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6.

裕人達が、香苗のカフェに来る一時間前


 ―なんで来てしまったんだろう。

 少女は強い後悔を感じながら、駅に一人立っていた。

 確かに約束はあの時にした。だが、ドタキャンという言葉がある通り、来なくてもよかったはずだ。

 でも、気が付いたらここにいた。本当に無意識でここに来てしまっていたのだ。

「…帰ろうかな」

 少女は小さく独り言を呟いた。どうせ会ったって、ちっとも楽しくなんかないんだ。家にいたほうが、何百倍も楽しい。きっとそうだ、まだ遅くない。帰ってしまおう。

 少女は百八十度体を回転させると、足を前に踏み出した。

「あ、いたいた。明月さん」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。まだ顔を見ていないが、自分を呼ぶ声であると分かる。「明月」という苗字を持つ人はほとんどいないため、断定しやすい。少女はこの名が嫌いだった。

「ああ、うん…。来たんだ」

 帰ろうとしていたことを誤魔化しながら、少女は振り向いた。

 白のチュニックとグレーのショートパンツでコーディネートし、トートバッグを肩にかけ、落ち着いた雰囲気の服装をした美帆が、そこに立っていた。

「探したよー。明月さんのその格好、普段と雰囲気が違って目立った格好してるから、一回素通りして探しちゃったよ」

 美帆が笑いながら言う。

 確かに今日は、スタジャンに水色のスキニ―パンツという格好だ。

 ―ちょっと派手すぎたかな…?

 更に後悔が重なる。

「でも明月さん、制服も似合うけど、私服も可愛いね。羨ましいなぁ」

「うるさい。そんなことより、さっさと行きましょう?」

「あ、そうだね。いこっか」

 美帆が先に歩き出すと、少女はその一歩後ろを歩き始めた。

「ねぇ、明月さんって普段、休みの日は何やってるの?」

 美帆が問うた。

「そんなの聞いて、なんか意味ある?」

「あるよ。私の明月さんへの知識が、一つ増えるってこと」

「増えてどうするのよ」

「だって、まず初めの一歩を踏み出さないと、仲良くなれないでしょ?」

「私は別に、あんたと仲良くなりたいだなんて思ってない」

「そっかぁ。残念。でも、気が変わったら、仲良くしてやってね」

 美帆はこちらを見て微笑むと、黙り込んでしまった。好都合、のはずなのだが、なんだがこの場にいることが気まずいのは何故だろう。

 そのまま美帆に付いていくこと五分程。二人は、目的のスイーツカフェにたどり着いた。

「いらっしゃいませー!って、美帆じゃん!やっほー!」

 店内に入ると、パティシエ姿はやけに似合っているくせに、雰囲気がそれを台無しにしている一人の少女が出迎えた。

「香苗ー、元気?」

「元気元気!っていうか、元気すぎてバリバリ働いちゃってるってとこ」

 香苗と呼ばれる少女が、満面の笑みで答えた。

 ―あーあ、私が一番嫌いなタイプ…。

 後悔の上に、新たに嫌気が積み重なった。

「で、そっちの猫目の可愛い子は?」

 香苗が少女を指さした。初対面の人に可愛い言われて、ほんの少し胸が高鳴る。

「うん、同じクラスの明月さん。えーっと、関係を説明すると難しいんだけど…」

「ただの知り合い。別に友達とかじゃない」

 説明に戸惑っている美帆の言葉を、少女が繋いで言った。

「ふーん。なんか訳ありみたいだね。まぁいいよ、空いてるとこ、好きに座って!じゃ、私は中に戻るから!」

「うん、頑張ってね」

 美帆が手を振って香苗を見送ると、二人は一番厨房に近い壁際の席に向かい合って座った。

「ここ、あんたの知り合いの店?」

 少女は頬杖を立てながら美帆に聞いた。

「うん。黙っててごめんね。私の中学の友達の、香苗の家族がやってるお店なの。あ、安心して?香苗はあんな感じの子で、ちょっと絡みづらいかもしれないけど、あの子、スイーツの出来はすごいから」

 ー心配なのはそこじゃないんだけど...。

「ふぅん、そう。スイーツづくりのパラメータにスキル振りすぎて、性格のパラメータがお粗末な、残念な子なのね」

「え、あ、うん。まぁそんな感じ」

 自分でもよく意味が分からない解釈の言い分を述べると、これまた訳の分からないと言いたげな顔で、美帆が頷いた。まぁ、放っておこう。

「まぁ、何かしらできる人って、必ずどこか欠けてるって言うし、仕方のないことだと思うけど」

 美帆は苦笑いを浮かべながら、メニューを開いた。

「さて、何頼む?ここのお店、結構種類があるんだよ。例えば、このかぼちゃパイとか美味しいよ?」

 美帆が、メニューの写真を見せながら言った。

「かぼちゃパイね…他は?」

「うーんと、トマトのシフォンケーキとかも凄い美味しいよ。あ、名前だけだとちょっと不安なんだけどね。食べてみると意外に美味しいんだよ。私も初めて食べる前は、香苗に出されて『え、トマトのスイーツって美味しいの?』って言っちゃったくらいで…」

 それからしばらく、メニューを開いたまま美帆の思い出話を、少女は退屈に聞いていた。

 結局、美帆はリンゴジュースにリンゴのタルトをチョイスし(彼女は大のリンゴ好きらしい)、少女はコーラと苺のショートケーキを注文した。

「明月さんって、意外と慎重なんだね。苺のショートケーキって、すごいスタンダードだよね」

「別にいいでしょ?ただ、ショートケーキが美味しい店は、ハズレがないの。ただそれだけよ」

「それって、誰かの言葉?」

「…今考えた」

「あ、やっぱり」

 美帆がクスクスと笑った。

「ねぇ、明月さんって、趣味とかあるの?」

「またそういう話?言っとくけど、私はあなたに話す気はないから」

「そう?私はね、ピアノを弾いたりとか、ダンスを友達と踊ったりとか、音楽関係が好きかな」

「あっそう」

「明月さんは、音楽とか聴かないの?例えば…ロイドの曲とか」

「っ、ロイド…ね」

「あれ、聴いたりするの?」

 驚いた顔で美帆が聞く。

「…聴かないわけじゃない」

「へぇ、そうなんだ。ちょっと意外」

「何よ意外って」

「だって、明月さんって大人しいイメージがあるから、ジャニーズとかあんまり好かなさそうだなぁって思って」

 ロイドの曲は、昔仲がよかった友人と一緒によく聴いていた。小学生の時に向こうが引っ越して別れてしまったが、今でもよく、ロイドの曲を聴いたりしている。

「私はね、『雪道』とか好きだよ?」

「別にあんたの好きな曲を聞きたいわけじゃないわよ」

「そう?じゃあ、明月さんは例えば何が好き?」

 しつこく聞いてくる美帆に呆れた少女は、ため息を吐きながら答えた。

「…『グレイゾーン』、とか」

「『グレイゾーン』かぁ!私も好きだよ。サビのとこ、カッコいいよね」

「そう、ね」

 そっぽを向きながら答えると、ちょうど注文したスイーツと飲み物をトレイに乗せ、香苗がやってきた。

「何々-ロイドトーク?私は、『ロストフューチャー』が好きかなぁ」

 テーブルに並べながら、香苗が言った。

「あー!それもいいよねー!」

「っていうかさ、聞いて聞いて!ここだけの話なんだけど…」

 そう言うと、香苗が美帆の耳元で何かを囁いた。

「ええー!ホントに?凄いね!」

「でしょでしょ!その時さぁ…」

 何やら二人で盛り上がっている。一体何の話だろう。

 ―…ちょっと気になる。

 少女は無意識にそう思っていた。

 しばらくしていたひそひそ話を済ませると、

「ま、後でそっちの明月ちゃんにも簡単に説明しといてよ。それと、その話はまだ誰にも話さないでね。よろしくぅ!」

 と、一人で勝手に話を終わらせ、香苗はトレイを胸に抱きながら、足早に戻っていってしまった。

「何よあの子。親しくもないのに...」

「あはは、香苗はかなりフレンドリーだからね。そこらへん、許してあげて」

「ふん、まぁいいわ。で、なんか話といてとか言ってたけど、何の話?」

「ああ、うん。それがね。…ちょうど先週、ロイドがここのお店に来たんだって」

「え?」

 美帆が小声で少女に告げると、少女は耳を疑った。

「それって本当?」

「香苗はあんな感じの子だけど、嘘は絶対つかないから。本当だと思うよ」

 美帆が、厨房があるほうを見ながら言った。

 ―会いたかった。

 率直な思いが、少女の心を少しの間満たした。

「そう…まぁいいわ」

 気持ちを切り替えて、少女はフォークを手にし、苺のショートケーキを口にした。

「どう、美味しい?」

「うん…悪くはないわね。八十点ってとこ」

「そっかぁ、よかった。気に入ってもらえて」

 ホッとした様子で、美帆が微笑んだ。

「じゃ、私も食べよっと」

 美帆はリンゴのタルトをフォークで半分に切り分けると、大きいほうを大胆に一口で口に入れた。

「…あんた、一口デカいわね」

 思わず口から率直な感想がこぼれた。

「ん…よふ言われふ」

 口に手を添えながら、幸せそうに美帆が言った。

「嬉しそうでいいわね、羨ましい。甘いもの食べるだけで、私もそんな顔してみたいわ」

 美帆は豪快に飲み込むと、微笑んでみせた、

「そう?そういう明月さんだって、さっきからなんかニヤニヤしてるよ?」

「え、そ、そんなことない!」

「ホントだよー?ロイドの話になってから、ずっとなんだか楽しそうに笑ってるから…。明月さんも、こんな風に可愛らしく笑うんだぁって思ってね」

「うぅ・ ・・」

 本当のことを言うと、ロイドの話になってしまったことは痛い。何故なら、今でも少女は、ロイドの大ファンだからだ。聴く音楽は大抵ロイドの曲である。

「もしかして、ロイドの大ファンだったりする?」

「ち、ちがっ…」

「もう、何も隠さなくてもいいのに。悪いことじゃないんだし。ねぇ、今度私の家に来ない?ロイドの話ももっとしたいし、他の話とかも、明月さんがよければしたいな」

 ズイズイ話を押してくる美帆のペースに、完全に乗せられてしまっている。

 いつもは強がっている少女だが、何故か彼女のペースには、いつの間にか逆らうことができなくなっていた。

「…暇だったらね」

 顔を背けながら、仕方なく少女は答えた。

「ホントに?ありがとう」

 美帆が、今日一番の笑顔を見せた。


 ―これで、よかったのかな。

 美帆と別れた少女は帰り道、考えていた。

 たった三十分程であったが、なんだかんだいい暇つぶしにはなった。

 彼女はそのまま、近くにある祖母の家に泊まりに行くのだと言っていた。とびきりの笑顔で「今日はありがとう。改めて嬉しかったし、楽しかったよ」と言って別れたのだった。

 少女は、とある中学時代の一件以来、人と関わることを避けてきた。

 男が嫌い、女が嫌い、人間が嫌いだった。

 そう思っていたはずなのに、彼女と話していた自分は、まるでかつての自分のように、どこか楽しんでいた気がする。

 だが、少女は恐れていた。

 ―また、裏切られるんじゃないか?

 怖かったのだ。他人に嫌われることが。

 嫌われるのなら、最初から関わらなければいい。ずっとそう思い、それを貫き、三年半を過ごしてきた。この選択に後悔はない。だが、同時に満足もしていなかった。

 ―どうすればいいんだろう。分かんない。怖い、怖いよ…。

 このまま彼女と仲良くなってしまうことが。


 ねぇ、私はどうすればいい?

 誰でもいいから…。

 誰か…教えてよ…。

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