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5.

 土曜日。駅の北口側に向かうと、一足先に裕人が立っていた。

 ダウンジャケットを羽織い、暗めに統一したファッションは、どこか彼の雰囲気に似合っている。

「やっほー、待った?」

 右手を振りながら出向くと、彼は「いや、さっき着いたとこ」と微笑みながら言った。

「それじゃ、行こっか」

 西村が先導するかたちで、二人は駅を出発した。

「いやー、それにしても。こう女の子と歩いてると、そんな関係に見られているのではなかろうか」

 裕人が周りをキョロキョロ見回しながら言った。

 ―私は別に、構わないんだけどなぁ。

「そ、そうだね。ちょっと恥ずかしいけど…すぐ着くから、大丈夫だよ」

「そうか?」

 素っ気ない様子で、裕人は隣を歩いている。

 ―ダメダメ、今日はそのためにヒロ君を誘ったんじゃないんだから…。

 自分を制して、西村は気持ちを切り替える。

「ん、どうした首なんて振って。寒いのか?」

「ふぇ?ああ、いや、大丈夫大丈夫!気にしないで、ちょっと考え事」

「そうか?」

 ―…バカ野郎。

 内心少しムッとしながらも、西村は歩いていた。


「よーう!陽子とそのお友達ぃ!っていうか男!?え、もしかして彼氏!?」

 目的地に着くなり、もう一人厄介な奴に絡まれた。そう、友人の香苗だ。

 今日は普段と違って、パティシエ姿をしている。容姿だけはバッチリと型にハマっているから不思議だ。

 予め、今日訪問することは告げてあったのだが、誰と行くのかをすっかり言い忘れていた。こうなるのは当然だ。

「ち、違う違う!こないだ話したでしょ?小学生の時の友達の真田裕人君。っていうか彼氏じゃないし、ヒロ君は…その…そういう人も、他にいるから」

 ボソボソと喋る西村は、耳まで真っ赤にしていた。

「ど、どうも」

 隣に立つ裕人は、どう接していいか分からないようで、苦笑いを浮かべて西村の助け舟を待っている。

「と、とにかく!別に彼氏じゃないし、そういう関係でもないから!それより、香苗もちゃんと仕事に戻ったら?っていうか戻って!」

「はーいはい、分かりましたよー。裕人君、陽子のこと、よろしくね」

 パッチリお目々でウィンクを決めた香苗は、笑顔で厨房に戻っていった。

 一難が去り、二人は窓際の端のテーブルに向かい合って座った。

 今日は土曜日の昼過ぎということもあり、客は疎らであったが、平日のこの時間は、大体大学生の女性客で賑わっている。地元でも「駅から近いカフェ」として、人気のお店だ。

「いやぁ、西村も大変だな。改めて分かったわ」

「う、うん。でも、あれでも面倒見のいい、いい子なんだよ?」

「ああ、分かってるよ。俺の知り合いにも、似たような奴がいるから。案外、会わせたら気が合うかもな」

 次いで厨房から出てきたのは、香苗の母だった。

 いつも遊びに来るたび、帰り際にスイーツを「持っていって」と渡してくれる。香苗と違い、物静かで優しそうな人だ。

 西村は、いつも頼んでいるココアとトマトのシフォンケーキ。裕人はコーヒーと、素朴にも苺のショートケーキを頼んだ。

「苺のショートケーキだなんて、ちょっと可愛い」

 つい口から出てしまった。

「うるせぇ、ショートケーキが美味い店は、他のスイーツもハズレはないだろ?」

「それ、誰の言葉?」

「…今考えた」

「だと思った。安心して、香苗はああだけど、腕は確かだから」

「まぁ西村先生が言いきるんだから、信じてみますよ」

「何よ、先生って」

 内心ちょっと嬉しい。

「さぁて、今日の先生のスイーツはこちら、トマトのシフォンケーキです。ところでトマトですか?果たしてスイーツに合うんですかねぇ?どうなんです?先生?」

 彼は頬杖をつき、目を逸らしながら一人芝居をしている。

「そうですね、トマトの酸味がチーズと絶妙にマッチしていますね。甘酸っぱくて、まさに恋の味。なんてね」

「なんだよそれ」

 裕人が吹き出して笑った。

「うるさいなぁ、ヒロ君にのっただけじゃん。そんなに笑わなくてもいいのに」

 またまた恥ずかしくなり、耳まで熱くなっていた。

「悪い悪い、そんな怒んなって」

「もう…」

 会話が一節終わったところで、飲み物とスイーツが到着した。それらを運んできたのは、あの香苗であった。

「おやおや、楽しそうですねぇお二人とも。私どもはお客様に楽しくお食事をして頂くことが一番の喜びです」

 などと綺麗ごとを告げると、逃げるように厨房に去っていった。

「もう、香苗ったら…」

「まぁいいじゃんか。それじゃ、頂こうかな」

 裕人は、フォーク手にすると、苺のショートケーキを一口、口に運んだ。

「お、美味い」

「でしょ?ここのスイーツは、どれも美味しいんだよ」

「御見それいたしました」

 裕人はそう言うなり、ショートケーキをもう一口。

 ホッした西村も、トマトのシフォンケーキを口に運んだ。

 トマトのほのかな甘酸っぱさと、かかっている粉チーズの相性が抜群に美味しい。西村のこの店一番のお気に入りだ。

 二人は暫くの間、美味しいスイーツを堪能した。


「噂?」

 西村が本題に入ったのはそれから二十分程経った時だった。

「うん。付き合ってもいないクラスの男の子と、付き合ってるって噂が、学年中に噂になっててね。もうどうすればいいか分からなくて」

 それから、噂が立ったきっかけ。先日の彼とのやり取りを彼に話した。

「なるほどねぇ。噂かぁ。俺も中学の時あったなぁ」

「え、ヒロ君も?」

 意外だった。彼は悪い噂が立つような人ではないと思っていたからだ。一体どんな噂をされたのだろう?

「まぁ…あんまり思い出したくないけどね」

「嫌な話なら聞かないけど…その時はどうしてた?」

「まぁ…特に何もしなかったけどなぁ。っていうか、できなかったって言ったほうが正しいけど」

「そっか…そうだよね」

 少しでも期待をしていたせいか、その言葉を聞くなり、気持ちは落胆した。

「やっぱり、噂は時の流れに任せるしかないかな。そういうものだと思うよ」

「はぁ…そっかぁ…やだなぁ、この話される度に嫌になっちゃう。なんで私があんな奴なんかと…」

 西村は、気怠く机に突っ伏した。

「まぁ、俺がされてた噂話よりよっぽどマシだと思うよ」

 首を掻きながら裕人が言った。

「どんな話されてたの?恋愛とかそんな話?」

「まぁ、間違っちゃいないんだが…ちょっとここでは言えない話」

「ふぅん…」

 ―ヒロ君の言えない話って、何なんだろう?

 突っ伏しながら目を閉じた暗闇の中で、ふと西村は疑問に思った。

 それ以上は特にいい話もできずに、彼もそれ以上の情報はくれず、話題は別の話へと変わってしまった。


「それじゃ、また月曜日」

「はいはーい!また来てねー陽子、裕人君!」

 香苗達のカフェを後にし、二人は駅を目指して歩き始めた。

「ところでヒロ君。こないだ、心奈とあんまり連絡とってないって言ってたけど、何かあったの?」

 何気なく疑問を彼にぶつけると、急に彼は血の気が無くなったように顔を強張らせた。

「せっかくヒロ君にも会えたんだし、会えるなら久々に会いたいなーって思ったんだけど…」

「悪い。今あいつ、連絡先変えててさ、新しい連絡先持ってないんだわ。学校も違うから、連絡もできないんだ。ごめんな」

 西村の言葉を遮って口を開いた彼は、俯きながら目を合わせずに小さく呟いた。

「…そっか。それなら仕方ないね」

「ああ、悪い」

 なんだか一気に空気が重くなった。どうしよう、聞いちゃマズいことを聞いたかな?何か話題を変えないと。

「そ、それよりさ!また暇な時、こんな風に誘ってもいいかな?」

「え?あ、ああ。それは構わないけど」

「よかった。それじゃあ時間が空いたとき、また誘うね!」

 その時彼は笑顔を見せたが、明らかに顔が引きつっているのがわかった。

 最初に再開して話した時から、ずっと疑問に思っていた。彼と彼女の間には、きっと何かがあったのだ。

 裕人と改札口で別れた西村は、一つ決心した。

 あの時、この気持ちを諦めたときから誓ったのだ。自分は、二人を支えなければならないんだと。

 ―私にできること…まずはそれを見つけなくちゃ。

 電車の車窓からの風景を、西村はぼーっと眺めていた。

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