告白には花束を
殺刃鬼《the edge of crow》は依頼どおり、オレンジのカーネーションを全て綺麗に刈り取ってくれた。
一面オレンジだった中庭はいまや地面の土色だけのさっぱりした空間になっている。
刈り取った花は、新聞紙に包まれていた。
ソラが調べると、不思議なことに花の毒性は消えていて、人にも植物にも害をなすことはなくなっていた。
一体何をしたのだろうと少年の翡翠を覗いたが、彼は答えず、静かに笑うだけだった。
「報酬なんですが」
少年がそう切り出し、俺もソラもはっとする。もちろん、報酬は用意していたが、ここまで見事にこなしてもらえるとは思っていなかった。用意していた分だけでは足りないのではないだろうか、と不安が過る。ソラもおそらく同じように考えているのだろう。俺たちは顔を見合せた。
「あの……どのくらいに……」
「いえ、お金はいりません」
少年はきっぱり言った。ぽかんとする俺とソラに更に続けた。
「代わりに、この花をください。全部じゃなくていいので。それで充分ですから」
少年は包まれた花を示した。
「そんな花でいいのか? オレンジ色のカーネーションなんて、花贈りにもあまり適してないけど……」
[軽蔑]ーーその花言葉を思い、俺が言うと、彼は悪戯っぽく笑った。
「本当は白い花なんでしょう? だったら花贈りに最適じゃないですか」
少年はソラをちらりと見やり、もう一度俺に微笑んだ。
あーー
贈ってあげてください。
そうか。
たとえ、これが毒花だったとしても、贈りたかった花言葉は変わらない。
贈っても、いいんだ。
俺はその言葉を伝えたいから。
そのために花を育てたのだから。
俺は花束一つ分くらいだけ残して、他は少年に渡した。
それだけでは、と思っていたらしいソラが、手作りのお菓子を持たせ、少年はかなり遠慮していたが、クッキーを一かじりさせられ、幸せそうに笑っていた。
それを見て、ソラも嬉しそうに笑っていた。
よかった。
俺は新聞紙に包まれたカーネーションを見つめる。
あとはこれを渡すだけだ。
「へえ、あの花を渡すことにしたんですか」
ある休日、俺は切崎とともに人気のない喫茶店で話していた。先日、殺刃鬼《the edge of crow》に繋いでくれたことへの礼と事後報告みたいなものだ。
「ようやく告白する気になったんですね、ハルトさん」
「こくっ……あの少年といい、なんでただの花贈りを告白なんて……」
俺が頬を上気させながら返すと、切崎は大きな溜め息を一つ、深々と吐いた。
「一目惚れで殺人兵器の女の子を助けた人の花贈りが、告白じゃなくて何だっていうんです?」
「う……」
図星すぎて反論のしようがない。
「僕はいいと思いますよ。っていうかなんで今までしなかったんですかってくらいです。……それに」
切崎はコーヒーを一口含み、飲み込んで、続けた。
「貴方が告白すれば、彼女は本当に普通の人間として生きられる」
「……どういう、意味だ?」
意味深だ。切崎は黒い瞳を真っ直ぐ俺に向けた。
「彼女は普通に過ごしていますが、かの組織に兵器としてつけられた機能がなくなったわけではありません。もしもの話ですが、その機能が発動すれば、彼女は人を殺します」
かたん。
砂糖を入れていた匙を取り落とす。
「そんな危険を抱えながら、彼女は生活しているのです」
切崎の言葉がゆっくりと頭に浸透していく。
ソラが人を殺すかもしれない。
わかってはいた。けれど、理解していなかった。いや、理解したくなかったんだ。
「ハルトさん。気を落とさないでください。彼女にとって、貴方はストッパーになっているのです」
「ストッパー?」
続いた切崎の言葉におうむ返しに訊き返す。
「この間、殺刃鬼《the edge of crow》を呼んだでしょう? ご存知かと思いますが、彼は超能力者でもあります。超能力者抹殺のために作られたソラさんの攻撃対象になってもおかしくなかった。
けれど、彼女は何事もなく、殺刃鬼《the edge of crow》との対面を果たしました。
……これは、貴方といて、普通に暮らしていたからなんです」
切崎の言いたいことがいまいち把握できない。
俺の表情からそれを察してか、切崎はもどかしげに言い放った。
「貴方と過ごした[普通]の日々が、彼女の機能を消しかけているんです」
「……本当か」
嘘吐いてどうするんです、と切崎は答える。
「あれ? でもなんでそれで俺がソラにこく……すると、普通の人間として生きられることになるんだ?」
すると切崎は、鈍いですねぇ、と処置なしのポーズ。……なんか腹立つが、わからないものは仕方ない。
「それをソラさんが望んでいるからですよ」
ソラが、望んで?
「僕の口から全部言わせる気ですか。察してくださいよ、これくらい。それでもわからないなら、自分で訊いてください」
苛々した様子で切崎は席を立つ。
去り際にこんな台詞を残して。
「貴方の存在に、救われているんですよ、あの人は」
彼女を殺人兵器という束縛から解き放てるのは、貴方だけなんだーーそう言っているように聞こえた。




