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イリアが内務省に入ったのは5年前、18才の誕生日を迎えたばかりの頃だった。
実家は伯爵家、まあまあ資産家な家の末っ子として生まれたイリアは蝶よ花よと両親や兄、姉達にかわいがられて育った。が、どこで間違ったのだろう。
イリアは冷静沈着、頭は回るし剣術も上手い、父の仕事を手伝うことが何より楽しいという貴族令嬢としては残念すぎる子供に育ってしまった。
最初こそ偉い偉いとほめていた家族も、だんだんまずいと思い出したのが15の頃。
強引に流行のドレスを着せて髪に香油をつけ、慣れていない化粧を施し夜会に送り込んだ。
元々綺麗な顔立ちをしているイリアは誰が見ても完璧なレディーに化けた。
金の緩く巻かれた長い髪に深い青色のぱっちりした目、すこし高い背は彼女の細さを際だたせている。しかし細いながらも女を十分に感じさせる体型。
あの妖精のような令嬢は誰だ、と誰もが目を奪われた。
花に虫がつどうようにイリアの周りには男達が集まり、彼女の気を引こうとする。
しかし今まで家族や親しい貴族以外とは、内乱もあって付き合いが無かったためイリアは若い男に全く慣れていなかった。
慣れていないと言っても、 顔が真っ赤になるとか話すのが恥ずかしい、男の人が怖い…といった可愛らしいものではなく。
イリアは彼らと上手くコミュニケーションを取れる、令嬢としてふさわしい話題を持っていなかったのだ。
その結果、イリアと周りの男達がする会話のほとんどが政治や貿易の話になった。
どんなにドレスを誉められても、装飾に興味がない自分のために選んだのは兄ですと言えば沈黙が。
どんな花よりも美しい、と言われると『違う生物である人間と花を比べる理とは何か』と哲学的なことを議論し始める。
不思議なことに話をしている間は『なんで令嬢とこんな話してるんた』と思いもせず、男達も会話に熱中してしまうのだった。
それはお見合いの席でも同じであり。
そんな調子のイリアに、彼女は自分を男として認めてくれないのだ、と勘違いする男が多発。
結果、イリアは高嶺の花に。
もちろん縁談はまとまらない。
家族も末っ子を矯正する事をあきらめた。特に一番上の兄はイリアの花嫁姿がみたかった…と血の涙を流してあきらめた。 家族の気も知らず、本人は社交界で数人の気の合う男友達ができたと喜んでいた。
嫁ぎ遅れと言われる18の誕生日パーティーの後、父は娘の部屋に入ってきて尋ねた。
女の幸せを求める気はないのだな、と。
めずらしく厳しい顔をする父にイリアは、求める気はないこともない。だが、ありのままの自分でいいと言ってくれる人がいない。と正直に答えた。
男がするような仕事や議論する事が好きといったイリアが好きだと言ってくれる男はいないだろうと父は思い、娘に小さな封筒を差し出した。
お前がしたいことができる場所だ、と告げて父は部屋を後にした。
中に入っていたのは、王宮の通行手形と一枚の紙。
それには、内務省の役人となるようにと達筆な字で書かれていた。
○○○○○○○○○○○○○○
「あれ?イリアじゃないか。なんで内務省にいるんだ?確か兄上は魔法省のはずじゃ…」
初めて入る王宮の綺麗な大理石の廊下をしげしげと見ていると、聞き慣れた声がした。振り返ると茶色の髪の細身の男が。
「アーネスト!そうか、内務省の役人だって前言ってたわね。ちょうどいいわ、よかったら私を長官室まで連れて行ってくれない?」
知り合いとあい、ホッとしたイリアはアーネストに駆け寄った。
「うん?いいけど何の用事?」
「よくわかんないんだけれど、内務省で働くことになったの。」
「はあ?あんた女だろ?女が役人だなんて聞いたことねえよ。」
「私だって不思議に思ってるわよ。」
アーネストについて行くこと数分、今まで通ったどの扉より豪華で重厚そうな扉の前にきた。
「長官!失礼します!お客人をつれて参りました!」
「入れ。」
しわがれた蛙のような声が廊下に響いた。
滅多なことでは動じないイリアもさすがに緊張し、掌をぎゅっと握りしめ深呼吸した。
「やばい、長官機嫌悪いかも。」
ぼそりと不吉なことを告げる友人は、部屋に一緒に入ってくれるつもりはないようだ。
おずおずと重い扉を開けて入ると、そこは別世界だった。
隣国の物と思われる変な色の陶器やグロテスクな絵画、宝石をこれでもかというほど使用して、逆に安っぽくなったシャンデリア…一言でいうと悪趣味極まりない部屋の奥に、蛙のように太った主が座っていた。
「どこのご令嬢かな?」
イリアの上から下まで舐めるように見ながら、背筋が粟立つような猫撫で声で聞いてきた。
「初めてお目にかかります。ゲルマイツ伯爵家、イリアでございます。本日よりお勤めにまいりました。」
最上級の礼をすると長官はガタンと椅子を派手に倒して、
「遅い!何時だと思っている!!」
と、そのたるんだ体をぶるんぶるんと揺らしながら怒鳴った。
過去話です。
予定よりちょっと長くなりそうです。
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