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陽光が囁く

 夢を見た。


 赤みがかった金髪の女が、何もない、陽光だけが降り注ぐばかりの空間で、俺を見つめて笑っていた。

「灰色の少年とは。珍しいものだ」

 灰色の少年。……俺は自分の容姿を思い出す。

 黒髪というには淡く、銀髪というには暗い色の髪。不可思議な色合いのそれは決して染めたわけでも抜いたわけでもない、俺の天然の色だ。それと全く同じ色の両の目。その上あまり外出しない俺の普段着は質素な色ーー灰色なのだ。

 俺の灰色ではない部分なんて、肌くらいじゃないだろうか。しかし、それさえ、陽光の元では灰色にくすんで見えるのだという。あまり血色のよくない青白い肌は日の光にくすんでしまうようだ。

 灰色は嫌いじゃないが、灰色の少年という呼び名はあまり好きではない。劣等感を抱いているわけではないが、差別的な印象を持ってしまう。

「そういうあんたは、オレンジの女、だな」

 意趣返しのつもりで俺はそう返す。

 事実、女は淡いオレンジ色の輝きを全身に纏っていた。赤みがかった金髪、朝焼け色の淡い瞳。俺と対照的に血色のいい肌。身に纏うドレスは陽光で編んだような淡くも優しく暖かい色を放っている。肩が剥き出しなところは少々寒々しく感じるが、それも彼女のオレンジ色という印象を引き立てていた。名も知らぬ花ではあるが、髪飾りにもオレンジ色の花があしらわれていた。

 普段なら、暖色系のオレンジはいい色だと思えるのだが、さすがに今は思えなかった。

 妖艶な女の笑みが嘲りに見えるほど、憎々しい色だ。

「そう怖い顔をするな、少年。……まあ、状況がわからんのでは致し方ないか」

「……状況?」

 何か引っ掛かる言い方だ。状況……これは、夢だろう? それ以外に何かあるのか?

「現ではない、という意味では合っているな。しかし……少し違うが、まあ、そろそろわかるだろう」

「……はあ」

 掴めない人だ、と思い、更に問いを重ねようとしたとき。


「ハルト……!」


「っ……!?」

 聞き慣れた声が、俺の名を呼んだ。


「ハルト、ハルト……!」


「ソ、ラ……?」

 俺は訝しむ。俺を呼ぶのは、間違いなくソラの声だ。けれど、何か焦っている……?

 それに、この声、どこから聞こえるんだ?

「……聞こえたか」

 女の声に振り向く。女はどこか挑戦的だった表情を和らげ、陽光のように微笑む。

「迷うな。行ってやれ」

 女は俺の視線にきっぱりとそう答えた。俺は軽く瞠目する。

「お前が迷うべき道は、彼女とともにある。……違うか?」

 抽象的な物言いだったが、はっきりわかった。

 俺のあるべき場所は、あそこだ。

 あそこにはいつも、ソラがいる。

 ソラが、待っていてくれる。

 ひきこもって外にあまり出ない俺だけど、ソラが待っていてくれるから、朝、ご飯を作って、一緒に食べる。仕事して、一日を終えて、晩ご飯食べて、おやすみを言える。

 ソラがいるから、起きたとき、おはようって言えるんだ。

 そんな当たり前の日常が、当たり前の幸せが。

 ソラがいる。それだけで俺には最高の幸せに思える。

 だから真っ直ぐ、君の元へ帰るよ。

 夢から覚めて、君に会ったら、おはようって笑うんだ。


「ハルト、ハルト!」


 聞こえているよ、ソラ。

 今行く。

 俺は心の中でそう答えつつ、オレンジの女を顧みた。

「ありがとう、ございました」

「……ふっ、礼には及ばんよ。……伝わるといいな」


 女のその言葉を皮切りに、ふと視界が掻き消えた。


 瞼をゆっくり持ち上げる。

 そこにいたのは、銀糸を煌めかす少女。陽光が反射して、銀糸は淡いオレンジ色にも見える。

「おはよう、ソラ」

 俺が微笑み、起き上がると、ソラは白銀色の瞳に涙を湛えて飛びついてきた。

「わわっ、ソラっ?」

 俺は驚きつつも受け止めた。抱いた肩が微かに震えていた。

「ハルト!! ハルトぉっ……」

「うん、俺はここだよ、ソラ……」

「ハルト……」

 しゃくりあげながら何度も俺の名を呼ぶソラの背中を撫でながら答えていた。

 そんな中、俺は頭の隅で現状把握に努めた。

見慣れた天井から察するに、ここは俺の部屋で、俺のベッドの上だろう。

 しかし、ソラのこの様子から考えると、俺はただ眠っていたわけではないようだ。最後の記憶を探る。ーーオレンジ色のカーネーションが浮かんだ。

 そういえば、あそこで眠って、そこから何も覚えてないな……

 そこまで思い至ったとき、遠慮がちなノックの後、入口が開く。覗いた姿は黒。

「あら、お邪魔でしたか」

「入っていいからまず、ノックは返事を聞いてから入れ」

 俺は黒い少年ーー切崎を呼び寄せた。こいつがいるのなら、現状把握も手短に済むだろう。

「僕は馬の足に蹴られたくないんですけどね」

「いいから現状を教えてくれ」

 俺が促すと、切崎は俺とソラを交互に見、わざとらしい溜め息を一つ吐くと、気だるげに言った。

「ハルトさん、倒れたんですよ」

 それはなんとなくわかった。

 俺は目で更なる説明を求めた。すると、返事は腕の中から返ってきた。

「オレンジ色のカーネーション……毒があったの」

「毒……?」

 俺の知る限り、カーネーションという花は有毒ではなかったはずだが……

「あ、突然変異か」

 世ではままあること。

 植物が、人間が変えてしまった環境に適応するためーーもとい、その環境下で生き残るため、毒性を持つ。それには突然変異という異常性を強調するような現象として名付けられているが、むしろこれは自然なことだろう。 植物だって元をただせば人間と同じ生き物だ。意思はなくとも、生存本能は潜在的にあってもおかしくはない。

「貴方は五日も眠っていたんです。だめですよ、草むしりは軍手をしないと」

 切崎の指摘に首を傾げて自分の手を見た。今気づいたが、包帯が巻かれている。不思議なくらい指が自然に動くのは巻き方が上手いのだろう。

「ハルト、あのカーネーションを抜いたとき、細かい傷がついてたの。そこから、カーネーションの毒が入ったんだと思う。カーネーションの毒は、抜かれた花から出ていたから、尚更」

 なるほど。抜き終えた花の上に寝たのが更に容態を悪化させたわけだ。

「という無茶をしたわけです。……現状把握はこれでいいですか?」

「ああ」

 俺が頷くと、切崎はふう、と一度息を吐き、言った。

「では、悪い知らせです。ハルトさんが一所懸命抜いたあの花ですが……また咲いていますよ」



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