Memory.12
「バカか、お前は。告白前に機嫌悪くさせたら意味ねぇだろ」
心奈を南口に任せ、二人でリンゴ飴を食べながらベンチに座り、談笑していることを確認すると、中田は裕人を一喝した。
「いやぁ、まさかああなるとは思わなかったね、うん。…どうしよう」
「はぁ。なら、作戦変更だ。これから、俺は玲奈といなくなるから、そこからはお前一人でどうにかする。これでどうだ?」
「えぇ、それ本気で言ってる?」
「何言ってんだ。玲奈だって、一人で俺に告白してきたんだ。お前だってやれるだろうよ」
まるで自分がしたかのように中田が語る。イマイチ説得力がない。
「まぁ、やれるとこまではやってみるけどさぁ」
「よし、決まりだな。おーい二人とも!そろそろ行こうぜ!」
中田が二人を呼び寄せると、心奈に気づかれないようにそっと、南口に耳打ちした。
軽く南口が頷くと、一行は再び歩き始めた。
さっきよりも人混みが多い。腕時計を見ると、午後の七時を回った頃だ。ちょうど、お客もピークの時間だろう。
あえて人通りが多い道を中田は進んでいくと、心奈が目を離している隙に、中田と南口が、一気にダッシュして離れていく姿が見えた。
―おいおい、結構強引だな。
呆れながらも、全く気が付いていない心奈の後ろを歩きながら、裕人は彼女が気づくのを待った。
「あれ?玲奈?中田君もいない…」
しばらくして、ようやく二人がいなくなったことに気が付くと、心奈は周りをキョロキョロと見渡した。
「ん、どうした?」
「ねぇ、二人がいないよ。どこ行っちゃったのかなぁ?」
「あれ、聞いてなかったの?あいつら、二人で行きたいところがあるからって、さっき別れたよ」
「え、それっていつ?」
「出発したあたりかな。人混みが多くて、結構分かんなかったのも無理ないね」
「ふーん…そうなんだ」
さっきのことを気にしているのか、不服そうに心奈が言った。
「ま、適当に回ろうよ。せっかくだし、二人きりで」
「…うん」
それから、二人は二人なりに、お祭りを堪能した。結局心奈も、最初の出来事は忘れてしまったみたいで、いつも通りの彼女に戻っていた。
「あ!」
ふと、突然心奈が一つの射的の屋台に走り出した。
「ん、どうした?」
「あれ!可愛いなぁ。ねぇヒロ、取れる?」
彼女が指差す先には、二十センチ程の大きさの、ごろんと寝ころんだ猫のぬいぐるみだった。眠たそうな目をしている猫を見ると、こっちまで眠くなってしまいそうだ。
「うーん、射的はあんまりやったことないけどなぁ。やってみるよ」
屋台のおじさんに小銭を渡すと、裕人は射的銃を構える。
「…なにその構え」
「え?いやぁ、兄貴が結構銃好きでさ。構え方とか、結構教わったりしたんだよね」
銃の後方、ストックと呼ばれる部分を右肩に置き、標準を合わせると、裕人は引き金を引いた。
パチンっ!といい音を出して飛んだコルクは、見事猫のぬいぐるみに命中した。
「おぉー」
後ろで見ている小さい子供たちから、歓声が沸いた。
「すごーい!やるじゃんヒロ!」
「へへ、まぁね」
「兄ちゃんやるね。はい、お嬢ちゃんにプレゼント」
「わーい!ありがとう!」
「大切にするね!」と、嬉しそうにはしゃぐ心奈を見て、裕人は胸が高鳴った。
あっという間に時は過ぎて、人気も段々と少なくなってきた頃。時計の針は、間もなく九の字を指そうとしていた。
「あーあ、楽しかったぁ。まさかヒロにあんな特技があるとは思わなかったなぁ」
先程の猫のぬいぐるみをニコニコして見つめながら、心奈が言った。
「まぁでも、あの時結構手が震えてたんだよ?気づいた?」
「あれ?そうだった?ヒロ、本番に弱いもんねぇ。でも、それでもなんとかなっちゃうから凄いよね」
「いやまぁ、それは偶々なんだけど…」
お祭りの通りを抜けて、いつもの見慣れた風景が見え始める。楽しかった時間が終わってしまうのだと思うと、少し寂しい気持ちになる。
だが、裕人にはこれからやることがある。あまり気は乗らないが、とりあえずやれるところまではやろう。
決意を固めると、駅前の踏切を渡ったところで、裕人は口を開いた。
「ねぇ。この後、もう少しだけ付き合ってもらってもいいかな?」
「ん、なぁに?」
「いいからいいから」
裕人は、駅前の公園に彼女を連れ出すと、揃ってベンチに座った。
「なぁに、急に」
隣を座る心奈が、不思議そうにこちらを見た。
「いや、あのさ…一つ、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ」
大きく息を吸い込むと、裕人は予め考えていた、その言葉を口にした。
「…もし、彼氏ができたとしたら、どうしたい?」
「ふぇ?」
彼女の動きが止まる。口をポカンと開けたまま動かなかった。
少しの間、夜の静寂が耳をついた。
「あ、いや、その。できたらだよ?俺は、その…好きとか、彼女とか彼氏とか、まだよく分かんないし。和樹君と南口みたいに、仲良くなれたらなぁとは思うけど、でも、全然分かんないしさ…」
そう裕人が言うと、心奈は目線を下に落とし、しばらく口を閉ざしてしまった。
その静寂に耐えられずに、裕人は思わず笑ってしまった。
「…なんか、ごめん。変なこと聞いたよね。やっぱり、なんでもないよ」
いつまで経っても口を開かない心奈を見て、裕人は諦めて苦笑いを浮かべた。
「あのね、ヒロ」
すると、彼女が一言、そっと呟いた。まだ、目線は下に落としたままだ。
「…私もね。実は、そういう気持ち、よく分からないんだ。どんな気持ちが好きって気持ちなのか、ハッキリとは分かんないの。でもね、これだけは言わせて」
そこまで言うと、彼女は顔を上げ、笑顔で言った。
「私はね、ヒロと一緒にいられて、楽しいよ。幸せだと思ってる。だから、これからも一緒にいたいなって、それだけは思うんだ」
「明月…」
「だから、これからもよろしくね」
「…うん、こちらこそ」
二人はお互いに、微笑み合った。
結局、告白は成功したのか否か、それは定かではなかったが、二人の距離が少し縮まったということだけは、裕人は実感することができたのであった。
「あらあら、楽しそうにしちゃって。ちょっと後を付けてみたら、やっぱりあの二人…」
それは、舌でチロリと下唇を舐めた。
木陰から二人は監視されているということに、当時は全く知る由もなかった。




