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3.

二千×八年現在 二月上旬のとある日


 少女は、いつも通り校舎の屋上に立っていた。

 昨日は天気が悪く、屋上に来られなかった。彼女の唯一の憩いの場であるこの場所は、天気がいい日は毎日来る場所だ。

 少女はいつも思い悩んでいた。

 どうして自分は、あの時裏切られてしまったのか?

 果たして自分がいけなかったのか?はたまた、相手が気を変えてしまったのか?

 あれだけ信頼して、尊敬していたのに、どうしてあんな事になってしまったのか。

 何年も考え続けているが、一向に答えは出ないままだ。そして、これからも出ることはないと思う。

 この記憶が、少女の脳裏に染みつく限り、この呪縛からは逃れられない。

 いつも思考はループを重ねる。もうそれにも慣れた。

 カー、カーとカラスが鳴いている。もう時計も五時を回っていた。気が付けば一時間以上この場に立っている。この時間が、少女にとっては苦痛であり、また愛着もあった。

 どうしてここに来てしまうのかと、誰かに問われれば「分からない」と答えるだろう。だが、少女はこの場所が好きだった。

「お、やっぱりいた」

 後ろから声が聞こえた。振り向かなくても分かる、美帆だ。

「また来たの?今日は何の誘い?」

 振り向かずに、夕陽を見続けながら少女は言った。

「別に何の誘いでもないよ。あ、強いて言うなら、雑談でもしたいな、なんて」

「私と雑談なんかしても、つまらないわよ?」

「いいよ。こう見えて、私結構聞き上手だから」

「自分で言う?」

「言っちゃうあたりが、凄いところだと思わない?」

 隣に立ってニコニコしている美帆を見て、少女はため息を吐いた。

「そうそう、こないだはありがとうね。来てくれて。来なかったら、どうしようと思ったよ」

 美帆が言った。

「ふん。本当なら、あなたがあと一分遅ければ帰っていたのよ?ホント、タイミング悪かったんだから」

「嘘ぉ!?じゃあ巡り合えた奇跡ってところかな?」

「そんなの知らないわよ」

 少女はそう言うと、屋上のフェンスに体を預けた。

「でも、たとえ帰っちゃったとしても、来てくれただけで私は嬉しいかな」

「何が?」

「だって、来てくれたってことは、ほんのちょっとでも、興味を持ってくれたってことだよね?」

「それは…」

 肯定はできない。だが同時に、否定もできなかった。

「それだけで、私は嬉しいよ。っていうか、そもそも私より先に来てるっていうことに、真っ先に驚いたんだもの」

「…・・」

 美帆はそこまで言うと、今にも消えそうな夕陽を眺めた。

「綺麗だね。いつも見てるんでしょ?」

「まぁね」

「なんだか、嫌なことも忘れられそうだね」

「…私はその逆よ」

「ん?どういうこと?」

 ふと、美帆が不思議そうな顔でこちらを見た。

「…あんた、人に裏切られたこと、ある?」

「裏切られたこと…?」

 美帆が首を傾げた。

「うーん、裏切られたかぁ。考えたこと無いなぁ」

「そう…」

 そう言うと少女は、屋上の扉の横まで歩き、しゃがんで座り込んだ。

「…私、あるのよね。二回。それも、二回とも男に」

「男?それって…その…彼氏とかって話?」

「そんなんじゃない。ただ…」

 そこまで言うと少女は、急に口を閉ざしてしまった。

「どうしたの?」

「…彼氏、だったのかな?」

「え?」

「今考えると、私にとってあいつは、どういう存在だったんだろう?彼氏なんかじゃなかった。でも…」

 何故か悩みこんでいる少女を見て、美帆は呆然と立っていた。

 しばらく少女は悩みこんでいると、一つ、口を開いた。

「…今考えると、家族に近い存在だったのかもね」

「家族…?」

「…まぁ、あんたには関係ない、か」

 少女は軽く息を吐いた。

 美帆には少女が、いつも気を貼っている強気の少女ではなく、とても弱弱しく見えた。

「…もしかして、怖かったの?」

 美帆が一言口にした。

「えっ?」

 意外な言葉に少女は驚愕した。俯いていた少女は顔を上げ、唖然と美帆を見た。

「嫌いだとか、裏切られるとか、そういうことを悩んでる明月さんはきっと、強くて優しい子なんだね」

「ちょ、あんた、何言って…」

 美帆は微笑みながら、少女の隣まで歩み寄ると、その場に座り、そっと少女の手を握った。

「あのね、明月さん。確かに嫌われたり、裏切られたりしたことは、本当に辛かったと思う。でもね?そんなのいちいち気にして過ごしてたら、キリがないよ。これからもそうやって生きていくつもりなの?」

「それは…」

 少女は口ごもった。

「何年そうやってきたのか、明月さんのことをまだあんまり知らない私だけど…でも、もうそんな考えやめよう?そんなことをいちいち気にしてたら、人生楽しくないよ」

 美帆は片時も視線を変えることなく、少女を見ながら言った。

 その美帆の言葉で、少女の中で少しだけ、何かが変わったような気がした。

「美帆…」

 そう言うと、美帆はにっこりと微笑んだ。

「初めて名前呼んでもらえた。うれしい」

「あ、その…」

 バツが悪そうに、少女は視線を逸らした。

「いいんだよ。名前で呼んで。そのほうが、話しやすいでしょ」

「…そう、ね」

 今までのことが嘘みたいに、自然と笑みがこぼれた。

 これまで張りつめていた何かが、少しづつ、緩み始めていた。

「…ねぇ。今度から、その…教室でも、話しましょう?その、暇だし」

 思いもよらない少女の言葉が、美帆はとても嬉しく思えた。

「もちろん。っていうか、嫌になるまで話しかけに行くから。覚悟しておいてよ?」

「え、それだけはやめてくれる?さっきの撤回するわよ?」

「冗談」

 二人はまるで古い友人同士のように、微笑み合った。


「あ、そうそう」

「ん?どうかした?」

「どうせだから私の事は」


「心奈って、呼んでいいわよ」

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