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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
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1-1 ラーメンと胡椒と魔法陣

「うぃー、お疲れさーん」

「乾杯~!」


 日本某所にあるラーメン屋、“唯我独尊”。

 頑固だがひたむきであると名高い親父が営むその店内で何やらオッサンのような声を上げたのは、しかし、若い女性であった。

 いや、清涼感溢れる夏用の学生服を身に纏ったその女性は、少女と表現した方が正しいのであろう。

 少女5人、少年2人という組み合わせの揃いの学生服を着たその集団は、唯我独尊の店内隅のテーブル席(とは言っても店内にテーブル席は2つしか存在しないが)を陣取り、テンションも高く手に持ったグラスを打ち鳴らして乾杯なんぞをしていた。

 ちなみに付近の高校に通う学生である彼女らの持ったグラスの中身は、美味しいとは言い難い水道水である。

それでも何だかやたらと美味しそうに、先ほど一際オッサンくさい台詞を口走った少女はグラスの中身を一気に飲み干した。

「あぁー、このほのかに残る消毒薬の味が身体に染みるねぇ」

「ハルちゃん、おっさんくさいよ」

「華奈先輩は普段からしておっさんくさいですよ」

「ふふん、今日のあたしは何を言われようと動じないのですよ?」

 すかさず突っ込みを入れたのが小森深冬ささもりみふゆ、毒舌追撃したのが諏訪愛花すわまなかだ。

 深冬はゆるく波打つ長い髪を耳の後ろ辺りで2つに括った、小柄で可愛らしい少女。

 愛花は肩辺りまで伸びた真っすぐな髪と、きりっとした目元が印象的な少女である。

 ついでに、オッサンくさいのは青桐華奈あおぎりはるな。後ろでひとつに括った髪を魚の形をした大きなクリップで留めているのが特徴的だった。

「お前今日、Cの主旋律のところ音程ズレてただろ」

「何おぅ!?」

「……ぷっ、動じてやんの」

 あぁーしまったぁ! などと言いながら、華奈は頭を抱えて身悶える。

 短い髪をかるく立てさせている少年三鴨弥鷹みかもやたかは、簡単に引っ掛かった華奈を見て鼻で笑った。

「ねぇねぇそんなことよりさぁ、東高のファゴットの人格好良かったよねぇ」

 コショウ瓶を握り締めつつうっとりとした表情でそう言ったのは、肩より少し短い髪を外跳ねにした少女、春日彩瀬かすがあやせ

 彩瀬の言葉を聞いて、愛花はあからさまに眉を寄せた。

「あんなのただの優男じゃないですか」

「えぇー、良いじゃない格好良いんだし! ねぇハルちゃん!」

「あー、あたし優男には興味無いし」

「そんなぁ、みんな酷いよー」

 軽くあしらわれ、彩瀬は相変わらずコショウ瓶を握り締めつつ唇を尖らせる。

 その様子に苦笑を漏らした長髪の少年は、青木茅斗あおきかやと

 そしてそんな皆の様子を終始穏やかな表情で見ていた猫毛の少女が、蓮野環はすのたまきだった。


 彼女達の共通点は、同じ高校の吹奏楽部仲間であること。

 今日は地域振興の為の音楽祭(地域の合奏・合唱の団体、ゲストにプロの演奏家などを招いて行う)などという ものに召集されて演奏し、現在はその帰りである。

彼 女達は部の中でも外でも仲が良く、大会や演奏会の後にこうして唯我独尊へ集まり打ち上げをするのが、もはや恒例となっていた。

 特別に行事が無くとも、普段から頻繁に通ってはいるのだが。

 要するに、ラーメンが好きなのだ。

「オラよ、華奈、ラーメン運んでくれや」

「はいよー」

 親父さんに言われ、一番外側の席に座っていた華奈がラーメンを受け取りに席を立つ。

 慣れているのか、華奈はてきぱきとカウンター席に置かれていくラーメンを運び始めた。



-*-*-*-*-*-*-



 彼女達が唯我独尊を出たのは、それから約1時間後。

 夕刻で車通りも人通りも少ない道路に伸びた7人の影は、ラーメンを食べながら今日の出来事などで散々盛り上がったというのに、帰り道でもとりとめのない話に花を咲かせている。

 それもまた、いつものことであった。

「タマちゃんと茅斗先輩はこれから受験勉強大変だね」

 集団の先頭を歩いていた華奈が言うと、すぐ斜め後ろを歩いていた弥鷹が“受験”という単語に顔をしかめる。

 言葉を受けた環は、ふわりと柔らかく微笑んだ。

「もうそろそろ本腰を入れないと後で大変だから、仕方ないね」

 季節は、夏から秋への変わり目。

 夏の大きな大会も終わり、3年生である環と茅斗は今日の音楽祭をもって引退ということになっているので、それゆえの話題だ。

 厳密には冬にもうひとつ少人数参加制の大会があるのだが、彼女達の学校では、その大会は3年生は自由参加となっており、進学組である環と茅斗は参加を控えることになっている。

「受験かー」と言ってため息を吐き出したのは、一番後ろを歩いていた茅斗だ。

 その悲痛な様子に環以外の者は苦笑を漏らす。

「たまちゃんも茅斗先輩も大変だよね……ところで、茅斗先輩はどこを受けるか決まりました?」

「んー、まぁ、英文科があるところかな……」

 深冬の問いに、茅斗は苦笑交じりで答える。

 まだはっきりとは決まっていないようだが、このくらいの時期の受験生にはよくあることであろう。

 と、ふと気付いたようにして愛花が環を見る。

「そういえば、環先輩はどこを受けるんですか?」

「あれ? マナちゃん知らなかったっけ?」

 環の代わりに振り返って口を開いたのは華奈だ。

 愛花がこくりと頷くと、華奈は何故か誇らしげににんまりと笑う。

「良いですかマナちゃん。タマちゃんはですね、何と、医大を受けるのですよ!」

 えぇー!? と、何人かが驚愕の声を上げる。

 華奈・環と幼馴染で、そのことを知っていた深冬だけは、特に驚いた様子は無かった。

「医大って、凄ぇっすね……」

 勉強嫌いな弥鷹にとっては考えられないことらしく、酷く感心した様子だ。

「タマちゃんは頭良いからねぇ。両親とも医者だし」

「開業医だけれどね」

 やはり何故か誇らしげに言う華奈に、環が補足する。

 充分凄いよなぁ、と言ったのは、何故か哀愁を漂わせている茅斗だ。

 受験する大学すら決めかねている自分に半ば劣等感のようなものを感じているのかも知れない。

「医者かぁ……素敵」

 そんな茅斗を他所に、彼の隣を歩いていた彩瀬が、ぼそりと呟いた。

 うっとりとした表情を浮かべていた彼女は、突如覚醒したかのようにはっとして環を見る。

「環先輩っ、大学に格好良い人がいたら紹介してくださいねっ!?」

 その言葉に一瞬全員がきょとんとしたが、直後、環は柔らかい笑みを。深冬と茅斗は苦笑を、そしてそれ以外の者は呆れ顔を浮かべた。

「アヤちゃん、あんたそればっかりですな」

 半眼で彩瀬を見ながら、華奈が言う。

 彩瀬は可愛らしく頬を膨らませた。

「えー、良いでしょこれくらい! ていうか、格好良い男の子に興味無いハルちゃんの方が変だよ!」

 必死で訴えかける彩瀬だが、華奈は「あー、はいはい」などと言って軽くあしらっている。

 と、苦笑のままその様子を見ていた茅斗が、彩瀬の手に握られているものに気が付いた。

「春日、それ」

「ん?」

 茅斗に言われ、彼が指差す先……自分の手に、彩瀬の視線が移る。

 その手に握られていたのは、唯我独尊のコショウ瓶。

「あ……」

 彩瀬が呆けたような声を出すと、華奈と弥鷹が同時に吹き出した。

「何、アヤちゃん、コショウ持ってきちゃったの!?」

「そういや今日ずっと握りっぱなしだったもんな! そんなに気に入ったのかよ!」

「うっ……だ、だって、この瓶握り心地が良いんだもん!」

 堪え切れずに爆笑している華奈と弥鷹に、彩瀬は何だか良く判らない言い訳をする。

 ひとしきり笑うと、華奈は「全くしょうがないなぁ」と言って彩瀬の隣まで数歩、引き返した。

「さて。では、コショウを返しに行って参りますか?」

「ハルちゃん、一緒に行ってくれるの?」

「まぁ当然でしょう」

 華奈がにんまりと笑って言うと、彩瀬は心底嬉しそうな顔をする。

「というか、ここは全員で進軍でしょう」

 続けて言った華奈の言葉に異論を唱える者はいなかった。


 ――しかし。

 全員で唯我独尊への道を戻ろうとした、その時だった。


 突然華奈と彩瀬の足元から真っ白い光が噴き出し、2人の行く手を阻む。

 あまりにも奇怪な現象に2人は声を上げることすら出来ず、目を剥いたまま後ずさりした。

 自分達の身長よりも高く噴き出す光。

 触れて熱かった訳ではないが、何となく、近付くのは危険な気がする。

 そもそも何の変哲もないアスファルトがこのように光を噴き出す筈など無いのだ。

「はっ……ハルちゃん、何これ!」

「あ、あたしに聞かれても……!」

 後ろから避難してきた深冬にしがみ付かれ、華奈は振り返る。

 すると、自分達が光に取り囲まれているということに気が付いた。

 警戒して全員で固まっている場所を中心として、彼女達を取り囲む、半径2メートルくらいの円状の光の柱。

 歩道を挟んで右側は空き地、左側は道路である為に、自分達の他に巻き込まれている者は居ない。それだけが幸いだと、このような状況であるにも関わらず何人かが思った。

 日常ではありえない現象に、華奈の心臓が煩く脈打ち、夏の暑さのせいではない汗が一筋、首筋を流れていく。

 例えば不良やチンピラに取り囲まれたなどというのなら、弥鷹と2人で撃退してみせる自信が華奈にはある。

だがこんな時は一体どうすれば良い?

 こんな非日常への対処法など、華奈には判らない。

 もどかしさに奥歯を噛み締めると、あざ笑うかのように光が一層輝きを増した。更には外側から彼女達の方へ、何か複雑な模様や文字のようなものを描きながら細い光が迫ってくる。

 彩瀬は気味悪そうに悲鳴を上げるが、こんな時に何だが綺麗だな畜生、などと、華奈は思っていた。

 やがて足元の地面全てが光の模様や文字に埋め尽くされる。

 魔法陣、などという単語が脳裏をよぎったのは、RPGゲーマーである茅斗と愛花だけだった。


 魔法陣は一際眩く輝きを放つと、地面側からゆったりと掻き消えていく。

 その場所に日常が戻った時には、そこに居た筈の7人の姿は無かった。

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