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ロシュバルトとイリアが労働基準について話し合った数日後、今度は長官から呼び出しをくらった。


良い用事ではないことは目に見えていたので長官室に行く足取りは重い。


「失礼します。長官、何用でしょうか。」


例の趣味の悪い机と数歩距離を取り尋ねた。

長官の付けている香水の匂いがどう良くとってもお手洗いの芳香剤の香りだったからだ。臭い。


「イリアといったか。」


「はい、長官。」


「あー、なんだね君は、もし仮にだ、虐げられるのと虐げる人種に分かれるとするならば、どちらがいいかね?」


もしかして、差別問題について話し合うのか。確かにわが国は移民の差別が根深く残っている。…男女差別も。


「…虐げる方です。ただ、私は例え虐げる方であっても、その差別を無くしていく努力は惜しみません。例えば───」


「だろう!!!初めて会ったときから君ならそうだろうと思っていたよ!!」


いきなり長官は重いからだを椅子から起こして鼻息荒く叫ぶように言った。


「は、はい。そうなんてすか。」


「そうだとも!!ああ、ロシュバルトはいい人材を採ったものだ!時に君、今日の靴のヒールは何センチかね?」


なんだか分からないが誉められているらしい。


「は、はい…、3センチだと思います…」


「くっ………。まあいい。それで私を踏んでくれないかね?イリアたん。」


「……は…?」



脳が理解を拒絶したのだろうか、一瞬固まったスキに、長官はイリアの背後に回り込んだ。

そのまま、手首を掴んであっという間に机に押し付ける。


「…あの、やめていただけますか、長官。手首と背中が非常に痛いのですが。」


「い、いいよイリアたん…もっとその冷たい目で見て…はぁはぁ」


荒い息で長官はイリアの顔を覗き込んできた。体がどんどん近づいてくるのに嫌悪感を抱いたイリアは身をよじった。


「何を仰っているかわかりません。長官、いくら部下でもこれは暴力行為ではありませんか?


今すぐやめていただいたら、ある程度は許すので、早くどいていただけ…」


「ちがう!!!僕はね、イリアたんの心の声が聞きたいんだ。そんな、理性的に話してほしいんじゃない!!!

こ、こんな豚野郎にのし掛かられて、嫌だろう?気持ち悪いだろう?さあ、罵れ、僕を罵れぇ!!!」


「心の声ですか?…そうですね、さっきから長官の唾液が飛んでくることに大変気分を害しています。

あと、結構加齢臭も強いですね。加えてその加齢臭を消そうと使っている香水もあまりいい匂いじゃありません。

趣味悪いですね。」


「ああっ!!い、イリアたんんん!!!もっと、この豚にもっとお言葉をおお!!」


「部屋のセンスも私は好きではありません。この部屋に長くいると不快な気持ちになりそうだと思います。

でもまあ、好みは人それぞれですから長官がこれでいいと仰るなら私もこれでいいと思います。」


イリアが冷静に言うと、それまで恍惚としていた長官は苦悶の表情を浮かべた。


「そ、そんなこと言うな!

僕は、罵ってほしいんた!ほら、思い出してごらん、初めて内務省に来た日僕がイリアたんにした仕打ちを!!

ほんとはね、君はロシュバルト付きの役人になる予定だったんだ。だけど僕が長官の権限を使って救護室なんて下らない仕事に回したんだよ。

どうだい?僕を殴りたくなったかい?いいとも!さあ!その美しい足で僕を蹴ってください!!」


きつく拘束していた手を離し、長官は自ら四つん這いになった。

自分より年上の男が進んでそのうな格好になったのを初めて見たイリアは、さすがにギョッとして一歩後ずさる。


「長官、何を…?」



「僕を踏みつけてください!女王様ぁぁ!!」


本能的に恐怖を感じ、長官に技をかけるか、誰か呼ぶか、どちらにしようと決めかねていたイリアはその一言に立ち止まった。


「女王?女王といいましたか?今。」


いきなり表情を変えたイリアに何を期待したのか、長官は更に叫んだ。


「はい!!貴女様は女王です!

貴女ほど玉座にふさわしい方はおりません!!」


ゆっくりと、四つん這いの男に近づいていく。


「……長官、私の為に玉座を奪ってくるとおっしゃるのか?」


「ああ、貴女の為なら、王に反旗をひるがえしましょうとも!」


青い瞳を細めてにっこりと艶やかに微笑む、女神のようなイリアに目を奪われた次の瞬間、待ちに待った彼女の足が顔面に飛んできて彼の意識はぷっつりと途絶えた。





「長官?入ってもよろしいか?先ほどからすごく物音がするのですが…」


どうせいつものように女と遊んでいるだけだろう、とおもいながらもロシュバルトは一応確認の為に声をかけた。


汚い声で「黙れ、入ってくるな!」と言われると予想していたが、今日は違った。


「…次官様ですか?今開けますのでお待ちください。」


凛とした少し低めの美しい声。ここ最近頭から離れない声だ、間違えるはずがない。


「イリア嬢!?なぜ君が長官の部屋に…!」


開かれた扉の先には、やはり彼女がいた。お互いに気まずく、少し沈黙した。


「…次官様、ひとつ教えていただきたいことが。」


いつも通りの冷静な声、表情。しかし、きっちり整えられていた髪が乱れていることに気がつきロシュバルトは青ざめた。


「何だ?それよりも長官に何かされたのか!?彼はどこに?」


「私は本当は次官様付きの仕事だったと長官に聞きました。

ならば、もし長官が失脚した場合、私は貴方の下で働けますか?先日は大変無礼な事をしましたが。」


「ああ、そうだね。君には色々言いたいことがあるが、そうしたいと思っている。…それがどうしたんだ?私の質問に答えろ!何もされていないんだな?!」


がっ、とイリアの細い肩を両手でつかみ思わず声が荒だつ。

見ると、詰めてあるはずの襟のボタンが2つ取れかかっている。白い鎖骨が垣間見え、更に手に力が入った。


「はい、何もされていません。どうぞ、長官はこちらです。気絶されていますが。あと、軍の方を呼んでいただけますか。」


部屋の奥に倒れている長官を見て、ロシュバルトは更にぎょっとした。


「な、何があったんだ?長官はどうして顔が血だらけなんだ?」


「長官が蹴ってほしいと申されましたので蹴りました。少し力が強かったですかね?でもすごく熱望されていて…。

それより、長官が王位を簒奪するという証拠が手に入りました!」


確かにイリアの飾り気のないブーツの先には血まみれだった。


血だらけの長官と王位簒奪の証拠。

内務省随一有能な官吏であるロシュバルトも、この部屋で何があったのかは予想がつかなかった。


○○○○○○○○○○



「………。」


「……あのな、イリア…。たぶん長官ブタが女王様とか玉座とか言ってたのは、王位簒奪を本当にするわけじゃなくて…」


ただのプレイ、と口から出そうとした所で、今まで黙っていたロシュバルトがアーネストの足を思い切り踏みつけた。


「黙っていろ、アーネスト。」


「って!!なんで…」


「…私は…何か間違っていたのでしょうか?確かに長官は『王に反旗をひるがえす』と言われました。

証拠に、私に真実術をかけていただいたら本当だとわかるはずです。」


「何言ってんだイリア!あれは禁術だよ?知らないのか?」


呆れたように言うアーネストにイリアは決意を秘めたような目で見つめ返した。


「知っているわ。拷問に使われていた術だものね。でも長官の罪を暴くためなら多少の痛みは我慢するつもりよ。」 


アーネストは話にならないとばかりに大きくため息をつき、隣の上司に小声で尋ねた。


「…ロシュバルト次官、どうしますか。もう軍部の人呼んじゃいましたよ。

内務省長官が王位簒奪を目論んだ、ってしっかり伝えてますからね?これで勘違いでしたってなったら俺ら終わりっすよ?」


「…わかっている。

……そういえば、元から長官には、先の内乱で処刑された宰相とかなり親しかった為に色々黒い噂が流れていたな。

…これを利用するほかない。」


しれっとした顔で言うロシュバルトにアーネストは頭が痛くなった。バカなこというのはイリア一人で十分だ。


「……えーっとですね、冤罪ってことですよねそれ。いいんすかね?」


「よくないだろうが、致し方ない。いくら調べても長官の不正の決定的な証拠は出てこない。そろそろ向こうも感づいているようだし、ここらで蹴りをつけなければ。もたもたしてると私はともかく、アーネスト、伯爵家の三男のお前は消される。」


「け、けさっ!!?」


「当たり前だ。内乱が終わって5年は経つが、まだすべての膿はでていないんだ。見えていないだけで、消されていった人間も何人もいるんだぞ。」


「……。」


何人か思い当たる人物がいることに気づき、アーネストは背筋が冷えた。


「なに、殺すわけではないぞ。長官には地方でのんびり過ごしてもらおうじゃないか。

何より彼女にした行いが許せない。あの豚がもう二度と近づかせないようにしなけれは。」


「(最後の一言がひっかかるけど)そうっすね…。……。」



ひそひそと話している2人を見て、やはり自分は何か間違っていたに違いないと思ったイリアはロシュバルトの袖を引いた。


「次官様、あの、…」


「イリア嬢。もう安心していいぞ。二度と君をこんな目にはあわせない。」


ロシュバルトはすっとしゃがんで、自分の膝にイリアの足を置き、ブーツに付いた血を真っ白なハンカチで拭き取った。


「何を…?」


「…先日のことだが……。」


「!大変申し訳ありませんで」


「違う、そうじゃないんだ。君には、その、礼を言おうと思った。教えてくれたことについて。」


歯切れ悪く言うロシュバルトにイリアは微かに口角を上げた。


「…ありがとうございます。そう言って頂けるとは思ってもいませんでしたので、驚きました。……ふふ。」


驚きと、これから先の自分や職員の未来が開けたように思えた嬉しさに、つい声を出して笑ってしまった。


その声につられたのか、自分の足元に屈んでいるロシュバルトがふっと顔を上げ、目が合い、数秒見つめ合う形になった。

上司を見下ろしている状況にさすがに気まずくなり、足をそっと下ろして一歩下がろうとした時、イリアの手がいきなり前に引かれた。


膝が地面に強打しつつしゃがむ体制になったイリアの前には、美しい顔があった。


切れ長の薄い紫色の瞳に、彫刻のように均整のとれた鼻や口。少し癖のある銀色の髪の一筋一筋がはっきり分かるほと、近い。


すっごく綺麗、綺麗なんだけど、膝がすごい痛い。

正直、長官と揉めたこととか含めて、今日一痛い。


それと、


「あの、次官様、近くないですか?」


「……君はとても美しいな。」



ぶーっと後ろでアーネストが吹き出す音が聞こえる。聞いているなら助けて。


すぐ横には血塗れの長官、目の前には乱心した次官、そして靴が血塗れの私。


アーネストからしたら、さぞかし面白いだろう。


そしてその姿は長官を捕縛しにやってきた将軍や兵士にばっちり見られたのだった。



お久しぶりです\(^o^)/


こういうバカな話が好きなんだ…

思ったのと違う!って方いたらすいません(^◇^;)

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