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2.

「あ、来た来た」

 待ち合わせ場所の北ビルに到着すると、制服姿で赤いモコモコのマフラーが似合っている南口が立っていた。

「おう、待たせたな」

「大丈夫。じゃ、行こう」

 二人は並んで、ビルの中へ入っていった。

 この北ビルは四階から地下1階まであり、それぞれ日用品や食品など、様々な品揃えで人気だ。

「そういえば、お前眼鏡かけなくて大丈夫なのか?」

 中田は南口に問うた。

 最近彼女は、赤いフレームの眼鏡をかけ始めた。まだ見慣れないものの、眼鏡姿も一新して可愛いのだ。

「うん。まだかけなくても、生活範囲内なら平気」

「そうか。でも気をつけろよ?」

「ありがと」

 南口が微笑む。

「んで、何に付き合ってほしいって?」

「ああ、そうだった。もうすぐバレンタインでしょ?写真部のみんなや先生にあげないとなぁって思って。去年はとりあえず手作りを作ったんだけど、やっぱり手間がかかるからね。今年は配るために、買っちゃおうと思って」

「で、どんなのがいいか一緒に見てくれと」

「そういうこと」

 南口は人差し指を立ててウィンクをした。

 高校に入ってから、少し彼女は変わった気がする。昔はどちらかと言うと、可愛いより美しいが似合う子だった。おっとりとした性格で、どこか独特のとっつくにくさもあったのだが、最近は段々、積極的になってきた気がする。

「でもその前に、もう一つ付き合って欲しいの。これは私の用事だけどね」

 そう言って、南口に連れてこられたのは、家電用品が置いてあるコーナーの一角にある、カメラのコーナーであった。

 ―家電のフロアに来た途端、察しはしたがな。

 中田はカメラを見る南口の後ろで、苦笑いを浮かべる。

 その理由はと言うと。

「あ、これかぁ。この間の新しいカメラ」

 彼女は、棚の一番目立つ場所に置いてある、最新式の一眼レフカメラを手に取った。

「げっ」

 お値段その額二十数万。とてもじゃないけど手に出せない。好きな漫画を全巻買ったほうがまだ安い。

「ふむ、持ちやすくて軽いね。十七ミリから五十ミリ。手ブレ補正…画素数は三千六百三十五万か…」

 何やら一人でブツブツと呟きながら、南口はカメラを弄繰り回している。

 高校に入ってから、彼女はもう一つ、変わったことがある。それはカメラについての知識だ。写真部に入った彼女は、何やらカメラにどハマりしてしまったらしく、休日には写真を撮りに出かけることもよくある。実際に連れて行かれたことも結構あるのだ。

「ねぇ、こないだ見たカメラの最高画素数っていくつだっけ?」

「五千百六十万画素。お値段は四十数万」

 ついでに中田自身のカメラへの知識も増えた。

「ふむ。なるほどね。コストパフォーマンス重視か…」

 そう言うと、南口は今持つカメラを棚へ戻し、隣のカメラを手に取る。

 実に二十分もの間、南口はカメラとにらめっこをしていた。

「ふぅ、ざっとこんな感じかぁ」

 一通り見終わった南口は、軽く息を吐いた。

「んで、何?部活で使うカメラでも見てたのか?」

 ―それともマイカメラか?

 できれば後者でないことを祈るが。

「いや、ウチの部活の後輩ちゃんがね?自分のカメラが欲しいなって言ってたから。その子、部活のカメラをずっと使ってて、自分のを持ってないんだよね」

「ふーん」

 ―別に一眼レフカメラじゃなくても、デジタルカメラでいいんじゃねぇのか?

 心の中で、中田はふと思ってしまった。とりあえず、自分のカメラ目的じゃなくて一安心である。

「ま、情報収集はできたし、チョコ見に行こっか」

「おう」

 家電用品コーナーを出た二人は、目的のチョコを売っている、地下一階へと向かった。


 無事彼女の部活メンバーに配るチョコを買うことができた二人は、一息吐こうと、ビル内にあるアイスクリーム店へと向かった。

「ほい、ポっピングシャワー」

「ありがと、中田君」

 中田は彼女にカップに入ったアイスクリームを手渡すと、ベンチの彼女の隣に座った。

 この肌寒い季節ではあるが、夏にカレーを食べるように、冬にはアイスを食べたくなるものである。

「そういえば、最近思ったんだけどね」

「ん?」

 中田は、コーンに乗ったチョコのアイスクリームをスプーンですくいながら彼女を見た。

「…最近、ヒロ君と連絡してるのかなぁって」

「…あいつか」

 ―真田裕人。

 中田の古い友人である。小さい時から仲がよく、いつも遊んでいたものだ。

 ところが中学の一件のせいで、彼との接し方が分からなくなってしまった。要するに、彼から逃げてしまったのだ。

 確か、宇佐美とかいうヤンキーみたいな奴と絡んでいたが、今のあいつが心配だ。

「してねぇ。今何やってるかも知らねぇ」

「そっか…。そうだよね。しづらいよね」

 南口は、ゆっくりとアイスクリームを口に運んだ。

「今、どこの高校行ってるか、知ってるか?」

 中田が聞くと、南口は驚いた表情で中田を見た。

「っ!?知らないよ。寧ろ、中田君は知ってるのかと思ってた」

「そう、だよな。一番、俺が仲良かったんだもんな」

 暫くの間、二人は黙々とアイスクリームを口に運んでいた。

 偶に目に入る、こちらを妬むようにしてみてくる男どもにイラッとくるのは内緒だ。

「してみたら?電話。連絡先は変わってないんでしょ?」

 南口が言った。

「多分な。流石に引っ越してたら、俺のとこにも一本くらい電話がくるはずだ」

 そう中田は言ったものの、いまいち確信が持てなかった。

 ―本当に、あいつが変わっちまったなら、もう俺とは関わろうとはしないかもしれないじゃないか。

「…そういえば、明月のほうはどうなんだ?」

 ふと疑問を持った中田は、南口に聞いた。

「心奈は…そうだ。ずっと言ってなかったんだけど…」

 南口は、最後の一口を口に入れて食べ終わると、ゆっくりと話し始めた。

「一回だけね?会ったんだ。高校に入ってから」

「え、それっていつ?」

「去年の今頃。マフラーしてて、はっきり顔が見えなかったから、確証はないけど。それで、話しかけたんだ。心奈?って。そしたら、

『…違うわ。人違いじゃない?世の中、ゴミのように人はいるからね』

 って、一瞬驚いた感じしてたけど、すぐ真面目な顔になってそう言ったんだ。すぐにどこか行っちゃったから、顔は確認できなかったし。口調とか、雰囲気とか全然違ったから、本当に心奈かは分かんない」

 南口は言い終えると、悲しそうな顔をして、俯いてしまった。

「そうか」

 南口の話を聞いて、ますますあの一件の真相が分からなくなってしまった。それが本当に彼女だったら、その変貌は恐ろしいほどねじ曲がってしまっている。

 ―二人とも、何があったんだろう?

「…あいつら、あんなに仲よかったのにな」

「うん…」

 二人は重い空気のまま、暫く無言でベンチに座っていた。


「ごめんね、わざわざ付き合ってもらって」

 帰り際。電車を降り、駅を出たところで彼女が言った。

「構わねぇよ。それと…」

 中田は、上の空を見上げながら言った。

「今度の土日辺りに、あいつに電話してみようと思う」

「っ、本当にするの?」

「ああ。やっぱり気になるしな」

 約二年間、二人の暗黙のキーワードであった彼らの名前が出てきたのだ。

 少し恐怖こそあるが、今の彼と話してみたいと思った。

「そう…じゃあ、結果待ってるね」

「ああ、分かってる。ちゃんと伝えるよ」

 それじゃあ、と南口は駐輪場へと入っていった。

 手を振りながら彼女を見送り、一人になった中田は、中学時代の彼の顔を、思い出しながら帰り道を歩いていた。

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