1-4 もうひとつの邂逅
何だここは。
異世界か。
目の前に広がる光景を見て、弥鷹は唖然としたまま固まっていた。
弥鷹の部屋(6畳)の10倍以上はありそうな広い空間の床一面に敷き詰められた、ふわふわの白い絨毯。
空間の端の方に設置された、3人は寝れそうな天蓋付きのベッド。
天井2箇所からぶら下がっているシャンデリアのようなもの。
その他、高価そうな調度品類。
何というか、王侯貴族か何かの部屋という雰囲気を醸し出し過ぎている空間。
王侯貴族の部屋というのがどのようなものか実際のところ弥鷹には判らないのだが。
というか王侯貴族という単語すらよく意味も判らずにノリで使っているのだが。
変な光に囲まれて気絶して目が覚めたらこんなところにいたのだから、弥鷹の反応も無理のない話だ。
ちなみに未だ目覚めていない彩瀬以外の者、つまり茅斗と愛花も、弥鷹と同じような反応をしている。
愛花に至っては、自らに言い聞かせるかのように何事かをぶつぶつと呟いていた。
「夢、夢、これは夢。夢意外にあり得ない」
そう、これは夢。
言い聞かせる為に、弥鷹は茅斗の頬を思い切り抓ってみた。
「いっ……! いひゃ、いひゃいって、みはも(三鴨)!!」
「愛花ぁ、茅斗先輩は痛いって言ってるぞー」
「寝言抜かさないでください茅斗先輩!! 痛い筈ありません!! ……じゃあ、これは幻覚。唯我独尊のラーメンに何か変な薬が混入していて、私達は集団で幻覚を見ているんです」
幻覚……にしては、この足元から伝わる何とも気持ち良いふさふさ感に現実感があり過ぎる。
ついでに茅斗の頬の痛みにも現実感があり過ぎる。
「夢でも幻でもありませんよ。全ては現実です」
ついに弥鷹が頭を抱え込むと、ふいに、近くから澄んだ声が聞こえた。
弥鷹達は声の聞こえた方へ視線を向ける。
声の主は、未だ絨毯の上に横たわったままの彩瀬の隣にしゃがみ込んだ、美しすぎる人物だった。
年の頃は弥鷹達と同じくらいか、少し上だろうか。
肩の辺りまで伸ばされたプラチナブロンドの髪はその者が顔を傾ける度にさらさらと流れ、時折瞬かれる瞳は透き通った湖面のように静かな青を湛えている。
顔の造形も弥鷹達が見たこともないほどに美しく……大袈裟ではなく、この世のものとは思えないほどだ。
そういえば、と、弥鷹は思い返す。
目覚めて初めて目にしたのはこの人物の顔だった。
まずその人物の美しさに驚きつつも、周囲の状況に更に驚いた為にそっちのけにしてしまっていたが。
この人物は弥鷹達をひとりひとり揺り起こしてくれていたのだ。
多少は冷えてきた頭で、弥鷹は考える。
この性別不明の人物は、この部屋の持ち主だろうか。
茅斗先輩が本気で痛そうにしているからこれは夢ではないとして、一体自分達に何が起こったのだろう。
ここにいるのは、自分と茅斗先輩と愛花と彩瀬の4人だけか。
華奈は……深冬は、環先輩は、一体どこにいるのだ。
それから。
かなり豪華だが、この部屋にはおかしなところが幾つかある。
どこかへ繋がっているらしい扉は2つほどあるが、窓がひとつも見当たらない。
それに壁が3面しか無く、1面は壁ではなく鉄格子のような黒い柵で出来ているのだ。
美しすぎるその性別不明の人物は、最後に彩瀬を揺り起こした。
「さあ、起きてください」
「ん……?」
彩瀬は少し身じろぎをすると、ゆっくりと目を開いていく。
「ふぇ? え、えええぇえぇぇえぇぇ!?」
目を開ききった時に視界に入ったその人物を見て、彩瀬は勢いよく身体を起こして座り込んだまま猛スピードで後ずさった。
後ずさりの直線上にいた茅斗に思い切りぶつかり、彩瀬はようやく止まる。
「えぇ、何これ? 王子……?」
顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせながら彩瀬が言うと、彩瀬曰く“王子”は、それはもう美しい顔でにっこりと微笑んだ。
「よく判りましたね」
何だこいつ頭おかしいのか、と、弥鷹は一瞬考える。
だが“王子”という単語に反応したからには、どうやら性別は男らしい。
その証拠に、彩瀬の顔の赤みが驚きや焦りなどからくるものとは別なものに摩り替わっていく。
弥鷹達は、何となく漂ってきた嫌な予感に顔を引きつらせた。
彩瀬が美形に弱いということはここにいる王子(仮)以外の誰もが知っていることだ。
しかしまさかこんな状況で……
彩瀬はゆっくりと振り向き、一番近くにいた茅斗の、先程弥鷹が抓ったのとは逆側の頬を力の限り抓り上げる。
あまりの痛さに涙目で悲鳴を上げる茅斗にはお構いなしに彩瀬は気が済むまで頬を引っ張り続け、やがて放した。
その頃の彼女の顔には、唯我独尊で東高のファゴットの人の話をしていた時とは比べ物にならないほどの、うっとりとした表情が浮かんでいる。
「夢じゃない……」
うっとりとした表情のまま、彩瀬が呟く。
痛みのあまり文句も言えずに頬を押さえてうずくまっている茅斗を哀れに思いつつ、弥鷹と愛花は「こりゃあもう駄目だな」と思った。
さて、自分の世界に入ってしまった彩瀬は放っておくとして。
半眼でため息を吐き出しながら、弥鷹はぽりぽりと後頭部を掻く。
「えーと……あんたさっき状況が判ってる風な言い方してたけど、この状況について何か知ってるなら教えてくれるか?」
弥鷹が言うと王子は頷いた。
「まずここは、貴方達が暮らしていた世界とは別の世界です。私が暮らしていた世界とも、別の世界ですが」
「え、何、いきなりそんな話なんですか」
未だ動揺しながらも、突っ込み気質な愛花はしっかりと口を挟む。
王子は穏やかな中にも真剣さを含んだ表情を作った。
「恐らく信じ難い話ばかりが、私の口から紡がれるでしょう。しかし、これから私が言うことは、全てを鵜呑みにして頂かなければなりません」
亜空間という深淵の空間を挟んで3つの世界は隣接し、互いに影響を及ぼし合っている。
弥鷹達は第一世界の住人、王子は第二世界の住人。
そして現在自分達がいるのは、第三世界と呼ばれる“精霊”というものの住まう場所。
大昔に3つの世界を掌握しようとして封印された“魔族”ヴィレイスの部下であった者が彼の復活を企んでおり、その為に封印解除の呪文を唯一知り得る自分は不覚にも攫われてこの場所に監禁され、世界が生きていくうえで絶対に必要な存在である精霊も、全てが封印されてしまった。
ゆえに3つの世界は滅びの危機に瀕している。
滅びを回避する為に精霊は最後に残された力を使って、第一・第二の2つの世界から何人かの人間をこの世界へ呼び寄せた。
その時に呼び寄せられた者達の近くにいた弥鷹達は一緒にこの世界へ来てしまったが、精霊の結界の中には入れずにヴィレイスの部下の居城付近へ落ちてしまう。
このような状況で空間越えをした弥鷹達は不振に思われ、ヴィレイスの部下達に捕まって自分と共にこの場所へ放り込まれてしまった。
王子が語ったのは、そんな内容だった。
信じられる訳がない、というのが正直なところだ。
しかし現在の状況を見ると王子の話と一致しているし、何より王子が嘘を言っているようには思えない。
それだけ真剣に、彼は語っていたのだ。
類は友を呼ぶといったところか。
華奈達と同様かなり柔軟な思考を持ち合わせていた弥鷹達は、とりあえず、彼の言葉を信じてみることにした。
信じるしかないような状況でもある訳であるし。
「でもどうしてこんな普通の高校生を、その……精霊は呼び寄せたりしたんだ?」
「貴方達は精霊の力の影響しにくい世界で生きていた為に、恐らく気付かなかったのでしょうね。精霊に呼び寄せられた方々は、精霊の加護をかなり高いレベルで受け入れ得る器であったということです。
そして精霊に施された封印を解く為には、そういう器の方々が必要でした。恐らく精霊の生み出す力の消失した原因か私の行方を追って、私の世界の者達がこの世界へ渡る為の儀式を執り行い……第一世界で儀式が行われた場所と対となり得る場所付近にいたのが、貴方達の仲間の方々だったのでしょう」
精霊は儀式の力や加護を受ける者の力も利用して空間越えを行った為、位置的に対応する場所にいた貴方達の仲 間が選ばれたのでしょうね、と、王子は付け足す。
一般人には荷が重過ぎる役目を課せられた華奈達を想い、弥鷹達は俯いて顔を顰めた。
「華奈先輩達、大丈夫でしょうか……」
ぽつりと、愛花が呟く。
王子は彼女に、柔らかく微笑みかけた。
「第二世界から呼び寄せられ貴方達の仲間と共にいるのは、私の友人であり親衛隊でもある者達です。彼らの腕は確かですから、きっと何があっても護ってくれますよ」
“親衛隊”と聞いて弥鷹達はぎょっとする。
そんなものが付いているからにはかなり重要か地位の高い人物であろうと思ったからだ。
まぁ、世界を滅ぼしかねない魔族とやらの封印を解除する呪文を知っているという辺りからして、重要な人物であるということは間違いなさそうだが。
「あの、あなたは、あなたの世界ではどんな人だったんですか?」
瞳を輝かせ興味津々といった風に、彩瀬が質問する。
あぁ、と短く言ってから、王子は答えた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は全ての精霊の加護を受け、第二世界の魔力の循環を管理する者。そしてユリウス王国の第一王位継承者でもある、シャスタ=ユリウスと申します」
あんぐりとアホのような大口を開け、弥鷹達は驚愕する。
彩瀬が“王子”と称した目の前のお方は……本当に王子だった。
驚愕から覚醒すると、彩瀬の表情が殊更うっとりしたものへと変わっていく。
あぁお前は王子とかそういうフレーズに弱いんだろうよ、と、弥鷹は心の中で突っ込んでみた。
ついでにこいつが一番根性ず太いかも知れないとも思う。
全く、華奈達もそうだが自分達もいわば敵に捕まるなどという洒落にならない状態だというのに。
しかし彩瀬のお陰で幾分か穏やかな気持ちでいられる、というのは事実だ。
それは茅斗も愛花も同じようで、彩瀬を見て穏やかさを含む苦笑を浮かべている。
とりあえず自分達の名も名乗ってから、弥鷹が質問を続けた。
「ところでここは、その、何たらの部下の居城のどこら辺なんだ?」
「この場所は、奴らの居城の地下牢にあたります」
「「「地下牢!?」」」
シャスタの返した答えに、弥鷹、茅斗、愛花の声が重なった。
彩瀬は瞳を輝かせたまま「きっと攫った人達は王子に相応しい牢屋を作らなきゃという使命感に駆られたんだね」などと戯言を抜かしたが、それは華麗に無視される。
「私は居城と聞いててっきり城の中の一室だと思ってましたよ」
「俺もだよ……でも、どうして牢屋をこんな風にしたんだろう」
愛花と茅斗が冷や汗を掻きながらそう言うと、シャスタは苦笑しながら答えた。
「恐らく奴らは私に死なれると困るでしょうから。私が生きやすいように、私が王城で使用していた部屋に近い環境を作ったのでしょうね」
そんなことをしなくても、私が私の世界の民達を差し置いて死ぬことなどあり得ないというのに。と、シャスタは続ける。
その時。
何かの気配を感じたのか、シャスタは鉄格子になっている壁の方に鋭い視線を向けた。
美貌のせいもあってか、結構な迫力だ。
弥鷹達も驚いてシャスタの視線の先を見る。
と、鉄格子を隔てて隣に沿うように作られている通路の奥の方から、2人分の足音が近付いてきた。
緊張した面持ちで通路の様子を伺っていると、やがて、足音の主は皆の見える位置へと姿を現す。
ひとりは、ゆるやかに波打つガーネット色の長い髪と艶やかな身体のラインを誇る女。
もうひとりは、褐色の肌に長めの黒髪、オータムリーフ色の瞳を持つ男だった。
2人ともかなりの美形であるという共通点がある。
それからもうひとつ。耳が長細く尖っているというのも2人の共通点であった。
「あら、もう目が覚めてるのね」
髪と同じガーネットの瞳を牢屋の中へと向けた女が言う。
シャスタは女に鋭い視線を叩き付けた。
彼がこのような態度を取るのだから恐らくこいつらが例の何たらの部下というやつなのだろうと、弥鷹達は思う。
「何をしに来たんですか」
「別に、こんな状況で空間越えをしたっていうそこの奴らの顔を見に来ただけよ。そんな怖い顔をしたら折角の綺麗な顔が台無しよ?」
余裕の笑みを口の端に浮かべながら、女は肩をすくめてみせる。
表情はそのままに、女は豊満な胸の下で腕を組んだ。
「じゃあ、折角だしあんた達に質問でもしようかしら。あんた達、どうやって、何が目的でここへ来たの? あんた達の他にも何人かここへ来たようだけど……そいつらは、一体何処で何をしているのかしら?」
「さあ、知らねーな」
「俺達も気付いたらこんな場所へ放り込まれていたので。訳が判っていないんですよ」
女の言葉に、弥鷹と茅斗が即答した。
しかも、敵だという認識がある所為か女の高圧的な表情と口調が気に入らない所為か、彼女達を睨み付けつつの言葉だ。
なかなか根性が据わっているようで頼もしいと、シャスタは密かにそう思う。
女は2人の態度が気に障ったようで、眉根を寄せた。
「随分と横柄な態度ね。自分達の立場、判ってる?」
女の表情に、残虐な色が滲み出る。
それは弥鷹達の背筋を少々冷やしたが、彼らは怯まなかった。
「もとよりあなたの質問に答える義務なんて私達には無いんですよ、オバサン」
「んなっ!? オバ……!?」
「えぇー、自覚が無いのかな。だって、大昔の人の部下っていうことはかなり長生きしてるんでしょ? それに外見からしてあたし達から見れば充分オバサンだよねぇ」
愛花の言葉に過敏に反応する女に、彩瀬が追撃する。
確かに外見は20代後半に見える女は、10代である愛花や彩瀬からすればオバサンなのかも知れない。
魔族である彼女が外見は若くとも何百年も生きているというのも事実ではあるし。
だがそれでも女性として“オバサン”というのはかなり癇に障る言葉なのであろう。
女は先程までの余裕はどこへやら、顔を真っ赤にして鉄格子に手を掛け、「きいぃーーー!」などという奇声を上げている。
敵の神経を逆撫でしてどうするとも思ったが、弥鷹は愛花と彩瀬に拍手を送ってやりたくなった。
「こんの小娘が! 覚悟しなさ……」
激昂した女の言葉が途中で遮られる。
女を諫めたのは、女と共にここへ来た長めの黒髪の男だった。
「この程度で心を乱すな、ライラ。見苦しいぞ」
低めの淡々とした声で、男は言う。
ライラと呼ばれた女は納得がいかず舌打ちするが、目を閉じて何とか怒りを押し込んだ。
「……ふん、まあ良いわ。あんた達の仲間が何をしていようと、私達の邪魔になるようであれば消すだけよ」
吐き捨てるようにして言い、ライラは牢屋の前から去ろうとする。
それを、シャスタが止めた。
「待ってください」
「何よ」
忌々しそうに、ライラは言う。
シャスタは臆することなく要求を口にした。
「この人達にも私と同じように衣食の保障をしてください。保障が出来ないようであれば、私は自ら命を絶ちます」
物騒なことを言うシャスタの方を、弥鷹達は見る。
シャスタは弥鷹達の方は見ずに、ライラに鋭い視線を叩き付け続けた。
それは囚われの身としては、かなり図々しい要求であろう。
だが己の主の復活の鍵である彼は、ライラ達にとっては無くてはならない人物。
……主が復活を遂げる、その時までは。
ライラはその要求を、受け入れるしかなかった。
「……ったく、仕方ないわね。きちんと計らってやるわよ」
舌打ちをして、ライラは去っていく。
彼女の姿が見えなくなると、シャスタは小さく息を吐き出した。
「おい、シャスタ! あんまり無茶なこと言うなよ」
未だ黒髪の男の方が牢屋の前に残っているゆえ、控えめな声音で、弥鷹が言う。
気遣いを嬉しく思い、シャスタは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。先程も言いましたが彼らは私に死なれると困るので、私が封印解除の呪文を唱えるその時までは、私が死に結び付くようなことはしません。そうでしょう、ユーグベル?」
最後には視線を鋭くして、シャスタは鉄格子の前に立つ男に言葉を投げ掛ける。
男はふん、と鼻を鳴らし、通路の先へ進んだ。
「不本意ながら貴様の言う事を聞いてやるのもその為だが、それもヴィレイス様復活の魔法陣が完成するまでだ。あまり調子に乗るなよ」
シャスタがユーグベルと呼称した男は、牢屋前の通路、鉄格子扉になっている辺りに設置されていた椅子にどっかりと座り、隣にある小さめの机の上に足を投げ出す。
それから腰に携えていた剣を抜き、手入れなんぞをし始めてしまった。
どうやら彼はここから立ち去る気はないらしい。
弥鷹達はシャスタの周りに集まり、ユーグベルの存在を気にしながら話し始めた。
「なあ、あいつは戻らないのか?」
「ええ。あの男は見張りですから」
うぇ、と、愛花が顔を顰める。
「ということは、四六時中あの人に見張られながらここで生活しなきゃならないんですか」
「そういうことですね。貴方達も奴らに正体がはっきりするまではここから出られないでしょうし。でも着るものや食べるものの保障はすると先程ライラが言っていたので、大丈夫ですよ」
「シャスタ様と生活を共に……」
夢見る乙女の顔をしている彩瀬に、同じ捕らわれの身ですし様付けなど不要ですよ、などと、シャスタは言う。
ハートが舞い散りそうな勢いの顔で返事をしている彩瀬を、弥鷹はうんざりしたような表情で見た。
そして気持ち的に余裕が出てきた所為なのか。彩瀬の手に未だコショウの瓶が握り締められていることに気付く。
コショウまで一緒に異世界へ来てしまったのかと思うと、何だか可笑しかった。
と、やはり精神的余裕が出てきたのか、ひっそりとユーグベルの様子を伺っていた茅斗がかなり控えめな声音で言う。
「見張りってあいつひとりだけなんだよな? 何とかして脱出とか出来ないかな」
「茅斗先輩にしては随分前向きな発言ですね」
やはりかなり控えめな声音だが、愛花がずばっと切り込む。
茅斗は結構なショックを受けつつも、どうだろう、と皆に視線で語り掛けた。
「なぁ彩瀬、お前美形好きだろ? ちょっと色目使ってあいつの気を……」
「えぇっ!? 嫌だよ! 今のあたしには心に決めた人がいるんだから!」
「惚れっぽいくせに何を言ってるんですか。ちょっと色目使うくらい我慢してくださいよ。それであの人が油断してる隙に弥鷹先輩が全力で後頭部を殴れば何とかなるかも知れ……」
「無理、でしょうね」
少しノッてきた弥鷹達の相談を、シャスタは静かに切り捨てる。
「あの男はヴィレイスの部下の中でも精鋭にあたります。先程の女もそうですが……実力行使をしようとしても、返り討ちに逢うのがおちでしょう」
シャスタがそう言うと、ユーグベルは弥鷹達の相談が聞こえていたのか牢屋の中へと視線を向けた。
「脱走などという馬鹿なことは考えないことだな。大人しくさえしていれば俺はお前達に何もしない。黙って捕まっているのが懸命だと思うが」
口の端に笑みを作りながらそう言うユーグベル。
その余裕の態度に、弥鷹達は完全に脱走を諦めざるを得なくなった。
勝てないと思わせられるような雰囲気を、彼は纏っている。
弥鷹達はがっくりと肩を落とし、ため息を吐き出した。
すると、ユーグベルが牢屋の中の一点で視線を止める。
彼の視界に映るのは、茅斗の姿。
ユーグベルはすうっと目を細め、茅斗を指差した。
「おい、そこのお前、こちらへ来てみろ」
「え……俺?」
己を指差しつつ、何故自分が呼ばれるのか全く判らない茅斗は眉を寄せ、首を傾げる。
脱走の話を最初に持ち掛けたのが原因だろうか。
だがユーグベルに別段怒っているような様子は見受けられないし……
とりあえず行ってみようか、と、茅斗はゆっくりと立ち上がった。
「危害を加えられるようなことは恐らく無いと思いますが……気を付けてください」
シャスタの言葉に茅斗は頷き、警戒しながらもユーグベルの元へ近付いていく。
椅子に座って机の上に足を投げ出した格好のままでユーグベルは鉄格子の間から腕を伸ばすと、茅斗の顎の下に指を添えて茅斗の顔を動かし、様々な角度から彼の顔をまじまじと見た。
「な、何だよ一体……」
不振がり、茅斗は眉を寄せる。
と、突然、茅斗は顎を掴まれ、ユーグベルの方へ引き寄せられた。
弥鷹達は驚き、すぐに動き出せるよう身構える。
鼻先が触れそうなほどの距離で、ユーグベルは茅斗に言った。
「やはりな……お前は随分と、俺の好みの顔をしている」
……………………
…………
……
「…………はい?」
ユーグベルの言葉に茅斗が反応するまで、たっぷり10秒以上の間が空いた。
彼が一体何を仰ったのか、脳みそが理解出来なかったのだ。
ユーグベルはクックッと面白そうに笑い、茅斗の耳元で囁く。
「俺のことは“ユーグ”と、そう呼ぶと良い」
耳の中に息を吹き込まれるように、しかも甘さを含んだ声で言われ、茅斗は総毛立って全力で後ずさった。
途中、すぐ動けるよう身構えたまま固まっている弥鷹達を追い越し、茅斗は壁に激突する。
ユーグベルは普通女性であれば陥落してしまいそうなほどの甘い微笑みを、その美しい顔に浮かべた。
「随分と可愛い反応をするんだな」
茅斗は総毛立つばかりでなく、だらだらと嫌な汗を大量に噴出させる。
弥鷹、彩瀬、愛花は、あんぐりと口を開けて青ざめたまま、顔を見合わせた。
「えっと……あの人、ホモ?」
「彩瀬先輩、せめてオブラートに包んで同性愛者と」
「いやどっちでも同じだろ。てか、何つーか、茅斗先輩……」
……哀れな。
弥鷹達は心の中で合掌する。
シャスタは何だか冷静な顔で「魔族というのは性別というものの認識が薄いと言いますからね」などと解説しているが、それに突っ込めるほど気力の残っている者はいなかった。
あぁ、青桐、小森、蓮野。
頼むから早く助けに来てくれ……
異世界にて敵に捕らわれるという洒落にならない状況なうえに貞操の危機という更に洒落にならない状況に追い込まれ、茅斗は壁に貼り付いたまま静かに涙した。