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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
3/37

1-2 黒き騎士達との邂逅

 ヒールの音を小気味良く響かせながら、女は石造りの薄暗い通路を歩いていた。

 所々に設置されている松明の明かりが、時折彼女の姿をぼんやりと映し出す。

 ゆるやかに波打つガーネット色の長い髪と、女性らしい艶やかな身体のラインを誇るその女は、多少気の強そうな雰囲気ではあるが、顔の造形もかなり美しいといえるだろう。

 ただ、ひとつだけ。

 彼女の耳は長細く尖った形をしているため、人間であるとは言い難かった。

 女はその美しい顔を少し歪める。

 通路を奥へ奥へと進むにつれて、鉄のような不快な臭いが濃くなってくるからだ。

 しかし、通路が終点に差し掛かり、その先にある空間から漏れる光が目に入ると、女は表情を元の気の強そうなものへと戻した。

 通路を抜けた先にあったのは、だだっ広い空間である。

 半径が50メートル以上ある巨大な球体を真っ二つにしたような、そんな形状をしていた。

 壁はやはり石造りで、天井の一番高い部分から光源の良く判らない光が煌々とその空間を照らしている。

 床は磨きぬかれた大理石のようにも見えるが、その素材ははっきりとは判らなかった。

「シュノヴァ」

 通路を抜けるなり、女は何者かに呼び掛ける。

 広い空間にひとり佇んでいた男は、呼び掛けられてゆったりとした動作で振り返った。

 男の造形も、かなり美しかった。

 造形を際立たせる、透けるような長い銀色の髪に、切れ長の瞳。

 ただ、女と同様、男の耳も長細く尖っており、人間ではないということを誇示している。

 だが、それよりも印象的なのは、2人が纏う雰囲気の違いであった。

 男は、触れれば凍えそうなほどの絶対的な冷たさを纏っている。

 見るもの総てを侮蔑するかのような冷ややかな目が、特にその雰囲気を際立たせた。

「気付いたわよね? 空間越えをした者がいるわ」

 そんな雰囲気にも慣れてしまっている女は、さっさと用件を済ませることにする。

 この空間に、あまり長く居たくない。

「10人ほどか。4人、この城の近くへ落ちたな」

 彼の返答の口調は淡々としているが、会話は出来た。

「ユリウス王国の調査隊か何かかしら……どうする?」

「今のユリウス王国に空間越えをする程の魔力が残されているとは思えないが。城の近くへ落ちた者は捕らえて地下牢にでも入れておけ」

「結界を張ってあるのはアレを入れてあるところしかないわよ」

「ではアレと一緒に放り込んでおけ」

「判ったわ」

 話が済むと女は踵を返し、通路の方へと戻っていく。

 そして通路に差し掛かった辺りで、漂ってくる臭いに再び顔を歪めた。


 男のいた空間。

 その床から漂っていた不快な臭いは。

 紛れもなく、血の臭いであった。



-*-*-*-*-*-*-



「おい、さっさと起きろ」

「んぁ……?」

 聞き覚えのない声に呼び掛けられて、華奈はぼんやりと覚醒した。

 ゆっくりと目蓋を持ち上げながら、まだはっきりしない頭を働かせる。

 自分はどうやらうつ伏せに倒れているようだが、光に取り囲まれて、気を失って……それから一体どうなっただろうか。

 他の皆は……

「……っ! 皆は!」

 両腕に力を込め、華奈はがばりと上半身を起こす。

 と、何故か目の前に、見知らぬ男の顔があった。

 どうやら華奈は、まるでこの男を押し倒しているかのような格好で倒れていたようである。

 黒髪に赤い瞳の、華奈ですら格好良いと思える顔をした、若い男。

 もしアヤちゃんだったら絶叫するほど喜ぶだろうなぁ、などと、華奈はどうでも良いことを考える。

 しかし一体何故、このような状況に。

「いい加減どいてくれないか」

「……っ、あぁ、こりゃどうも失礼しました」

 不機嫌そうな男の声を受け、華奈は慌てて男の上から退いた。

 数秒間見つめてしまっていたらしく、何だか気恥ずかしくなって華奈は軽く頭を掻く。

 それからようやく、周囲を見渡してみた。

 周囲は真っ黒で、何も無い。

 しかし自分の姿や身体を起こし立ち上がった男の姿などははっきり見えるという、何とも不思議な空間。

 華奈は座り込んだまま男を見上げた。

「あの、他に人は……?」

「俺の連れが2人いる。あと何人かいるようだったが……あぁ、来たな」

 華奈の方を見もせずに答えた男の視線の先を、華奈は見る。

 すると、男と似たような格好をした別の若い男が2人、それぞれ別々の方向から何かを抱えてこちらへ向かってくるのが見えた。

 それぞれひとりずつ、男達に抱えられている者に、華奈は見覚えがあり過ぎる。

 長いオリーブグリーンの髪をひとつに束ねた長身の男に抱えられているのが、深冬。猫毛なのか少し跳ねている灰色の髪の、眼鏡を掛けた男に抱えられているのが、環だ。

 男達は華奈達の近くまで歩み寄ると、深冬と環を真っ黒な地面へゆっくりと降ろす。

 華奈は降ろされた2人の元へ駆け寄り、2人の間にしゃがみ込んだ。

「深冬! タマちゃん!」

 呼び掛けながら揺すると、2人は微かに眉を動かす。

 怪我もしていないようであるし、とりあえず無事であることに、華奈は心底安堵した。

「お前は何処から来た? 何者だ?」

 ほっと一息ついたところで背後から高圧的に問い掛けられ、華奈はしゃがみ込んだまま振り返る。

 視線の先は、先程の黒髪の男であった。

「何者とか言われても……一介の女子高生ですが」

 訳の判らない問いだったが、華奈はとりあえず答えてみる。

 が、黒髪の男は華奈以上に訳の判らなさそうな顔をした。

「ジョシコウセイって何だ……?」

「まあまあ、パルス。そんな怖い顔してたら答えられるものも答えられないだろう。怯えてるじゃないか」

「地顔だ」

 自分の方へ寄ってきた長身の男に、黒髪の男は少し不機嫌そうに返す。

 いや別に怯えてはいないけど、と心の中で突っ込んでから、華奈は長身の男に視線を合わせた。

「突然失礼したね。俺達はユリウス王国の者で、俺の名は、フラット=マーヴェラス。こっちがパルス=グランドル。で、あっちがカイリ=ミハエリス」

 長身の男はまず己の名を名乗り、黒髪の男、眼鏡の男の順に手で示していく。

 ユリウス王国なんていう国あったっけか、などと考えながら、華奈は答えた。

「あ、ご丁寧にどうも。あたしは青桐華奈です」

「アオギリ?」

「ハルナ、が名前」

「そう、ハルナ。少し聞きたいんだけど……俺達は、魔力喪失の原因とある人物の行方を追って、精霊世界へ来た筈なんだ。ここが精霊世界かどうか、判る?」


 魔力喪失?

 精霊世界?


 何のことやら、と、華奈は眉根を寄せて首を傾ける。

 パルス、フラット、カイリと名乗った3人の男は、その反応に顔を見合わせた。

「どういうことだ? こいつ、精霊世界の人間じゃないのか?」

「パルス、女の子にこいつとか言わないように。でも、おかしいな。そもそも儀式は成功したのか?」

「もしここが亜空間だったら僕達は今頃死んでいる筈です。成功したとしか、考えられない」

 男達は華奈をそっちのけにして相談を始めてしまう。

 知識に無い単語が飛び交っている為に何の相談をしているのかは判らなかったが、彼らが自分達の世界に没頭してしまう前に、華奈には、どうしても聞いておかなければならないことがひとつだけあった。

「あの」

 声を掛けると、3人同時に華奈の方を見る。

 華奈は表情に少しだけ不安の色を滲ませ、口を開いた。

「あたしとこの子達の他に、人はいなかった……?」

 問いを受けて、フラットがカイリに視線を送る。

 カイリは目を伏せ、首を横に振った。

「残念だけど、君達だけみたいだ」

「マジですか……」

 フラットから返ってきた答えに華奈は愕然とした。


 タカは。アヤちゃんは。マナちゃんは。茅斗先輩は。

 一体何処へ、消えてしまったというのか。


「あたし達、家に帰る途中に変な光に取り囲まれて、気が付いたらこんな所にいて……でも、その時は7人いたはずで……あと4人、いる筈なのに……」

 誰にともなく、華奈は呟く。

 先程、彼らの誰かが『死』という言葉を口にした。嫌な予感が身体中を駆け巡り、華奈は震える手で己のスカートを握り締める。

 人の心配など、している場合ではないだろうに。

 悲痛な表情で華奈が目を伏せると、ぽん、と、頭に何かが乗せられたような感触があった。

 ゆるりと目を開けて顔を上げてみると、目の前に、黒髪の男……パルスの顔がある。

 頭に乗せられているのは、華奈の前にしゃがみ込んだパルスの手のようであった。

 励ましてくれているのだろうか。

 無愛想で怖い感じがしたが実は結構優しい奴なのかも知れないと、華奈は思い直す。

 と、後ろから微かに声が上がった。

 華奈が振り返ってみると、目を覚ました深冬と環が起き上がっている。

「いたた……あれ、ここ何処?」

「ハルちゃん……? そちらの方達は……?」

「深冬、タマちゃん……」

 起き上がった2人を見て、華奈は胸を撫で下ろした。

 その、直後。

『ようやく全員が目を覚ましたようだな』

 真っ黒な空間に、声が響いた。

 何もない筈であるのに、その声は空間内に酷く反響している。

 全員が警戒し、周囲を見渡した。

『そう警戒しなくとも良い。私の話を、聞いて貰いたいだけだ』

 その声と共に。

 ゆらりと、真っ黒な空間に何かが姿を現す。

 全員同時にその方向へ視線を向けると、そこには人間の女性に近い姿をした何かがいた。

 それは、耳が長細く尖っており、地面から少し離れたところを漂っており、半透明で身体が陽炎のように揺らいでいる為、人間であると表現することは出来ない。

 だが何故か威厳のようなものを漂わせるその者は、伏せていた切れ長の瞳をゆるりと開いた。

『良く来てくれた。本当に、良く来てくれた』

 目を細め、切なげな笑みを浮かべながら、その者は言う。

 たったそれだけで、全員の警戒心が薄らいでいった。

「あの、貴女は……?」

 少し遠慮がちに、フラットが問う。

 その者は表情を威厳のあるものに戻し、答えた。

『我が名はデルヴィス。魔を司りし者』

 フラット達は目を見開く。

『パルス、フラット、カイリ。お前達ならば、私の名を耳にしたことくらいはあるだろう』

 何故自分達の名を知っているのかということよりも、その者がデルヴィスと名乗ったことに、彼らは驚愕していた。

 華奈達は訳が判らず、首を傾げる。

 デルヴィスとパルス達3人は、ついていけていない華奈達を余所に話を進行し始めた。

「まさか、直接精霊に会うことになるなんて……」

「では、デルヴィス。貴女が我々を?」

『そういうことになる。お前達の儀式は成功させるには魔力が不足し過ぎていた。ゆえに私の力とお前達の力、そしてそこにいる3人の力を使って、私がお前達をこの世界へ呼び寄せたのだ』


 なんですと。


 華奈はあからさまに眉を寄せる。

 深冬も環も、各々不振そうな表情を作った。

 彼らの話の内容の大半は意味不明だが、ひとつだけ、完璧に理解できたことがある。


“私がお前達をこの世界へ呼び寄せた”


 つまりは、目の前にいるこの浮遊物体の所為で、現在自分達はこのような事態に陥っているという訳で。

 ……それはちょっと、聞き捨てならなかった。

『お前達を呼び寄せたのは、他ならぬ、お前達にやり遂げて欲しいことがあるからだ』

 デルヴィスは話を続けようとする。

 しかしそれを、華奈が遮った。

「はーい先生。ちょっとお話が高度過ぎてワタクシども付いて行けておりませんので、ワタクシどもにも判るようにきっちり説明して頂きたいんですが」

 まるで授業中に質問でもするかのように手を挙げ、おどけた口調ではあるが少し嫌味も込めて。

 けれども表情は真剣そのもので、華奈は言う。

 その後に、同様に厳しい表情を湛えた深冬と環が続いた。

「そうだよ。私達の力を使ってとか、呼び寄せたとか、一体どういうことなの?」

「それに、あなたがわたし達を呼び寄せたことが本当だとして、わたし達が奇妙な現象に遭遇してこの場所で目を覚ますまでは7人いた筈なんです。一緒にいた筈の他の4人がどうなっているのかも、きっちり説明してください」

 そう、環が言ったのが、一番の問題だ。

 あの奇妙な光が、自分達が呼び寄せられたゆえに発生した現象だったとするなら。自分達が目を覚ましたこの場所に他の皆がいないのはおかしい。

『お前達と共にいた4人は……敵の手中に、捕らえられている』

「……なにそれ、どういうこと」

 華奈達の表情は更に厳しいものに変わった。

 その鋭い視線を、デルヴィスは真摯に受け止める。

 捕らえられているだなんて穏やかな話でないことは明らかで、そのような現象に突然友人が巻き込まれた彼女達としては、怒りを抱くのは無理のない話だった。

 ただ、自分達も訳の判らぬ現象に巻き込まれ、突然見知らぬ場所へと放り出され……混乱していても不思議ではない状況だというのに、自分以外を気に掛けることの出来る彼女達の心を、デルヴィスは嬉しく思う。

 彼女達を選んで、良かった。

『この黒い空間は私の創り出したもの。外と内の物質・魔力の行き来を遮断する結界の役目を果たしている。私が先程敵と呼称した者達の目を欺き、お前達を護る為のものだ。

 だがお前達の為の結界であったゆえに、それ以外の者は内側へ入ることは許されない。お前達と共にいた4人は結界から弾き出され、このような事態に空間越えを果たした異質なものとして、捕らえられてしまったのだ』

 では、お前のせいで皆は捕まったのではないか、と。

 咽まで出かかった言葉を、しかし、彼女達は飲み込む。

 デルヴィスの表情が心苦しそうなもので、故意ではなかったということが明らかであるゆえだ。

 彼女達は、表情から厳しさを拭い取る。

「……敵とか、このような事態とか、空間越えとか、一体何なの」

「わたし達にやり遂げて欲しいこと、というのも説明してくださいね」

『何も、言わないのか』

 彼女達がどう答えるか、何となく判るような気がするが。

 デルヴィスはあえてそれを口にした。

「まぁ、責めてる暇があるなら知りたいことが山ほどあるなーと思っただけですがね」

「捕らえられてる、ということは、とりあえずは無事ということなんだよね?」

「その事実が判るということは、場所なんかも判っているということでしょうし」

 諦め顔の華奈が、苦笑交じりの深冬が、穏やかな笑みを湛えた環が、答える。

 デルヴィスは嬉しそうに笑い、パルス達は、彼女達の頭の切替えの速さに感心した。

「それよりほら、その辺も含めて説明、説明!」

 デルヴィスとパルス達の暖かい視線を受けて気恥ずかしくなったらしい華奈が先を促すと、デルヴィスはゆるりと首を縦に振り、その表情を威厳のあるものに戻す。

『ハルナ、ミフユ、タマキ。これから私が言うことは、我々精霊の力のあまり影響しない世界で生きてきたお前達にとっては信じ難い話となるだろう。だが私の言葉に一片の偽りも無いということを、先に述べておく』

 華奈達は小さく頷いた。


『我々の世界は亜空間と呼ばれる深淵の空間に阻まれてはいるが、隣接し、互いに影響を及ぼし合う間柄にある。

 ひとつは現在お前達が居る場所、我々精霊の住まう世界。

 ひとつは我々精霊の力の影響を受けそれにより生を紡ぐ場所、パルス、フラット、カイリ……お前達の世界。

 そしてもうひとつは、我々精霊の力の影響を殆ど受けない……ハルナ、ミフユ、タマキ、お前達の世界だ。

 我々の影響を受けないものを第一世界。受けるものを第二世界。そしてこの世界を第三世界と、我々はそう呼んでいる』


 デルヴィスは一旦言葉を切った。

 これだけでも信じ難い話であると思うのに、デルヴィスの話を静かに聞いて理解しようとしている辺り、華奈達はだいぶ柔軟な思考の持ち主だと言える。

 パルス達は元々精霊の魔力と密接した関係にあり、魔法や精霊世界の存在など当たり前である世界で生きてきた。

 ゆえに、隣接する世界は実は3つであると直接精霊の口から聞いてしまった今、それを受け入れることは容易い。

 だが華奈達は、魔力や精霊などというものとは無縁の世界で生きてきた。

 自分の常識の範疇を超えるものを受け入れるのは、思いのほか難しいものだ。

「しかし、世界が3つあったとは……俺達は、精霊世界の存在しか知らなかった」

『第一世界の情報を手にする術は、お前達には無いからな。第一世界の者は我々の影響を受けない故に魔法というものにも縁遠く、まして空間を越えて別の世界へ渡るなど、考えも及ばないだろう。それゆえ第二・第三世界の存在も知りえない……そうだろう?』

 フラットが感心したように言うと、デルヴィスはそれに応え、続いて華奈に話を振る。

 華奈は、うぅん、と考え込みながら答えた。

「そりゃまぁ、世界が3つあるとか魔法とか精霊とかよりは、火星人の存在の方が信じられるもんなぁ」

「えぇーそうかなぁ。火星人もかなり信憑性低いと思うよ?」

「ふたりとも、あんまり緊迫感が無いね」

 華奈と深冬もそうだが、会話を聞いて穏やかに微笑んでいる環が一番緊迫感が無いように思える。

 微かに苦笑して、デルヴィスは説明を再開した。

『本題はここからだ。第二世界の者は“ヴィレイス”という名を聞いたことがあるだろう』

「あぁ……大昔に精霊世界を手中に収めようとして封印された、魔族の名だ」

 デルヴィスの言葉を受けて答えたのは、パルスだ。

 その名を聞いて、パルス達3人の表情が緊迫したものに変わる。

 華奈達は再び飛び出した聞き慣れない単語に首を傾げた。

『魔族は精霊の力を利用する人間と違い、生まれながらにしてその身に魔力を有する者のことを指す。ヴィレイスという魔族は……精霊に匹敵するほど、強大な力を持って生まれてきた。

 それゆえ心に闇が巣食い、やがて世界を自分の手中に収めるなどという浅ましい欲望を持つようになる。

 実際第三世界は彼に掌握されかけたが、我々精霊と第二世界のひとりの人間の力によって、彼は亜空間へ封印されたのだ』

 まさか、と、誰かが口の中で呟く。

 それが聞こえていたのかどうか。デルヴィスは表情を苦しげなものに変えた。

『そのヴィレイスの部下であった魔族達の手によって、今、ヴィレイスの封印が解かれようとしている』

 私が“敵”と呼称したのはその者達のことだ、と、デルヴィスは補足する。

 予想が当たってしまったパルス達は、眉を寄せ、厳しい表情を浮かべた。

 華奈達もその言葉には流石に動揺を隠せない。

「それって、この世界まずいんじゃ……」

『ヴィレイスはかつて3つの世界全てを掌握しようとした者だ。万が一封印が解かれれば、お前達の世界もただでは済むまい。

 それに、部下達は既に復活の前段階として、封印の鍵を握る者を手中に収め、精霊全てを封印することに成功している。

 それゆえ第二世界は滅びの危機に瀕し、その影響は第一世界にも必ず現れる』

 まじでか、と。華奈達は自分達の世界に迫っているらしい危機に顔を顰める。

 だが第二世界人は、別の部分に喰らい付いた。

「封印の鍵を握る者……デルヴィス、まさかそれは……!」

『お前達の探し人と、同一人物だろうな』

 彼らの目の色が変わった。

 世界の危機を聞かされた時よりも真摯な表情を、彼らは浮かべる。

 華奈は先程フラットが、魔力喪失の原因とある人物の行方を追ってきた、と言っていたことを思い出した。

 そんな表情が出来るほど、その人物は彼らにとって大切な人なのだろうか。

「ということは、そちらの皆さんの探し人と同じ場所に、わたし達の友人も捕まっているということですね?」

 そういうことになる、と、環の問いにデルヴィスは答える。

 華奈達が一番知りたかったことだ。

 しかし先程の言葉の中にもうひとつ、聞いておかなければならないことがある。

「精霊全てが封印された、と、貴女は仰いましたよね? では、デルヴィス、貴女は……?」

 問いを口にしたのはカイリ。

 そう、精霊全てが封印されたというのなら、デルヴィスがここにいるのはおかしい。

 だがデルヴィスは自嘲の笑みを浮かべ、答えた。

『他の5つの精霊達はあらゆる手段を講じられ、完全に封印されている。私も封印の間際にこうして魔力を切り離し、半端な力しか持たぬ分身を生み出すのが精一杯だった。

 この分身も……お前達を呼び寄せることで、どうやら殆どの力を使い切ってしまったようだが』

 情けないことだ、と、デルヴィスはひとりごちる。

 そういえば、彼女の身体は現れた時よりもだいぶ薄くなり、陽炎のような揺らぎも大きくなっているように思えた。

『それゆえだ。それゆえ私は、お前達6人をこの世界へ呼び寄せた。

 我々の封印を解き、ヴィレイスの復活を阻止し……3つの世界の滅びを、回避して貰う為に』

 真っすぐな視線を全員へ向け、デルヴィスは告げる。

 恐らくそれが本題で、デルヴィスが最も伝えたかったことなのだろう。

 つまりは“お前達で世界を救え”という意味合いであるその言葉。

 パルス達は、多少動揺しながらもそれを受け止める。

 元々彼らは自分達の世界が衰退していく原因を排除する為に、この世界へやって来たのだ。それがどんなにスケールの大きい話になろうと、断る理由は無い。

 だが、一介の女子高生である自分達には荷が勝ちすぎるお話に、華奈達は、只々目を見開くばかりだった。

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