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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
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1-5 旅芸人路線について真剣に考える会

「ジョシコウセイって凄いんだね。うちの騎士団に勧誘したいくらいだよ」

「何だお前、こんな力を持っているなら……」

「いや違う。断じて違う。確かにあたしは人ひとりちょっと殴り倒すことくらいは出来るけど、いくら何でもこんな巨木は無理」

 驚きから一変して感心を示し始めたフラットとパルスだが、華奈は首をぶんぶんと横に振りながら力一杯否定する。

 何せ目の前の光景に一番驚いているのは華奈自身だ。

 自分にこのような……パンチ一発で巨木を計7本も薙ぎ倒せるような力など、ある筈が無いのだから。

 混乱した華奈は唸りながら頭を抱え込む。

 すると、ぽつりと、環が呟いた。

「もしかして、これが精霊さんの言っていた“強大な力”というものじゃない?」

 あぁ、と、全員が納得したような表情を浮かべる。

 確かにそうとしか考えられない状況だなと、華奈は思った。

「はるちゃん、深冬ちゃん、心を静かにして目を閉じてみて。何か感じない?」

 環に言われるまま、華奈と深冬はゆっくりと目を閉じてみる。

 と、確かに自分の内側に何かを感じた。

 いや、感じるというよりは……

“判る”のだ。

 自分の内側に存在する力が、判る。

 まるで初めからその力を持っていたかのように、どのような力なのか、どの程度の力なのか、どのようにして行使するのか、はっきりと判るのだ。

 自分の世界にいた時には想像もつかなかった、人間離れした強大な力。

 それが今自分の内側にあり、そのうえその力を自分のものとして抵抗なく受け入れている。

 何とも不思議な感覚だった。

「確かに、自分の世界にいた時よりは幾分か身体が動くようだな」

「凄い力ですね、精霊の加護というのは」

 パルスが、カイリが呟いたのが聞こえたので、華奈は目蓋を持ち上げる。

 どうやら彼らも環に言われたようにして、自分の内側にある力を感じ取っていたようだ。

 しかし幾分かということは、普段からあのような……先程華奈が巨木を計7本も薙ぎ倒したような力を、彼らは揮っていたということなのだろうか。

 彼らの世界は精霊の影響を受ける世界だと、デルヴィスが言っていた。

 それゆえ精霊の加護の力が普段から現れていたのかもしれない。

 精霊の影響を受けない世界にいた華奈は、普段からこのような力を揮えるというのも面白いかも知れないと思った。

 が、すぐさまそんなことは無いかと思い直す。

 このような力を持った人間が自分達の世界にいたら、多分、恐れられるか嫌厭されるのがオチだ。

 全ての人間がそうするとは限らないが、受け入れてくれる者は多くはないだろう。

 まあ、そのくらい強大な力を、今の華奈達は持っている訳だ。

(てか、そんなことより、こんなのにいち早く気付けるタマちゃんが凄ぇ)

 畏敬の眼差しを、華奈は環に向ける。

 常々只者でないと思ってはいたのだが、このような状況に陥りつつも冷静さを失わない環は本当に凄いと思うのだ。

 ついでにどれだけ順応性高いんだよ、とも思う。

 まあ、それは華奈も深冬も人のことは言えないのだが。

「何ていうか、これなら何かあっても少しは役に立てるかも知れないね」

 華奈の隣にいた深冬が、微笑み掛けてくる。

 確かにそうだな、と、華奈はその言葉に頷いた。


 その時。

 華奈達が歩いてきた方向から何かの気配を感じ、全員がそちらへと視線を向ける。

 別段悪い気配ではない。

 そう、それは、人の気配だった。

 道の先から、2人組の人間が歩いてくる。

 ぱんぱんに膨らんだかなり大きめな布製のリュックを背負って歩いてくるその者達は旅人か、それとも商人だろうか。

 とにかく第3世界へ来て初の人間との遭遇に、華奈達は少なからず胸を躍らせる。

 その者達……中年の男2人は道端に屯している若者達(しかも近くの巨木が何本も薙ぎ倒されている)を見てぎょっとしたようだが、すぐさま笑顔を作ってすれ違い様に会釈と挨拶をしてくれた。

 気の良い人達だったことに安心しつつ、華奈達も同様に会釈と挨拶を返す。

 が、ふと、華奈は思い立ち、男2人を呼び止めた。

「あの! ちょっとお尋ねしたいんですが!」

 華奈達の隣を通り過ぎようとしていた男達は足を止め、振り返る。

「何だい?」

「えぇと、この先に街とかそういうのはあるんでしょうかね?」

「? ああ、少し先に結構大きな街があるよ」

「おぉ、それは良かった。どうもありがとうございますね」

 快く答えてくれた男達に、華奈は軽く頭を下げて礼をした。

 そう、華奈達は、精霊の封印場所や方法などを探る為にとりあえず歩いていたのだ。

 その為に、そして入用であれば旅の準備などをする為にも、まずは人のいる場所に行かなければならない。

 何となく進んでいたがきちんと街に近付いているということに、華奈達は安堵した。

「俺達はそこに商売をしに行く途中なんだよ」

「それにしてもお嬢さん達、あれかい? 旅芸人か何かかい? 随分とけったいな格好をしているようだが」

 けったいな格好、と言った男の視線は、主に華奈、深冬、環に注がれている。

 学生の制服が珍しい……というか、この世界には無いのかも知れない。

 パルス達も見たことが無いようであったし。

「まあ、そんなところです」

 男達の言葉には、フラットが答えた。

 異世界から来ました、などと言っても不審がられるだけであろうし、まあ妥当な答えだろう。

「やっぱりそうかい。どんな芸をやってるんだい?」

 興味を持ったらしい男がそう聞いてくるが、フラットは流石に返答に困った。

 突っ込んで質問されることまでは想定していなかったのだ。

 すると少々慌てながらも深冬が言った。

「う、歌とか、合奏とか、踊りとか……あっ、く、組み手なんかも披露させて頂いてますっ」

 咄嗟に出た内容にしては旅芸人っぽいなと、華奈達は思う。

 男達も何だか納得したようだった。

「それは面白そうだなぁ。この先の街でも商売するのかい?」

「は、はい、まぁ……」

「へぇ、それは楽しみだ! 俺達もしばらく街に滞在するつもりだから、是非見てみたいもんだね」

「じゃあ、俺達は先を急ぐからもう行くよ」

「あ、はい! 本当に、ありがとうございました~」

 軽く頭を下げて道を先に進んでいく男達に、深冬がぺこりと頭を下げる。

 男達の姿はやがて道の先へと消えていった。

 しばしの沈黙の後。

 男達の姿が完全に見えなくなった頃、常に微笑みを湛えている環以外の者は、深い安堵の息を吐き出した。

「や、やってみろとか言われなくて良かったね……」

 冷や汗を流しながら、深冬が言う。

 全くだと、一同は思った。

 何せ不審がられない為のはったりゆえ、やれと言われて出来るものではない。

 しかし。

「でも、もしかすると本当にそういうことをしなければならなくなるかも知れないね」

 いつもの微笑みを湛えたまま、環が言う。

 何故、と、一同が首を傾げると、環は更に柔らかく微笑み、のたまった。


「だって、この先最低でも食費は必要になってくるよね? でもわたし達、精霊さんからお金らしきものは何も受け取っていないよね?」


 全員が、全く同じ動作で。

 左の手のひらに右拳を乗せて「あぁ」と呟く。

 この世界へ放り出されてからこのパターンは、既に二度目だ。



-*-*-*-*-*-*-



「全く、世界を救って欲しいなら旅費くらい経費で落としてくれるのが当然だと思わんかね」

「ハルちゃん、また口調がおっさんくさくなってるよ」

「しかしお前の言うことも一理あるな」

「おっ、気が合いますね旦那」

「誰が旦那だ」

「俺達も流石に金銭的な面までは気が回らなかったからなぁ」

「この世界へ渡るだけで精一杯でしたからね」

「でもそもそも、精霊さんにはお金という概念が存在しないのかも知れないよね」

 ずばりと核心を突いたのは環。

 はぁ~、と、(環以外の)全員がため息を吐き出した。

 ぐちぐちと愚痴りながら歩き続けること十数分。

 大問題を抱えたまま、一行は確実に街へと近付いている。

 換金所くらいはあるだろうから何か換金してもらうしかない、というフラットの言葉を受けて華奈達はごそごそとポケットの中を漁ってみたが、財布とハンカチくらいしか入っていなかった。

 しかも学生である華奈達の財布の中には小銭しか入っていない。

 唯我独尊でラーメンを食べてしまった後であるし。

 パルス達も、自分達の世界の貨幣を幾らかしか持っていなかった。

「騎士なんて言っても貧乏なもんなんだなー」などと華奈が突っ込んだゆえに再びパルスとの口論が始まりそうになったのは置いておくとして。

 ともかく、お金を換金して貰うというのも変な話だが、異世界の貨幣などこの世界で通用するとも思えないし、素材として換金して貰えることを期待して、一行は街へと向かっている訳だ。

 換金所があるのかどうかも、まだ判らないのだが。

「何ていうか、本当に何か芸でも披露すること考えておいた方が良いかもね」

ため息交じりに、華奈が言う。

「組み手……なら、俺達で出来る、かな」

「お前達は何か出来ないのか」

「吹奏楽部だから演奏は出来るけど……肝心の楽器が無いもんね」

「それにあっても低音に偏った金管楽器ばっかりじゃあぱっとしないもんなぁ」

 皆そろそろ旅芸人路線を本気で考え出したのか、華奈の振った話題に乗ってきた。

 表情も割と真剣だ。

 ちなみに彼女達は吹奏楽部で、華奈がユーフォニアム、環がチューバという低音の金管楽器、深冬がトランペットという高音の金管楽器を担当していた。

 華やかに演奏したいのなら、やはり木管楽器が必要なのだろう。

 クラリネットのアヤちゃんやサックスの茅斗先輩がいればなぁ、と、華奈はひとりごちた。

「歌はどう?」

「深冬とタマちゃんは上手いけど、あたしはイマイチだしな……」

「そうかなぁ? じゃあ、ハルちゃんは踊るとか」

 第一世界女性陣が相談をしている後ろで、カイリが「た、タマキさんは歌がお上手なんですか」などとちょっと感動しているがそれは無視される。


 と、その時。

 周囲の木々の密集率が低くなってきたな、と、皆が感じ始めた頃。

 目の前に、新しい光景が広がった。

 まだ遠いのでぼんやりと、薄青くしか見えないが。

 地平線の先に見えるそれは、彼女達がこの世界へ来て初めて目にする、街であった。

 しかも、商人らしき男達が言っていた通り、結構……いや、かなり大きそうな街だ。

「うわぁ……」

 一瞬文無しという危機的状況も忘れ、華奈達は感動を露にする。

 ついでにかなりの勢いで好奇心が膨らみ始め、街へと向かう歩調も自然速まった。



-*-*-*-*-*-*-



 街へと近付くにつれて徐々に膨らんできた感動。

 街の中へ入り、大通りの中央からその街並を見た瞬間、それは頂点に達していた。

 華奈は大通りの中央に立ち尽くしたまま口をあんぐりと開け、呆然と周囲を見渡す。

 愛花や茅斗が遊んでいるのを横で見ていたRPGゲームに出てくるような街並と、写真などでしか見たことが無いヨーロッパ地方の中世の雰囲気を残した街並が融合したかのようなその光景は……何と言い表せば良いのか、ともかく圧倒されざるを得なかった。

 このような美しい街並を、華奈は見たことがない。

 そのうえ大通りは様々な店や出し物、人々で華やかに賑わっているのだから、感動もひとしおだ。

 感動しているのは華奈だけではない。

 同じくこのような光景を目にしたことの無い深冬と環も、自分達の世界とどこか似た雰囲気の街並ながらもその賑わいように圧倒されているパルス、フラット、カイリも、同様に相当の感動を覚えていた。

「す、凄いねぇ」

 呟かれた深冬の言葉に、華奈は口を開けたまま首を縦に振って応えることしか出来ない。

 だが大通りの中央に立ち尽くしたままでは道ゆく人々の邪魔になってしまうゆえ、フラットが足を進めるよう促した。


「凄い、凄い! 何か祭やってるみたいだね!」

「あまりきょろきょろするな。田舎者だと思われるぞ」

「田舎者だから良いんですっ! それより、本当に賑やかだねぇ。血が騒ぐってもんだよ」

 周囲をきょろきょろと見渡しながら興奮気味に言う華奈にパルスが突っ込むが、華奈は突っ込みに対する怒りよりも街の状況に対する感動の方が遥かに勝っているようである。

 深冬も華奈にひっついて嬉しそうに周囲を見渡しており、環も表情はいつもの穏やかなものだがかなり興味深々なご様子だ。

 パルスは小さくため息を吐いたが、フラットとカイリは年相応の女性らしくて可愛いんじゃないかなぁ、などと密かに思った。

「でも、これだけ大きな街なら換金所なんかもあるかも知れないかな」

「そうだね、じゃあちょっとその辺の人に聞いてみようか」

 言うが早いか、華奈は近くを通った若い女性に「おぉい、そこの美しいお嬢さん」などと言いながら近付いていく。

 その呼び止め方はどうかと思いながらも、一同はその行動力には感心した。

 お嬢さんは多少奇怪な華奈の言動と服装に初めは驚いたが、華奈が道を尋ねると快く教えてくれたようだ。

 深冬はその様子を見ながら、この世界の人は良い人が多いんだなぁ、と、ぼんやりと考える。

 少しして、華奈はお嬢さんにお礼がてら手を振り、皆の方へと戻ってきた。

「換金所、そこの道を左に曲がって少し行ったところにあるって!ついでにこの街、カヴェリーラっていう名前らしいよ」

 換金所があるという事実に一同は胸を撫で下ろす。

 まだ換金して貰えるかどうかは判らないが、とりあえず行ってみるしかない。

 お嬢さんが教えてくれた通り、少し先にある十字路を左折する。

 しばらく進むと、大通りよりは幾分か狭いがそれでも充分な広さがあるその通りに、“換金所”と書かれた看板を発見した。


 扉を引いて、中へ入る。

 オリーブ色の木製扉に設置された、どこか幻想的で澄んだ音を奏でる呼び鈴の音に気付いて、正面にあるカウンターの内側で何かを鑑定していた店主らしき老紳士が顔を上げた。

「いらっしゃい」

 老紳士はぞろぞろと狭い店内に入ってきた若者達に微かに目を剥いたが、人好きのする笑みを向けてくれる。

 華奈達はぺこりと頭を下げて挨拶し、代表で、フラットが老紳士に話し掛けた。

「こんにちは。鑑定と換金をお願いしたいのですが……その前に、ひとつお尋ねしたいことが」

「何だね?」

「おかしなことをお尋ねするかも知れませんが、この辺りの貨幣はどのようなものですか? 種類や、形や……もし良ければ、見せては頂けないでしょうか」

「貨幣を見せて欲しい、のかね」

「はい。出来ればで良いのですが」

 ふむ、と、老紳士はしばし整えられた顎鬚を撫でながら逡巡する。

 お金というものは普段の生活の中で殆ど毎日のように目にし、触れるものであるから、フラットの問いは老紳士にとっては相当不審なものに聞こえた筈だ。

 だが老紳士は彼の願いを快諾し、胸ポケットに入れてあった硬貨を数枚取り出すとカウンターの上に並べた。

 カウンターに近付き、華奈達もそれを覗き込む。

 カウンターの上には金、銀、赤銅、青銅色の4種類の硬貨がそれぞれ1枚ずつ並べられていた。

 老紳士は続けてその横に、紙幣を並べていく。

 紙幣はユニコーン色の紙に赤紫系の色で文字や模様が描かれたものと、青系の色で描かれたものの2種類だけだった。

 形や大きさは、普段華奈達が目にしていた紙幣と同じくらいである。

「貨幣は世界共通で、単位は“ウォウス”。硬貨はこちらから順に、1、10、100、1000ウォウスの価値がある」

 青銅、赤銅、銀、金色の硬貨の順に、老紳士は丁寧に説明しながら指差していき、最後に紙幣は赤が1万、青が10万ウォウスだと説明する。

 老紳士が見せてくれたお金は、華奈達は勿論のこと、パルス達が街へ向かいがてら見せてくれた彼らの世界のものとも違うものだった。

 ただ、十進法で数えるということだけは共通しているようだが。

「それにしても、世界共通なのに貨幣を見たことが無いのかね?」

「えぇ、まあ、色々と訳ありでして」

「そうかね」

 フラットが苦笑交じりに答えると、老紳士はそれ以上追求するようなことはしなかった。

 老紳士の、いや、この世界の人々の人柄の良さに、一同は感謝する。

 人としての在り方の根本とはこういうものなのかも知れないとも思った。

「それで、鑑定して貰いたいというものは一体何だね?」

 カウンターの上に並べたお金を胸ポケットにしまい込みながら、老紳士が尋ねてくる。

 華奈達は目配せをし合うと、自分達が持っているお金を全てカウンターの上に並べた。

 華奈達は殆どが小銭と、環が辛うじて持っていた千円札が2枚。

 パルス達も硬貨が多かったが、皆紙幣を数枚は持っていた。

「どうでしょう、これらに素材としての値打ちはありますか?」

 ふむ、と言いながら、老紳士はまずパルス達の硬貨を手に取り、鑑定用のレンズで見る。

 彼らの世界の3種類ある硬貨を全て見終えてから、老紳士は言った。

「コインの表面の模様は美しいものだが、これらは普通の貨幣に使われる素材と殆ど同じものだね。工芸品的な価 値を入れるとしても、素材に対応した貨幣に若干上乗せする程度にしかならんね」

 紙の方は換金することが出来んね、と、老紳士は付け足す。

 紙幣の方が貨幣的価値が高いとはいえ、世界が違ってしまえばただの紙切れということだ。

 パルス達は肩を落とすが、老紳士は、華奈達の硬貨を手に取った瞬間片眉を上げた。

「これは……」

 まじまじと、彼は手に取った10円硬貨を観察する。

「お嬢さん方のコインは、合金で出来ているのだね。これは、殆どが銅で出来ているようだが……」

「それは一応、青銅です。銅と、錫と……亜鉛が含まれていますが」

「ほぅ。青銅はね、信仰的価値観から見ると価値の高いものなんだよ。ただ、このコインは銅の割合が高過ぎるからそれほど高値にはならんがね」

 老紳士は環の説明を興味深々といった風に聞き、他の硬貨も手に取ってその素材を聞いてくる。

 質問に的確に答えていく環。

 そのやり取りを見て、タマちゃんの頭の中は実は百科事典なのではなかろうかと華奈と深冬は思った。

 普段から使っているものとはいえ、その素材まで的確に答えられる者はそうそういないだろう。

「どれも珍しい合金を使っているね。それほど高額にはならんが、そちらの彼らのコインよりは高額で換金することが出来るよ」

 言いながら、老紳士は最後に1円硬貨を手に取る。

 そして、それを見て眉根を寄せた。

「このコインは何という素材で出来ているんだね?」

「アルミニウムという素材です」

「アルミニウム……?」

 華奈達にとっては至極ありふれた素材だが、老紳士は首を傾げる。

 この世界には、アルミニウムが無いのだろうか。

「ご存知ありませんか?」

 老紳士はしきりに顎鬚を撫でながら思案するが、どうやら博識な彼の記憶の中にそのような素材は存在しなかったようだ。

 その様子を見て、環はアルミニウムが電解精錬によって得られるということを思い出す。

 店内にある照明はランプだけ。

 街を少し歩いたが、電線のようなものは見当たらない。

 ということは、この世界には電気というものが存在しないということではないだろうか。

 じっくりと1円硬貨を観察した老紳士は、ふむ、と一言言うと、鑑定用レンズをカウンターの上に置いた。

「何故お嬢さん達がこのようなものを持っているのかは知らないが、これは確かに、未確認の素材だね。研究材料としての価値もさることながら、その稀少性も高い。これならば、高額で換金させて貰うよ」

 にっこりと、微笑を浮かべながら老紳士が口にした言葉を受けて、華奈達は顔を見合わせる。

 直後、店内には(主に華奈の)歓声が響き渡った。

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