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内務省の朝は早い。国の政務を行うそこには、連日過労で倒れる者が出ている。
そのため内務省は、毎年就きたい仕事No.1と職場状況が悪い会社No.1をとるというブラックな職場なのだ。
この国は今でこそ平和だが実は十年ほど前までは内乱状態にあった。当時の宰相が力を持ちすぎて王位を簒奪しようとしたのである。
内乱を収めた後、その教訓から「宰相」というワンマンプレイになりがちの仕事は廃止して「内務省」といった集団の政治施行組織を作ったのだ。
重要なことは王様に許可を取らなければいけないが、ある程度の権力を使うことができる部署のNo.2といった地位にイリアは満足している。
そもそも、一番偉い長官はいないも同然なのだから。
「イリア!まだあるのか!」
「はい。あと70件長官の判子待ちの書類があります。」
淡い金色の巻き髪を後ろに一つに纏めて淡々と言い放つイリアにロシュバルトは苛立った。
肩まである真っ直ぐな銀の髪をぐしゃぐしゃとかきあげてバンっと勢いよく判子を押す。
「早くアカネの所へ行かないとバカ王子や脳筋の騎士にアカネが奪われてしまう!!」
「大丈夫ですよ。今日は皆さん仕事が詰まっているはずです。」
「本当だな?嘘だったら君の身の安全はないものだと思え。」
「ああ、魔法士のアゼルさんの情報はなかったのでそこは見逃してください。」
「はは、あんなガキ一匹どうでもいい。」
可哀想に、アゼルさんはライバル認定すらされていないらしい。それにしても、ろくに仕事もしないで部下を脅すなんて失笑だ。
その後ロシュバルトはかつてないほどの速さで判子うちを終わらせ、いそいそと聖女に会いに行った。
「長官、もう行ったのか?」
「あら、アーネスト。何か用事があった?」
長官室の扉からひょいっと顔を出したのはイリアの部下のアーネストだ。
「うんにゃ。でも長官の聖女狂いはすごいなぁ。確かに可愛いが…。なんであんなに入れ込むかわかんねーな。」
「そう…そんなものなのかしら?」
「少なくてもオレはね。つーか、聖女様の取り巻きは濃すぎるよね!
我らが長官はその美貌で有名だし、10年前の内乱での英雄騎士団長、史上最年少の天才魔法士と、この国唯一の王子。
皆顔もいいし、Sクラスの男達侍らせてるとか聖女様はすごすぎる」
「まあ、私は聖女様に言葉では言い尽くせないほど感謝してるわ。」
「だろうね!」
ははは、と茶色の目を細めて笑うアーネストとは実家の爵位が同じくらいで年齢が近いというのもあって、イリアにとってはかなり親しい友人だ。
数人しかしらない重大な秘密を共有している、というのも二人を親しくさせた。
「あ、あの…」
「!…どうしました?」
イリアの次官室から部下数人が顔を出した。次官室は長官室と扉一つでつながっているのだ。
「イリア次官!俺たち次官を応援しています!きっと長官もすぐに目を覚まして次官の元に帰ってきます!元気出してください!あの、これ!」
部下の一人が顔を真っ赤にして小さい包みを渡してきた。ふわっと甘い匂いがする。
「みんな…ありがとう。うれしいわ。」
今日のお茶菓子ができた、と
内心思いながらにっこり微笑むと、部下達は更に顔を赤くして次官室に戻っていった。
後ろを見るとアーネストが何ともいえない、哀れむような目でイリアを見ている。
「イリア…俺、いつまであんたが長官に巻き込まれるか考えてたら涙がでてきたよ。」
「でてないじゃない。大丈夫よ。そのうち皆忘れるわ。」
「忘れる訳ないだろ!あんたら二人がどれほど有名か知らないのか!城下にだって知れ渡ってるんだぞ。なんてったって
王家公認で、隙さえあればイチャイチャしてたんだもんな。」
「仕事でいやいやね。」
「よく聞けよイリア。あんたの今からの立ち位置はな、『聖女に恋人を奪われた可哀想なエリート伯爵令嬢』だ。」
「はっ!『内務省長官、美貌の侯爵の溺愛している恋人部下』より数倍ましだわ。
元々、長官に結婚してもいいって思える人ができるまでの、お見合いと女を除けるためっていう約束だったんだし。
長官が本当に愛する女性が出来た今、その立ち位置で都合いいじゃない。」
アーネストは少し考えて、
「…うん。確かにそうだな。」
「でしょ?」
「よかったな。これで自由だ!
本当の恋人だって作れるし、部下以外の男と喋ってもそいつが長官に酷い目にあわされることもない。長官のファンの女から喧嘩売られることもない!毎日、四六時中一緒にいなくてもいいもんな!」
「…思えば私、劣悪な労働条件で働いてたのね。」
「今頃気づいたのかよ。ああそうだ、今度城下の花祭に一緒に行かないか?」
「そうね。仕事の都合がついたら行くわ!」
「何でも奢ってやるよ。お祝いだ。」
「ありがとう。その言葉忘れないでね?楽しみにしてる。」
聖女かいると国が平和になる。
ずっと昔からいい伝わる伝承。
この平和な国に聖女はいらないと思ってたけど、イリアの環境は確実に平和になった。
あながち伝承は嘘はじゃないかもしれない。
私の平和な生活のためにも、このまま聖女には長官を捕まえてもらわないと。
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