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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅳ.Enfeebled light
31/37

4-6 紅の猛威

 腕を組み、高圧的に胸を反らした魔族の女が、ガーネットの瞳をスッと細める。


「本当に煩わしいわね、あんた達。ここまで探し当ててくれちゃって。血だけ置いてさっさとどこかへ消えてくれないかしら」


 肌を刺す敵意は大きく、女の口調は若干苛ついているようだった。

 それは、先ほどの妨害を突破された所為であるのか。それとも違う理由でもあるのか。

 判らないが、前回対峙した時とは少し雰囲気が違っているように思える。


「そっちが消えてくれたら、精霊さんを解放してさっさと街から出ますよ? この街綺麗だけど、若干住民が怖いしな!」


 臨戦態勢を取りつつ、華奈は僅かばかり女を煽ってみた。

 女は不愉快そうに片目を眇める。

 だが前回のように感情的に言い返してくることはなく、まあ、言って退くような輩なら苦労はしないわね、と。それだけを小さく呟いた。

 戦闘は回避できそうにない。

 だがその前に。ひとつだけ確認しておきたいことが、華奈達にはあった。


「あの……魔族さん。少しお伺いしても?」

「……何よ」

「低能な台詞であなたを煽った少年少女達なのだけど、その後、様子はどうかしら?」


 騎士達の背に庇われるようにして立つ環が、代表で質問する。

 ヘザーベアネスで感じた、あの不快感。

 もし叶うのであれば、弥鷹達の様子を知るであろう魔族の女から、情報を引き出しておきたかった。

 容易に答えてくれるとは思わない。それでも……

 問いを受けた女は、いっそう不愉快そうに顔をしかめた。美しい顔が歪められると、放たれる威圧感が半端では無くなる。

 どうやら一縷の望みを掛けての質問は失敗に終わり、何故か女の苛立ちを後押ししてしまったようだった。


「あんた達が知る必要の無いことよ。どうせ、手なんて届かない。辿り着けやしないわ」


 苛立ちを隠しもせずに吐き出された言葉。

 同時に空間を満たす、鮮烈なる魔力の気配。


「話は終わりだな」


 次瞬、魔族の女のすぐ近くで低い声が呟いた。

 僅か一瞬の間に女との距離を詰めた、パルスの声である。

 女の右側からはパルスが、左側からはカイリが、先手必勝とばかりにすぐさま一撃を加えに行ったのだ。

 女性に対して二人掛かりで、などとは誰も思わない。

 女の力がそのような戯言(ぎげん)を抱かせないほどの高みにあることなど、この場に居る全員が理解していた。

 挟撃を予測していたのか、女の両側面に半透明な深紅の壁が現れ、パルスとカイリの初撃を防ぎきる。

 舌打ちする二人の攻撃を防いだ壁に波紋が広がり、直後、壁は形を変えて何十本もの紅の剣となった。長剣ほどの大きさを持つ紅の剣は強弓で放たれた矢の如く、次々と二人へ襲い掛かる。

 後方へ跳躍しながら、時には弾き飛ばしながら躱し、パルスとカイリは元の位置へと戻ってきた。

 深冬と環を中心へと据えて護るような配置で立ち、全員が注意深く魔族の女を見据える。


「一筋縄ではいかない相手だ。まず自分を守ることを最優先に考えて、無理はしないように」


 女がえげつない程の魔力を解放していく様子を注視しながら、フラットは背後に立つ華奈達三人に対して一応提言しておいた。何せパルスとカイリの不意打ちに近い挟撃を防ぎきった相手である。華奈達には自衛に徹して貰わなければ、怪我をさせかねない。

 ……尤も、言ったところで聞いてくれるかどうか、フラットには自信が無かったが。

 前回のこともあるし、無茶はすまい……と、思うほか無い。


 魔族の女が両手をかざす。

 その瞬間、女の前方の地面に二つの大きな円陣が現れると共に、女の周囲の空間や壁面いっぱいに無数の陣が連なったものが現れた。

 女の有する魔力の色なのか、複雑な陣は全て紅の輝きを放つ。

 うわ、と、華奈が思わず声を零した。

 周囲に浮かび上がる陣から、おびただしい数の魔物達が蠢きながら這い出し始めたのだ。

 何処か異形な大小の獣、半分くらい人間の形をしていて翼の生えたもの、毒々しい花に根のような足が生えたもの、ゲル状の奇妙なもの。這い出す魔物の種類にも統一性が無い。

 同時に、一際大きな足許の二つの陣からは、周囲のものとは一線を画す存在が姿を現した。

 右手側の陣からは、首元に鎧を纏う、黒い毛並の馬が。

 左手側の陣からは、銀の毛並が美しい、二尾を持つ狐が。

 鋭い瞳を深紅に輝かせ、獰猛に唸りを上げる二体の魔物。二体とも、その額からは一角の長く美しい角がそびえている。

 二体の魔物の大きさは、四肢で立つ状態で、背中の高さが女の身長ほどあった。

 これまでに対峙してきた巨大な魔物に比べれば幾分小さくはあるが、それでも、ひしひしと肌を刺す威圧感が半端では無い。


 召喚が終わり、広々とした空間が有象無象の魔物達に埋め尽くされ、足元と周囲の陣が輝きを失った頃。

 静かな声で、女が告げる。


「行きなさい」


 命令を受けた魔物達は、一斉に動き始めた。

 有象無象達が六人を包囲するように移動し始める中、二つの巨体が弾丸のように飛び込んでくる。

 その二体に劣らぬ速度で飛び出したパルスとカイリが角による刺突を得物で受け止め、フラットは軌道上の魔物達を薙ぎ払いながら魔族の女へと肉薄した。

 女が優雅に腕を振るうとその手に魔力で編まれた紅の剣が現れ、重く空気を割く音を立てるフラットの一撃を受け流す。

 すぐさま女の背後に無数の魔力の剣が現れ、フラットへ向けて一斉に襲い掛かってきた。だが、背後へと跳躍するフラットと無数の剣との間に氷の壁がそびえ立ち、剣達の行く手を阻む。

 一瞬振り返ったフラットに視線で感謝を伝えられた深冬は、女の剣を阻むことが出来たことに内心で拳を握り、周囲の雑魚達の足止めへと行動をシフトした。

 深冬を中心として広範囲に冷気が這い、魔物達を凍り付かせる。

 空気が唸る音と共に振り抜かれた鉄球によって、また、小気味よい掛け声と共に打ち出される拳や蹴りによって、凍り付いた魔物達は打ち砕かれて魔素へと還っていく。

 騎士三人が目まぐるしく位置を入れ替え、時には挟撃しながら巨体の魔物と魔族の女を相手取る。

 華奈達は攻撃の起点となる深冬を背に守りながらその他の魔物達を足止めしつつ、着実に数を減らしていった。

 これまでの多対少数での大立ち回りが経験として活きている華奈達は、誰に何を言われずとも己の役割を理解し、適切な判断を下して行動に移している。


 真紅の剣での投擲攻撃を再び氷の壁に阻まれた女は、僅かに目許と口許を歪めた。

 騎士達はともかく、小娘達までもがここまで厄介な相手に育つとは……と。状況的に仕方が無かったとはいえ、前回共闘などして戦闘経験を与えてしまったことが、今更ながら悔やまれる。


「深冬、大丈夫!?」

「うんっ、前と似た感じだけど、だいぶ感覚が掴めてきたからっ!」


 華奈の問い掛けに、冷気を撒き散らしながら深冬が答えた。

 この地の精霊が封印されている影響で、ヘザーベアネス同様、身に宿す精霊を顕現させるほどの力は発揮出来ない深冬である。だが、がむしゃらに力を使った前回と違い、状況に応じた出力の調整が出来るまでに成長を遂げていた。

 それに、今回は深冬だけでは無い。

 持ち前の速さで狐型の魔物を翻弄しながら、カイリが地面へと拳を突き立てる。と、衝撃波と共に地面が隆起し、針の山を築きながら扇状に広がった。土くれで出来た針山は狐型の魔物の腹を浅く抉り、ついでとばかりに周囲に居た有象無象をも容赦なく貫いて粒子へ還す。

 深冬同様の制限を受けながら、彼もまた、身に宿した精霊の力を上手く使いこなしていた。


「それにねっ、これ見て!」


 言うと同時、深冬はクナイ型の短刀を一本、ホルダーから引き抜く。

 華奈がひやりとする暇も無く投擲された短刀は、華奈の髪を若干掠め、背後の魔物の群れへと突き刺さった。すると、短刀が突き刺さった魔物を中心に雪の結晶のような形状の複雑な陣がくるりと舞い、深冬の経つ位置からでは冷気が届いていなかった魔物達をも凍結させていく。


「何と! クナイに魔力を乗せての飛び道具攻撃的なことが出来るようになったのです!」

「わぁ、深冬ちゃん、凄いわ」


 豪速で魔物を砕きながら、のほほんとした口調で環が深冬を誉めそやす。

 確かに凄い。凄いとは思うのだが、そこはかとなくノーコンの被害に遭いかけた華奈としては、素直に賞賛することが出来なかった。


「うん、凄いね!? 凄いけど深冬サン! コントロールには気を付けて!?」

「大丈夫だよ、ちゃんと狙ってるから!」


 狙ってるってどこをですかワタクシのどたまですか!?

 と言いかけて、華奈は口を閉ざす。というより、次弾が華奈の頭部付近目掛けて颯爽と飛んできたので、口を閉ざして必死で避けざるを得なかった。

 戦闘終了する頃には自分の氷像が出来上がっているのではなかろうか……と背筋を震わせながらも、華奈は今まさに深冬が凍結させた魔物の群れへと突っ込んでいく。


 そうこうしているうち、広い空間を埋め尽くす勢いであった有象無象はあらかた片付いていた。

 ただ、二体の巨大な魔物は細かい傷を幾つか負っているものの、未だ動きが衰えず騎士達を手間取らせている。二体の魔物がそのような状態を保っていられるのは、騎士達の攻撃をいなしつつ二体をフォローするように立ち回る、魔族の女によるところが大きいようだった。

 息すら乱さずに、女は騎士達を相手取る。

 底の知れない女だ。

 前回でも身に染みてはいたが、辿り着けない、と言い切るだけあって、女の戦闘能力……特に魔力は相当のものである。

 激昂しやすく乗せやすい性質なのかと思っていたが、そうでも無いらしい。こちらにダメージを与えられず、着実に他の魔物達が減らされていることに苛立ってはいるようだが、騎士達の攻撃を防ぎきり、冷静に状況を見ながら動いていた。

 しかし、有象無象の数が心許ないものとなったにも関わらず、女が後続の召喚を行う気配は無い。

 召喚を行う余裕が無いのか、それとも……


「どうしましたか、お仲間がだいぶ減っちゃってますけど!」


 女の向こう側に居る雑魚へと向かうついでに、華奈は女に向けて拳を繰り出しつつ茶々を入れてみた。

 拳が当たるとは思っていない。案の定、華奈の拳は半透明の深紅の壁によって阻まれた。届かないことが悔しくない訳では無いが、フラットに無茶をしないよう釘を刺されているため、深追いはしない。

 しないのだが、女とすれ違う際に浮かべていた表情が、華奈の心の隅に引っ掛かった。

 深く考え込むかのような、思いつめるかのような。

 そして、何かを諦めるかのような。

 尤も、それはほんの一瞬で、女はすぐさま元の鋭い視線で華奈達を睨み据える。

 ……空気が変わったと、誰もが感じた。


「そうね……あんた達には出し惜しみしている場合じゃ無いようだわ」


 抑揚の無い声で、女が言った。

 瞬時に女を中心として薄紅の旋風が巻き起こり、騎士達も華奈も、女と距離を取らざるを得なくなる。

 何かが肌を刺し、華奈達の背筋が粟立った。

 それは、圧倒的な魔力の気配だった。

 一瞬で、女の背後と上空の空間が、折り重なる(あか)い魔方陣で埋め尽くされる。


「……っ、避けろ!!」


 フラットが叫ぶ。

 ほぼ同時に華奈達を襲ったのは、巨大な剣だった。

 先ほどまでの比では無い。前回邂逅した時に見たものと同じ、人の背丈の五倍はあろうかという、刀身から柄まで(あか)い剣である。

 但し、今回は七本などでは無い。

 女の背後の陣から次々と投射されるそれらは、数えるのがばかばかしくなる程におびただしい数だ。広い広い空間の全てを埋め尽くさんばかりに流星群の如き勢いで降り注ぎ、鈍い音と共に地面を抉っていく。

 万が一当たれば、もれなく首と胴が仲違いするであろう。冗談では無い。

 華奈達は避けた。

 それはもう必死で避けた。

 深冬が氷の壁を形成してみるが、それすら貫通してくるため避けるしか無い。

 僅かに残された有象無象の魔物達が巻き込まれて真っ二つになっていく様が視界を掠め、そこから更に必死になった。同じ目に遭うのは御免である。

 華奈達は避けることで精一杯だったが、騎士達は避けながら周囲の様子を窺う。

 だが、魔族の女は無防備に立っているように見えて魔力の壁に護られており、隙を突いて術を崩すのは難しそうだった。

 それに、警戒すべきはもうひとつ。


「パルス、カイリ!」


 自身は魔族の女を見据えながら、フラットが声を張り上げた。

 言われるまでも無いとばかりに、パルスとカイリは降り注ぐ紅剣(こうけん)を避けながら素早く移動する。

 女の側に、二体の巨大な魔物の姿が無い。

 二体は紅剣を避けながら大きく移動し、別の場所に狙いを定めていた。

 ……比較的動きの鈍い、深冬と環に。

 深冬は現状攻撃の起点であり、環は今回の精霊の封印を解く鍵だ。その事を女が知っているかどうかは不明だが、真っ先に二人を狙うことは理にかなっていた。

 だが、遂行させる訳にはいかない。

 カイリが狐型の魔物と環の間に躍り出る。

 同時に拳を地面へ鋭く叩き付けると、一際大きく地面が揺らいで土くれの針山を形成した。それは、ついに二尾の狐の巨体を完全に貫き、魔素へと還していく。

 一方で、自分が馬型の魔物に狙われていることに気付いた深冬は、焦って体勢を崩してしまった。

 そこへ上方から紅剣が迫る。

 深冬が自力で避けきれないと踏んだパルスは、低く屈む体勢を取って跳躍した。

 側面からすぐ近くまで馬型の魔物が迫っているのが見えるが、魔族の女の周囲に展開されていた陣が薄れかかっているのも見える。もうすぐこのえげつない術が終わるのだ。終わった瞬間、フラットが女に斬り込んで状況を変えてくれるだろう。それまで深冬を庇いつつ、何とか躱し切るしか無い。


 その様子を、華奈は比較的近くで紅剣を躱しながら見ていた。

 そして悟る。

 自分の世界で喧嘩をしながら鍛えた勘と、この世界に来て更に増幅され鋭くなった感覚が、僅かばかりの未来予測を告げていた。

 パルスは深冬を抱えて紅剣を避けきり、そこへ頭上の角を突き出す体勢の馬の突進を喰らう。彼ならば、それすら避けてみせるだろう。みせるだろうが、恐らく無傷とはいかない。

 悉く張り合ってはみせるが、華奈はパルスの実力を認めている。届かないと判っているからこそ、悔しくて張り合うのだ。だが、根拠もなく妄信している訳でも無い。彼が傷を負う確率は五分といったところだろうが、可能性があることは否めない。

 また怪我をするつもりか、と、華奈は思った。

 深冬のお陰で今は綺麗に治っているものの、彼が華奈を庇った時に負った、痛々しい傷が脳裏を過ぎる。

 その瞬間、華奈の身体は、殆ど本能に従って動いていた。


 女の周囲に展開されていた陣が光を失い消えていく。

 それに伴い、広い空間を埋め尽くすように突き立てられた、魔力で形成された巨大な紅剣も、同色の魔素を散らしながら形を失っていった。

 僅かばかり残っていた有象無象の魔物達も全てが紅剣に貫かれたようで、空間中に立ち昇る紅い魔素の所々に、青や緑など他の色の魔素が混じる。

 紅剣が立てた土煙が薄れていき、反響していた轟音も止んだ。

 空間が奇妙に静まり返る。

 無傷でその場所に立っているのは六人で、その全員が、ある一点に視線を集中させていた。

 珍しく強張った表情を浮かべる環の、環を背に振り返り目を見開くカイリの、油断無い構えで魔族の女の前に立つフラットの、敵意よりも驚愕が勝った表情の魔族の女の、パルスに腹を抱えられながら呆然と立つ深冬の、深冬を抱えたままゆっくりと目を見開いていくパルスの、視線の先。


 そこには、馬型の魔物の角に深々と腹を貫かれたまま頭上高く掲げられた、華奈の姿があった。

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