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再来月の花贈り

 バレンタイン。

 そういえば、そんなイベントもあったっけ、とフォンダンショコラを頬張りながら俺は考えた。

「切崎さん、どうですか?」

「美味しいですよ。いやはや、こんなに素敵なバレンタインのご相伴に預かれるなんて光栄です」

 切崎のべた褒めにほんのり頬を染め、ソラは俺の様子も伺った。俺の答えなんて就学前の子供でもわかっただろう。

 ……元々、インドア派の俺は対人的なイベントの知識はめっぽう弱かった。

 バレンタインも何それ美味しいの? くらいの感覚しかなかった。

 いや、美味しい。

 ソラの作ったフォンダンショコラ。中のチョコレートは甘過ぎず、むしろほろ苦い。けれどそれがクリームやジャムと互いを引き立て合っている。

 ……俺はいつからグルメリポーターになったんだろう、なんて疑問もよぎったが、まあ、それはどうでもいいだろう。

「ソラ、ありがとな」

 そう言うと、彼女はくすぐったそうに笑った。

「ハルトも、いつもありがとう。台所、使わせてくれてありがとね」

 こんな素敵なプレゼントをもらったんだ。台所を貸すだけなんて、吊り合わなすぎて申し訳ない。

 ……何か、お礼を考えないとな。

 童顔のにやにやした視線がささってくる。わかっているからやめろ。さすがにバレンタインまで出たらあとは俺でもわかるぞ。

 ……バレンタインのお返しは、ホワイトデーだってことぐらいは。


 しかし。

 ソラが食べ終わった皿を片付けに去った後、俺は切崎の提案にただただ目を点にした。

「お返しは、来月ではなく、再来月にしてはどうでしょう?」

「…………はい?」

 いやいや、待て。ここまで王道路線を楽しんでいたお前が、まさかの蛇の道にそれるか!? ネットで知っていた知識で切崎の言う再来月が何と呼ばれているかは知っていた。しかし、いくらお前だからって……


 マイナーといえばマイナーな知識なので、説明しておこう。

 バレンタインの一月後はホワイトデー。では二月後は? ーーブラックデー。

 とある国ではバレンタインにチョコレートをもらえなかった人だか、ホワイトデーにお返しをもらえなかった人だかがやるイベントらしい。

 いや、どこの国のイベントだよ!?

 心の中で盛大な突っ込みを入れつつも、声に出さなかったのは、 切崎がそうしたい理由になんとなく見当がついていたからだ。

 残念なことに。

 [ホワイト]デーだから、嫌なんだろう。

「さすがハルトさん。ご慧眼ですね」

 こんなことで褒められても嬉しくないがな。

 でも、と切崎が続けたことに俺は驚く。

「春を待った方がいい、というのが一番ですね、今回は」

「どういう意味だ?」

 切崎はにやにや笑いを収め、爽やかな笑みに変える。いつもそういう顔で笑えよ、と突っ込みたかったが、それは次の一言で吹っ飛ぶ。

「花が咲くでしょう? 春は」

 はっとした。

 花。そうだ。春には花が咲く。ソラが好きな花たちが。

 花贈りはありきたりだけれども、現代でも好まれる贈り物だ。花の好きなソラなら尚更、喜んでくれるにちがいない!!

 俺は嬉々として、何の花を贈ろうか、考え始めた。


「ソラ」

「どうしたの? ハルト」

 ある日。

 俺は意を決してソラに頼んだ。

「ほんの少しでいい。片隅でいいから……庭を少し、貸してほしい」

 ソラはかくん、と小首を傾げた。しばし不思議そうに鏡のような銀の瞳で俺を見つめ、やがてこくん、と首を縦に振った。

「もちろん。ハルトも、お花植えるの?」

「ああ」

「何の花?」

「……内緒だ」

 無垢な瞳に答えそうになるのをぐっとこらえた。これは、ソラへのプレゼントなのだから、渡すときまで気づかれたくない。

 それに……恥ずかしくて言えやしない。

 花の種類や育て方、特徴のみならず、花言葉まで勉強しているソラにはすぐにばれてしまう。

 この花に限って、それだけは避けたかった。

 切崎にだって言ってない。あいつに言ったら、ほぼ毎日からかわれること必至だ。


 俺が植えるのはカーネーション。

 カーネーションといっても、かなり色とりどりで、最も有名な赤を始め、黄色やピンク、オレンジなど、多種多様な色がある。

 そして色ごとに、薔薇やチューリップのように花言葉がある。

 カーネーションの花言葉で有名なのは、やはり赤の[母の愛情]だろう。

 俺は最近かじったばかりなのであまりわからないが。

 そんな俺が選んだのは、白いカーネーションだ。

この国では母の日に贈るのは専ら赤いカーネーションだが、かの大国では赤の他に、白のカーネーションを贈る慣習があるという。

 その慣習は白いカーネーションの花言葉からきているのだそうだ。


 白いカーネーションの花言葉は……[私の愛は生きている]。


 ……

 …………

 ………………

 ……やはり、小っ恥ずかしい……

 遠回しなようで、ストレートなんだよ、この言葉。

 でも、この言葉どおりの感情をソラに抱いていることは確かで。

 だから、この花を植えることにした。


 咲いたとき、ソラが浮かべる大輪の笑顔を思い描きながら。

 陽光に柔らかにきらめく銀色を思い浮かべながら。


 花を植えた。


 俺はその種を蒔いた。

 それが災禍の種とも知らず。



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