恋に落ちたその時に
「あえいうえおあお」
学校の隅にあるホールに響き渡る部員たちの声を遮るように、短髪の男子生徒がパンと一回手を叩いた。
「発声練習そこまで。次は校庭二十周ランニング」
「えええ。いい加減、劇の練習しましょうよ」
「そうですよ恭介部長!」
部員たちのブーイングを聞き流すように後藤先輩は笑みを浮かべる。
「演劇部は体力勝負。文句を言った部員は追加十周」
「行ってきます!」
散らばるように全員が校庭へと駆け出して行くのを見送ってから、先輩もそのあとを追おうとする。
「ご、後藤先輩」
その姿に私が声をかけると、壇上にいる後藤先輩と目が合う。爽やかそうな目尻が下がり、ふわりと笑みを浮かべた先輩が口を開く。
「佐々木? どうしたの」
「頼まれてた文化祭の脚本、持ってきました」
「もう? さすが佐々木、早いなあ。助かるよ」
格好良い先輩の笑い顔に思わず赤面する。壇上から降りてくる先輩に押し付けるように原稿用紙を渡す。
今どき珍しく手書きなのは私の好みだ。パソコンが苦手なこともあるけれど、手書きが一番文章のぬくもりを感じられる気がする。
「正直、今回は自信がないです」
「佐々木が弱気なんて珍しい」
「だって……先輩が恋愛ものを書けっていうから」
私の得意分野はSFやファンタジーだ。現代が舞台の恋愛モノなんて、書いたことがない。それなのに先輩は無理難題を突きつけてくる。
「文化祭でやる劇だからね。老若男女に受け入れられるには恋愛モノが一番なんだよ」
文化祭の劇は、部長と副部長のダブル主演と慣例で決まっている。今回は演じる二人を思い浮かべながら脚本を書いた。
先輩はホールに備え付けの椅子に腰掛けた。私も通路を挟んで反対側の椅子に腰掛け、原稿用紙を眺める先輩の横顔をじっと見つめる。
「先輩はアンドロイド役です。恋の相手は、自分を作った研究一筋の女博士」
西暦二千五百年、量産型でなく自我を持ったアンドロイドが亡き製作者の娘である女博士と恋をする恋物語。しかし恋情を理解できないアンドロイドはシステム異常をきたす。亡き父の作ったアンドロイドの仕組みがまだ理解できない娘では修理できず、いつしか動かなくなる――そんな悲恋。
「なんで悲恋にしたの?」
私は言葉をつまらせる。先輩の疑問におずおずと口を開く。
「その……知識と経験が不足し過ぎて、どうやったらハッピーエンドになるのか……」
ぷっと先輩が吹き出すのを思わず睨む。けれど先輩は気にせずに視線を再度手元へと落とした。
「題材は凄い良いよ。けれどやっぱり恋愛部分がなあ」
「やっぱり駄目、ですか」
「駄目っていうか足りないって感じかな。佐々木は誰かに恋したことある?」
突然の質問に私は慌てて横に振った。幼稚園のころ、近所の男の子にバレンタインデーのチョコをあげたことはある。けれど、すでにあの時の男の子の顔すら覚えていないほどで、恋なんて呼べないものだ。
「あ、ありません」
「だろうなあ。恋をするとさ、独占欲とか嫉妬心とか人間の汚い部分も出てくるんだよ。でもこの作品はみんな心が綺麗すぎる」
「綺麗すぎる……?」
どういう意味なんだろう。私としては、無機質な感情しか持たないはずのアンドロイドが徐々に気持ちを自覚するところは丹念に書いたつもりだ。
「うん。――佐々木は小説家志望だったよね」
「……い、一応は」
大それた夢だけれど、小さい頃からの夢だった。小説家になるために、色々なところに作品を送って、最近は少しずつだけれど小さな賞に通るようになった。
「恋愛も大事なエッセンスだよ。とりあえず試しに俺と恋愛の特訓してみない?」
「特訓?」
「そう。この脚本を完全なものにするためにも大事だと思うんだ。というわけで、これからよろしく」
なにがなんだか分からぬまま私は先輩の笑みに圧倒され、思わず頷いてしまった。先輩の言っていることをちゃんと理解できたのは、翌日だった。
「おはよう佐々木」
爽やかな朝に爽やかそうな笑みを浮かべ、我が家の玄関前に佇む先輩の姿に私はぽかんと口を開く。
「おはようございます……え? なんで先輩がうちに?」
「言っただろ? 恋愛特訓だって。今日から俺たちは彼氏彼女」
その言葉にフリーズする。先輩は、いまなんて言った?
固まる私の肩を揺さぶられ、私ははっと顔を上げる。思ったよりも近い位置にあった先輩の顔に息を呑む。
「……そんなに嫌そうな顔をされるとさすがに傷つくけど」
「嫌というか、なんというか、その」
「嫌じゃないなら良かったよ。じゃ、手をつないで行こう」
先輩の大きい手が私の左手を掴む。拒否をするまもなく先輩は引きずるように私の手を握りしめたまま学校へと向かおうとする。
「せ、先輩。あの、私いまいち状況把握ができないんですけれど」
「だから言っただろ? 佐々木の小説家としての経験値アップのためだよ」
つまり、恋人ごっこをして私に恋愛のイロハを教えこんで脚本を良い物にしようってことなのだろうか。
ぎゅっと手のひらに力が込められる。男の子とこんな風に手をつなぐなんて、初めての経験で心臓がドキドキする。火照った顔に気付かれないように俯くけれど、きっと先輩のことだからお見通しなんだろう。
「先輩は……その、こういうのに慣れてるんですね」
きっと後藤先輩なら彼女もいただろう。先輩に似合う美人、そういえば副部長の真柴先輩もとってもきれいな人だ。ああいう人が先輩と付き合ったりするのかもしれない。
「別に慣れてなんてないよ。今だって心臓が凄いことになってる」
苦笑する先輩だけれど、やっぱりどこか余裕を感じる。私みたいに顔を赤くしたりなんてしない。
「人と触れ合うのは劇の中でも良くあるけど。やっぱり演技しているときと、特別なときは違うからね」
ああ、そういえば。博士とアンドロイドが手をつないだ描写がある。恋を知らないアンドロイドと、不器用な女博士が初めて触れ合うシーンはお互いを意識付ける重要なところだ。二人はあのとき、こんな風にドキドキしたのだろうか。
「ありがとうございます。脚本の修正案が思い浮かびました」
校門の前についたので、感謝の言葉を告げてから手を離す。さすがに学校内でこんな風に手をつないでいたら、噂になってしまう。
「じゃあ、またあとでね」
教室の階が違う先輩と昇降口で別れ、私は階段を上る。教室に入った途端に友人たちが飛んでくる。
「ちょっと! 今日後藤先輩と手を繋いで登校してなかった!?」
校門前で離れた手だったが、どうやら見られていたらしく慌てふためく。
「それは、その、あれで」
「ええマジで!? いつか付き合うんじゃないかと思ってたけどねえ。佐々木にも春がきたかあ」
「でも奥手な佐々木に先を越されるなんて!」
はやし立てられ、私は顔を真っ赤にして俯き否定する。
「そんなんじゃ、ないよ。これは脚本のためで……」
「なにそれ」
私はかいつまんで説明すると、友人たちは一斉に呆れた顔をする。
「いや、それってさあ」
「佐々木らしいっていうか、なんていうか」
「……どういうこと?」
首をひねって友人たちを見渡すが、面白そうにニヤニヤとした顔をするだけだった。私が再度尋ねようとしたときにチャイムが鳴ってしまう。入ってくる担任を見て一同はバラバラと席へと戻っていき、私は質問をすることを忘れてしまった。
先輩を初めて見た時のことを思い出す。あれは一年前の春、部活見学をしていたときだ。引っ込み思案の私は演劇部なんて興味がなかったけれど、仲良くなった友達の付き添いで講堂へと足を向けた。
そこで、私は衝撃を受けた。澄んだ声が強く響き、背筋を伸ばし堂々と顔を上げて役を演じる後藤先輩はとても格好良かった。
けれど先輩との接点などないまま二ヶ月が過ぎた初夏の頃、結局部活に入らなかった私は図書館で賞に落選した小説を読みふけていた。かなり面白いものになったと自負していた作品は、あっけなく三次で落選した。
はあ、と溜息をついた私の後ろで声がする。
「それ面白そう」
慌てて振り向くと、そこにいたのは後藤先輩だった。目を丸くする私を気にもせず、隣の椅子に腰掛けられる。
「読んで良い?」
「え、あ、は、はい」
どうぞと原稿用紙を渡すと先輩はそれを読み耽る。読み始め、徐々に面白がるような色が顔に出たのを見て私は嬉しくなる。
「こういうの好きだ。これ、演劇部でやっても良い?」
「え!?」
「ちょうど次どうしようかなと思ってたところでさ。部長に言ったらオッケー出ると思うんだ」
突然の申し出に固まる。けれど、それは嬉しいことだ。私の物語が、形となるというのが不思議な気持ちはするけれど。
「あ、あの。私の作品で良ければお願いします」
こうして、私は時間をぬって小説を脚本に書き換えた。そして私の作品はその年の文化祭で演じられた。主役は当時の部長さんで、後藤先輩はキーパーソンとなる役だ。あの日の感動を私は忘れない。
文化祭のあと三年生は引退し、後藤先輩が演劇部の部長となった。あれから一年、私はいまでは演劇部の脚本家として名を連ねている。
「佐々木、昼食食べに行こう」
いつものように友人たちと机を並べていた私は固まる。教室の扉の外で、なぜか後藤先輩が笑顔で待っていた。
「あ、私みんなとご飯――」
「私たちのことは構わず、佐々木のことお願いしまあす」
「うん、ありがとう」
友人に背中を押されて私は教室の外へと放り出される。ピシャリと扉が閉ざされて、いつのまにか先輩の手には私の弁当の袋が携えられている。
「じゃあ行こうか」
弁当を人質に取られてしまえば私も付いていくしかなかった。先輩はどうやら裏庭に行こうとしているらしい。晴れた日に外で食べるご飯は美味しい。
外に出されたベンチが空いていて、私達はそこに並んで腰掛ける。
「……あれ? 先輩は食べないんですか?」
「俺も役作りしたいしね。食事がとれないアンドロイドとの食事シーン、あれは人間と機械っていう相容れいない関係性を出しているところだろ」
どんなに見た目が人間に近くても、機械であるアンドロイドは人間と同じような食事は取れない。二人仲良く食卓に並んでも、食べるのは博士だけ。アンドロイドは自分の身体を歯がゆく感じ、機械であることに絶望する。
「はい。あそこで、もう一度観客に二人の差異を強調しています。……でもそれと先輩が食事を食べないことに、なんの関係が」
「美味しそうに食べる愛する人をみて、アンドロイドはどう思うのかなっていう役作り。はい、食べて」
膝の上に弁当箱を置かれて、私は仕方なく箸をとる。先輩は本当にご飯を食べないようで肘掛けに肩肘を付きながらじっと私を見ていた。若干の気まずさを覚えながらもモグモグとお弁当を食べる。お母さんのつくったお弁当はいつも美味しくて頬が落ちそうになる。
「……アンドロイドが思っていたことがわかったよ。彼は、絶望なんかしない」
「え?」
どういうことかと問うと、ふわりと先輩は優しく笑った。
「好きな人が美味しそうにご飯を食べている様子を見たら、幸せを感じるってこと」
「じゃあ食事シーンも書きなおさないといけないですね」
メモを取り出して、修正シーンをメモする。顔を上げると苦虫を潰したような表情を浮かべた先輩と目があった。
「どうしました?」
「いや、佐々木が鈍いのは今にはじまったことじゃないから気にしない」
疲れたように目を細めた先輩がじっと私のお弁当を見下ろした。……そうか、先輩はお腹がすいていたんだろう。
「あの、良ければどれか食べますか?」
「じゃあ一つもらおうかな」
あーんと口を開く後藤先輩。まさか、これは食べさせてってことなんだろうか……? 狼狽える私を悪戯っ子のような目でみる先輩だが、口を閉ざす素振りは見られない。
いつまでも口を開けさせておくわけにもいかなくて、私は箸で卵焼きをつまんで先輩の口の中に落とす。
「おいしい」
いつもの、私が憧れるふわりとした笑みを浮かべられる。
――好きな人が美味しそうにご飯を食べている様子を見たら、幸せを感じる。
今更ながら先輩の言葉が反芻され、私は頭をふる。きっとそれに他意はない。あくまで先輩は役作りのために、私の脚本のレベルアップのために言っただけ。
そして、私が感じたこの気持も気のせいだ。
さすがに放課後までは先輩は現れなかった。きっと今頃は部活に行ったのだろう。今度は私から先輩へ会いに行くことに決める。いつでも演劇部に顔を出して構わないという許可は貰っているし作品のヒントがなにか得られるかもしれない。
いつものように講堂に足を踏み入れると、壇上に二人の男女がいた。
すらりと伸びた長身でボーイッシュな短髪をしているけれど、表情はすごく大人っぽくてきれいな女性。演劇部副部長である真柴先輩だ。その横に立つ後藤先輩も背が高くて、二人はとてもお似合いに見えた。
「……なんだろ、これ」
胸の奥がなんだかモヤモヤとするような感覚。今まで、こんな気持を感じたことなんてないのに。
「佐々木」
大きなよく通る声で後藤先輩に名前を呼ばれてびくりと肩を震わせる。
「美緒ちゃん、こっちおいでよ」
真柴先輩も満面の笑みで手招きをしていた。その横で後藤先輩がぎこちなく笑っている。……私が、二人を見ていたことに気づいたのかな。
「し、失礼します!」
私はその場からダッシュして講堂から出た。いつもなら、あそこで普通に先輩たちに声をかけて、手直しした脚本を読んでもらうのに。
運動音痴な私はあっという間に息切れして、ハアハア言いながら人気のない廊下を歩く。
「佐々木!」
ぱっと何かに腕を取られ、つんのめりそうになったのを大きな身体で支えられる。それが誰なのか、すぐに気づいた。
「せ、先輩?」
なぜか息を切らした後藤先輩が私の腕を掴んでいた。
「どうしたんだ佐々木」
逃げ出したことを責められているんだろうか。折角先輩に声をかけてもらったのに、挨拶もせずに出てきてしまったから。
「……ごめんなさい」
「怒ってるわけじゃないよ。ただ、なんか辛そうな顔をしてたから心配になったんだ」
辛そうな顔……そんな顔を、私はしていたのだろうか。自分では分からず、空いた手でそっと頬を撫でる。
「会いに来てくれたんだろ?」
「そういう、わけじゃ」
私は先輩に会いに行った。けれど、それを正直に言うのはなぜか悔しくて嘘をつく。でも先輩は俯く私の顔を無理やり上げさせた。
「泣きそうな顔」
「そんなことありません」
先輩のなんでも見通してしまいそうな目から顔を背け、ぎゅっと目をつむる。けれどじっと私を見ている視線が痛い。
「佐々木の考えていること、当ててみようか」
「……止めてください」
「そんな顔をしたのは講堂に入って、俺と真柴のことを見てからだ。……佐々木が講堂に入ってきたの、すぐに気づいた。だから分かった」
お願い、それ以上言わないで。
「佐々木も俺のこと好きなんだろう?」
違うと、すぐに言えなかった。二人を見てから抱いた嫌な、ドロドロした感情なんて知りたくなかった。
――恋をすると、きれいなだけじゃいられない。
「離して……」
先輩の手を振り払い、私はその場から去ろうとした。けれど、先輩の腕は離れない。触れ合う肌が熱い。もう何がなんだか分からなくて、私はつと涙をこぼす。
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ」
先輩の指が私の涙を拭うけれど、それだけじゃ到底おさまらない。堰を切ったようにあふれる涙が頬を伝わる。
「俺も佐々木が好きだ」
え、と思わず顔を上げる。先輩の顔は真面目で、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「というか、普通は気づくと思ってた。あからさまだったし、佐々木の友達には知られてたしね。さっきだって、佐々木が来たのに即効で気づいて真柴にからかわたし」
ふわりと抱きしられて、私は緊張して身体を強張らせた。
「ごめん。小説書きっていう理由づけて無理やり佐々木を恋人にさせたから、不安にさせたんだよね」
「……もしかして、私たちフリじゃなくて本当に恋人のつもりだったんですか?」
「まさかフリだと思ってたの?」
そうだ。確かに先輩は私たちの関係を彼氏彼女と言った。勝手にそれをフリだと思ったのは私だ。
「佐々木の小説を読んだ時から、ずっと好きだった。どんな気持ちで、どんな風に考えて書いているんだろう……そう思ったら、いつの間にか好きになってた」
先輩の声はすっと耳に入る。茫然とする私にもちゃんと聞こえるように、透き通る声はなおも続ける。
「好きだよ」
どうして私は気づかなかったんだろう。
私に触れる指、愛おしそうに見つめる目、好きだという言葉。今になって全てを思い返せば、彼が私を好きなことなんて明白だった。気づかないフリをして、心の奥底に沈ませていただけなのに。
幕があがる。能面のような無表情のアンドロイドと、喜怒哀楽の激しい女博士のやり取りは、たまにシリアスに、たまにコメディになり客席を涙と笑いの渦に巻き込む。
初めて手を握った日は、博士は真っ赤な顔をして照れる。一方でアンドロイドは戸惑うように、けれどどこか幸せそうだった。
「あなたも食事が取れるようになれれば良いのにね。私の課題だわ」
女博士扮する真柴先輩が憂鬱そうに呟く。けれど、博士とのふれあいで笑うことを覚えた後藤先輩――アンドロイドがはにかむ。
「あなたが美味しそうに食べているのを見ているだけで、お腹一杯という気持ちが理解できます」
慈しむようなアンドロイドの目を見れば、誰もが博士に恋をしていると予想させる。
しかし、恋情をバグだと理解した内部機構がアンドロイドへ警告音を発する。そしてアンドロイドは停止した。
女博士は必死に勉強し、父を超えた研究者へと成長した。今の彼女なら、アンドロイドの修復も可能だ。あれから五年の月日を経て、アンドロイドは復活を遂げる。
「おかえり」
「――ただいま」
――そして幕が落とされる。
二人きりの部室で、私は先輩に向き直る。
「歓声すごかったですね」
すでに制服に着替えた後藤先輩は満足そうな顔をしていた。最後の舞台が上手くいったことが相当嬉しいんだろう。
「美緒のおかげ。カーテンコール出てくれればよかったのに」
「私、そういうのはちょっと……」
脚本家として壇上に上がることを提案されてはいたが、人の視線を浴びるのに慣れていない私は丁重にお断りをしている。
「なら今日の打ち上げは来てよ」
「……はい」
さっき真柴先輩をはじめ、他の部員たちからも打ち上げに誘われている。部員ではない私が行くのは気が引けるが、たまには積極的に動くのも良いのかもしれない。
――なにより。
「俺ももっと美緒と一緒にいたいし」
同じことを考えていたことを知って、私は顔を赤くする。恥ずかしいけれど、先輩にそういう風に言われるのは嫌いじゃない。
「でも良かったよ。ちゃんとハッピーエンドにしてくれて」
最初は悲恋だった物語を加筆修正して未来ある終幕へ変更した。人間と機械、相容れない存在のはずの二人は、きっとお互いに感情を育みながら一生を寄り添っていく。もちろん人間には寿命があるから永久ではない。けれどそれは、人間同士であっても一緒だ。
「私も、大事な人がいなくなったら必死になって手立てを考えるのかな、って思って」
最初は、アンドロイドが停止してそれで終わりだった。けれど、大切な人を失いたくないと思うはずだ。そのために努力することを厭わない。
「それは俺のことだと自惚れても良い?」
「はい」
「……あれ、やけに素直」
驚いたような顔をされて、むっと頬を膨らませる。
「変ですか?」
「いや、そんなことないよ。驚いただけ」
先輩の手が伸びて私を引き寄せる。私は大人しくそれに従い、身体を預けた。
「大丈夫。俺はどこにも行かないし、佐々木より長生きするから」
「……お願いします」
なんだかプロポーズみたいだな、とふと思う。アンドロイドと博士同様に、これから私たちにはこれからの未来がある。
恋をするときれいなだけじゃいられないと思った。けれど、やっぱりそれは嘘だ。恋をすると、世界がとてもきれいに映る。
「先輩が好きです」
まだきちんと言えていなかった言葉を伝える。いつのまにか先輩の陰が私に覆いかぶさって、そして柔らかなキスが落とされた。