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Memory.1

二千×二年 三月中旬 当時小学五年生


「和樹君!外行こうよ!」

 段々と暖かさが出てきた三月中旬。裕人ひろとは昼休みに隣のクラスに向かい、親友の中田和樹なかたかずきを誘った。すると、細身のスポーツ刈りで、いかにもスポーツマンシップのような見た目をした中田が、呼ばれて教室から出てきた。

「いいぜ、行こう!」

 サッカーボールを片手に、二人は教室を飛び出した。

 当時の裕人は無邪気で無垢な、元気な少年だった。

 普段はいつも、幼稚園からの幼馴染であり、親友でもある中田と一緒だった。彼は裕人にとって、兄貴分的存在だった。裕人の実兄である蓮とは犬猿の仲であった一方、中田とは双子のように触れ合い、いつも一緒にいた。

「そういえば和樹君、最近なんか彼女?ができたとかって聞いたけど、なんかあったの?」

 昇降口で裕人は中田に聞いた。

「ああ、南口みなみぐちね。ちょっと色々あってさ。ここだけの話なんだけど…」

 すると、中田が耳を貸すように手で合図する。裕人は耳を傾けた。

「…えぇ!?結婚!?」

 小さな声で裕人は驚いた。

「そ。将来の旦那さんになってほしいとか言われてさ。正直、どうしたらいいかわかんなくて、そのままいいよって言っちゃったんだけど…」

 照れ臭そうに中田が言った。

「旦那さんかぁ。まだまだ先の事だから全然わかんないけど、多分凄いことなんじゃないかな、それ」

「そうだよね、やっぱ?俺やばいことオッケーしちゃったかな」

「んー、でもまぁ、南口さんって普通に可愛いし、いい人だと思うよ?」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 中田の彼女になったとされる南口玲奈みなみぐちれいなは、成績も優秀で、どこかのお偉いさんの娘なんだとか。当時の裕人は彼女についてあまり詳しくなかったが、彼女が悪い人間ではないことだけは知っていた。

「ま、いいんじゃない?今まで通りに話せば。どうせ本当に和樹君が結婚するだなんて決まってないんだし」

「んー、そうだな。そうしとくよ」

 校庭に出た二人は、グラウンドの端でボールのパス回しを始めた。

「四月から六年生だけど、お前クラブとかどうする?」

 中田がボールを蹴りながら問うた。

「全然考えてないけど、まぁまたバスケでいいかなぁって。和樹君は、今度は変えるの?」

「俺も、バスケでいいかなってとこ」

「じゃあ、また同じだね」

「そうだな。同じだな…あっ!ごめん!」

 中田がミスキックをして、裕人とは反対方向へとボールは飛んでいく。

「あー、いいよいいよ!」

 嫌な顔一つせずに、裕人はそのボールを追いかけて走った。

「ちょっと、やめてよ!怖がってるじゃん!」

「ん?」

 ふと、遠くから女の子の声が聞こえた。

 その方を見てみると、女の子の二人組と、男の子二人組が、何やら喧嘩をしている様子だった。

 男の子のほうは、裕人もすぐにわかった。学年でも一際目立って有名な、鷹也たかや悟郎ごろうだ。

 小学生のくせに二人とも髪の毛をツンツン頭にして、いわゆるヤンキーと呼ばれるような見た目をしている。悪戯好きで、よく他人とも喧嘩をして、問題を起こしている二人組だ。以前に一度だけ鷹也と同じクラスになった事があるが、いい思い出は一つとしてない。

「ちょっと、嫌がってるじゃん!やめなよ!」

 すかさず裕人は、喧嘩を止めに入った。

「あぁ?なんだよ真田!入ってくんじゃねぇよ!」

 目つきが悪く、肩幅が広い鷹也が言った。

「女の子二人に喧嘩を売るほうもどうかと思うよ?そういうの、弱い者いじめって言うんだよ!」

 正直、彼らに刃向かう事はとても怖かった。それでもその時は、女の子が見ている事もあって、強がっていたのかもしれない。

「うるせぇ!黙ってろ!」

 突然、鷹也は右手を振りかぶり、裕人向けてきた。どうやら殴るつもりらしい。

 ―左っ!

 咄嗟に裕人は、その場にしゃがんで彼の右ストレートを避けると、無防備な彼の足を左足で刈った。

 ぐへぁ!と、変な声を上げながら、鷹也はその場に倒れた。

「へへ、バスケやってるから咄嗟の判断はできるんだよね」

 勝ち誇ったように、裕人は手で鼻をこすった。

「おいおい、何やってんのかと思ったら…」

 ちょうどそこに、呆れた様子で中田が駆けつけた。もう少し彼が早かったら、手柄は取られていたところだろう。

「くそっ、覚えとけ!次はこうはいかねぇ!行くぞ悟郎!」

 よっぽど悔しかったのか、鷹也は悟郎を連れて、裕人たちから逃げるように離れて行った。

「あ、えっと…ありがとう。真田君」

 喧嘩を売られていた女の子に目を向けると、そこには同じクラスである西村陽子にしむらようこが立っていた。もう一人の女の子は、裕人には見知らぬ子だった。その見知らぬ子は西村の後ろに立って、いかにも裕人たちを怖がっているようだった。

「いいよいいよ。ところで、何があったの?西村さん?」

「あ、えっと…こっちの子、心奈ここなって言うんだけど、心奈が鷹也君たちを見て、『あの人達怖い』って言ったのが聞こえちゃったみたいで」

「なるほどね。そりゃあ、あいつらだったら怒るわな」

 中田が言った。

「でも、真田君凄かったね!鷹也君のパンチを避けて倒しちゃうんだもん」

 西村が嬉しそうに言った。

「そ、そうかな?俺バスケやってるから、避けるのは結構得意なんだよね」

「そうなんだぁ。凄いね」

 西村がニコニコと笑う。あまり女の子と話す機会はこれまでなかったが、異性の笑顔を見るとなんだか、新鮮な気持ちだ。

「裕人、そろそろ戻ろうぜ」

 呑気に会話している裕人たちに、一人取り残されつまらなさそうにしていた中田が急かした。

「あ、うん。じゃあそんなわけで」

「うん、ありがとね」

 裕人と中田は、先程のパスをし合っていた辺りに戻っていった。


「…あの子、名前なんて言うの?」

 ふと、西村の後ろにいた心奈が言った。

「え?ああ、私の同じクラスの、真田君。中田君とは、心奈は同じクラスだよね?」

「うん…。でも、中田君ちょっと怖い」

「そっか…」

「…でも」

「うん?」

 後ろにいた心奈が吐息をこぼした。

「さっきの子…ちょっと、カッコよかった…かな」

「え?」

 西村は、彼女のその言葉に驚くと同時に、とても嬉しく思えた。まさか彼女の口から、そのような言葉を聞く日が来るとは思ってもいなかったからだ。

「…そうだね、カッコいいよね」

 ―真田君。


 私の…好きな人。

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