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1.

バレンタインデー三日前


 年が明けて一ヶ月半が経つ。段々と新年になったんだなと、既に去年が懐かしく感じ始めるころである。

 まだまだ寒さは絶好調で、マフラーに手袋が必需品である今日この頃。

 彼は、体育館でバスケットボールの練習に励んでいた。

「よし、じゃあ今日はここまで!」

「礼!ありがとうございました!」

 キャプテンの掛け声で全員がコーチに挨拶をすると、みんなバラバラに行動をし始める。

 部室に戻ろうとする者。コーチと話をしている者。水道に向かう者。様々だ。

「かーずきっ!」

 後ろから背中を叩かれた。

「なんだ、夏樹か」

 バスケ部のマネージャー兼、専属の彼の指導者(自称)を名乗る彼女は、イメージカラーはオレンジが似合うような、活発的なスポーツ少女の夏樹である。

 彼女はイメージカラーとは対照的の青いジャージ姿で、長い後ろ髪をポニーテールにまとめていた。

「なんだ、じゃないでしょ?何よ、さっきのパスミス。らしくないなぁ」

「るせぇ。どうせバスケ部補欠の実力なんざ、そんなものさ」

 彼はバスケ部でも、いつも補欠だ。スタメンに起用されたことは一度もない。それも、小学生来の親友とのコンビネーションがないからだと彼は思っている。

 中学時代、一時期は彼といつもスタメンを保持していたが、とある一件以来、いつしかそれは手の届かないところにまで離れてしまっていた。

 彼はついムキになり、彼女から視線を逸らした。

「いつも言ってるけど、そんなこと言ってないで、ちゃーんと練習すればいいのに。そうすれば、すぐにレギュラー取れると思うのになぁ」

「別に俺はレギュラーなんか狙ってねぇ」

 二人は並んで体育館を出ると、部室棟へと向かい始める。ユニフォーム姿だと、いくら運動後でもさすがに肌寒い。

「嘘ばっかり。他の子に勝てないからって、強がらないほうがいいよ」

「強がってねぇし」

「中学生の時は、スタメンだったんでしょ?もっと頑張ればいいのに」

「昔は昔、今は今だ」

「…バカ」

 夏樹は頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向いた。

 そのまま部室棟前までたどり着くと、部室のドアが鈍い音を出して開いた。長年使われているせいか、ドアの開閉がしづらいのだ。

「お、和樹。モテるなぁ羨ましい」

 一人、部室から出てきた制服姿のチームメイトにおだてられた。

 彼はその一言についカチンときてしまった。

「いつも言ってんだろ。そんなのじゃねぇって」

「はは、まぁせいぜい頑張りな」

 彼は肩をポンと叩くと、ニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら去っていった。

「んだよ、俺はそんなことで話してねぇっつうの。どいつもこいつも…」

 イライラしながら部室に入ると、壁に寄りかかり、そのまま尻を地面に任せた。

「じゃ、私コーチのとこ行ってくるから」

「あっそ。行ってら」

 夏樹はギプスが入った籠を持ち上げると、少し強い口調で言い放ち、足早に部室を出て行った。

 その後ろ姿を、軽く手を振りながら見送った。

「おい中田、なんか夏樹怒ってなかったか?」

 彼女がいなくなったことを確認すると、チームメイトの紀彦のりひこが、ベンチに座りながら話しかけてきた。

「ああん?知るか。あいつが勝手に怒ってんだろ」

 中田和樹は、紀彦を見ずに言った。

「…なんか、喧嘩でもした?」

「別に。いつも通りおせっかい聞かされて、いつも通りの会話だよ」

「んならいいんだが。まぁあいつはお前専属だからな。色々あるのも仕方ないか」

 紀彦はカバンの中から弁当を取り出すと、パクパクと食べ始める。

 周りに、美味しそうな香りが充満し始めた。

「そういえば、もうすぐバレンタインだよなぁ。夏樹、くれると思う?」

 紀彦が言った。

「知らん。また小さいチョコでもメンバー全員に配るんじゃねぇの」

 たった一人のマネージャーでもある夏樹は去年、一口サイズのチョコをメンバー全員に配っていた。もちろん、中田も貰った。

「ああ、そういえば去年はそうだったな。去年は俺、それしか貰えなかったんだよなぁ」

 まぁ貰えるだけマシか、と呟きながら、紀彦はささみとご飯を一緒に頬張った。

 てれれれ…。

 その時、どこからか小さく何かの音が聞こえ始めた。

「ん、中田。お前携帯鳴ってね?」

「俺か?」

 紀彦に言われてカバンを手に取りファスナーを開けると、中田のスマートフォンが鳴っていた。

「ん、なんだ。玲奈か」

 スマートフォンに表示された名前は、ガールフレンドである南口玲奈であった。

「もしもし」

≪あ、中田君。今大丈夫?≫

 聞きなれた彼女の声が、スピーカーから聞こえた。

「ああ、ちょうど部活終わったとこ」

≪よかった。じゃあさ、この後時間ある?ちょっと一緒に見てもらいたいものがあるんだけど≫

「ああ、いいぜ。場所は?」

≪駅前の北ビル。入り口で待ってるから≫

「りょーかい。んじゃ、また後で」

 そう南口と会う約束を決めると、中田はスマートフォンの画面を切った。

「そういえばお前、彼女からのツテがあるのか。いいよなぁ、お前は」

 会話を聞いていた紀彦が、箸を持ちながら言った。

 ツテというのは、きっとバレンタインのチョコの事だろう。

「ツテねぇ。一応毎年貰ってるけど、小学校の時からの付き合いだから、なんだかな」

「え、そんなに付き合ってるの?」

 紀彦が口を押えながら驚いた。

「うーむ。一応、付き合ってるってことにはなってるけど、なんかもうそういう感覚じゃねぇんだよな。幼馴染って感覚でもないし、かと言って家族って言うと言いすぎだし」

 中田はその場から立ち上がって言うと、紀彦の弁当からささみを一つ盗って口に入れた。

「うわ、お前取んなよ!」

「いいだろ、代わりにこれやるわ。食わねぇし」

 中田はカバン中から菓子パンを出すと、紀彦に向かって投げた。

「ったく、まぁいいけどさ」

 しぶしぶそれを受け取った紀彦は、その後も黙々と弁当を食べていた。

 その間に中田は制服に着替終え、紀彦の弁当から今度はミニトマトを拾い上げると、逃げるように部室から出た。後ろで何か紀彦が言っているが、気にしないでおこう。

 中田は部室棟を後にして、駐輪場へ向かおうとしていた。

「あ、和樹」

 偶然体育館から出てきた夏樹に、声をかけられた。どうやら、さっきの苛立った感じではもうないらしい。

「おう、先帰るわ。それじゃあ…」

「待って!」

 何故か、夏樹に呼び止められた。

「なんだ?」

 さっきの事のせいもあって、少し気まずい気持ちで振り返った。

「あの、さ。その…」

 何やら、口をもごもごとしながら夏樹は俯いている。

「何だよ、らしくねぇな。早く言えよ」

「あ、うん。えっと…やっぱり、男子ってバレンタイン、楽しみなの?」

 夏樹が問うた。

「なんだ?急に」

「いいから!どうなの?」

「んー、まぁ、そうだな。人によると思うけどな。まぁ、俺はどうせ貰えねぇし、そんなに楽しみでもねぇけどよ」

「そう…」

 夏樹がまた俯いてしまった。

 少しの間、沈黙があった。

 南口との約束もあり、早く行きたい気持ちもあるのだが、なんとなく言いづらい雰囲気であった。

 そして、何かを決心したような様子の夏樹は、口を開いて言った。

「じゃあさ。もし仮に貰えたら…嬉しい?」

「ん。まぁ、貰えたらな」

 中田がそう言うと、夏樹の表情が少し緩んだ。

「そっか…。分かった。ごめんね、時間取っちゃって。また明日!」

「は、お、おう」

 夏樹はそう言って、足早にその場を去っていってしまった。

 ―なんだよ、一体?

 中田は夏樹の謎の言動に、思わず困惑していた。

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