表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
9/37

1-8 些細な事件

「おー、壮ー観ー!」

 額の辺りに手を翳し、華奈は眼下に広がるカヴェリーラの美しく賑やかな街並を見下ろした。

 少し離れた位置にはパルスが立っており、呆れた様子で華奈を見ている。

「あまり身を乗り出すな。落ちるぞ」

「……はいはい」

 お前じゃあるまいし落ちるか、と言いかけたが、華奈は思い留まって大人しく数歩後退した。

 パルスの言うことも一理ある。

 現在華奈とパルスが立っている場所から誤って転落などしたら、ひとたまりもないからだ。


 2人が立っているのは、とある建物の屋上。

 集合住宅の役割を果たすその建物は、7階建てだった。

 何故2人がそのような場所にいるのかというと、昨夜、夕食の席にてどのような芸でお金を稼ぐかを検討した結果である。

 2人が立つ建物の下、大通りから少し外れている為か多少人通りの少ないその場所には、深冬、環、フラット、カイリの4人が待機していた。

 それほど目立たない場所ゆえ誰も商売をしたがらない場所だが、ちょっとした広場程度の広さがあり、パフォーマンスを行うには充分である。

 まあこの場所を選んだのには、大通りの良い場所は商人で埋め尽くされていて場所が取れなかった、という理由もあるのだが。

 だが目立たない場所であるという欠点を補う為の策は立ててあった。


 作戦その1。

 深冬は手にしたトランペットを多少緊張した面持ちで構えた。

 隣では普段通りの穏やかな笑みを湛えた環が、リードオルガンに手を添えながら立っている。

 そう、まずは彼女達が演奏し、“音”によって人々の目をこちらへ向けるのだ。

 深冬は吹奏楽部でトランペットを長年演奏してきたし、環はチューバ奏者だが、幼い頃からピアノをやってきたので鍵盤楽器の演奏にも長けている。

 その特性を利用しない手は無かった。

 ちなみに彼女達が構える楽器は、買う余裕など無かった為に無論のことながらレンタルである。

 夕食時に華奈が可愛いウェイトレスさんを捕まえて聞いてみたところ、楽器のレンタル業者は無いとのことだったが、楽器店で交渉してみたところ、中古品を安値で貸し出して貰えることになったのだ。

 何でも言ってみるものである……と、それはともかく。

 街を歩く人々が自分達の存在に興味を示しちらほらと足を止め始めた頃合いを見計らって、深冬は楽器の吹き口に唇を宛がった。

 次の瞬間、周囲に響き渡る軽快なファンファーレ。

 トランペットの音は良く響く。

 それゆえ、人々の視線は一気に深冬の方へと向けられた。

 一体何が始まるのかと人々が周囲に集まってくると、今度は環がオルガンの演奏を始める。

 こちらも軽快なワルツだ。

 環のワルツに乗って、深冬が楽しげに身体を揺らしながら副旋律を奏でる。

 すると、ちょっとした人だかりが出来始めたその場所の上空から、ざわめきと演奏の中でもよく通る声が響いた。

「さあさあ皆さんお立ち会い! 当方旅芸人一座のパフォーマンスをご覧あれ! 本日限りですのでどうぞお見逃しのないよう!」

 声の主は華奈だ。

 華奈が言い終える頃にはだいぶ大きくなった人だかりの視線が、上空へと向けられる。

 視線の先、7階建ての建物の屋上に立つ華奈とパルスの姿を認めた人々は、期待に胸を躍らせて楽しげに声を上げ始めた。

 商業の街ゆえ商人達の出す様々な店は数知れずあるカヴェリーラだが、こういった芸人というものはそれほど多くいる訳ではない。

 ゆえに街人達の注目度もかなり高いのだった。

 環と深冬の演奏が止むと、辺りが一瞬、静寂に包まれる。


 そこで作戦その2の決行だ。

 音で人々の視線を集めたら、今度はインパクトのあるパフォーマンスで人々の心を掴まなければならない。

 華奈とパルスは一瞬視線を合わせて浅く頷くと、2人同時に7階建ての屋上から……

 ……飛び降りた。

 人だかりから悲鳴が幾つも上がり、思わず目を覆う者すら現れる。

 しかし華奈とパルスは空中で捻りや回転などの動作を入れ、美しく地面に着地してみせた。

 辺りは再び静寂に包まれる。

 が、2人が立ち上がって流れるような動作で礼をすると、人だかりから一気に歓声やら拍手やらが沸き起こった。

 目の前で起こった出来事が信じられず、呆然としている者もいる。

 この世界の一般人の身体能力は華奈達やパルス達の世界の一般人とそう変わらない為、7階建ての屋上から飛び降りて軽々と着地してみせるなど、幾ら鍛え上げられた人間でもそうそう出来る芸当ではなく。

 また、そうそう目にすることの出来る光景でもなかったのだ。

 華奈は礼をしつつ、人々の拍手喝采っぷりに思わず笑みを浮かべた。

 昨日の夜何度も飛び降りる練習をした甲斐があって、人々の心をがっちりと掴むのに成功したようである。

 全く、精霊の加護様々だ。

 幾ら華奈でも、自分の世界であればせいぜい2階程度から飛び降りて着地するのがやっとなのだから。

 ともかくこれで目立たない場所であるという弱点を克服し、パフォーマンスが出来る状況へ持っていくことが出来た。

 華奈とパルスが脇へ避けると、メインの出し物、組み手の担当であるフラットとカイリが中心へと進み出る。

 フラットがハルバートを構えているのに対してカイリは素手という状況に人々が息を呑んで見守る中、ある程度の距離を取った2人は向かい合って微かに腰を落とし。

 環が弾いたコインが地に落ちるのと同時に、凄まじい勢いで互いの方へ向かって飛び出した。

 水平に薙がれた斧状の刃を殆ど地に伏すような体勢でかわしたカイリが、体勢はそのままにフラットへ肘打ちを繰り出す。

 肘打ちを跳躍でかわしたフラットが空中から突きを見舞うと、カイリは迫り来る刃を振り払いながら瞬時に間合いを詰める。

 フラットは即座に柄の部分でカイリを振り払い、間合いを取る。

 目で追うのがやっとの速さで繰り広げられるその攻防に、人々は瞬きをすることも忘れて見入っていた。

 見入っていたのは、何も客側の人々だけではなかったが。

「す、凄いねぇ、ハルちゃん……」

 2人の攻防からは視線は外さぬまま、深冬は隣に立つ華奈に小声で囁く。

 だが華奈からの返答は返ってこない。

 不思議に思った深冬がちらりと横目で華奈を見ると、華奈は2人の攻防を見ることに集中するあまり、深冬の声が聞こえていないようだった。

 微かな動きすら逃さぬように、射抜くような視線で2人を見る華奈の真剣な横顔が、深冬の背筋にえも言われぬ戦慄を与える。

 自分の世界では想像も付かなかった洗練された動きで攻防を繰り広げる2人と同等か……もしくはそれ以上の“力”を、隣に立つ華奈から、攻防を繰り広げる2人を挟んで正面に立つパルスから、凄まじいほどに感じるのだ。

 それは彼らが元々持っており、精霊によって引き出された“身体能力”の面での力だということに、深冬は瞬時に気付く。

 同時に、自分と環に宿るものとは違う形の力であるということにも気が付いた。

 環に指摘されて心を静かにしてみた時は自分の内側にある力の存在を感じることが出来たが、こうして仲間達の力を肌で感じたのはこれが初めてだ。

 恐らく、パフォーマンスであるゆえ人々にも動きが見えるよう力を制御しながらも、真剣に、神経を張り詰めながら交戦しているというこの状況が、そうさせるのであろう。

(何ていうか……人間離れしてる、な)

 それは、自分も含めての話だ。

 深冬はフラットとカイリに視線を戻して微かに唇を噛むが、すぐさま表情を元に戻す。

 持ってしまった力は計り知れない程に大きいし、不安だ。

 だが自分達ならば大丈夫だと、何処からか根拠の無い自信が湧いてくるのだった。


 フラットとカイリの攻防が止むと、拍手喝采の嵐が巻き起こった。

 それと共に、地面に置かれていた帽子の中にお金が投げ入れられる。

 投げ入れられたお金は帽子ひとつで受け止めることがかなわずに地面へ溢れ、収穫としては充分過ぎるほどだった。

 礼をしながら、女性陣でお金を回収する。

 と、回収し終える頃、人々の間からアンコールの声が上がり始めた。

 次第に膨れ上がるその要望に華奈達は困り果て、顔を見合わせる。

 一回限りのことの予定だったので、無論のことながらアンコール用のパフォーマンスなど用意していないのだ。

 人々が喝采を送る中、華奈達は顔を寄せ合い小声で相談を始める。

「どっ、どうする? アンコールなんて言われても……」

「何も考えてなかったね」

「でも民衆の期待には応えないと」

「えぇと……じゃあ、タマキさんが武器を華麗に振り回してみせるなんていうのは」

「恐ろしいから却下」

「そう? わたしはやってみても良いけ「却下」」

「そうだね、あとは相手を変えて組み手を披露するくらいしか……」

「その線が妥当だろうな。誰がやる?」

 パルスが言うのと同時に、彼と華奈の目が合った。

 にんまりと、華奈は笑う。

「どうだね、そろそろ決着でも着けてみるかね?」

 知り合ってまだ2日なのに何の決着を着けるのかパルスには良く判らなかったが、彼女がどの程度動けるのかを知るうえで、組み手をしてみるのは悪い話ではない。

 パルスは華奈の誘いを了承することにした。

「手加減はしないが?」

「望むところ」

 不敵な笑みを向け合い、華奈とパルスは人々の前に歩み出る。

 拍手喝采の嵐は一際大きなものへと変わり、2人が向かい合って戦いの構えを取ると、一斉に静まり返った。

 じわり、じわりと。

 華奈は拳を、パルスは長剣を構えながら、互いに距離を詰めていく。

 互いの間合いへとつま先が触れ、2人が微かに腰を落とした、その瞬間。


「きゃああぁあああああぁぁぁ!!」

「うわあああぁあぁ!!」


 大通りの方向から複数人の悲鳴が同時に上がり、華奈達の視線は一斉にそちらへと向けられた。

 悲鳴と同時に聞こえてくる、凄むような大声と破壊音。

 突然の異常事態に華奈達の周囲に集まっていた人々は顔を見合わせ合い、ざわめき始める。


 すると、突然。

 スパァン、というしならせた鞭を地面に叩き付けるような音が響いたかと思うと、人々の上をふたつの影が通り過ぎていった。

 3メートル程度はあった人垣を軽々と飛び越え華麗に着地してみせたのは、他ならぬ、華奈とパルス。

 その人間離れした跳躍力に人々が驚く間も無く、2人は悲鳴の聞こえた方へと疾走する。

 次いでフラットとカイリも同様に軽々と人垣を飛び越えて2人の後を追い、深冬と環も跳躍はせぬものの人垣の隙間をすり抜け、か弱そうな少女らしからぬスピードで駆けていった。




 手入れの行き届いていない煤けた剣を振り回しながら大通りの商人達を襲っていたのは、商人達がこぞって「物騒になった」という原因のひとつ。

 巷では有名な、盗賊の集団だった。

 最近になって急激に規模を増した彼らは物騒になったと言われ始めるだいぶ以前からカヴェリーラ周辺に存在していた盗賊団で、普段は彼らの根城付近を通り掛かる旅人や商人を襲うことを生業としている。

 無論、彼らを街の保安官が放っておく筈はないのだが、街の周辺に彼らの根城は点在しており、場所を嗅ぎ付けられそうになる度に移動を繰り返していた為、今まで捕まえることが出来ずにいたのだ。

 そのうえ腕の立つ者も多く、保安官からもだいぶ犠牲者が出てしまっており、手を焼かされている。

 そんな彼らに急襲され、立ち向かう術を持たぬ人々は逃げ惑い略奪されることしか出来なかった。


 下卑た笑いを浮かべ、商人達が懸命に集めた商品を奪っていく盗賊達。

 通報を受けて到着した保安官も、彼らに太刀打ちすることが出来ない。

 彼らの略奪は、いとも容易く成功を収める――

 ――筈だった。


 もはや彼らは、タイミングが悪かったとしか言いようがない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ