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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
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1-7 その意味を、彼女は知らない

 もう重量級鉄球付きトンファー(言わずもがな二刀流)を可憐な美少女が購入することに異論を唱える気は無くなったらしい刀鍛冶風の中年の男(店主らしい)に代金を支払い、6人は店を出る。

 店主が混乱しているのを良いことにしっかりと値切ることも忘れずに。

 ちなみに値切ったのは深冬とフラットの仕業だ。

 全く良い根性をしていると、華奈は思う。




 その華奈は、というと。

「どうした? 気に入らないかい?」

「えっ!? い、いや、凄く綺麗なのばっかりでどうしようかと!」

 目の前の人物からそう声を掛けられ、先程の武器屋での出来事を思い返して遠い目をしていた華奈は正気に返って顔を上げた。

 現在彼女は街の大通りにある露店のひとつの前にしゃがみ込んでいる。

 もう夕方ゆえ宿を取らねばならないということになった一行は、宿予約組と情報収集組の二手に分かれ、行動力を買われた華奈は情報収集組として行動しているのだった。

 宿の予約にはフラットとカイリが向かってくれたが、予約のし方を覚えたいという理由で深冬と環も一緒に向かってしまい、情報収集組は華奈とパルスのふたりだけである。

 フラット達と一時別れてから、ふたりは懸命に情報収集に当たっていた。

 街人に聞くよりは、ということで、大通りで露店を出している渡りの商人を中心に。

 最初の商人には率直に「精霊の封印されている場所を知らないか」と尋ねてみたのだが、「精霊様が封印? そんなことが起こったらこの世は終わりだ。何を世迷言を」などと返されたので、率直な質問は避けながら、だ。

 流石は精霊の住まう世界だけあって精霊の存在は認識されており、精霊が封印されるということが一大事だということも認識されているようだが。

 封印されて間もない所為なのかヴィレイスの部下とやらが大っぴらに動いていない所為なのか、未だ精霊が封印されたという事実は一般人に知られ渡るレベルではないようである。

 率直な質問を避けるのは、そんな一般人達を下手に混乱させない為だ。

 それゆえ質問は「精霊の住んでいる場所を知らないか」「最近何かおかしな事件などは起こっていないか」などという内容になる。

 封印の影響で何かしら異変が起きている可能性が高いので、異変が起きた場所へ行けば何か判るかも知れないし、精霊が住んでいた場所へ行けば封印解除の手掛かりが得られるかも知れないからだ。

 まず精霊の住まいについては、精霊の姿を直接見たという事例が殆ど無いらしく、はっきりとは判らなかった。

 精霊はそうそう人前に姿を現すものではないらしい。

 ただ、精霊の信仰が特に盛んな場所に関しては幾つかの地名を聞くことが出来たので、場所を調べて行ってみるのもひとつの手ではあると考える。

 次に事件などについてだが、これに関しては、漠然とだが画一的な返答が得られた。

 最近になって今までになく凶悪な事件が起きたり、人に害を及ぼす魔物達の数が増えたりしているらしい。

 今まで質問を投げ掛けた商人達は皆、口を揃えて「物騒になった」とそう言うのだ。

 多分……というか十中八九、精霊が封印されたことが原因なのであろう。


 目の前にいる商人、エスニックな格好をした宝石商のお姉さんも、華奈が質問すると似たような答えを返してきた。

 これ以上の情報は得られそうもないので立ち去っても良いのだが……

 このお姉さんが何とも商売上手で、質問に答えたのだから何か買うのが筋でしょうという視線をびしびしと華奈に投げ掛けてくるのである。

 今まで質問してきた商人からはそういう雰囲気になる前にそそくさと逃げてきたのだが、超笑顔で圧力を掛けてくるお姉さんから逃げるのは無理そうだ。

 仕方が無いので華奈は買うものを選んでいるが、陳列されている商品が宝石やらアクセサリーやらと高価なものばかりなので決めかねているのだった。

 どれも綺麗で迷う、というのも事実ではあるのだが。


「そうだね、これなんてどうだい?」

 悩みまくっている華奈を見かねたお姉さんが、しゃらんと澄んだ音のする首飾りを手に取る。

 青い宝石で形作られた蝶や木の葉、小さな宝珠などが散りばめられ、3本の銀のチェーンが連なるようなデザインのそれは、確かに目を見張る程に美しいのだが、値札に書かれていた数字を見て華奈は思わず目を逸らした。

 購入したら、折角手に入れた路銀が殆ど無くなってしまう。

「いやあの、自分にはちょっとお高いかなぁと……」

「品質の割には安くしてあるんだけどね。何なら後ろの彼氏にでも買って貰ったらどうだい」

「あれは彼氏などではありませんので」

「そうなの? 仲良さそうにしてたからてっきり」

「冗談抜かさないでください。買いませんよ?」

「そりゃ困るね」

 そう言ってお姉さんは肩をすくめてみせる。

 ちなみにお姉さんが“彼氏”と称したのは、華奈から10メートルほど離れた位置に腕を組んで立っているパルスのことだ。

 お姉さんに話し掛ける直前までちょっとした口論をしていたのでそれが仲良さげに写ったのかも知れないが、冗談ではないと華奈は思った。

 華奈の背中へ向けて「早くしろ」という殺気にも似た気配を叩き付けてくる存在が彼氏などである筈が無い。

 ふぅ、と、華奈はため息を吐き出し、その時ふと目に留まった商品を手に取る。

 シンプルで好きな感じのデザインだし値段もそれほど高くないし、華奈はそれを購入することに決めた。

 手に取ったものを「じゃあこれね」と言いながらお姉さんに渡すと、お姉さんは笑顔でそれを受け取り小さなケースに入れてくれる。

 手馴れた感じで動くお姉さんの手元を見ていた華奈は、購入ついでにもうひとつ質問をしてみることにした。

「ねぇお姉さん、この街で商売をする時って、ショバ代とかそういうのは必要?」

「ショバ代?」

「んーと……場所代というか、街に対して契約料みたいなのを払わなきゃならないとか、そういうやつですよ」

 意味を理解したらしいお姉さんは、ふるふると首を横に振る。

「必要ないよ。この街ではルールさえ守られていれば、誰もが自由に商売して良いんだ」

「へぇ、良い街ですね」

「あぁ、商売もし易いし、ここは本当に良いよ。何か始めるのかい?」

「いや……自分達、た、旅芸人なもんで。ここで商売を始めるのにどうしたもんかと思ってたんです」

 へえぇ、と、お姉さんは興味津々なご様子だ。

 本当に芸をする羽目になるかも知れないゆえの質問であるとはいえ、まだ決まってもいない芸の内容にあまり興味を持たれても困る。

 突っ込んで質問されたらどうしようとひやひやしていた華奈だったが、お姉さんは手際良く包装を終え、ケースを華奈へ差し出してきた。

 それを受け取って代金を払い、礼を述べながら、華奈は露店を後にする。

 お姉さんはにこやかな表情で手を振りながら華奈を見送ってくれた。


 華奈の手の中にあるケースを見たパルスの眉間に、微かに皺が寄る。

「何を買わされているんだ」

 だいぶ待たされた為か多少不機嫌そうな口調になったパルスだが、華奈はそれを気にする風もなく自分の手元に視線を落とした。

「まぁ情報料というか何というか……はい、どうぞ」

 苦笑を浮かべながら、華奈はパルスに手の中のものを渡す。

 怪訝な表情でそれを受け取ったパルスは、ケースの蓋をゆっくりと開いてみた。

 ケースの中身はピアスだった。

 シルバーの台に小さな紅い珠というシンプルなデザインだが、見る角度を変えると珠の中でオレンジ色の光が微かに明滅する様子は思わずため息が零れるほど美しい。

 だがそれを渡される理由が判らないパルスは、更に怪訝な表情を華奈へと向けた。

「プレゼント。買わされたは良いんだけど、あたし、ピアスの穴開いてないしさ。パルスは開いてるみたいだし、目の色とお揃いだから丁度良いかと思って」

「だが……」

「あー、返却不可ね。あたし達の中でピアス穴開いてる人いないから。もし要らなかったら誰かにあげてもいいしさ……あ、来た」

 ふと、華奈が何かに気付いたところで、会話は半ば強引に終了される。

 華奈の視線の先には、宿屋予約組4人の姿があった。

 華奈とパルスの姿を確認した深冬がこちらへ向かって手を振りながら駆け寄ってくると、華奈も深冬の方へと駆けていってしまう。


 パルスは手の中にあるピアスを複雑な表情で見下ろした。

 そして、どうしたものか、と、ため息を吐き出す。

 彼女が自分達の世界の風習を知る筈もないということは、判ってはいるのだが……




「何か有力な情報はあった?」

「いーや、精霊が信仰されてる地名がいくつか判ったくらいかな。どの辺にあるのかは判らないけど」

「そうだね……後で地図を購入しよう」

「僕達もハルナさんとパルスを捜しがてら少し情報収集をしてみたのですが、大したことは判りませんでした。ただ……」

「何かと物騒になってるって」

 カイリの言葉に続けるようにして、環が言う。

 華奈とパルスは神妙な面持ちで頷いた。

「あたし達が質問してみた人達も、口を揃えてそう言ってたよ。それってやっぱり」

「精霊が封印されたことによる影響、だろうね」

 精霊が封印されたという事実を知る一般人はいない。

 だが商人達がこぞってそう言う程であるから、“物騒になった”のレベルは相当のものなのだろう。

 精霊が封印されたことが知れ渡り世が混乱するのも時間の問題かも知れなかった。

 急がなければならない。


 全員が心中でそう確認した頃、華奈達は予約した宿屋の前へと辿り着いた。

 大通りを少し逸れた所にある、2階建てのそれほど大きくはない宿屋だ。

 しかし、RPGのゲームなどに出てきそうな外観のそれは、大きくはないながらも外装が多少豪華で、値段が高そうな印象を受ける。

 案の定街中そこここに点在する宿屋の中でも現在目の前にある宿は若干高いらしいのだが、近辺の安い宿は商人やら旅人やらで満杯になってしまっていたようだった。

 もう陽も落ちかけているし、安い宿を探しているうちに予約が取れなくなっても困るので、目の前にある宿で手を打ったらしい。

 土地勘も全く無いのであまり歩き回れないゆえ仕方のないことだと、情報収集組であった華奈もパルスも納得することにした。


 建物の中へ入り、カウンターにて予約をしたフラットの名を告げると、カウンター内に立っていた青年に鍵を2つ渡される。

 予約した部屋は2階。

 華奈達用とパルス達用に、2部屋取っていた。

 カウンターにて青年に案内された通りに、一行は進んでいく。

「結構お金使っちゃったね」

 階段に差し掛かった辺りで、深冬がぽつりと呟いた。

 全員分の服とバッグを購入して、華奈と深冬と環の武器を購入して、宿を取って、宝石商のお姉さんにピアスを買わされて……

 それにこれから宿内にて夕食を食べることになったし、明日になれば地図や、食料や……旅に必要な様々な物を買わなければならない。

 2ヶ月は余裕で旅が出来る程度のお金を手に入れた筈だったのに、と、深冬は心中で呟くが、旅始めの準備にだいぶお金が掛かってしまうのは、まあ仕方の無いことだった。

「やっぱり旅芸人になるしかない……んでしょうか」

 控えめな声音で言われたカイリの言葉に、半分は苦笑を漏らし、半分はため息を吐き出す。

 そのどれにも、諦めの意が込められていた。

「まぁ商売料とかいらないみたいだし、今後お金も必要だろうし、仕方ないか」

「じゃあ、夕食食べながらゆっくり考えようか。ひとりひとつは案を出して貰うから、そのつもりで」

 フラットがそう締めくくると、全員がそれぞれの返事を返す。

 丁度その時予約した部屋の前へと辿り着き、男女3人ずつに分かれて隣り合った室内へと入っていった。

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