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A.G.O.  作者: エシナ
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3-2 望まれぬ支配者

 ヴァレンティーネを発ってから、ちょうど5日。

 乾いた砂塵の舞う華奈達の視界の先に、ようやく建物らしきものが見え始めた。

 発ってからしばらくは風景を楽しめる程度の自然の姿を見ることが出来たが、ここ2日間は整備された道も途切れ、見渡す限りが地の色とも言えぬ安っぽい黄土色の大地と砂ばかり。

 砂漠でも広がっているのかと何人かは思ったがそうではなく、どちらかと言うと、乾燥し草木すら枯れた荒野という雰囲気だった。

「おっ、街発見」

 楽しむべく風景も無くそろそろ暇の境地であった華奈は、砂で霞む建物の集合を発見して気分を盛り上げる。

 暑くはないが乾燥が酷い気候にげんなりしていた深冬も顔を上げて表情を明るくした。

「歩いた距離を考えると、あれがヘザーベアネスなのかなぁ」

「そのようですね」

 誰にとも言えぬ深冬の問いに、カイリが迷いなく答える。

 真っすぐにどこか一点を見ながら答えるその様子は、ヴァレンティーネの時の深冬と雰囲気が似ていた。

 彼に加護を与える精霊が封じられているのであろうことを、全員が確信する。




 華奈達は街の目の前へと辿り着いた。

 木製のアーチ状の大きな看板に、ヘザーベアネスの名が記されている。

 遠目で見た限りヴァレンティーネの倍以上はありそうな大きなこの街の、入り口ということなのだろう。

 ……が。

「何か、寂れてるね」

 ぐるりと街を見渡しながら、華奈がぽつりと漏らす。

 しかし正直、全員が同意見であった。

 ヴァレンティーネも精霊を解放する前は何となくどんよりしていて活気が無かったが、未だ街の入り口とはいえ、一人として人間の姿が確認できない。

 不振に思いながらも、華奈達はどことなく西部劇を思わせる雰囲気の街の中へと足を踏み入れた。

「カイリ、何か感じるか?」

「いえ……微かに、精霊の気配らしきものは感じますが、弱くて判り辛いですね」

「こうも人が居ないと、情報収集しようにもどうしようもないな」

 歩きながら、どうしたものかと一同は首を捻る。

 正確には人の気配がないのでは無く、気配はあるが建物の中から出てこようとしないのだ。

 中にはこちらの様子を伺うようなものもある。

 それに加え、街全体の空気が張り詰めているような雰囲気で、不快だった。

 情報収集ねぇ、と、華奈は口の中で呟き、とある看板を発見してぽんと手を打ち鳴らす。

「展開としてはベタですが、あそこなら何かしら聞けるんじゃないですかね皆さん」

 華奈が首で示唆した方向を全員が見ると、酒場と書かれた建物があった。

 確かに静かだが中から人の気配もするし、何かしらの情報は聞けるかも知れない。

「食事も出来るかも知れないね」

「そういえば、お腹空いたね」

 そろそろ昼食の時間であることに気付いた環が言うと、深冬が可愛らしく俯いてお腹を押さえた。

 朝はパンに乾燥肉や果物を挟んだ簡単なものをつまんだだけであるし、確かに食事も取っておきたい。

「おし、お昼ごはんがてら情報収集で決定だ!」

「情報収集の方が重要だがな」

「細かいこと気にしてるとハゲますよ、黒い人」

 いつもの言い合いを聞きながら一同は酒場へと近付き、先頭であった華奈が腰から胸の高さ辺りまでの木製の観音開き戸を勢いよく開いた。


 静かだった店内に蝶番の軋む音が酷く響く。

 まるで隠れるかのように静かに酒を煽っていた数名の客達は、突然現れた賑やかなものにぎょっとして入り口の方を見るが、すぐさま視線を逸らして手元のグラスの中身を煽ることに集中し始めた。

 ……いや。

 グラスを煽る振りをして、彼らは華奈達を気にしている。

 歓迎されていないのか、やはり漂ってくる張り詰めた空気。

 そんな異様な雰囲気に気付きながらも、華奈達は周囲の空気など完全無視を決め込んでずかずかとカウンターの方へ近付いていった。

「い……いらっしゃいませ」

 6人で並んでカウンター席に座ると、少々戸惑いを含んだ声が掛けられる。

 カウンターの内側に立っていたウエイトレス風の若い女性だった。

「こんにちは。ここは食事は出来ますか」

「は、はい」

「では、適当にお勧めのものを6名分頼みます」

「畏まりました……」

 フラットが頼むと、女性はすぐ近くに立っていた店主らしき厳つい中年男性へ目配せする。

 特に言葉を交わすことなく、店主は料理の準備に取り掛かり始めた。

 店主が料理をする音だけが響く中、華奈達は視線で店内の様子を探る。

 一部が二階建てになっている店内は広く、一階にも二階にもちらほらと人の姿があった。

 華奈達と店主達を除いて十名程度か。

 ただ、昼間からそれなりに人が居るというのに、その誰もが薄暗い雰囲気を纏い口を閉ざしているというのが本当に異様だった。

 ひとつのテーブルに向かい合い座っている者達でさえ言葉を交わす兆候すら無い。

 まるで意図的に物音を立てないようにしているかのような……

 そんな考えに行き着いた頃、ことりと控えめな音を立てて華奈達の前に水の入ったグラスが置かれる。

 どうも、と華奈が小さく礼を言うと、グラスを運んでくれたウエイトレスは微かに微笑み返してくれた。

「ねえ、お姉さん」

 カウンターの内側へ戻ろうとする女性を、華奈は呼び止める。

「あたし達、見ての通り旅の者なんですけどね。精霊に縁のある場所を転々と歩いてるんだ。で、この辺にそれらしき場所があるって聞いたんだけど、何か知ってる?」

「精霊、ですか……」

 女性は両手でトレイを握り締め、何事かを逡巡した。

 読み切れないが、華奈の突発的な質問自体に困っているのではなく、どう答えればいいかを迷っているという雰囲気。

「何でまた、そんな旅をしてるんだ」

 女性の様子を伺っていると、カウンターの内側から声が掛けられる。

 声の主は店主で、筋骨隆々の厳つい出で立ちによく似合う低くて渋いものだった。

「ど、道楽で」

 華奈はとっさにそう答える。

 ふたつ隣に座る黒い人が呆れたように小さくため息を吐いた。

 道楽ねぇ、と口の中で呟きながら、店主は小気味の良い音を立てる手元のフライパンに視線を落とす。

「確かにこの街は精霊の守護を受ける街として賑わっていた。縁と言うかどうかは知らんが、守人なんてのも居てな。潤沢な恵みを与えてくれるこの土地を統治し、守ってくれていたさ」

「潤沢な恵み……?」

 思わず、フラットは聞き返した。

 ここは方角を見失う程のだだっ広い荒野のような大地に囲まれた街だ。

 街の中は少しはましなのかと思いきや、周囲と変わらぬ枯れた土地の上にただ建物が建っているような状態である。

 失礼ながら“潤沢”や“恵み”などといった単語と縁があるようには思えなかった。

 精霊が封じられた影響ということか。

「……ここに来るまでに少しは街ん中を歩いただろう。今はこんな状態だ。悪いこた言わねえから、飯食ったらさっさと街を出て別んとこに行くことをお勧めするよ」

「さっさと街を出なきゃならない理由でもあるんですかね?」

 フラットの問いには答えることなく言い放たれた店主の言葉に、華奈が切り込んだ。

 店主は答えない。

 だが、ウエイトレスの女性やこちらの話が聞こえていたであろう客達がぎくりとしたのを、華奈達は見逃さなかった。

 ……荒廃以外にも何か良くないことが、この街に起こっているのだ。

 じっと店主を見据えるが、店主は淡々と料理をこなすだけ。

 店内の別の者に答えを求めたところで、どうも返答を期待出来なさそうなご様子だ。

 余所者に介入して欲しく無いのか、それとも厄介事に巻き込みたく無いと思ってくれているのか……

 後者で、かつ精霊が絡んでいるのであれば華奈達が介入し手助けをする余地もあるが、前者であれば全くの余所者である華奈達が関わるべきではない。

 今のところ判断がつかないうえに問題の内容が判らないので、どう出たら良いものか判断がつかなかった。

 とは言え、店主の言葉通りすぐにこの街を去ることなど出来はしない。

 一同が各々の考えを巡らせていると、カウンターから逞しい腕が伸びてきた。

 店主のものである炭鉱夫を思わせる厳ついその腕は、華奈達の目の前に料理の載った皿を置く。

 大きな皿に山盛りにされた美味しそうなパスタ料理は、店主が作ったとは思えないほど見た目も美しかった。

 一瞬、店主と目が合うが、店主はすぐに腕を引っ込めて次の料理に取り掛かってしまう。

「ひとまず、腹ごしらえしましょう?」

 全員が難しい顔をする中、ふわりと微笑みながら環が言った。

 確かに幾ら考え込んだところで事態は発展しない。

 ふっと、全員が肩の力を抜き、環の意見に賛成することにした。


 その時だ。

 店内の人間全員が、異常に気付いて一点を見た。

 店の外、そう遠くない場所から聞こえてくる怒声と悲鳴。

 街の問題というやつなのか、それとも単に突発的な諍い事か。

 探る為に、パルスは店内を見渡した。

 店内の者達は明らかにその異常に気付いている筈であるのに、一向に何か行動を起こす気配を見せない。

 無関心ということか、厄介事には関わらない主義なのか。


 ……いや。

 異常を憂苦する客達の表情、トレイを握り締め今にも泣き出しそうなウエイトレス、握る力を込めすぎて血管が浮き出ている店主の震える拳。

 これは、行動を起こさない者達ではない。

 何かに抑圧され、起こせない者達だ。


 だが。

 街の者達がどうであれ、自分達は余所者。

 街人達を抑圧する何かなど知ったことではない。

 6人は顔を見合わせると、店主が制止する声を掛ける隙すらない速度で店を飛び出した。




 腹を押さえ乾いた地面にうずくまる初老の男性。

 男性を見下ろす厭わしい視線と、小さく響く下卑た笑い声。

 脂汗を浮かべ苦しそうに呻く男性に更に容赦の無い蹴りが見舞われそうになり、直前、若い女性が男性を庇うようにして蹴りの前へ躍り出た。

 がたがたと震え今にも涙が溢れそうな若い女性は、蹴りが寸前で止められるとその場にくず折れ、地面を這ってすぐ後ろにいた男性を隠すように覆い被さる。

 下卑た笑いを深める5名ほどの集団。中心にいる厭わしい視線と蹴りの主である中年の男は、やれやれとわざとらしく肩を竦めた。

「何のつもりだ、娘」

「ちっ……父は、身体があまり丈夫ではなく……これ以上は命に、関わります……ど、どうか、お止めください……!」

 恐怖に震えながら、必死で、搾り出すような声で、女性は請う。

「だが、お前の父はこの地を統治する私に対する感謝を忘れ、先週から上納を怠っている。それ以外のもので誠意を見せて貰うには……まあ、命を差し出せとまでは言わんが、それなりの処罰は必要だろう?」

「どうか……どうかお許しを……」

「そうだなぁ」

 逐一演技がかった所作で、頭の薄い中年男は悩む素振りを見せ……にんまりと笑った。

「私も鬼ではないしな。他に何かしらの形で誠意を見せるというのなら、お前の父のことは不問としよう」

「でっ、ですが、家には他に払えるものなど」

「娘、お前がしばらくの間我が屋敷に仕えれば良い」

 びくりと、女性は震え、殊更青ざめる。

 女性に庇われ声すら出せず蹲る父親も、痛みの所為ではないものに震えた。

 こうしてこの中年男……ロドリグに連れて行かれる女性の行く末を、街人達は知っている。

 建物の中に身を潜め親子の顛末を見守る街人達は、皆一様に眉を顰め、悲しみや苦しみや怒りに耐えた。


 ロドリグの横暴な振る舞いにひたすら耐え、真の統治者を待つ。

 例え誰がどのような目に遭おうとも、己の身を守ることを優先する。


 一月ほど前、誰もに慕われていた統治者が忽然と姿を消し、ロドリグがこのような振る舞いをするようになってから、街を守る為に人々が交わした協定だった。

 街人達とて、初めからただ黙って見ていた訳ではない。

 理不尽を訴え、結集し、何を言おうと横暴な振る舞いを止めないロドリグを街から排除しようと動いた。

 だが、ロドリグに対抗した者達は悉く力により淘汰され、再起不能に陥った者すら存在する。

 本来、街を正しく導く者のみに持つことを許された力。

 人を傷付け、私欲を満たす為に与えられたものでは決して無い筈の力。

 何故このような者が力を持ってしまったのか。

 呪ったところで事態が好転することなど無く、対抗する術を持たぬ街人達には、真の統治者の帰還を信じてただ耐えることしか選択肢が残されていなかった。

 ……抗する力さえあれば、このような理不尽を許しはしないのに。

 誰が何度そう思ったか知れない。

 けれども顛末を見守る人々は、心の中でその言葉を何度も何度も繰り返す。


 祈りのようなその言葉が、通じたか。

 女性が己を諦め静かに涙を流したその時、疾風のような何かが、ロドリグ達に向かって突っ込んできた。

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