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Memory.7

二千×三年 一月 年が明けた始業式の日


 チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる。新年を迎えて数日が立ったものの、特になんの風変りもない風景に飽き飽きしながら、裕人は朝を歩いていた。

 裕人は、心奈と会うことが怖かった。彼女とは父親について怒鳴りつけられてから、一度も話していない。

 何がいけなかったのだろうか?その理由は、今でもやっぱり分からない。

 憂鬱な気分を抱えながら歩く先には、既に小学校が見え始めていた。

 教室に入ると、みんなから「あけましておめでとう」というお決まりの声をかけられた。それに適当に返事をすると、自分の席に座って、室内に彼女がいないかを見回す。

 まだ、教室に彼女の姿はなかった。そう分かった瞬間、なぜか心に安堵が過ぎった。

「よう、あけおめ」

 背中をバッと叩かれた。振り向くと、いつもの調子の中田が立っていた。

「あ、和樹君。あけおめー」

「お前、少し太ったんじゃねぇの?餅食いすぎた?」

「そうかなぁ?そう言われれば、食べ過ぎたような気がする」

「はは、だってほら。ちょっともっちりしてるぜ。餅みてぇ」

 中田が笑いながら、裕人の頬っぺたをつねる。

「痛いっ!ちょっと、やめてよ!」

「えー、でも結構気持ちいんだけどなぁ」

「そんなこと言われても!」

 新年早々、そんなやり取りを彼としていた時、教室のドアがガラッと開いた。

 心奈だった。裕人は彼女の姿を捉えると、血の気がひたように言葉が止んだ。

「んあ?どうかしたか?」

「…え?いや、なんでもない」

 首を振って否定すると、裕人は笑顔を作ってみせた。

 彼女は、いつも通り西村のところに歩み寄ると、いつもの笑顔で会話をしていた。もう、怒ってないのだろうか?

「あ、そうだ!今度さ、知り合いのおっちゃんに釣りに連れてってもらうんだけど、お前も来る?」

 中田が思い出したように言った。

「へ、釣り?うーん、やったことないからなぁ」

「大丈夫、俺が教えてやっから。な?行こうぜ?」

「うーん、じゃあ行こうかな」

「おっけー!決まりぃ」

 中田が、嬉しそうに笑顔で裕人の肩を叩いた。


 放課後

 今日は始業式のため、午前中で帰宅時間になる。大半の児童は誰かしらと遊ぶ約束をしたりしているようだが、裕人に今日はそんな余裕がなかった。

 ―やっぱり、とりあえず謝っとかないとダメだよね…。

 そう思った裕人は、中田の一緒に帰ろうという誘いを断り、一人下駄箱の前で、彼女を待っていた。

 五分程児童の軍勢が去っていく様子を見守っていると、ようやくあの二人の姿が見えた。

「あれ?ヒロ君?」

 西村が素っ頓狂な声を上げる。一方の心奈は、一瞬目が合ったものの、すぐに目を逸らしてしまった。

「え、えっと…明月。ちょっといい?」

 おどおどした口調で彼女の名を呼ぶと、肩をピクリとさせて心奈が反応した。

「な、何…?」

 少しだけ、一昔前のビクビクしている彼女のほうを出しながら、心奈は次の言葉を待っていた。

「えっと、西村。ちょっと待っててもらっていい?二人きりで話したいんだ」

「へ?う、うん」

 そうして西村をその場に待たせると、裕人は心奈を、先生たちの駐車場へと連れ出した。ここなら校舎裏なので、人の出入りが少ないからだ。

「な、何の用、かな?」

 怯えるように心奈が言う。その言葉は噛み噛みだった。

「えっと…大したことじゃないんだけど」

 なんだか、こうして女の子と二人きりだとまるで告白しているみたいだ。改めて思うと、どうして二人きりになる必要があったんだろうか?

 呼び出した後に後悔する。顔が熱いことが、自分でも感じ取れた。

「その、前にさ。お父さんの話をして、怒らせちゃったかなと思って。だから、謝ろうかと思ったんだ。その…ごめんなさい」

 裕人は、オーバーに深々と頭を下げた。

 果たしてこれでよかったのだろうか?しばらく彼女の反応をうかがっていた。

「えっと…ヒロ。私もね、実は言いすぎちゃったなって思ってて。いつ言おうか迷ってたんだ」

「え、そうなの?」

 驚きと同時に頭を上げると、普段の彼女らしい笑顔がそこにはあった。

「う、うん。ごめんね、あの時は急に飛び出して」

「い、いやいや、こっちこそ!」

「私だって悪かったよ」

「俺だって…」

 そう言い合っているうちに、なんだか可笑しくなって、二人揃って笑った。

「…私ね、お父さんがいないんだ」

 突然、心奈が言いだした。

「え、そうなの?」

「うん。小さい時、お母さんと色々あって、いなくなっちゃったんだ。だから、お父さんと喧嘩ができるヒロが羨ましいなぁって思って。だから、ついムキになっちゃった」

 改めてごめんねと付け加えると、心奈が微笑んだ。

「こっちこそ、何にも知らなくてごめん!そりゃあ怒るよね、そんなこと言われたら」

「ううん、私が話さなかったからいけないんだし」

「いやでも…あ」

 またまた変な掛け合いに二人で笑い合うと、嫌われていなくてよかったと、裕人は心中ホッとした。

「それじゃ、帰ろうか」

「うん、そうだね」

 そうして、二人は並んで待っている西村の元へと向かった。

 その時二人は、数年後に卑劣な運命に出くわすことをまだ知らなかった。

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