4-4 恒例のアレは微笑みと共に
「深冬、済まねぇ……地球の存亡を賭けた戦いであったというのに……」
「そんな大袈裟な。街は大丈夫だったんだから、どっちが勝っても良いじゃない」
「経験の差だ。諦めろ」
「カイリ。そっちの方から何度か凄い音が聞こえてたが」
「あぁ……だ、大丈夫です。埋めてきました」
「うふふ」
三手に分かれて街中の魔物を駆逐した六人は、街の入口付近で合流していた。
街中に溢れていた禍々しい気配は、すっかり感じられなくなっている。
侵入してきた闇の魔物は、小型とはいえ五十を超える程の数であった……が。
幸か不幸か。
街に活気が無く屋内に居た者が多かったお陰で、魔物による人的被害は少なく済んだ。
それに被害と言えど軽傷者ばかりで、深冬が通った道筋に居合わせた者に関しては、彼女による治療も施している。ほぼ被害無しと言えよう。
街を救ってくれた存在を、人々は遠巻きに見ていた。
彼らの戦いぶりを目にした者は興奮気味にその時の状況を語り、救済の手が現れたのではないか、と、街中に喜色が広がっていく。
そんな中。街の奥の方から、華奈達に向かって接近する者達があった。
土煙を立て疾走するは、白い神官服を着た者。二名の若手神官を引き連れ中央を走るのは、相変わらずスプリンター並のフォームが美しい老人神官である。
しかしフォームの美しさに対し、老人の血走った目が怖い。ひたすら怖い。
その恐怖によって勝負に負けた絶望感すら吹き飛ばされた華奈は、思わず手近に居た黒い人を盾にして身構えた。
他の者も似たような心境のようで、じりじりと後退する態勢に入っている。
だがそんなことなどお構いなしとばかりに、老人神官とそのお供二名は華奈達の前で急ブレーキを掛けて停止した。お供二名の息が上がっているのに対し、老人は明らかに全力疾走してきたにも関わらず息を切らせていない。その代わりとばかりに、血走った目を見開いて両手を華奈達の方へ差し出し、ぷるぷると震え始めた。
「あ、あな、が、ふお、ゲッフォォオオ!!」
意味不明の呟きと共にじわじわとにじり寄ってくる老人。震えの所為か興奮の所為か、終いには咽る。
華奈達(環以外)は老人の前進に合わせて後退する……と。
「あ、貴方がたは救世主ですじゃーー!! あの身のこなし! 住民の傷を癒す精霊の御業! まっ、街興し! 街興しに協力してくだされえええぇぇ!! いやっ、むしろこの街に住んでくだされええぇぇええ!! 爺の一生のお願いですじゃあああああぁぁぁあぁああぁ!!!!」
急激にぐわっと距離を詰め、そんなことを叫び散らしてきた。
不幸にも女性の盾となりかつ中央にいたフラットが老人にしがみ付かれ、ガクガクと執拗に揺すられる。他五名は、薄情ながらささっとフラットとの距離を取った。
「いやっ、あの、住むのはちょっと無理というか、ちょっ、落ち着いて」
「そこを何とか!! 損はさせませんぞおおおぉぉぉおお!!」
フラットがたじろいでいるのもなかなか珍しい光景だな、と。彼に老人を丸投げした一同は、どん引きしながらそんなことを考える。
あらあらと微笑ましげに環が見守る中、老人の魂の叫びはしばらく続いた。
老人を落ち着かせる為に労力を費やした一同(主にフラット)が獲得したのは、休息をする場所であった。
さほど広くはないメルビナの、ほぼ中央に位置する宿。敷地内の中心に広々とした中庭があり、その周囲を四角く囲む形の二階建ての建物である。基本は周辺の建物と同様に白い遺跡のような柱や石で造られているが、改装が加わったのか、内部は小奇麗に整えられていた。
さきほど老人の後ろに控えていた二名の神官のうちの片方に案内され、華奈達は宿の入口を潜る。
本来であれば老人が案内役を務めようとしていたのを、街興しにお忙しいでしょうからと必死で断った結果の折中案……の筈なのだが、少し離れた位置から老人ともう片方のお付きが後を付けて来ているのがばればれだった。
隙あらば街興しとやらに協力させようとしているのだろう。いっそ清々しいほどの執念だと、何人かは考える。
しかしながら、監視されているかのようなこの状況は、はっきり言って頂けないものだった。
自由に動けないのもさることながら、このまま後を付け続けられた場合、魔族や魔物との戦いに巻き込んでしまう可能性も高い。
メルビナやこの宿の良い所を朗々と語りながら案内してくれる神官に従って宿の受付へと着いた一同は、救世主からお金は取らないと言う神官達の言葉を跳ね除け、二部屋、二泊分の料金をきっちりと前払いで支払った。
あくまでも自分達は観光客です作戦である。
かなり頑なに拒否されたが、最終的にはパルスの眼力で黙らせた。
ここで厚意を受けてしまったら後で街へ留めるための交渉材料にされかねないという懸念があるため、ひとまず上々の成果である。
部屋で給仕までしようとする神官を更にパルスの眼力で跳ね除け、宿の従業員らしき中年女性に部屋まで案内して貰った華奈達は、女性の気配が遠ざかるなり盛大なため息を吐き出した。
疲れた。ひたすらに。
相も変わらず微笑みを絶やさない若干一名はともかく、全員の心境は似たようなものだ。
華奈達は今後の相談のため、ひとまず二部屋のうち片方へと集まっている。
質素ながら上品で小奇麗、三~四名用としては広々とした、なかなか良い部屋だ。
肩から下げていた荷物をベッドの上に放り投げ、華奈は窓際へと近付いて行く。この街の建物にはガラス窓が無いようで、壁が四角くくり抜かれているのみだ。さほど大きくはないその窓には飾り紐が連なったのれんが掛けられ、傍らには窓と同じ大きさの木板が置かれている。必要であればこの木板を窓に嵌めるのだろう。
華奈はのれんをそっと指で避けて窓の外を見て、すぐさま木板を窓に嵌めてしまいたい衝動に駆られた。
窓から離れた華奈は半眼で室内の全員に目配せし、親指で窓の外を指す。
居やがる。
無言のジェスチャーでも、その想いは伝わったようだった。
室内に、再び何名かのため息が落ちる。
気配でうすうす判ってはいたが、老人とお付きの神官二名は、未だ一同を尾行しているようだった。華奈が見たものは、草むらに身を隠してこちらを監察する老人達の姿。本人達はしっかり隠れているつもりでも、気配に敏い華奈達にはばればれである。
まあ、部屋は二階であるし、声までは届くまい。
そう考えた一同は、各々が適当な場所へと腰を降ろし、今後の相談を始めることにした。
「えーっと……まず、神官の方々をどうやって撒くかだけど……」
「なかなか執念深い方々のようですからね……」
幾つかの乾いた笑いが零れる。
そんな中、半眼ながらも華奈が元気よく手を挙げた。
「はーい! とりあえずご飯を食べて腹ごしらえをするのはいかがでしょうか!」
「また食い気か」
「黒い人はちょっと黙ろうか。相手は老人だし、全力疾走だし、早めにお休みになるんじゃないかな!」
「なるほど。夜を待ってから行動しようってことだね」
「そうそれ」
「確かに、あんな状態でずっと張り付いてたらさすがに疲れるよね」
「交代で見張られる可能性も無くはないですが……」
「その時はその時! 厄介っぽいのは老人だけみたいだし、実力行使するということで!」
あまりにもざっくりとした案ではあるが、確かに休憩も挟みたいところ。一同はそのような予定で行くことを決め、肝心の環を見た。
穏やかに話し合いの顛末を見守っていた環は、全員の視線を受けてこくりと頷く。
「大丈夫、だいたいの場所はわかるわ」
このような状況の中でも精霊の気配を探っていたとは……流石は環様、と。
華奈と深冬は環への畏敬の念を更に深め、内心で拝み倒す。
騎士達も感服しつつ、この部屋は女性へと譲ることにして、隣の部屋へと移動していった。
荷物を降ろして身軽になった一同は、宿内で食事を取ることにする。
屋内にも席はあったが、中庭にも幾つかのテーブルと席が設けられて食事が出来るようになっており、華奈達は中庭の席を選んだ。淡光花が足元を照らす中庭は、なかなかの風情があって美しい。建物内から華奈達を窺う三つの影さえ無ければ、もっと食事も風景も楽しめたであろう。
食事はお勧めのものを頼んだが、主食は餡かけ焼きそばのような麺類だった。和テイストの入った中華風、というのは華奈の言で、彼女達の口にはなかなか合ったようである。
ラーメンも恋しいけどお米食べてないな。お米が食べたい。
という華奈にお前は本当に食い気しか無いなとツッコミを入れたパルスとの間で恒例の夫婦漫才が繰り広げられたりもしたが、一同は美味しい食事を終え、きっちりと料金を支払い、各々の部屋へ戻って休憩を取った。
陽の光が届かないこの街に夜が来るのかと不安が過ぎるが、時間が経つにつれ、街の各所に設置された街灯の灯が落とされていく。そうなると光源と言えるのは建物内部から微かに漏れる灯りと淡光花の淡い光のみだ。
なるほど、こうしてこの街は夜を迎えるのだと、一同は感心する。
老人と神官二名は随分と粘っていたようだが、街灯の灯が完全に消えると、神殿のあった方向へ戻っていった。
気配が遠ざかるのを感じながら、一同は機を待つ。
そうして迎えた深夜。
華奈達は動き出した。
宿の正面から出て姿を見られたのでは本末転倒なため、人目に付かない中庭側の窓を探し、屋根の上へと出る。
まず身軽なカイリが跳躍で軽く登ってロープを垂らし、騎士達と華奈はロープの助けを借りずに、深冬と環はロープに掴まって後へと続く。
身を低くして宿の入口がある方とは反対側の棟の上へと移動した一同は、注意深く周囲を確認し、音も無く屋根の上から飛び降りた。
民家などよりは少しばかり高いとはいえ、二階の屋根程度の高さから飛び降りることなど、彼らにとっては造作も無い。
ただし、一瞬躊躇した深冬だけが、フラットに抱えられて飛び降りた。姫抱っこは頑なに拒否したため、今度は小脇に抱えられる形で、である。
声を立てられないため無言で恥じる深冬を華奈が無言でからかい、無言で懐からクナイを取り出した深冬に、血相を変えた華奈が追い回された。環はその光景を微笑ましそうに見ながら、先導するように足を進める。
淡光花だけが足元を照らす夜道でも、環の足取りに迷いは無かった。
周囲に気を配りながら、しばらく無言で歩く。
人の気配のある場所を離れ、森の方向へと歩き……辿り着いたのは、小さな遺跡だった。
幾つかの円柱に囲まれ、地面も同じく古びた白の石造り。祠があり、控えめな大きさの女性の像が飾られている。
祠の手前の床には、折れた円柱に塞がれる、地下へと続くのであろう階段が見えていた。たかが柱とはいえ、人ひとりの腕では囲みきれないほどの太さがある石の柱だ。それが瓦礫と共に何本も重ねられているのであれば、人の手でどうにかすることは難しいだろう。
昼間の観劇で謳われた“神聖なる洞穴”とやらはこの場所なのだと。
森に近い場所であるというのに、道筋と周囲を淡光花に囲まれるという立地も相まって、一同はそのように確信した。
さて、ではどのようにして侵入するかであるが……
隣で迷いなく動いた気配を察知し、華奈は冷や汗を浮かべる。
ちらりと視線を向けると、環様が笑顔で鈍器を構えていた。
他の者達も同じく冷や汗を浮かべたり見なかったことにしたりしている中、同郷の幼馴染として、華奈は環様の説得を試みる。
「タマちゃん、一応あれよ? 歴史的価値のありそうな建造物じゃない?」
「そうだね。古い建造物だし、この土地の歴史を感じさせるね」
「それにほら。自分の住処を壊されちゃったら、精霊さんがさ。怒ったりなんかしちゃったりして」
「その精霊さんに呼ばれているみたいだし、こうするのが一番手っ取り早いと思うんだけれど……駄目?」
困り顔で首を傾けつつ懇願され、華奈は回れ右をした。
すまねぇ。あたしでは彼女を止められなかったぜ……
哀愁を漂わせた華奈が既に避難していた四人の許へ合流すると、深冬とフラットが、労うかのように肩を叩いてくる。
まあ街外れも外れだし、騒音公害的な心配は少ないか、と。
諦めの境地に達した華奈達の目の前で、環は思い切り、己の得物を障害物へと向けて振り抜いた。