタイミングはほとんどないだろう。何かを伝えるとしたら、今しかないのだ。だが、焦れば焦るほど、新しい案が浮かばなくなる。ダメだ、冷静になって考えろ。自分に言い聞かせるものの、やはり思考は進展しなかった。

「はぁ…結局何も言ってくれねぇのかよ」

「…あ?」

 ふと、中田が目をつむりながらポツリとつぶやいた。

「一応、俺もお前を幼稚園の時から知ってるからよ。お前が隠し事をハッキリ言わない時は、必ず何か悪いことが起こるんだ。今回も、きっとそんなとこだろ?」

「…まぁ、そんな感じか」

 窓の外を見ながら裕人は答えた。

「そこまで言いたくないなら、言わなくていい。ただ…」

 彼は目を開けて、こちらを向きながら言った。

「何かあったら、俺が助けてやる。だから、その時は頼れよ?親友だからな」

 そしていつも通りにニッと笑った。どうやら、言い訳を考えていた自分のほうがよっぽどバカだったようだ。

「…ああ、そうだったな。そうさせてもらうよ」

 いつもの彼を見てホッとした裕人は、同じく彼に微笑み返した。

「ったく、これから公式試合だってのに、心配かけんじゃねぇよ。連携が乱れちまうだろうが」

「悪かったよ。よし、俺らの連携、ちょっくら観客に見せてやろうぜ」

「おうよ」

 二人は握りこぶしを軽くぶつけ合い、お互いの意思を固め合った。


 一方

 いつもと変わらない風景。いつもと変わらない日常。タイムリミットとはいったい何だったのかと思わせるくらいの、全く変わり映えの無い生活だ。

 ―今のところ、何もない。何もないけれど…。

 心奈は、昨日下駄箱にポツリと入っていた、ノートの切れ端をポケットから出して見つめた。相変わらずそこには、昨日見た文章と同じ文字が書かれている。

 一体いつ、何が自分の身に起こるのか。全く分からない現状のため、授業には全然集中できなかった。キーンコーンカーンコーンと、授業終了のチャイムが鳴り響くと、学級委員長の号令で先生に挨拶を終えた。

 次の授業は体育である。体操服に着替えるために、ロッカーにしまってある服を取り出そうと、後ろのロッカーの戸を開けた。

「っ…!?」

 ロッカー中身を見て、心奈は息をのんだ。何故なら、先ほどまで中に入っていたはずの体操服と教科書が、丸っきり無くなり、すっかり空っぽとなっていたのだ。

 ―また、嫌がらせが始まった。

 三か月間の猶予期間では、すっかり止んでいた嫌がらせ。それがまた、こうして再開されたということは、やはりあの紙の文章と関わりがあるということだ。

 深いため息を吐くと、ゆっくりとロッカーを閉めた。さて、どこから探そう。今までのパターンは、大抵誰かのカバンに入っていたり、他の人の体操着入れに紛れていることが多かった。

 まずは、近くの席の人たちから聞いて回ってみよう。心奈は立ち上がると、周りのクラスメイトから手当たり次第当たっていった。しかし、聞く人聞く人、みな持っていないと言って、体操服は手に戻らなかった。

 ―誰かが嘘をついてる?…いや、そんな感じの人はいなかった。

 気が付くと、心奈以外の女子は皆、更衣室へと向かってしまったようだ。教室には、心奈がいてもお構いなしに着替えをする男子と、自分が出ていくのを話しながら待っている男子がそれぞれ散らばっていた。

 仕方なく教室を出て、男子がいなくなるのを待とう。足早に教室から出てドアを閉めると、小さく息を吐いた。

「あら、心奈。久々ね」

 ふと、廊下で懐かしい顔がこちらに声をかけてきた。前田来実だ。

「あ、来実ちゃん。久しぶり」

「どうしかしたのかしら?次は体育みたいだけれど」

「うん…あのね、また私の体操服がどこかにいっちゃって。しかも今回は、ロッカーに入ってたものも全部なくなっちゃったの」

「あら、それはまた物騒ね。それで、探していたのね」

 心奈の気持ちを共感するように、前田は顔を歪ませた。こういう友人がいると、幾分気持ちが楽になる。

「そうね…もしかしたら、教室にはないんじゃないかしら?」

「え?」

「例えば…ゴミ箱とか」

 面白そうに、前田は笑みを浮かべる。

「そ、そんな!ゴミ箱に入れるなんて…今まで、そんなことはなかったし…」

「そう?まぁ、例え話よ。気にしないでちょうだい。気を悪くしたら、ごめんなさいね」

「ううん、大丈夫。ありがとう、来実ちゃん」

「いいのよ。だって私達…」

 そこまで言うと彼女は、顔を耳元まで近づけて、

「親友じゃない」

 と囁いた。

「へっ…?」

「それじゃあね。体操服、見つかるといいわね」

 返す言葉を探しているうちに、彼女は逃げるように去っていってしまった。

 ―親友…・・?

 親友というワードに対して、正直「嬉しい」とは思わなかった。どちらかと言えば「何故」だ。彼女から何故、今になって親友という言葉をもらったのだろう。果たして、そこまで自分たちは仲がよかったのだろうか?

 考えを巡らせているうちに、学校中に次の授業開始のチャイムが鳴り響いた。


 ―音楽室のゴミ箱から、教科書と体操服が見つかった…。

 心奈は更衣室で着替えながら、ずっと悩んでいた。

 音楽の先生が自分に届けてくれたおかげで、体育の授業は途中から参加できた。しかし、妙にゴミ箱というキーワードが引っかかった。

 ―あの時…来実ちゃんは、ゴミ箱って言った。

『例えば…ゴミ箱とか』

 そう、彼女は笑みを浮かべながら言ったのだ。

 もしこれが偶然じゃなかったとしたら?これが、彼女の仕業だとしたら?しかし、そうだとしたら、どうにも彼女の仕業で成り立たない場面は多々ある。なら、共犯者がいるとしたら?そうなると、自分のクラスメイトの誰かが、彼女と手を組んでいることになる。果たして、一体誰が…?

 ぼんやりとしながら、自分の教室へと戻る。まず自分の机の中を確認し、何も無くなっていないかを確認すると、なくなっていた教科書と体操服をロッカーに戻し自分の席に座った。

 ―はぁ、またこんな日々が続くのか。

 正直、思い返すだけで嫌になる。どうして毎回、自分の身にはこうも悪夢が取り巻くのか。

 やはり、あの時自分が逃げなければ。自分が犠牲になっていれば、こんな嫌な日々を送らなくて済んだはずなのだ。

 ―…嫌な日々?

 心の中で繰り返した。

 なら、今まで西村や南口と過ごしたあの日々は?中田のような頼れる存在ができた最近は?彼のような―――裕人のような、尊敬できる存在がいる今は?

 そうだ、あの時彼が代わりに犠牲になったおかげで、こうやって自分は生きている。幸せな日々を送っている。彼の為にも、精いっぱい生きねばならない。

 …だが、本当にこれでよかったのか?自分なんかより、彼のほうがよっぽど生きるべきではなかったのか?自分だけ生き残り、のこのこと学校へ通い、友人や想い人と楽しい時間を淡々と過ごしている自分よりも、才能にあふれ、人格もよく、何より夢の為に努力していた彼のほうが、よっぽど生きるべきだったのではないか?

『逃げて!早く!』

 自分は、やはり生き残るべき存在ではなかったのだ。あの日、自分を庇う彼の姿が、脳裏に浮かんだ。

『僕の事はいいからさ!すぐに追いつくから!だから早く!』

 普段は気弱で、人見知りで、自分がいないと何もできなかった彼の最期。それは今でも、鮮明に目に焼き付いている。

「心奈ちゃん?」

 ふと、自分の名を呼ぶ声で心奈は現実に引き戻された。

 前を見ると、普段から仲の良いクラスメイトの女子がこちらを見ていた。

「どうしたの?なんで泣いてるの?何かあった?」

「ふぇ…?あれ、私…」

 気が付くと、頬が濡れていた。どうやら、泣いてしまっていたらしい。

「大丈夫?教室出ようか?」

「ううん…平気。落ち着けば大丈夫」

「そう?無理、しないでね」

「ありがとう…」

 ―そうだ、今はこんなにも自分を支えてくれる人がいる。そのためにも、頑張って生きなければならない。

 次の授業のチャイムが鳴った。

 大きく深呼吸をすると、気を改めて心奈は机から教科書を取り出し、机の上に開いた。

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