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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅳ.Enfeebled light
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4-2 常闇の街にて

 森を奥へと進むにつれて点在する微かな光の数は増え、その正体も明らかになっていった。

 自ら光を放つそれは、花だ。

 華奈達の感覚で言うと鈴蘭のような形で、鱗茎りんけいから伸びた一本の花茎に一輪の白い花。一輪の大きさは水仙ほどで、生り方もそれに似ている。

 美しさと可愛らしさに女性達は感嘆の声を上げ、自宅が花屋である華奈は特に、興味深い様子だった。

 未だランプの灯が無ければ心許ないが、淡い光を放つそれらが足元を照らしてくれる。

 彼女達の女性らしい様子を微笑ましそうに見ながら、騎士達がそういえば魔物の気配が無くなったことに気付いた頃。群生と言っても差し支えないほどに咲き誇るその花達に囲まれた場所に、彼らは辿り着いた。


 第一印象としては、街というより遺跡のようだと、何人かが思う。

 白い石造りの建物達は古く、街の天井をも覆い尽くす深緑の葉と同じ色の苔に外壁の所々が侵食され、各所に横たわる折れた円柱の姿も手伝って、古めかしさと神秘性を際立たせていた。

 フラットが手にしていたランプの灯は、少し前に消されている。

 光を放つ花が街中至るところに咲いており、更にその光を助ける人工の街灯もあるため、不便の無い程度には明るいのだ。

 一応は日中ゆえであろう、ちらほらと住人らしき人の姿もある。

 その姿と微かに漂う生活の臭いが、ここが忘れ去られた地などではないということを確信させてくれた。

 人々の視線は、突然現れた異質な6人へと興味を持って注がれる。

 さほど広そうにも見えない街だ。外から訪れる人間が珍しいのだろうか。

「ここがメルビナ……で、合ってるのかな」

「そうかも知れないね」

 街が纏う幻想的な気配に興味を示しながら深冬が呟くと、言葉こそ肯定的ではないものの確信を持った口調で、環が応えた。

「地図の位置とも合っているし、間違いはなさそうだね。ひとまず宿を取って、休憩を挟んでから周辺を調べてみようか」

 地図を確認していたフラットが、再び荷物の中へとしまい込みながら提案する。

 正直足がくたくたであった華奈達は同意して宿を探そうと周辺を見渡し……彼女達の正面、広めの道の真ん中に、老人がひとり佇んでいるのを発見してしまった。

 見事な白髪を後ろへ流し、同じ色の立派な眉と髭を蓄えた小柄な老人は、ヴァレンティーネで会った顔を思い出したくない神官の男性が着ていたものに似た、白い服を纏っている。

 この街にも神殿があるのだろうか。

 そうであれば関係者かも知れない老人に話を聞かない手は無く、本来であれば、挨拶がてらフラット辺りが情報収集のため話し掛けていただろう。

 そう、本来であれば。

 ……老人が、皺に隠されたつぶらな瞳をカッと見開いて、手の震えの伝わる杖で、こちらを指してさえいなければ。


「者共、出あえーーーいっ!! 金ヅルじゃーーー!!」


 地響きが起きそうなほどの声で、老人が叫んだ。

 外見は某正義の味方水戸の老人に似ているというのに、吐く台詞は悪役である。

 そもそも金ヅルとは何のことだ悪い予感しかしない、と、華奈達(環以外)が狼狽していると、本当に地響きの音が迫ってきた。

 音は正面から。音と共に、盛大な土煙も迫ってくる。

 土煙を巻き起こしているのは、老人と似た白い神官服を纏った人間の集団だった。その誰もが血走った目で全力疾走している様は、正直、恐怖以外の何ものでもない。

 華奈達はあっという間に彼らに取り囲まれ、彼らの担いでいた荷台のような神輿に乗せられて、集団が現れた方向へと掻っ攫われた。

 あらあら、速いわねぇ。などと環がのんびり呟いた言葉で、現実逃避しかけていた意識を華奈達は取り戻す。

「ちょっとこれ人さらい!」

「人さらいとは人聞きの悪い! これぞメルビナ名物人力馬車ですじゃーー!!」

「馬に引かせてないのに馬車って!」

 思わず変なところに突っ込みを入れた華奈の抗議に答えたのは、先程の老人の声。

 腰を曲げていた筈の老人は、6人を担いで全力疾走する青年や中年の神官集団の横をスプリンター並のフォームで並走していた。恐ろしいじじいである。

「はは、でも脚力は馬並みにありそうだね……」

「その通りですじゃーー!! お客人達よ、歓迎しますぞおおおぉぉぉ!!」

「歓迎というより生贄のような扱いだな」

 興奮覚めやらぬ老人達に諦めムードを漂わせながら、6人は担がれるまま、街の奥へと向かっていった。

 街の神秘的な雰囲気に感動していた気分が、台無しである。






 街中の建物たちと同じ古めかしい白の石壁に、その所々を侵食する深緑の苔。

 ヴァレンティーネのような清澄で近代的な雰囲気のものとはまた違う、常闇に覆われたこの地の歴史の長さと重厚さを感じさせてくれるような神殿めいた建物は、街の一番奥に静かに存在していた。

 街で一番巨大と思われるその建物は、光を灯す花達に祝福されるかのように最も濃い密度で周囲を囲まれ、淡く幻想的な沢山の光に照らし出されている。

 思わず建物の前で足を止め、醸し出されるその現実離れした雰囲気に浸りたいという静かな衝動に駆られるような場所だった。


 ……その建物が、変にカラフルな横断幕やら垂れ幕やらに彩られてさえいなければ。


 横断幕には“精霊と淡光花たんこうかの街へようこそ!!”と一文字一文字が違う色で書かれていて、これでもかという数の垂れ幕にも様々な歓迎の言葉が。

 正面入り口の巨大な扉の両脇には精霊を模しているのかも知れない美しい女性の石像があるのだが、彼女達の肩にも“おいでませメルビナ”と書かれたたすきが掛けられている。

 石像なので感情があるのかは判らないが、華奈は彼女達から哀愁が漂っているように見えて仕方が無かった。


 かっ攫われた時の勢いはそのまま、6人は大量の神官達と共に神殿の中へと入る。


 外側の石壁と同じ白で彩られた内部。

 長い年月を経ている故か純粋な白ではなかったが、それもこの建物が生きてきた長い長い時間を感じさせる一端を担っていた。

 天井は高く、正面から見て更に奥に、入り口と同じ白茶しらちゃ色の大きな両開きの扉がある。

 入り口から入ってすぐのその場所は大きめのホールになっていて、天井の中心には光源である石英のような石が埋め込まれ、無色の光でホール全体を照らしていた。

 通常、市中で見掛けるようなものより随分と巨大な光源。

 それを囲むようにして、天井一面に幾何学的な……魔方陣を思わせる淡い色の美しい紋様が、びっしりと描かれている。

 見上げれば、その地が精霊の加護を受ける場所なのだろうと。おぼろげながらも確信させられるような、不可思議な神秘性すら湛えていた。


 ……そのホールいっぱいに、お祭りの屋台のようなお土産屋がずらりと並んでさえいなければ。


 淡光花というらしい自ら発光するあの花の押し花しおり。謎の美女のブロマイド。謎の美女やら淡光花やら訳の判らない物体のストラップ的なもの。刺繍入りのタオルに、タペストリー。おまんじゅう。謎の本。

「……なんじゃこりゃ」

 ホールのど真ん中で神輿ごと床に降ろされた華奈達は、ホール内に並べられたそれらの土産物を呆然と見渡した。

 ちなみに彼女達を全力疾走で担いできた神官達は、神輿を降ろした後そのまま全力で神殿の奥へと消え、色とりどりの法被はっぴのようなめでたい衣装を羽織って再び全力で姿を現し、現在は各屋台に分散して立ち呼び込みをしている。

 彼らのギラついた目は、6人の獲物を狩るハンターの如し。

 なんか張り切りすぎて残念な結果を招いてしまった観光地のようだな……と思いながら、華奈は仕方なしに押し花のしおりを手に取ってみた。

「へっへっへ、お目が高いですのぅ、お客さん。それはご存知メルビナ名物の淡光花を押し花にしたものでして、暗い室内でも淡く光るというシロモノですじゃ。売れ筋ナンバーワンですぞ」

 手に取った瞬間、他の神官と同様に法被を纏ったあの老人が揉み手をしながら近付いてくる。

 確かにちょっとお土産に欲しいかも知れない一品だったが、売り手の老人がアヤシ過ぎた。

 売れ筋て、売れてるんですかここの品。と、思わず華奈が突っ込みかけると。


「ハルちゃーん、おまんじゅう美味しいよー」


 深冬がおまんじゅうの試食に引っ掛かっていた。

 環まで一緒になって試食し、あら美味しい、なんて呟いている。

「君達なにしてるんだね、全く……」

 やれやれ、と言いながら華奈はふたりに近付き、深冬が差し出してきたおまんじゅうの切れ端をぱくりと口に含む。

 中の餡は上品な甘さで、滑らかなクリームと二層になっていて、周りの生地はしっとりとしていて、それが口に含むとじわりと溶け合い。

「……あら美味しい」

「でしょー?」

「財務省深冬様。こ、これ、ちょっと買っていきませんか」

「そうだねぇ。日持ちしないみたいだから、街を出る時にならいいかな」

「へっへっへ、メルビナまんじゅうを気に入っていただけたようで。ついでにそちらのお嬢さんが手に持っているしおりのお供に、こちらの本なんていかがでしょう」

 相変わらず品物は良いのにアヤシ過ぎる売り手の老人がまたひょっこりと現れた。

 彼が差し出してきた一冊の本には“淡光花の園の男と男 ~陵辱編~”というタイトルが記されている。

 ぺらぺらとページを捲りながら、華奈がきらりと目を光らせた。

 深冬と環も一緒に覗き込んで、捲られていくページをまじまじと目で追う。

「これは……マナちゃんが好みそうな内容ですな」

「本当、青木君に朗読して聞かせそうなくらいは喜びそうだね」

「うわ~、うわ、結構濃厚な……」

「当地メルビナでしか刊行されていない限定本ですぞ~ 愛と希望と冒険の三部作になっとりましてのう。それは第一部で、第二部が~別離・再会編~、第三部が~そして伝説へ~となっておりますじゃ」

「ほほう」

「成人指定じゃが、興味がおありでしたら特別にお売り致しますぞ。し・か・も! 今なら著者の直筆サイン付きですじゃー!!」

 ずばーんと老人が指し示す方向にはその本のコーナーがあり、ベレー帽を被った妙齢の女性神官が立っていた。

「おお……貴女が伝説の作者か……! 是非、是非握手を!」

「私の作品を目に掛けていただき、光栄ですわ」

「あ、サインもお願いします」

「うふふ、お買い上げありがとうございますわ」

「もー、仕方ないなぁ。どれどれ」

「あらあら」

 溜息を吐きながらも深冬がお財布を取り出し、環がそれを見守る。

 普段は厳しい財務省深冬も、美味しいおまんじゅうのおかげでテンションが上がっているので、財布の紐が緩くなっているようであった。


「……何をしているんだ、あいつらは」

 揉み手を休めることのない老人に纏わりつかれている華奈達を見ながら、パルスが呆れたかのように溜息を吐く。

「じゅ、順応性が高いですね」

「はは、第三世界に来たばかりの時も随分と理解が早かったからね……」

 苦笑しながら、ふと、フラットは近くの屋台に並べられていたものを手に取った。

 ふわりとした金髪の、どことなく環と雰囲気の似た美女の肖像が描かれた手のひらサイズの紙。

「へっへっへ、お客さん、神子様に興味がおありのようですかのぅ」

 一瞬で華奈達の所から自分の所へと移動してきた老人神官に驚き、さしものフラットもびくりと肩を震わせる。

 それでも何とか体裁を整え、彼は尋ねた。

「神子様、ですか?」

「はい、この神殿の最高位神官にして、聖なる精霊様のご加護を受けている尊き方ですじゃ。その肖像も枕の下に敷いて眠れば神子様の夢を見れること請け合いですぞ」

「その神子様は、こちらの神殿に?」

「…………いえ」

 元気に揉み手をしていた老人神官が、急に活力を失い肩を落とす。

 フラット達は神子様とやらの身に起きたであろうことを瞬時に理解し、表情を引き締めた。

「宜しければ、詳しく話を聞かせて頂けませんか」

 うな垂れている老人神官は、地面へと視線を向けたまま、すいっと手を上げてある方向を示す。

 そこには小さな段差のステージがあって人形劇のような道具が置かれており、手前に幾つかの座席が設けられていた。


「“その時、神子様の身に何が!?” ……観劇は、おひとり様一回1000ウォウスになりますじゃ」


(……逞し過ぎる)

 まさかそんな事まで収入源にしようとは、と。

 フラットは半ば呆れ返り、未だうな垂れる老人神官を見る。

 行方不明なのだろうと予測はつくことであるし、どうしようか。考えていると、老人神官はうな垂れたまま、ちらちらと時折上目遣いで彼を見てきた。

 ジジイに上目遣いで見られても嬉しくも何ともなかったが、詳しく聞いておいて損はないだろうと。

 そう判断したフラットは、お財布係の許可を得るため、最初の戸惑いは何処へやら土産物を冷やかしはしゃいでいる女性3名の許へと向かう。


 彼が事情を話せば、面白そうだという華奈や環の言い分により、結局全員で観劇することになった。

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