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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
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1-3 その旅立ち、不安要素満載につき

 華奈はこめかみの辺りをぽりぽりと掻く。

 困惑した時や照れた時などに行う、彼女の癖だ。

「えーっと……何だかスケールの大きい話になってきたけど、あたし達みたいなちょっと楽器が吹ける程度の一般人に何が出来るって?」

「いや、ハルちゃんはちょっと一般人とは違うような気がするけど……」

 動揺しつつもしっかりと突っ込む深冬に、失礼な、と、華奈は返す。

 確かに時々オッサン臭かったり絡んできたチンピラ共を素手でぶちのめした挙句昔の漫画のように積み重ねておいたり学校に遅刻しそうになると自転車のまま校内に突っ込んで自転車で階段を駆け上がったりはするが、華奈は立派な一般人……の筈だ。

 デルヴィスは微かに笑み、華奈の言葉に答えた。

『先に私はお前達の力も利用してここへ呼び寄せたと言ったな。その言葉が示す通り、お前達は生まれながらにして我々精霊の高い加護の力を得ている存在だ。それこそ我々精霊そのものの力をその身に宿せる程の、な。

我々の加護を受ける者は多々存在するが、お前達ほどの力を得ている者はそうそういるものではないのだ』

「そんなこと言われても……」

『お前達は精霊の力の殆ど影響しない世界にいた故に気付くことは無かっただろうが、お前達の持つ加護の力は、精霊の影響下にあるこの世界にすれば強大なものだ。世界を歩けば、じきに判るだろう』

 強大な力などと言われても、華奈達に実感は湧かない。

 だが断れるような状況ではないということは、理解できる。

 もう既に陽炎そのもののように揺らぎ始めたデルヴィスは……もうすぐ、消えるのだ。

『お前達には解放された我々精霊そのものをその身に宿し、敵地へ赴いて貰う必要がある。そうしなければ敵の構える場所に施された結界を解くことは出来ず、またその為にはお前達全員の力が絶対に必要だ。お前達に、拒否権は無いよ』

 それに仲間も捕らえられていることだしな、と、デルヴィスは付け足す。

 そりゃ殆ど脅迫だと華奈は思った。

 華奈達が逡巡している様子を見て、パルス達は真っすぐに彼女達を見る。

「俺達は、どうあっても自分達の世界を守らなければならない。そして何より、捕われている者を……俺達の主を、助け出したいんだ」

「ここへ来ることを望んでいた僕達と違って、貴女達は巻き込まれてしまった形になる。でも……貴女達の力が必要なんです。どうか、力を貸してください」

 フラットに次いで、カイリが……そしてパルスまでもが、華奈達に向かって頭を下げた。

「頼む……俺達と一緒に来てくれ」

 こんな、ただの女子高生に対して頭を下げられるほど、彼らは真剣なのだ。

 その想いを邪険に扱うことなど出来る筈もない。

 華奈達は顔を見合わせ……苦笑いをしつつ、諦めたかのように息を吐き出した。

「あたし達、本当に一般人だからね。一緒に行っても、足手まといになるだけかも知れないよ?」

 華奈の声でパルス達は頭を上げる。

 視界に入った華奈達は……笑みを湛えていた。


「俺達が護る。問題ない」


 そう言ってパルスは口元に笑みを作り、目の前にいた華奈に手を差し出す。

 しゃがみ込んだままであった華奈はパルスの手を取り、立ち上がった。

 続いて立ち上がった深冬が、環が、その上に手を重ねる。

 更にフラットとカイリが手を重ね……彼らの意志は、繋がった。

『感謝する』

 微笑んで、しかし苦しそうな表情で、デルヴィスは言う。

 手を離した彼ら全員が、デルヴィスの方へ向き直った。

「僕達で、どこまで出来るのかは判りませんが」

「俺達の世界の人達の期待も背負っちゃてるからね」

「どちらにしろ俺達に断る理由は無いということだ」

「ま、あたし達も、あいつら捕まってるんじゃ仕方ないしねー」

「異世界がどんなところか実は興味もあるし」

「それに何より、面白そうよね」

 最後の環の言葉には流石に全員が目を見張る。

 これから協力していくうえで何とも頼もしいことだと、パルス達は思った。


 デルヴィスは彼らの様子を、酷く優しげな表情で見守る。

 精霊達にとっては3つの世界を護る為の最後の希望である彼ら。

 殆ど強制的にその大役を買わされ……特に第一世界の者は訳の判らないことだらけだろうに、こうして結託して前向きに進んでいってくれることを心から嬉しく思う。

 だが、彼らに与えられた力が強大であるとはいえ、自分達を封印することに成功している彼の者の部下達の力も、かなり強大なものである。

 何も出来ずに消えてゆく自分が、歯がゆかった。


『ハルナ』

「ん?」

 唐突に名を呼ばれ、華奈は首を傾げる。

『ハルナ、ここへ』

 何かと聞こうとも思ったが、華奈はデルヴィスの言葉に素直に従うことにした。

 もう殆ど消えかけているデルヴィスの目の前に、華奈は歩み寄る。

『この分身の身はもう消える。封印を解いて貰わねば、私の力を使役する権限をお前に与えることは出来ない』

 デルヴィスは華奈の頬を両手で包み、目を伏せて額を合わせた。

 触れられている感触は無い。

 しかし確かな温かみを、頬から、額から、華奈は感じていた。

『ハルナ……私の加護を受ける者。どうかお前の進む道に、お前達の進む道に、恩寵があらんことを』

 その言葉を最後に、デルヴィスの姿はあっさりと掻き消える。

 同時に、周囲の真っ黒な空間も溶けるようにして消えていった。

 黒い空間が無くなった時。

 彼らが立っていたのは、両端が森林に覆われてはいるものの何となく整備された雰囲気のある道の真ん中。

 恐らくここはもう第三世界のどこかなのだろう。

 結構あっけなく消えてしまったな、と、華奈は思った。


 そして、ふと。

 重大なことに気付いて冷や汗を掻く。

 それを口にしてしまったら恐らく今の良い感じの別れの余韻をぶち壊すことになるだろう。

 いやしかし、誰もそれを口にしない今、自分が言わなければ。

「……あのー……」

 ギ、ギ、ギ、と、華奈は緊張気味に振り返る。

 各々良い雰囲気の余韻に浸ったり今後の決意をしたりしていた他の者達は、それらを振り払って華奈に注目した。

「精霊さん消えちゃったけど……敵さんのいる場所とか、精霊の封印の解き方とか、そもそもどこに封印されてるのかとか、色々と肝心なことを聞いていないような……気が、するんですが……」

 華奈の冷や汗が増えると共に、皆の表情もみるみるうちに変わっていく。

 全員が「今気付きました」といった感じだ。


「「「「「…………あぁ」」」」」


 間の抜けたことに、皆の口から同時に吐き出されたのはその言葉だけだった。

 さて、これから一体どうしようか。



-*-*-*-*-*-*-



 何となくどんよりした雰囲気を纏いながら、華奈達6人は左右が森林に覆われた道を歩いていた。

 肝心なことを聞き忘れて途方にくれていたところ、とりあえず移動してみないかとフラットが提案したからだ。

 確かに突っ立っていても仕方がない。

 見たところ人の手の加わった道であるようだし、辿っていけば街なり何なりに出るかも知れないのだ。

 ちなみに進行方向は、深冬が「何となくこっちかな」と言って指差した方である。

 深冬は重度の方向音痴だが、勘は良い方だ。

 こういった右も左も判らないという状況の時は、勘に頼るしかない。

 ……尤も、深冬が方向音痴であることを言ったら更に険悪な雰囲気になりそうなので、華奈と環はそのことを黙っている訳なのだが。

 ふぅ、と、華奈は小さくため息を吐き出す。

 すると、少し斜め前を歩いていたパルスがそれに反応した。

「何だ」

 そっけない言葉ではあったが、今まで約10分ほど無言で行進しているゆえ何か会話をしようと思っているのかも知れない。

 華奈はその言葉に応えてみることにした。

「いや、何か間抜けな状況だなー……と」

「何故俺を見て言う」

 雰囲気が重いゆえ何となく不機嫌そうな口調になってしまった華奈の言い方が気に障ったのか、それともこのような状況になったことを気にしているのか。

 顔だけ後ろを振り返ったパルスはじろりと華奈をねめつけた。

 普通の女の子であれば萎縮するかもしくは泣き出してしまうかも知れないほどの、鋭い視線。

 だが華奈は、そのような繊細な精神を持ち合わせた女の子ではなかった。

 むしろ華奈の目には、パルスが喧嘩を売っているようにしか見えない。

 そして華奈は売られた喧嘩は買う主義だった。

「何睨んでんの。あぁーそっか、こんな間抜けな状況になったのが自分のせいだっていう自覚がある訳だ」

「この状況になった責任はお前達にも同じくらいあるだろう」

「“俺達が護る。問題ない”とか大層なこと言ってた割には言うことがちっさいですねぇ」

「何だと貴様。第一……もがっ」

 放っておけば延々と続きそうだった口論を遮ったのは、フラットだ。

 フラットは「まぁまぁ」などとパルスを宥めすかしつつ、彼の口を背後から手で塞いでいる。

「全く、雰囲気を更に重苦しくしてどうするんだ。大人気ない」

 ため息を吐きながら、フラットはパルスの口を塞いでいた手を離した。

 パルスは納得のいかないようなご様子だったが、フラットの言うことにも一理あるので口論続行は諦める。

 と、フラットの言葉で何か思うところがあったらしい深冬が口を開いた。

「そういえば皆さん、おいくつなんですか? 私達よりは年上に見えますけど」

「それから、その服装も。お揃いのようですけど、向こうの世界では何をなさっていたんですか?」

 深冬が問うと、環も続けて質問する。

 確かにそれは華奈も気にはなっていた。

 特に服装。

 彼らは黒を基調にした軍服というか、騎士服というか、何だかそんな感じの服を身に纏っているのだ。

 しかもパルスは腰から剣を下げ、フラットは斧が付いた槍のような武器を持っている。

 カイリは武器らしいものは何も持っていないようだが……

「あぁ……俺達はユリウス王国という国の騎士団に所属し、これから助けに行く人物の親衛隊をしていたんだ」

 へぇ、と関心を示しつつ、華奈は何かまたアヤちゃんが喜びそうな要素だなぁなどと考える。

 親衛隊というからには大層なことを言ってくれただけあって、腕に覚えもあるのだろうとも思った。

「年齢は俺が24、パルスが19、カイリが18」

にこりと微笑みながら答えたフラットにつられるようにして笑い、深冬も自分達のことを話す。

「やっぱり年上だったんですね。私とハルちゃんは17歳だもんね。あ、でも、カイリさんはたまちゃんと同い年かぁ」

 最後尾にて、隣を歩いていた環に微笑みかけられたカイリが、微かに顔を赤くして照れたように頭を掻いた。

 その反応に「これはもしや」と思った者、約3名。

 生暖かい視線に気付いたのか、カイリははっとして焦り気味に口を開いた。

「そっ……そういえば皆さんも揃いの服を着ていますよね! 何をされていた方なんですか?」

「ジョシコウセイとか言っていたか?」

 パルスの言葉を受けた華奈は、あぁ、と、自分の服を見下ろした。

 それから少し思案気味に答える。

 女子高生を知らないということは、学校やら何やらといったものを彼らが知らない可能性が高いからだ。

 何しろ別の世界の人間である訳だし。

「何て言ったら良いのかなー 学校っていう集団で色んな勉強をする場所があって、そこに通っている人達のことを“学生”っていうんだけど。

 高校というあたし達くらいの年代の人達が通う学校の主に女性のことを“女子高生”という訳よ」

 女子高生はみんなこんな感じの服着てるなぁ、と付け足しながら、華奈は己のスカートの裾をつまんでぴらぴらと振ってみせる。

 それを見てパルスはぎょっとし、カイリは顔を真っ赤にして酷く慌てた。

 もしかしたら彼らの世界にはこんな膝上丈の短いスカートは無いのかも知れない。

 尤も華奈はスカートの中に短パンを穿いている為、中を見られても全く問題ないが。

「じゃあ華奈達は、何かになる為に勉強をしている最中なんだ?」

 何故かひとり平然としているフラットが問う。

 華奈は手を頭の後ろで組んで、うぅんと唸った。

「まあ、そんなもんかなぁ。ただ漠然と勉強してるっていう奴の方が多いだろうけどね」

「何かの為にではなくただ勉強するのか? 随分と無駄なことをするんだな」

 手厳しいパルスに、華奈は苦笑しながら「まぁね」と返す。

 同じように苦笑しながら、深冬は環の方を見た。

「でもたまちゃんは凄いよね。医者になる為に一生懸命勉強してるもん」

「へぇ、医者! それは凄いですね」

 カイリが酷く感心した様子で言う。

 どうやら彼らの世界にも医者はいるようである。

 畏敬の眼差しを受けた環はふわりと微笑んだ。

「そうかな? わたしは貴方達の方が凄いと思うけど」

 その意見には華奈も賛成だった。

 いや環のことも、かなり凄い人だと思ってはいるのだが。

「そうだよなぁ。騎士とか親衛隊とかって、何かこう、凄く強そうな感じがするし」

 自分のような、チンピラ相手に勝てる程度のものとは訳が違うのだろうなと華奈は思う。

 そしてふと、デルヴィスが言っていたことを思い出した。

「そういえば精霊さんが“強大な力”とか何とか言ってたけど、別に全然力が付いた感じがしないよね。もっとこ う、何か目に見えるようなモンだと思ってたんだけどなぁ」

 華奈は拳を作り、その辺の木にパンチを一発お見舞いしてみる。

 それはもう、てりゃぁ、という感じの軽いノリで。

 だが、華奈がパンチをお見舞いした木は鋭い音を立て。


 バキッ、ドン、バキバキ、メキメキ、バキバキバキ……

 ……ズシーン


 ……折れた。

 しかも勢い良く倒れた衝撃で背後にあった可哀想な木々を何本か巻き込んで。


 あまりにも衝撃的な出来事に、それを見ていた者達どころか当事者の華奈までもが、あんぐりと口を開けたまま固まる。

 やがて驚いて飛び立った鳥さん達のぎゃあぎゃあというざわめきが収まる頃、ぽつりと、深冬が言った。

「ハルちゃん、私、森林破壊はいけないと思うよ」

 いやそういう問題ではない。

 何人かが心の中で突っ込んだが、それを言葉として出せる者はいなかった。

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