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罪を雪ぐ。

 数日後ーー

 殺刃鬼《the edge of crow》がやってきた。

 俺は中庭でプロジェクターの映し出す幻影の中に息を潜めていた。

 むせかえるような匂い。必死に咳き込みたいのを堪えつつ、俺はソラが彼らを連れてくるのを待った。

 待つ以外、やることがないので、物思いに耽ることにした。

 ふと、カーネーションの花言葉に思いをめぐらす。

 カーネーション。赤、白、ピンク、黄色など、様々な色がある花で、その色一つ一つに花言葉がある。

 母親に贈る花として有名な赤は[母の愛情]。

 白は[私の愛は生きている]。

 ピンクは[愛している]。

 黄色、そしてオレンジの花言葉は……[軽蔑]。

 ……違いすぎる。

 本当は白く咲くはずだった花を見る。

 ソラに、その言葉が届くことはない。

 これは俺が犯した罪だから。そこから逃れるなんて、できはしない。

 罪から逃れて幸せになろうだなんて、許されるわけがない。

 だから、本当の花言葉は、俺の中に……

 俺は胸元に当てた右手を固く握りしめた。

 ちょうどそのとき、中庭への窓が開いた。向こう側にソラの銀糸が見えた。続いて金髪碧眼の少年と、朱色のヘアバンドをした女の人が入ってくる。

「うわ……」

 幻影で隠したとはいえ、一面がオレンジであることに変わりはない。その光景に女の方が思わずといった様子で声を上げる。

「……この花は庭に止まらず、家の中にまで入ってこようとしています。だから、そうなる前に」

 ソラがカーネーションの説明をする。ソラは俺がいることを気遣ってか、毒性を持つことは言わなかった。

「……一つ、訊きたいことがあります」

 金髪碧眼の少年が語り終えたソラに問いかけた言葉に俺は絶句した。

「この花は、誰が植えたんですか?」

「えっ……」

 ソラが動揺する。ヘアバンドの女もよくわからなかったらしく、少年に先を促す。

「花のために地質まで把握しようとする人が、こうなるまで何も手を打たないわけがない」

 違いない。俺は思わず苦笑をこぼす。

「ここは貴女の庭だけれど、貴女はこの花を勝手にどうにかすることはできなかった。……何故なら、この花は貴女が育てた花ではないから」

 溜め息が出るほどの名推理だ。その上少年は真っ直ぐ俺の方を見た。プロジェクターの幻影で姿は見えないはずなのに、その翡翠色の双眸は真っ直ぐ俺を射抜いていた。

「そこにいるんでしょう? もう一人の管理人さん」

 完全に見抜かれていた。お手上げだ。

 俺はプロジェクターの幻影の外に出た。

「まさか、こんなに早くばれるなんてな」

 苦笑しか出てこない。

 少年の翡翠色には敵意はなかった。少しばかり警戒の色があったが、俺が出た瞬間、きょとんという擬音がつきそうなほど目を丸くした。あっさり出てきたことに驚いているのか、俺の灰色としか表現できない風変わりな容姿に驚いているのか、このどちらかだろう。

 容姿のことを言うなら、少年も少年だと思うが。

 切崎が彼と称していたことから、殺刃鬼《the edge of crow》は男だろうというように当たりをつけていた。となると、少年が殺刃鬼《the edge of crow》だということになる。

 手練れの同業者《殺し屋》ですら恐れるほどの人物と聞いていたから、がっしりした体格の人物か、陰気そうな変人タイプの人物が来るものと思っていたのだが、 どう見てもこの少年はどちらにも該当しない。

 金髪碧眼で背は高いけれど、華奢な体つきの美少年。ぱっと見、殺伐とした雰囲気なんて微塵もない。俺の居どころを暴いたときだって、終始穏やかな様子だった。

 切崎なら、油断は禁物ですよ、とか言うんだろうが、あまりにも穏やかなその少年に俺の警戒心は解けて消えた。

「本当の依頼人は貴方ですね?」

「ああ。俺はこの家に住んでいる。彼女は同居人だが、この庭は彼女のものだ」

 俺はざっくり事情を話す。この花は俺が育てたものだと。白いカーネーションのはずがこの色になったのだと。


 ……少年があまりに静かに聞くものだから、少しーー懺悔するような気分になった。

 罪の告白。

 金髪碧眼なんて絵に描いたような容姿をしている彼を、俺は神か何かと勘違いしているのかもしれない。

 実際、この罪をどうにかするには、この少年にすがるしかない……


 少年は俺の吐露を聞き終えると、ヘアバンドの女とソラに目を向けた。

「ソラさん、依頼はちゃんと引き受けますから、その前に少し、彼とお話をさせてください」

 ソラはこくりと素直に頷く。アイコンタクトを受けたヘアバンドの女も一つ頷き、中庭から出て行った。

 ソラと女の姿が窓の向こう側の部屋から消えるのを確認し、少年は俺に目線を戻した。

「花、これだけじゃないんでしょう? 見せてください」

 少年の言葉に敵わないなあ、と何度目かの苦笑を浮かべ、プロジェクターの幻影を解く。

 少年が眩しそうに目を細める。吹き抜けの空から降り注ぐ陽光に照らされたオレンジ色は、植物でありながら、目に優しくなかった。

「……ソラさんに、贈るための花だったんですよね?」

 オレンジ色のカーネーションを見つめたまま、少年が俺に確認する。ぎょっとした。そこまで気づかれていたのか。

「なんでそう思うんだ?」

 見抜かれすぎて少し癪だったので、とぼけてみることにした。

「花言葉です」

 ……とても殺し屋の口から出る言葉とは思えない。

「花言葉?」

「……カーネーション、本当は白いカーネーションを贈るつもりだったんでしょう? 白いカーネーションの花言葉は」

[私の愛は生きている]。

「それで、告白するつもりだったんでしょう? ソラさんに」

「こっ……!?」

 花言葉を知っていたことも驚きだったが、まさかそこまで見抜かれているとは……!

「なんで、そこまで……」

 俺は思わず問う。少年は穏やかに言った。

「ソラさんを見る貴方の目が、とても優しかったから。……背中に隠したそのナイフだって、ソラさんを守るためでしょう?」

 服の下に隠していたナイフにも気づいていたらしい。はあ、と息を吐き、ナイフを捨てた。

 少年を見ると、翡翠の眼差しはオレンジを映していた。

「……あの人は、人間じゃないんですね」

 少年は静かに告げた。

「……ああ」

 捨てたナイフが陽光に煌めく。その銀色の輝きはーーソラの髪と同じ色。

 殺し屋の少年にとっては見慣れた色だったのだろう。だからすぐその事実に思い至ったのだ。

「大丈夫です。僕は彼女を殺したりしません。……もう二度と、人を殺すなんて、したくありません」

 その言葉に驚き、俺は翡翠の瞳をまじまじと見る。

 儚げな笑顔で彼は続けた。

「だから、約束してください。あの人にそんなことはさせないと」

 そんなこと。

 彼は明言しなかったが、それが何を指すかくらいは察しがついた。

 だから、迷わず答えた。

「させないよ。絶対に」

 少年はそんな俺に柔らかな笑みを向け、では仕事を始めます、と言った。

 彼自身、超能力者らしい。花を刈るのにその力を使うから、人に見られたくないという。俺は了承し、ソラたちの元へ行くことにした。

 俺が窓から部屋に入る直前、少年はぽつりと言った。


「届くといいですね」


 本当の花言葉がーー言外にそう続いたように思えた。


「ああ。ありがとう」


 何か、重い荷物を下ろせたような気分だ。


 罪が洗われたような気がした。



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