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1.

 とても憂鬱な、月曜日の朝。今日は天気が悪い。こう天気が悪い日は、バスの乗車客が多くなる。

 西村は、バスの一番奥の左端の席に、隣の女子高生に押される形で、小さく座っていた。

 音楽プレイヤーに指したイヤホンから聴こえる音楽は、ロイドの『グレイゾーン』だ。数年前、とある超能力を使うドラマの主題歌になった曲だ。サビで繰り返し歌われる「スーパーヒューマン」が耳に残る、西村がロイドの曲の中で一番好きな曲だ。

 最近までロイドの曲はあまり聴いていなかったが、彼と再会して懐かしく思い、久々に聴くと妙にハマってしまった。ちょっとしたマイブームになりかけている。

 学校前のバス停で、学生たちの一番最後に降車すると、西村は足早に歩き始めた。今日は、やらなくてはならないことがある。

「いよっ!陽子!」

 とんっ、と左肩を叩かれた。誰かと振り向くと、同じジャズバンド仲間である奈緒だった。

 ツインテールに束ねた髪に、某人気アイドルグループで一番の人気を誇る人物に顔立ちが似ていることから、男子からも非常に人気があるらしく、毎月数回は告白されているらしい。もっとも、本人は嫌がっているが。

 噂では、男子間で誰が彼女を落とせるか、ちょっとした争い事にもなっているとか聞いたことがある。

「あ、おはよう奈緒」

 聴いていた曲を止めて、イヤホンを耳から外した。

「うぇい。つーか、急いでるみたいだけどなんかあった?」

「う、ううん、そんなことないよ」

 まさかそんな話を、他の人にはしたくない。西村は適当に誤魔化した。

「そう?ならいいけどさ。そんなことより聞いてー?昨日またあのナルシストから『付き合って!』ってしつこく言われちゃってさぁ」

「え、あ、うん…。そういえば、この間も言ってたね」

「マジほんっと、自分の顔と性格治してから来いって思うよね。ハリウッドスターみたいな顔立ちになって、自分よりも他人を愛せるようになったら考えてあげるけど、それが無理なら一生話しかけんな!って言って、思わずブロっちゃった」

 奈緒が可愛らしくペロッと舌を出した。

 喋らなければ可愛らしいのに、一つ口を開けば毒を吐く。

 彼女は実際に告白をされても、一度も付き合ったことはないらしく、それどころか他の友人に色々愚痴を喋る。

 正直なところ、西村の苦手なタイプである。

「ま、まぁ。いいんじゃないかな。あいつ、付き合ってもロクなことないだろうし」

「だよねぇ。ホント、あのトンガリ頭どうにかしろっての。ワックスでキメてるのかなんだか知らないけど、あれは論外だと思うし…」

 そんな奈緒の愚痴をしぶしぶ聞きながら、彼女と教室の前で分かれると、西村は自分の席へと座った。

 ―さて、まずは誰に聞こうかな…。

 キョロキョロと教室内を見回す。まだそれほど人が来ていないようで、室内は疎らだった。

「よし」

 一人の人物を捉えた西村は、一人の男子生徒の元へ歩み寄った。

渡辺わたべー」

 一人、席で本を読んでいる、渡辺に声をかけた。彼は男女ともにフレンドリーで、親しみやすい性格な子だ。クラスの中でもいじられキャラで、よく授業中でもみんなからいじられている。

「ん、何?」

「…っていうか、珍しく本読んでるんだ」

「ああ、兄貴に借りた本が面白くてさ。四巻まで出てるみたいで、ちょっと全部読んでみようかなって思って」

「へぇ、いいんじゃない?その脳筋な脳を柔らかくするためにね」

「ああ?誰が脳筋だよ」

 いつもの彼へのいじりである。

「ま、それはいいんだけど。渡辺さ。水中からウチの高校に来た子、誰か知ってる?」

「水中?水川すいせん中のこと?」

 水川中学。裕人たちが通っていた中学校の名前だ。よく略されて、水中と呼ばれる。野球部が県内で強くて、ここらの地域ではそれなりに知っている人も多い。本当なら、自分もそこに通うはずだった。

「うん。ちょっと知りたいことがあってね。水中の人に聞きたいんだけど、誰か知ってたりする?」

「んー、水中は知らないなぁ。っていうか、そもそも水中って遠いし、こっちに来てる人は少ないんじゃない?」

「そっか…。ならいいの。ごめんね、ありがと」

「おう」

「本読んでIQ上がるといいね」

「だからうるせぇ!」

 彼の叫びを華麗にスルーすると、今度は後ろ姿がゴツい野球部三人組の元へ向かった。野球部の彼らなら、何か知っているかもしれない。

「ねぇ、ちょっといい?」

「なんだ?」

「誰かさ、水中からウチに来た生徒のこと知らない?」

「ん。水中って、あんな海沿いのほうから来てるやつは少ないんじゃねぇの?うちは電車の上りで来る奴のほうがほとんどだし。下りのほうはウチのクラスでも栗田と健二くらいしかいないと思うけど」

「えっ…」

 ふっくらとした頬が特徴的な彼の言葉に、西村は思わず絶句した。

「そういや、水中って前噂あったよな。一人の女子が男子に切られたって」

「ああ、あったね。でもあれ本当なの?」

「さぁ。半年くらいで噂されなくなったし、どっかのヤンキーがやったんじゃね。よくある話だろ」

 残りの二人が何やら、気になる噂話の話をしていたが、今そんなことはどうでもよかった。

「…分かった、ありがと」

 それだけ聞くと、西村は自分の席へと戻った。

 ―嫌な単語を聞いてしまった。

 よりにもよって、あいつが候補に挙がるとは思わなかった。極力関わりたくないのに、関わらざるを得なくなってしまった。

 …いや、まだそうとは決まったわけではないじゃないか。そうだ、きっとそうだ。

 再び西村は立ち上がると、手当たり次第に、他のクラスの友人達にも声をかけた。

 しかし、後からやってきた栗田にも、休み時間に知り合いの後輩たちにも話を聞きに行ったが、特に有力な情報は得られなかった。

 そうして一日の半分が過ぎてしまった五時間目の授業が終わった頃。

「陽子、なんか色々歩き回ってたね。どうしたの?」

 心配そうな顔つきで、香苗が隣の席にやってきて座った。

「ん…まぁ、ちょっと」

「なんだか元気ないねぇ。熱でもあるんじゃない?あ、インフルエンザだったらうつさないでね」

 彼女は西村のおでこに手を当てると「熱は無いねぇ」と呟いた。

「別に、具合が悪い訳じゃないよ。ただ、なんというか…」

「こないだの彼氏さんのこと?」

「か、かれっ!?」

 思わず声が裏返った。声に気づいた何人かが、こちらを向く。

「だから!彼氏じゃないってこないだも言ったじゃん!」

「あはは、冗談だよ。っていうか陽子、顔真っ赤でトマトみたい」

 香苗がクスクスと笑う。

「トマト…」

『さぁて、今日の先生のスイーツはこちら、トマトのシフォンケーキです。トマト?果たしてスイーツに合うんですかねぇ?どうなんです?先生?』

 ふとこの間、彼が言った言葉が、脳裏に蘇った。

「ん、生きてるか―トマトちゃーん」

 急に呆然とし出した西村へ、香苗は目の前で大げさに手を振った。

「え、あ、うん。っていうか、トマトじゃないし!」

「はは、それだけ言えるなら平気か」

「もう…」

「で?何調べてんの?手伝おうか?」

 香苗が笑顔で言った。

「んー、手伝ってくれる気持ちはありがたいけど…これは私の問題なんだ。香苗には悪いけど、一人で解決したいから…」

「へぇ、陽子が一人でだなんて、珍しいね。よっぽどのことみたいだし、私はあんまり触れちゃいけない領域っぽいね」

「うん…だから、ごめんね。ありがと、香苗」

「ん、構わないよ。友達だしね」

 香苗が言い終わったタイミングで、次の授業のチャイムが鳴り響いた。

「じゃ」と香苗が軽く手を振って席に戻った。

 ふぅっと一息を吐く。少し気力を取り戻した西村は、チラッと横目で彼を見た。

 廊下側の一番端の席にポツリと座る彼は、独りでいつものように本を読んでいた。


「ちょ、おい!」

 放課後、西村は急いで職員室から特別教室の鍵を借りると、奇跡的にまだ教室にいた健二を引っ張り出してきた。

「離せって!自分で歩く!」

 あっさりと西村の手を振りほどくと、眼鏡を右手で直した。

 仕方なく無言で特別教室の扉を鍵で開けると「入って。話があるから」と、西村は言い放った。

 訳が分からないと顔に書いてある健二は、一つため息を吐いて、教室に入った。扉に鍵をかけ、カーテンを閉める。これで、完全に二人だけの空間が出来上がった。さて、問題はここからだ。

「で、何だ。この間も言っただろ、関わるなって」

「ええ。でも、大事な話があるから、こうやって二人だけになったの」

「はぁ?告白なら答えはノーだ」

 健二が机の上に座った。

「誰があんたなんかに」

 西村は、窓際にある椅子を引っ張ると、少し離れた形で健二と向かい合って座った。

「…あんた、中学どこ?」

「そんなこと、お前が知ってどうする?」

「いいから!どこなの?」

「…水中だけど」

「っ!」

 その単語を彼の口から聞いた途端、西村は立ち上がり、彼の元へずかずかと歩み寄った。

「ならあんた、明月心奈あかづきここなって子と、真田裕人って子、知ってる?中田和樹って人か、南口玲奈って子でもいいんだけど!」

 西村は彼の肩を両手で掴んだ。

「ちょ、バカ!一旦落ち着けよ!」

 健二が、強引に西村の手を振りほどく。普段から感情を見せない彼が怒っている。少し、新鮮だった。

「何なんだよ急に。用件を整理して、もう一度最初から言ってくれ」

「…ごめん」

 今のは流石に強引すぎたかもしれない。反省した西村は、俯いて言った。

「ふん。で、なんだって?あかなんとかって奴だってか?」

「明月心奈!それか、真田裕人か、中田和樹か、南口玲奈。誰でもいいから、知ってる人いる?」

「はぁ。いたかな、そんな奴…基本他人の名前なんて憶えないからな」

「またその憶えないって…」

「何を重要視して覚えるかなんて、個人の勝手だろ」

 健二は顎をガリガリと掻きながら、しばらく考え込んでいた。

「…確か、中田和樹って奴は、中三の時に同じクラスだった…気がする」

「本当に!?連絡先とか持ってない?」

 一気に嬉しさがこみ上げた西村は、またもや彼の両肩を掴んだ。

「バカ野郎、ついさっき他人の名前は憶えないって言ったやつが、そう簡単に連絡先を交換すると思うか?まして俺だぞ?」

「ああ…そうだった」

 少しでも期待した自分がバカだった。落胆した西村は、とぼとぼと椅子へと戻り座った。

「なら、この学校で他に水中から来た人って誰かいない?あ、名前憶えないんだから、顔も憶えるわけないか…」

「いや、多分水中から来てるのは俺だけだ。ここらで水中の話題は、一切聞いたことが無い」

「…本当に?」

「保証はないがな」

「そう…なんだ」

 完全に信用はできないが、彼の言葉は何故か疑いきれない。恐らく、本当なんだと思う。何故か、そう思えた。

「…なら、どうにかして中田君に連絡取れないかな?」

「だから、連絡網がないんだから無理に決まってんだろ」

 呆れ顔で健二が言う。

「でも!もうあんたしか頼れる人がいないの!私、どうしても明月心奈って子に会いたくて。でも、小学生の時に引っ越しちゃったから、連絡先も持ってなくて」

 健二は、珍しく西村の言葉に真面目な顔で耳を傾けていた。

「確かに、色々悪く思うことは言っちゃったと思うけど…でも、会って聞かなくちゃいけないことがあるの!だから…お願い!」

 本当はしたくなかったが、彼しか頼れる人間がいないのなら仕方がない。

 西村は、深く頭を下げた。

「…一万だ」

「ふぇ?」

「協力料。一万な。出せるなら手伝ってやる」

 ― 一万…。

 軽く数ヶ月の小遣いが無くなる額である。

「…分かった。でも、ちゃんと終わってからでいい?後で絶対出すから」

「出せる時でいい。その代わり、きっちり出してもらうから」

 緊張感から解放されたようで、健二は上を向いて大あくびをした。

「で、どうすんだ?…っていうか、お前小学校の時の連絡網とか持ってねぇの?」

「うっ、それは、その…」

「まさか、捨てたとか言わないよな?」

「…捨てました。間違って」

「おいおい…」

 この間気が付いたのだが、裕人へ連絡する際に、彼の家の電話番号も登録しておこうと昔の連絡網を探したが、どうもに見当たらなかった。恐らく、引っ越しの際に誤って捨ててしまったのだと思う。

 健二のため息で、二人のギクシャクした中田の連絡先を見つける日々が始まったのであった。

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