3.
バレンタインデー当日
いつも通りの部活風景。いつも通りの部室での仲間たち。
バレンタインだなんて、そんなものだ。
結局は、チョコを売り出すだけの企画に過ぎないのだ。この日本の間違った風習は、一体どうにかならないものか。
結局、今年も夏樹が小さいチョコをメンバー全員に渡していた。特に違和感は無く、軽く礼を言って彼女から受け取った。
中田は、いつも通りの一日を学校で過ごすと、さぁ帰ろうとカバンを手に取り、仲間たちに別れを告げて部室を出た。
「あっ」
ふと、左から声が聞こえた。
目を向けると、両手を後ろに回して、目を背けた夏樹がドアの横に立っていた。心なしか、少し顔が赤いような気がする。
先程までと違い、珍しく髪を結ばずに流していた。
「なんだ?入ればいいんじゃねぇの?」
中田は彼女に、いつも通りの言葉をかけた。
「あ、うん」
すると、彼女からは素っ気ない返事が返ってくる。
「どうした?調子でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫」
「…まぁいいや。俺帰るわ」
何だか変な様子の夏樹だが、気にせずに中田はその場を立ち去ろうとした。
「あ、待って…」
ふと、左腕を夏樹に掴まれた。
「なんだよ?用があるなら言えよ」
いつまでもハッキリとしない彼女に嫌気がさし、少し強い口調で中田は言った。
「あ、あの…ここじゃ言いづらいから、あっち行こ」
そう言って、夏樹に連れられたのは、学校裏の駐車場であった。
ここは人気がほとんどなく、校舎の窓からもほどんと見えない場所だ。告白などで呼ばれそうな場所だなぁと、中田はふと思った。
「で、なんだよ?」
改めて中田は聞いた。
「あの、その…。和樹は、彼女いるんだよね?」
「はぁ?まぁ、一応いるけど」
彼女の、意図の全く分からない質問に、素っ気なく答えた。
「だよね…。やっぱりいけないんだよね。でも…」
口を閉ざしてから、たっぷり十秒は経った。すると彼女は、両手を上げて持っている物を突き付けた。
「これ!」と、勢いよく中田の目に飛び込んできたのは、可愛らしいリボンで結ばれた、包みに入った箱だった。
「あの、頑張って、作ったんだ。和樹に、あげたくて」
「え、あ、その…サンキュー」
突然の手作りチョコの手渡しに、なんと答えたらいいか分からず、とりあえず礼を言って、包みを受け取った。
彼女は目を背けながら、唇を震わせているのが分かった。
「…ずっとね、好きだったんだ」
「…は?」
夏樹が目を背けながら言った。
急な告白に、急に胸がドキリとなる。
「一年生で同じクラスになってから、ずっと和樹のこと好きだった。でも、前に文化祭で、ウチの生徒じゃない女の子と歩いてる和樹を見て、すぐに彼女がいるって分かったんだ」
「夏樹…」
「でも、バスケ部のマネージャーになったのも、和樹を応援したかったから。私、元々中学でバスケしてたから、ルールは知ってたし。…本当はこんなこと、いけないって分かってる。でも、こうでもしなきゃ、諦めきれなくて」
夏樹の目から、一線の滴が流れた。
「気持ちだけでも、伝えたかった。だから今回、告白して諦めようって思ったの」
彼女は、俯きながら涙を流していた。
だがそんな彼女を見て、中田は怒りを覚えた。
「…バカ野郎」
「え…?」
目を赤くした夏樹がこちらを向いた。
「お前が諦めたら、誰が俺の専属になるんだ?お前がいつもアドバイスしてくれたから、なんとかやってこれたんじゃねぇか」
つい本音が出てしまった。こうなってしまっては、こちらも本音をぶちまけてやろうではないか。
「本当はな?何度も部活を辞めようって思ってたんだぜ?でも、そしたらお前に嫌われるんじゃないかって思って、必死に頑張ってきたんだ。これでも、感謝してるんだぜ?」
「和樹…」
「諦めるのは早いぞ?まだ、夏の大会が残ってるしな」
そう言うと、中田はニヤリと笑ってみせた。
「最後の大会は、絶対レギュラー取ってやるさ。もちろん、夏樹の指導の下でな」
「…もう、ホントにバカなんだから」
赤い目を擦りながら、夏樹がいつものように笑った。
「これからも、サポートよろしくな」
「当り前よ」
何かが吹っ切れた様子の彼女は、クシャっとした笑顔を見せた。
その帰りだった。
中田のSNSに、一つの連絡が来た。
≪突然ごめん!覚えてるかな?西村陽子だよ!信じてもらえるか分からないけど…。今、ヒロ君の事について調べてるんだけど、協力してもらえないかな?もし信じてくれるなら、この番号に電話してくれる?≫
その文章の下には、彼女の番号であろう数列が書いてあった。
「…今日は、忙しい日だな」
フッと笑うと、中田はその番号を打ち込んだ。
≪もしもし…≫
「よう、俺だ。中田和樹」
≪中田君!?よかった、信じてくれたんだ!≫
「ああ、もちろんな。だって…」
「あいつの名前出されたら、信じない訳ないからな」




