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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅲ.False power
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3-6 ふたつの贈り物

 不気味な赤の魔法陣達が、一斉に輝く。

 華奈達は、その効力を経験から察した。水の精霊の洞窟や統治者の屋敷内で見たものと雰囲気の酷似したそれは、恐らく、召喚魔法の類だと。

 推測通り、魔法陣からは次々と異形のイキモノ達が姿を現した。

 それは、体毛の黒い痩せた犬の群れ。

 但し、爪や牙は一般的に犬と呼ばれるものとは比べようもない程に鋭く、獰猛な目は血走り、首の数は1つから9つまでと多様。……紛うことなき、魔物である。

 束の間のうちに、既に数十もの数に及んだその魔犬の群れは、四方から華奈達めがけて襲い掛かってきた。


 地を這うようにして、冷気がはしる。

 冷気は猛進する魔犬達の四肢に纏わりつき、群れの殺意が華奈達に到達する前に、地面ごと凍結させて進軍を封じた。

 あちらこちらで、氷の拘束を受けて地に縛り付けられた魔犬達の悲鳴、咆哮、抵抗の鳴き声が上がる。

 だがあらゆる声の振動が空間へと伝わりきるその前に、声を発した主達は悉く光の粒子となって空気へと溶けていった。

 冷気を放った深冬を中心とし、傍らには環。

 2人の四方を護るようにして前へ出た、華奈、パルス、フラット、カイリ。

 魔犬達が凍結した瞬間に、各々の得物による一撃で数十の群れを葬り去った4人は、次の攻撃に向けて構えを取る。

 何せ、瞬きの間に、次から次から魔犬達が召喚され続けてゆくのだ。

 一体一体は彼らにとってさしたる脅威ではないが、気を抜けるような状況でもない。

 深冬は出来得る限り魔犬達の足止めを続け、騎士達は彼女が足止めしたものを確実に葬りながら、拘束が間に合わなかったもの達をも可能な限り捌く。街までの行程で、カイリに師事することで動きが飛躍的に向上した華奈も彼らに倣い、環は範囲的な攻撃が比較的苦手な華奈の補助をしながら、4人が取りこぼしてしまった何体かを相手取った。

 申し合わせたかのようなその動きで、魔犬達の全ては召喚された傍から魔力へと還ってゆく。

 だが、あまりの猛攻に、本体であるロドリグには近付くことも出来ないという状況だった。

「ちょっと! あのハゲ、雑魚キャラの筈なのになんか強くないですか!?」

「そこはかとなく中ボスくらいの配置じゃないかしら」

「でも、確かにおかしいね。あの魔力や魔法の質……あれではまるで」

「魔術、に近いな」

 不気味な赤の魔力はロドリグ自身から放出されているように見える。

 魔法の質の違いなど判らないながらも、華奈達が肌で感じていた違和感。騎士達の見解を聞いて、予感だったものは確信へと変わる。

「でも、私達みたいな特例でもない限り、人間に魔術って使えないんだよね?」

「ええ、ですが、例えば彼が魔族達の仲間であるという可能性も……」

「「「小物のくせに?」」」

 カイリの例え話に、第一世界女性陣の台詞が見事に重なった。

 彼女達の持つロドリグへの印象は、なかなかに悪辣なようである。環さんまで……とカイリは半ばショックを受けたが、それも仕方あるまいと思い込むことで、騎士達は精神的なダメージを軽減した。

 けれど、確かに。

「仲間、というよりは、操られているか利用されている可能性の方が高いかも知れないね」

 フラットがそう言ったので、華奈達は魔犬の弾幕の隙間から、ロドリグの様子を伺ってみる。

 彼の身体から放出される魔力のうねりに合わせて、頭頂部隠蔽いんぺい用に選り分けられた薄い髪が揺らめいて彼の本来の姿を露に……ではなく。

 不気味な赤と同じ色に染まった彼の目は瞳孔がせわしなく動き、戦闘相手である華奈達を見ていないばかりか、何を映しているのかさえ判断がつかなかった。

 もはや様子がおかしい、のレベルではなく、明らかなる異常。

 このまま力を使い続ければ彼自身も危ないのではないかと、容易に想像させられる。

「小物のくせに無茶するから……」

 華奈は顔を顰め、小さく呟いた。

「ねえ、一発ぶん殴ったら正気に戻らないかな!」

「戻るかも知れんが、まず奴に近付く方法を考えるのが先だ」

「カイリ、精霊は何か言っていないのか?」

「それが……彼が力を使い始めてからも何度も呼び掛けを試みているんですが、何も応えないんです」

「深冬ちゃんの魔術はあそこまで届かない?」

「多分届くと思うけど、ワンちゃん達の足止めが少しの間できなくなっちゃうかも」

「足止めなしでこの数を相手取るのは厳しいが……やってみるか?」

「……それしか無いか。ミフユ、俺が合図をしたら彼を狙って。……パルス、カイリ、頼むぞ」

 はい、と、フラットの言葉に深冬は短く返事をし、パルスとカイリは小さく頷くことで応える。


 だが、フラットの合図が送られることは無かった。

 魔犬の弾幕が突然止んだのだ。

 残りの数体を片付けてから、彼らはドロリグを見る。

 ロドリグは両手を広げた体勢のまま、痙攣していた。

 目は相変わらず不気味な赤を湛えているが、彼から放出されていた魔力のうねりと展開されていた魔法陣は消滅しかけている。

 それらが完全に消滅すると同時に……彼の右手の甲で何かが弾け、弾けたものは絶命した魔物達と同じように、光の粒子となって空気へと溶けていった。

 何故、彼は突然攻撃の手を止めたのか。弾けたものが何であったのか。気掛かりではあるが、今、最優先すべきはそんな事ではなく。


 ぶん殴って正気を取り戻させるなら、今しかない。


 そう思った瞬間、華奈はロドリグの方へと真っすぐに突っ込んでいた。

 2人の間は五十メートルほど離れていたが、今の華奈なら、たった数度の跳躍でその距離を詰めることが出来る。

 ゆえに、それは……そのたった数瞬の間に起きた出来事であった。


「予想以上だったわね」

 突然、空間に第三者の声が介入する。

 声を認識するのとほぼ同時。上空からの冷え冷えとする敵意の気配を全員が感じ取った。

 戦慄する背筋。

 まずい。

 脳では理解したものの、もはやロドリグへと到達する為の最後の跳躍を終えていた華奈が方向転換するには、身体の反応が追いつかない。

 すぐ頭上まで敵意の気配が迫り来るのを感じた華奈の身体は、しかし、意に反して斜め後方へと方向転換していた。

 ……否。方向転換というよりは、何かに抱えられて地面すれすれの位置を飛ぶように移動している。

 だが飛んでいると感じたのはほんの刹那の間。飛翔する為の翼など持ち合わせていない、華奈を抱えた何かは、小さく舌打ちをすると彼女の頭をきつく抱え、己の肩口を犠牲にして地面へと突っ込んだ。


 何度も何度も回転してから、華奈とそれはようやく止まる。

 一体何が……と、ほんの僅かの間逡巡した華奈は、己の頭を押さえつけていた力が緩まったのを感じてがばりと上半身を起こした。

 この感覚には、覚えがある。

 予想通りの人物が自分の下に居るのを確認し、華奈は顔を歪めた。

「パルス、あんた……何してんの!!」

 思わず声を上げ、華奈は下敷きにしていたパルスの胸倉を掴んで彼の上半身を引っ張り起こした。

 パルスは微かに顔を顰める。凄まじい勢いで地面と衝突したうえ、その後も華奈を庇い続けていたのだから、何処か痛めていて当然だった。

「……お前、命の恩人に対して流石にそれは無いだろう」

 まさか胸倉を掴まれるとは思っていなかった彼は、ため息を吐き、呆れ気味に言う。

 言われて、華奈はロドリグの居る辺りをゆるりと見た。


 それは、巨大な7本のつるぎ

 刀身も柄も、血の色を吸ったかのような、深い、深いあか


 ロドリグの少し手前、まさに先程まで華奈が居た位置を含むその場所に、牢獄の格子の如く等間隔で、それは突き立てられている。

 華奈は口を引き結び、ただ驚愕した。

 頭上から迫ってくるのを感じていた敵意の気配の正体は、人の背丈の五倍はあろうかというその剣だったのだ。まともに喰らっていたら、命が無いどころの話では無かったかも知れない。

 華奈は改めてパルスを見た。

 あちこちが土埃に汚れ、左肩の辺りが派手に擦り切れている彼の衣服。露になった精悍な左肩には、これまた派手なり傷。折角整っている顔にも細かい傷が沢山ある。華奈には掠り傷ひとつ無いというのに。

 弾丸かと思うような速さで、彼は突っ込んできた。急速に方向を変えたことも、肩から着地したことも、相当な無茶をしたに違いあるまいと華奈は思う。怪我だって、表面的なものだけでは無いかも知れない。

「馬鹿者! カイリと同じとこなんて怪我して! お前らは仲良しかっ!!」

「なん……」

 パルスは言い返そうとして、止めた。

 先程よりも更に表情を歪めた華奈が、決してそんなことは無いのだろうと判っていても……泣き出しそうに見えた故に。

 彼女は深く息を吐き出してから、パルスの胸倉を掴んだままの己の手に額を預けた。

 そうして、呟く。

「ありがとう……ごめん」

 パルスは、今度は呆れの含まれていないため息を小さく吐いた。

「ああ。威勢が良いのはいいが、無茶はするな」

「無茶したのはお前だ、黒いの」

「そうだな」

 そんなやり取りをしていると、他の4人が彼らの元へと駆けつけてくる。パルスはそちらを見遣り、華奈も気付いて顔を上げた。

「はるちゃん! パルスさん! 大丈夫!?」

「あたしは平気! 黒いのを見てやって!」

「お前……せめて名称で呼んだらどうなんだ」

 駆け寄ってきた深冬がパルスの傷を診始めたので、華奈は胸倉の手を放して彼を深冬に預け、立ち上がる。

 他3名にも「心配かけてごめん」と声を掛けてから、華奈は再び紅き剣の場所を見た。

 倣うようにして、他の者達もそちらを見る。


 すると、時を図ったかのように、上空から誰かが降りてきた。

 重力に従順ではない、ゆったりとした下降速度。

 女性を強調する艶やかな身体のライン。品を損なわない程度にそのラインを魅せる装い。気の強そうな釣り目気味の容貌だが、造形は美しい。

 だが、長細く尖った耳は、彼女が人間という存在ではないことを誇示していた。

 彼女は殆ど音を立てずに、紅き剣を挟んでロドリグの前へと降り立つ。上空へ靡いていたガーネット色の長い髪が、ふわりと元の位置へ帰還した。


 魔族、と。

 女の容貌を見て、誰かが呟く。

 彼女はいつの間にか膝を折っていたロドリグを紅き剣越しに見下ろし、柳眉を顰めた。

“予想以上”とは、“予想以上に使えない”という意味合いの言葉であったのだと。華奈達は彼女の蔑むかのような表情から理解する。

 そうしているうちに深冬がパルスの怪我の治療を終え、2人とも立ち上がって改めて女を見据えた。

 魔力の塊で造られた紅き剣。それが粒子となって消えゆく幻想的な背景に彩られながら、女は振り返り、6人に撫でるような視線を送る。

「初めまして?」

 女は胸元で腕を組み、妖艶な笑みを作って首を傾けた。

「ご丁寧にどうも。初めまして」

 華奈が警戒した表情のままそう返す。

「不意打ちしたつもりだったのに、私の剣を避けるとはたいしたものね。流石、精霊を一匹解放しただけのことはあるわ」

 少々嫌味の色が込められた口調でそう言った女の言葉で、華奈達は彼女が敵方の魔族の一味の者であることを確信した。

「お褒めに預かり光栄ですよ」

「けど、殺すつもりは無かったんだから避けずに大人しくしていてくれても良かったのに。私、ちょっとあんた達の血が欲しいだけなのよ?」

 やはり、存在が割れてしまった今、真っ先に血を狙われている。

 華奈達は警戒を強めていつでも動き出せるよう身構えた。

「あんたらに提供するくらいなら献血でもするっての。オバサン」

「んなっ!?」

 急に攻撃性を増した華奈の言葉……主に“オバサン”の部分に反応して、女は憤慨する。先程までの妖艶で余裕のある様子はどこへやら。目を吊り上げて顔を真っ赤にし、キイイィー! と奇声を上げた。

 そんな声を本当に上げる人など初めて見たので、華奈達女性3人はこっそり感動する。

「あんた達、さては第一世界人ね!? 似たり寄ったりな煽り方しか出来ないその低脳さ!」

 その低脳な言葉に煽られまくったのはどこの誰だと思いつつ、華奈達は女の言葉に喰い付いた。

「その低脳な台詞、一体何処の誰に言われたのかしら?」

 環がそう言うと、女ははっとしてばつが悪そうな表情を作る。

 怒りに任せて要らぬことを言ってしまった故であろう。妖艶で高圧的な印象を受けていたが、この怒りっぽく少々間の抜けている方が、この魔族の女の本質なのかも知れなかった。

「ふん、あんた達と似たような年頃の失礼極まりない女達よ。自分の立場を弁えていないところもそっくりね」

 言ってしまったからには仕方がないと、女は開き直った様子である。

 彼女は華奈達をねめつけて嫌味たっぷりの口調でそう言ってくるが、それを聞いて、華奈達は笑った。

 捕まっている立場であるというのにそんな事を言ってしまうとすれば、明らかに愛花だろう。

 いや、綾瀬も意外と図太い神経をしているので、判らない。

 そんな風に想像させられて、嬉しくなったのだ。

「何を笑っているのかしら。気持ち悪いわね」

 更に嫌味で反撃してやろうと考えていた魔族の女だったが、毒気を抜かれ、片眉の端を上げて肩を竦める。だが、ほだされている場合などではなかった。

「兎に角。あんた達は拘束させて貰うし、精霊の復活もさせない。いいわね」

「そう言われて、はいそうですかって言うことを聞くわけがないよね」

「魔族とはいえ、この人数をまともに相手取れるのかな?」

「出来るものならば、やってみるがいい」

「……私をそこら辺にいる魔族と一緒にするんじゃないわよ」

 深冬、フラット、パルスがそう返すと、名も判らぬ魔族の女を取り巻く雰囲気が変わる。

 かつて世界を掌握するなどという馬鹿げたことを実行しようとした魔族の部下だ。幾ら間が抜けていようと、沸点が低かろうと、一筋縄ではいかぬ相手であることは流石に判る。

 6人は更に警戒を深めるが……動き出したのは、女ではなかった。


「あ、ああ、アあぁああヴぁあああぁぁァ!!!!」

 立ち上がり、意味の無い咆哮を上げたのは、ロドリグ。

 華奈達は驚いて彼を見るが、魔族の女も驚愕して振り返り、後方へ跳躍して彼との距離を取る。

 ロドリグは相変わらず焦点の定まらぬ目をしていたが、特筆すべきはその色。先程までは赤だと認識できる魔力の色に染まっていたが……今は、訳の判らぬ醜悪な色に染め上げられていた。

 距離を取って構えた魔族の女は、彼の右手を見て驚愕する。


 ひと月ほど前であったか。

 冷徹なる魔族の男シュノヴァと共に、彼女……ライラがこの街に精霊を封印し、魔法陣の糧とする為に街の統治者を攫った日のことだ。

 統治者の元で働いていたこの男は突然の侵入者達に怯えながらも、目の前で攫われようとする統治者を助けようともせず、ただわらった。

 目障りなものが消えてくれると。そう言わんばかりの表情で。

 その野心が使えるものか試してみようかとシュノヴァは言い、魔物と、指輪と、言葉を男に与えた。

“今から、精霊の力はお前のものだ”

 たった一言。

 そう言って指輪を渡すと、何の力も持たぬ男はその言葉を妄信したのだ。

 封印を施した精霊の守りの一環として、利用されようとしていることなど知らずに。


 指輪には、魔族にのみ精製法が伝わる石が嵌め込まれている。

 魔族が己の魔力を練成することによって精製されるもので、通常の人間にとっては脅威となる魔力が内在していることは確かだ。

 だがそれは、内在する力を使い切れば崩壊する仮初かりそめの力。世界を支える精霊の力になど及びもしない、紛い物。

 先程、その時に渡した指輪の石は砕け、消失した。

 要は燃料切れ。故にロドリグは、その身で扱うには強大過ぎる魔力を無思慮に使い続けた代償として、一時的に肉体が制御不能な状態へと陥っていたのだ。

 しばしの間、身動きなど取りようもない。

 ……その筈であったというのに。

 ロドリグは再び両手を広げ、己の周囲に魔法陣を展開させ始めた。

 彼にそうする為の力を与えているのは、彼の右手にある存在。魔石が失われた装身具の隣の指に嵌められている、もうひとつの指輪に他ならない。

 その指輪に嵌め込まれた石は、大気中の何かを吸収しながら明滅していた。

 まるで、警告を告げるシグナルのように。


 ライラはその指輪の正体を知っていた。

 力を持たぬ者がそれを使えば、どうなるのかも。

 それをただの人間である彼に渡したのが、誰であるのかも。


 耳障りとすら思える咆哮を上げ続けながら、ロドリグは召喚魔法を展開し続けた。

 今度は魔犬だけではない。

 地を這う雷光、錯乱する炎、人の足よりも太い茨の蔦。有機的なものばかりでない、あらゆるものが呼び出されては襲い掛かってくる。

 魔物もより凶悪で、醜悪なものばかり。

 先程の魔犬のように、何の形状をしているのか認識できるようなものは、もはや存在しなかった。

 異常なうえに暴走していることは明らか。

 何より華奈達にそれを確信させるのは……姿形が違うとはいえ、同じ魔の眷属である筈の魔族の女にまで、魔物達が襲い掛かっているという事実だった。

 魔族の女は焦燥感の漂う表情を見せながらも、魔力の壁で雷や炎を遮断し、四方から襲い来る魔物達は多様な大きさの紅い剣の乱舞で的確に屠っていく。

 剣と共に舞う、鮮やかな赤。

 流麗で情熱的な身のこなしは、落ち着いた場面でさえあれば、思わず目を奪われていたに違いなかった。

 そんな風に彼女の動きに関心を寄せながらも、華奈達は華奈達で先程と似た陣形を組み、激しくなってゆく魔のもの達の猛攻から身を守る。

 だが、状況は戦闘開始時と変わらない。前進も後退も出来ぬという、何とも焦れたものであった。

 そんな折、途切れない猛攻に遂に何かが切れたのか。魔族の女は目を怒らせながら、華奈達に向けて叫ぶ。

「ちょっとあんた達、精霊の使い走りなんでしょう!? あの役立たず何とかしなさいよ!!」

 正直、八つ当たりにしか聞こえなかった。

 華奈達も魔のもの達を捌きながら、器用に応酬する。

「使いっ走り言うな! せめて強制労働者と言えっ!」

「ハルちゃん、それって余計に悲しくない……?」

「まあ、俺達はともかく、ミフユ達は確かに強制労働に近い、かな?」

「そもそも貴様等があの男の飼い主ではないのか。飼い主なら手綱くらい握っていろ」

「うるさいわねっ! ……こんなの、想定は出来たとしても、予定外だわ」

 女は、悔しげに奥歯を噛み締めながらそう言った。彼女は更に何かを言いかけたので、華奈達はその声に耳を傾けてみる。

「あの役立たずの右手にある指輪を見なさい。あれは、周囲にある魔力的な存在を集め、装備者の魔力へと変換する役割を果たすものよ。収集対象は、より高純度で強大な魔力。……何が言いいたいか、判るわね?」

 魔の召喚物の嵐の中、華奈達は魔法陣を繰り出し続ける彼の右手を見た。確かにそこには指輪が嵌められ、周囲の何かを吸収しながら明滅している。

 指輪に近付くにつれて、より強く視認できるようになってゆく魔力の帯。その軌道の先は……微かに、封印された偉大なる存在の方向へと延びているように見えた。

「精霊の力を、利用しているって言うんですか……?」

「精霊がカイリの呼びかけに応えなかったのは、もしかして、それが原因?」

「そんな事までは知らないわ。けど、封印から漏れ出る微かな力を利用しているとはいえ、これは精霊の力の暴走に等しい。このままでは、私も、あんた達も、あの男も、危険だということだけは確かね」

 殺意。焦燥。羨望。執着。

 ロドリグというフィルターを通した“精霊の力”とやらからは、そんな負の激情しか伝わっては来ない。

 尊き力は、そんな風に利用されて良いものでは無い筈だった。

「精霊の力は、あんなのじゃないよ」

 その身に精霊の力を宿しているからこそ、より不快に思ったのだろう。深冬が眉間に皺を寄せ、ぽつりとそう呟く。

「あんな風に使ったら、ダメだよ」

 深冬は更にそう続けた。

 その小さな言葉をどう受け取ったのか。魔族の女は、微かに深冬の言葉へと向けていた意識をロドリグへ戻し、目を細くする。

「暴走を止めるには指輪の石を破壊するしかないわ。けど、あの石は物理的な力で壊しても止まらない。あの石で処理出来ないほどの魔力を一気に流し込んで、機能ごと破壊するしかないの。

 ……この状況で、それが出来るのならね」

「やるもん」

 可愛らしい顔に、精一杯の真摯な表情を浮かべて。深冬が言った。

 今この場でそれが出来るのは、彼女しか居ないのだ。

 だが、深冬が全力をもって力を発揮するには、それなりに集中する為の環境が必要不可欠。次から次へと襲い来る魔物達に集中を削がれるような現状では、無理がある。

 状況を打開する為には、互いの力が必要。

 そう判断した華奈達と魔族の女は、その環境を手にする為の作戦を立て始めた。


 ライラは、敢えて口には出さない。

 その間、微かに脳裏を過ぎったこと。

 指輪を破壊へと導く為の、もうひとつの方法を。

 何か負の理由や意図があってのことでは無い。このまま暴走する男を放っておけば、勝手にその方法が適用されるからだ。

 指輪は、周囲の力を装備者の魔力へと変換する。

 通常その指輪は、魔族達が強力な魔術を使役する際に補助的な役割として活用するものだ。故に、魔族のように、自身で魔力を生成し内在させられるような身体の構造をしていない限り、正常には扱えないように出来ている。

 現在ロドリグの身体は、無理矢理に魔力を経由させ、使役している状態。

 魔術を発現させるフィルターとして、人間の身体では構造的に無理があるのだ。フィルターに不具合が生じれば、魔力は発現されなくなる。

 魔力という名の異物が排出されることなく、体内へ詰まってゆく。

 そうして、内部と外部の両側から魔力による圧力を受けた指輪の石は、破壊されるのだ。

 装備者の身体と、共に。


 華奈達が、何とか深冬が集中する時間を捻出する算段をつけ終えた頃。

 ロドリグが繰り出し続けていた魔法陣が、不自然に明滅し始める。

 彼女達の作戦会議も、深冬の決意も虚しく、“その時”は意外にも早くやって来てしまった。

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