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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅲ.False power
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3-4 潜入捜査大作戦

 陰。

 そう、いわば、その存在は陰だった。

 光と表裏一体で存在するという世界の真理めいたものなどでは決して無い。

 強過ぎる光の存在で霞んでしまう。かき消されてしまう。

 そんな、世界にとってはどうでも良いであろうちっぽけで軽い存在だった。

 似たような環境で生まれ育ったというのに、片や光を一身に浴び、片や光すら当たらぬ陰。

 そのような不公平が許される筈が無い。

 光を羨み、嫉み、恨んだとしても、一体誰に文句を言うことが出来ようか。

 光を手に入れたいと。

 そう望んだとしても、一体誰に文句を言うことが出来ようか。


「私は力を手に入れたのだ」

 男は呟く。

 彼は、やけに明るいその空間で一際眩しい光を放つそれを見上げた。

 黄水晶のような美しく巨大な結晶体の中に閉じ込められた、大地に根差す木のような存在。世界の要のひとつ。今では己のものとなった筈の、その力。

 男は右手を明るい場所へと翳す。

 男の指には、指輪がふたつはめられていた。

 ひとつは、ひと月ほど前に受け取ったもの。もうひとつは、ほんの数日前に受け取ったもの。

「私は、光を手に入れたのだ」

 確認するかのように、男はもう一度呟く。

 悲愴的なその響きは、広いその空間の天井に届く前に、消えた。



-*-*-*-*-*-*-



 行けばすぐに判る、との店主の言葉通り、その場所は荒廃した街の中で明らかに浮いた存在だった。

 大きな宮殿のような屋敷を中心に高級そうな建造物が数軒。

 それらを囲むかのように、また、荒れた市街とその場所とを区切るかのように、草や木が生い茂っている。

 内側には小さなオアシスのような泉まであり、その場所だけ湿度が高い所為もあるのか……遠くから見ると、蜃気楼のように揺らいで見えた。

 ヘザーベアネスの現状を如実に表すかのような。市民へ与えられるべき恩恵を無理矢理に掻き集めた、厭わしい土地。

 そんな場所で、華奈は。

「ぶはっ」

 思い切り吹き出して腹を抱えてしゃがみ込んだ。

 よほどツボにはまったのか。ぷるぷると震えてしゃがみ込んだまま一歩も動けなくなった華奈を、訳の判らない面々は戸惑いながら見下ろす。

 訳の判ってしまった深冬は苦笑しながら言った。

「ハルちゃん、悪人の宮殿にはたまねぎ付いてるって相場が決まってると思うよ」

「いあ、でも、じっさ、見ると……また攻撃力が」

 くっくっと笑いながら、苦しそうに華奈は答える。

 どうやら彼女は、ハゲの屋敷らしき豪華な建物の頂上に、アラビアの宮殿の如き金色のたまねぎ型の飾りが付いていたことにウケたようだった。

 何がそんなに面白いのか判らない、と、パルスは呆れ返り屋敷を見上げる。

 屋敷を囲む塀の外側であるその場所から故、良く判らないのかも知れないが。曲がりなりにも現在の街の支配者である者の屋敷であるというのに、人の気配が感じられなかった。

 ……逆に。

 不穏なものの気配が、微かに動く。

 店主が言っていた見たこともない化け物、というやつなのかも知れなかった。

「静か過ぎるな」

 フラットがパルスに耳打ちしてくる。二人は少しだけ考え込み、申し合わせたかのようにカイリへ目配せした。

 彼は心得ているとばかりに小さく頷くと、壁際へと歩み寄り、跳躍して音も無く塀の上へと降り立つ。

 それを見て華奈が首を傾げた。

「あれ、正面から殴り込むんじゃないの?」

 深冬とフラットが苦笑する。

 ハッ、と、嘲笑しながらパルスは言った。

「お前の頭は飾りか」

「何だとこの野郎」

「少しは考えてみろ。明らかに不自然だろう」

「うっさい。お前の黒づくめのほうが金色のたまねぎ並に不自然だわ」

「「まあまあ」」

 苦笑していた二人の牽制の声が重なる。

 一応は敵陣の敷地内であることを理解していたらしい華奈とパルスは、口論ではなく眼力での勝負へと方法を切り替えた。

「パルスの言うとおり明らかに不自然だからね。一応偵察して、それからどうするか考えたほうが良い」

「偵察へは僕が行ってきますから、待っていてください」

 フラットが言うと、塀の上から控えめな声音の声が降ってくる。

 華奈達は声の主を見上げた。

「一人で?」

「はい、こういう事は慣れていますから」

「でも何が居るか判らないし、一人では危ないわ」

 環に心配そうな表情で見上げられ、カイリの頬に微かに朱が差す。

 確かに、彼らはこうした事に慣れているのだろうし、任せた方が良いのだろう。だが、例えばヴァレンティーネの洞窟のような強大な魔物に襲われでもしたら。

 そう考えると、彼女達が心配するのも仕方の無いことだ。

 華奈は塀上のカイリと環を交互に見る。

 そうして、いかにも良い案が浮かびましたとばかりにぽんと手を叩いた。

「偵察はいいけど、皆強いから大丈夫なのも判るけど、前のでっかいライオンのこともあるし乙女としてはやはり心配な訳ですよ。

 という訳で大人数がまずいなら二人くらいで行くのはどうなんでしょうね?」

 一息で言い切って、華奈はちらりと上目遣いでフラットを見る。

 フラットは困り顔で唸るが、華奈はくるりと視線を環へと向けて畳み掛け作戦に出た。

「ね、タマちゃん。心配だよね」

「そうだね。ねえ、わたしも一緒に行っては駄目?」

 環は首を傾げ、塀の上のカイリを見上げる。

 カイリがその可愛らしい仕草を直視できず真っ赤になって目を泳がせているのを面白そうに見てから、華奈はもう一度フラットを見た。

 駄目かな? と、華奈は目で訴えてくる。

 意図を理解したフラットは、困り顔はそのままに小さく息を吐いた。

「タマキ、行くならなるべくカイリの陰に隠れて。慎重にね」

「ふ、フラット……」

 カイリは困惑するが、環はいつものように微笑んで、ありがとう、と小さく返す。

「大丈夫、気を付けるわ。それに……」

 彼女はもう一度カイリを見上げて、右腕を差し出した。

「いざとなったら、あなた達が守ってくれるでしょう?」

 カイリは僅かに目を見開く。

 それから、観念したかのように小さく息を吐いて環の手を取った。

 引っ張り上げられた環はふわりと塀の上へ着地する。

 手を離したというのに未だ熱の収まらぬ己の手を諫めながら、カイリは微笑みを絶やさない熱源から目を逸らした。

「では、行ってきます」

 気を引き締め直し、カイリは塀の反対側へと音もなく降りていく。

 環も小さく手を振りながらそれに続いた。


 塀の内側に降りた二人の気配は、建物に沿うようにして静かに遠ざかっていく。

 華奈は仁王立ちで腕を組み、一人で何事かを賞賛するかのようにうんうんと頷いた。

 恐らく我ながら良い計らいをしたとでも思っているのであろうと、何人かが分析する。

「おい」

 そんな軽く自己陶酔する華奈の頭を、パルスはため息を吐きながら後ろから軽く小突いた。

「痛っ。頭が変形したらどうしてくれるんだ変質者」

「その程度で変形するか。あと変質者でも無い。それより、説教の続きがまだだ」

「はい? 変質者に説教喰らうようなことなんてしてません」

 一応小声ながら、華奈はいつもの如く喰って掛かる。

 パルスは半ば呆れつつ、彼女をねめつけた。

「奴隷の件を受けて立ったことだ。奴隷になることの意味も深く判らずに安請け合いするな」

「奴隷の意味くらい判りますー。権利・自由を奪われて他人の私財として強制労働させられて時には売買される人のことですー」

「そういう事を言っているんじゃない」

 ぐい、と、華奈の腕が強く引かれる。

 普段も言い合いをする時はこのくらい近くに顔を寄せることもあるが、その時とは違った真摯な紅い瞳が、彼女の目の前にあった。

「女はもっと悪い。全てを口で言わないと、理解出来ないのか?」

 目を逸らさぬまま、華奈は肩を竦める。

 数時間前に最初に言われた時から、幾ら華奈でもそんな事は判っていた。

 万が一にもそんな事にはなり得ないという確信があるとはいえ、特に深冬と環は女性として貞操の危険に晒される可能性が極めて高いと具体的に理解もしている。

 そして彼女的には理解し難いことだが、第一世界でチンピラとやりあっていた時もそうした下心めいた意思を向けられた経験も無い訳ではないし(無論圧勝したが)、自分がそういう対象になり得る可能性がある事も判っているつもりだ。

 心配して、言ってくれていることも。

 けれど、彼らは言った。

 だから、華奈にとっては決して安請け合いなどでは無かったのだ。

「もー、判ってるから離しなさいってば」

 華奈はパルスの腕を振り解く。

 パルスは彼に背を向けて離れていく華奈を疑惑の視線で追うが、ふと、数歩離れたところで彼女は立ち止まった。

「それに、さっきのタマちゃんじゃないけどさ」

 彼女は振り返る。

「“俺達が護るから、問題ない”んでしょ?」

 挑戦的な笑みを、華奈は浮かべた。

 本当に判っているのかどうか。理解し難い目の前のお嬢様の言動に、パルスは第三世界へ来てから何度目とも知れぬため息を吐き出す。

 その光景を、深冬とフラットは微笑ましそうに眺めていた。



-*-*-*-*-*-*-



 屋敷の外壁に沿うようにして内部の気配を探りながら移動し、カイリと環は、流石は豪華なお屋敷らしい大きな窓から軽々と屋敷内への潜入を果たす。

 鍵が掛かっていた筈の窓をカイリが何か道具を使って一瞬で開錠したような気がするが、環はそのような些細なことを気に留めるような性格では無かった。

 屋内でも壁に沿うようにして、二人は緊張しながら慎重に進んでいく。

 外から大まかに気配を探った通り、大きな屋敷だというのに、廊下にもこれまで調べてきた室内にも使用人の姿は無く、気配すら感じられなかった。

 明らかに不審なその状況に、緊張感が高まっていく。

 しかし、カイリに関しては別の緊張感も高まりつつあった。

 自分にならい、息を潜めてぴったりと付いてくる気配。

 様子を伺う為に立ち止まる度に、微かに触れる熱源。

 触れる度に彼の心臓は飛び出しそうになり、柔らかく揺れる髪の音すら聞こえてきそうな程に、彼の神経は環の存在を捉える。

 これでは偵察として失格過ぎる。と、彼は壁の切れ目で立ち止まり、壁の先の様子を伺う前に精神を落ち着かせる為、深呼吸をした。

 瞬間。

「精霊の気配は近いの?」

「!?」

 耳元で熱源に囁かれ、カイリは思わず声を上げそうになる。

 驚いて振り向くと環の顔が思いのほか近くにあり、更に驚いて勢い良く後ずさりしそうになる身体を必死で抑えた。

 どうしたの? とばかりに、環は首を傾げる。

 彼女は偵察中であることを重々理解し、なるべく声が漏れないよう気を遣って話し掛けてきただけだ。

 それに驚いている自分の修行が足りない。


 心頭滅却。精神統一。


 そんなことを心の中で幾度も呟き、彼は何とか平静を取り戻す。

「街の中に居た時よりも、気配を強く感じます。恐らくは……この場所の、地下にあたる場所に居るのではないかと」

「地下? でも……」

「ええ、そうですね」

 地下という割に、カイリが覗き込む壁の切れ目の先にあるのは上りの階段だった。

「ひととおり、屋敷の一階を歩いて把握したのですが……下りの階段も、隠し扉らしき場所も、一階にはありませんでした。

 ただ、調べた部屋の奥。壁の向こうにぽっかりと部屋の尺度と合わない不審な空間があるんです。恐らく二階より上に、地下へと続く場所があるのではないかと思います」

 へぇ、と、環は感心したように囁く。

「そんなことまで判るのね。凄いわ」

 敬意の込められた彼女の笑みを向けられ、カイリの身体が再び熱を持った。

 また、乱れている。

 彼は深呼吸をして心を落ち着け、視界の先にある上り階段を見据えた。

「人の気配は上にはありませんが……それ以外の、正体の知れない気配が強いです。何があるか判りませんから、気を付けて。僕から離れないでください」

 壁の先を見据える、頼もしい発言をしてくれたカイリを環は静かに見上げ、微笑む。

 二人は慎重に階段へと近付き、音を立てぬようゆっくりと、階段を上っていった。


 無事に階段を上り終えて二階へと辿り着くが、カイリの言通り、相変わらず人の気配は無い。

 ざっと見立てた限り、一階より部屋数が少ないようでもある。

 手前の部屋から順に調べていくが、別段不審な点は見当たらなかった。

 あらかた調べ尽くし、二階で残すは一際大きいと予想される部屋ひとつのみとなる。

 部屋の扉の左右に立ち目配せし合うと、殊更慎重に、カイリはその扉を開け放った。

 静かに開いていく扉の蝶番の音が響くほどに室内は静寂に満ち、また、予想通り一際大きい。

 屋敷内は一階から悉く照明が無く薄暗くはあったが、ちょっとしたホールほどの広さのある室内の窓はカーテンが全て閉め切られており、暗く、一見しただけでは中の様子はよく判らなかった。

 だが、慎重ながらも迷いなく、カイリは室内へ足を踏み入れる。

 環も彼に倣い、室内へと進んでいった。

 窓際で、カイリは外の気配を伺う。

 そうして周囲に何の気配も無いことを確認すると、厚く閉じられたカーテンのひとつを、片側だけ開け放った。

 広い室内は急速に光を取り込み、その姿を晒す。

 そこは、一見書斎のような場所であった。

 高級そうな背表紙の本がびっしりと詰まった本棚が壁沿いに幾つも並び、これまた高級そうな机と椅子が一脚ずつ、窓際に立つ彼らから見て左寄りに配置されている。

 ただ、ぽっかりと空いた、何も配置されていない室内の半分以上の空間が……あまりにも不自然だった。

 豪奢な屋敷は基本的にそうであるのかも知れないが、天井も高く、警戒すべき空間が多いことに尚更不信感を煽られる。

 罠があることを前提に、カイリは室内をぐるりと見渡した。

 普通に見渡しただけでは、特別気に掛かるものは見当たらない。しかし、彼は何も無い空間の床の、ちょうど中心の辺りで視線を止めた。

 警戒しながらその場所へ近付き、しゃがみ込む。

 何もないその場所をじっと見据える彼に、環は首を傾げた。

 だが、彼には判る。


 この下から、呼ばれている。


 ヘザーベアネスに近付くにつれて色濃くなっていったその気配。

 深冬は語り掛けられたと言うが、カイリに加護を与える精霊は無口なのか、特別声を掛けてくるということは無かった。だが己の存在を訴えるかのような信号めいた気配は徐々に強くなっていく。

 その訴えは、カイリがじっと見据える床の先から、最も酷く響いてくる。

 床にはその場所への道を隠すかのように、何かしらの封印が施されていた。

 しかし、そんなものは。

 加護の力で強く引き合う彼らにとって、開錠することは造作も無いこと。

 ふっと、カイリは軽い所作で床に手を翳した。

 瞬間、床には複雑な紋様を描く魔法陣の形に金色の光が走り、部屋全体をその色で照らす。

 上から覗き込むようにしていた環が眩しさから目を庇っていると、床であった筈の場所がすうっと掻き消え、光が収まる頃には地下へと続いているであろう階段が姿を現した。

 カイリの読みが当たっていたことに彼女は微笑み、カイリも振り返って彼女に笑みを向ける。

 が、その時。

 不気味な紋様が部屋全体に浮かび上がり、紋様に似つかわしい昏い赤と青の入り混じったような光が、一瞬で広い部屋を照らした。

 まずい、と、カイリが思った時には既に遅い。

 迂闊であったと、彼は内心舌打ちする。

 ヴァレンティーネの洞窟でも、侵入者に反応する似たような召喚術が仕掛けられていたではないか。

 今回も同じ者達が絡んでいる筈であるのだから、似たような術が仕掛けられているなどということは容易に予想できた筈。

 パルス達を呼んでから封印を解除すべきであったとカイリは後悔し、己の読みの甘さに嫌気が差すが、今更そんなことを考えたところで仕方が無い。

 今すべきは、目の前の彼女を護ることだけだ。

「タマキさん、伏せて!!」

 怒声に近い声で彼は叫び、環を抱き込むようにして庇いながら床へと伏せる。

 その瞬間、一際不気味な光を、部屋全体に散りばめられた紋様が強く放った。



-*-*-*-*-*-*-



「カイリ、上手くやってるかなー……」

 唐突に、華奈が呟く。

 カイリと環が屋敷内部へ潜入してから十数分。

 胸ときめく偵察任務を環に譲りはしたものの、身を潜めて待っているだけというのは彼女にとっては相当退屈であった。

 現状それを紛らわすには、会話しかない。

 但し、状況柄声を潜めることに神経を注がなければならないのが、辛いところではあるが。

「……カイリなら不慣れなタマキが付いていても上手くやるだろう。何かあれば信号を送ってくる手筈になっている」

 少しくらい黙っていられないのかとパルスは呆れるも、一応律儀に応えてやる。

 だが、華奈は面白くなさそうな顔を彼に向けた。

「もー、そういうことじゃないのに。判ってないな、黒い人」

「何がだ」

「あたしが言ってるのは、カイリがこの二人っきりの状況を上手く活用してタマちゃんにアピールできてるのかな、ってことな訳ですよ」

「……こんな状況で何を考えているんだ」

「こんな時だからこその美学というやつなのだよ」

 やれやれ、これだから黒い人は。と、華奈はわざとらしく肩を竦める。

 パルスは相当苛付いたが、状況が状況なので何とか突っかかる事は思い留まった。

 そんな華奈の様子を見て、深冬が苦笑する。

「ハルちゃん、自分の色恋沙汰には相当鈍いくせに、人の事となると割と首を突っ込みたがるよね」

「自分は無いんだから、鈍いも何も無いと思うんだけど……」

 本気で言ってるの? と、深冬は怪訝な表情を華奈に向ける。

 と、どうやら多少興味を持ったらしいフラットが深冬の背後から会話に加わってきた。

「ミフユとしては、何かハルナの色恋で思い当たる節があるっていうこと?」

「えと、多分敵に捕まってる子達の中に、弥鷹っていう男の子がいるんだけど……ハルちゃんとタカ君は地元では有名な最強タッグで、凄く仲が良くて、傍から見てると恋人みたいなの。タカ君も絶対ハルちゃんのこと好きだと思うんだけどなぁ」

 そんな訳ないじゃん、と、華奈は一蹴する。

「この通り、ハルちゃんには全く自覚がないみたい」

 一瞬でタカ君とやらの気持ちを否定した華奈にフラットは苦笑するが、なかなか面白いネタを仕入れたと内心では思った。

 ちらりと、彼はパルスを見る。

 パルスにも今の会話は聞こえていた筈だが、彼はじっと屋敷内の気配を探ることに集中しているようだった。

 多少わざとらしいことに、フラットはばっちり気付いていたが。

 後でからかうネタに使えるだろうとパルスにとっては不吉なことを考え、フラットは気付かない振りをする。

 それより、と、彼は深冬にだけ聞こえる程度の小声で言った。

「ミフユにもそういう人、居るの?」

「えっ!?」

 自分にとっては不意打ちのような質問に、深冬は思わず赤面する。

「そ、そんなの居ないよ! 私なんて普段は学校と部活以外はスーパーに行ったり、家事とかで遊んでる時間もあんまり無かったしっ」

 わたわたと何故か慌てる深冬の可愛らしさに、フラットは目を細めた。

「そっか。ブカツって何?」

「えと、学校で勉強が終わった後に、同じ趣味を持った人達で集まってやる課外活動みたいなものだよ。私も、ハルちゃんも、たまちゃんも……捕まってる子達も、同じ部活に入ってたの」

「へぇ。じゃあ、スーパーは?」

「お店だよ。食品とか、雑貨とか、色んなものが売ってる大きなお店」

「それは興味あるな。ところでミフユは家事とかするんだ?」

「う、うん。両親が遅くまで仕事だから、妹と弟と手分けして色々。何故か炊事だけはやらせて貰えないけど……」

「家庭的なんだね」

「そ、そうかな」

 会話をしているうちに突発的な質問に対する焦りは収まるが、同時に、深冬は頭に何か温かいものが乗せられていることに気付く。

 それはフラットの手だった。

 優しげな笑みを浮かべる彼の手が、いつの間にか深冬の頭を撫でている。

(わ、私、そんなに撫でやすい頭してるかな……)

 何処となく見当違いな考えを浮かべるも、撫でられることに悪い気はしないので、深冬は彼の手を退けなかった。

 むしろ。

(……気持ち良い、かも)

 うっとりとした表情を、彼女は浮かべる。

 長女として常に相応しい態度を求められ、甘やかされることがあまり無かったからなのかも知れない。と、彼女は自分なりに己の心境を分析した。


 その時。

 屋敷の内部全体が、赤と青の混ざった昏く不気味な光で満たされる。

 4人全員が同時に、不気味な光を讃える屋敷を見上げた。

 途端に空気が張り詰め、嫌な気配が爆発的に膨れ上がっていく。

 光は数秒で収まったが、そうして露になった屋敷の内部は……数秒前までは無かった筈の、魔の気配で満たされていた。

 ……気配だけではない。

 肉眼ではっきりと、屋敷の廊下にひしめく数多い魔物の姿が確認できる。

 環とカイリの気配は二階の、華奈達の居る位置からは恐らく一番遠い場所。

 何故か屋敷の外へは出て来ない魔物達は、一心にその場所を目指しているかのようにして蠢く。

 それを認識した瞬間に二階の方から響いてくる、窓ガラスの割れるような音と、破壊音。

 4人は顔を見合わせることもせず、ほぼ同時に背丈よりも高い塀を越えて、屋敷の中へ突っ込んでいた。

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