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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅱ.The town which withered
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2-7 増えてゆく、その理由

 ホリスの号令で神殿内や街の方からぞわぞわと人が集まり(どうやらホリスは位の高い神官だったらしい)、宴の準備らしきものは瞬く間に整えられた。

 街の様子を見たらすぐに旅立つつもりであったのに、断る隙もない。

 しかも、ホリスの恐怖と勢いに圧されている間に神官達が現れ深冬を何処かにさらっていってしまったので、逃げるに逃げられないという状況。

 夕刻も過ぎ薄暗くなってきてしまったこともあり、華奈達は今晩この街に滞在する覚悟を決めざるを得なかった。




 そうと決まれば、華奈の気持ちの切り替えは早い。

 華奈は神殿を中心に立食パーティー会場のような感じに装いを変えた街の通りを、皿とマイ箸(第三世界に箸が無いので旅の途中で作った)を手に一人ふらふらしていた。

 正確には、視界に捉えられる範囲内に、さらわれた深冬以外の者……環も騎士達もいる。

 彼らも各々興味のあるものを見たり、街人達と話しがてら情報収集をしたりしているので、華奈は華奈でこうして食指の動かされるまま、並べられた色とりどりの食べ物を物色しているという訳だ。

 現在、このヴァレンティーネの中心にある大きな通りは、あちらからもこちらからも美味しそうな臭いが漂い、街人達の明るい会話や笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。

 白と青の街並に取り戻された、澄みきった水の流れ。活気。

 良い光景だな、と。華奈は自然と笑顔になって、上機嫌で美味しい料理探しを再開した。

 だが、ふいに、団子の串焼きのようなものに手を掛けたところで何かの気配に気付き、振り返る。

 ……拝まれていた。

 だいぶご年配のおじいさんが、跪いて何事かをぶつぶつと呟きながら華奈を拝んでいる。

 先程から街人達に何度か感謝の声は掛けられていたが、拝まれたのは流石に人生初体験だった。

「あの、おじいさん、あたしは通りすがりの女子高生でして神でも仏でもありませんので……」

 華奈の言葉の意味が判らなかった老人は首を傾げ、拝むのを止めて立ち上がる。

 老人は握手を求めてきたので、華奈は少々照れながら右手を差し出した。

 団子を持ったままだったことに気付いて、しまった、と思うも、老人は気にする風も無く団子を持ったままの手を両手で握り、嬉しそうに皺だらけの顔をくしゃくしゃにしてその手を上下に振る。

「いやあ、ありがとうなぁ。こうして催しが出来たのも、あんたらが街を元に戻してくれたお陰だぁ」

「も、催し?」

「んだぁ。降霊祭ってな、こうした精霊様の神殿がある街じゃあ恒例の行事なんだがな。本当は十日前にやる予定だったんだが、街もこんな状態で神官様も行方不明ってんで、祭どころじゃなかったかんなぁ」

 なるほど、と、華奈は思った。

 突発的な宴にしてはやたらと準備が早いなと思っていたが、中止になっていた催しの準備があらかじめしてあったということなら頷ける。

「ワシの孫も神官様と同じ頃に行方不明になっちまってなぁ。祭を見せてやりたかったが……街が元に戻っただけでも有難い話だかんなぁ。本当に、ありがとうなぁ」

 華奈は一瞬目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、左手に持っていた皿をずいっと老人に差し出した。

 美味しそうな料理が盛られたその皿を、老人は不思議そうに目を瞬かせながら受け取る。

 老人の皺だらけの目尻には微かに涙が浮かんでいた。

 ……老人には、自覚は無いようであったが。

「まあまあ、美味しい料理でも食べて待っててくださいって! 絶対に、孫も帰ってくるから」

「……ああ、本当に、ありがとうなぁ」

 老人は受け取った皿を両手でしっかりと握って、更に目元に皺を刻んだ表情で頭を下げる。

 華奈は励ますかのように老人の肩を叩いてからその場を去った。

 団子を片手に、華奈は何となく周囲を見渡してみる。

 環も、騎士達も、皆が同じように街人達に感謝の言葉らしきものを掛けられている様子が視界に入ってきた。

 思わず笑みが零れる。

 その様子を視界に収めたままふらふらしていると、何か黒いものにぶつかった。

「ぶはっ」

 我ながら可愛げの無い声が出たなと思いながら、華奈はぶつかってしまったものを見上げ……思わず顔を顰める。

「何だお前か」

「こっちの台詞ですが」

 黒い物体の正体はパルスだった。

 彼も華奈を見下ろしながら、同じように顔を顰めている。

 これはもう戦闘開始するしかなかった。

「ぶつかってきておいて随分な言い草だな。そのうえ今日二回目か」

「漢なら衝突されたくらいでぐだぐだ言わないで頂けますか。先程も含めてドウモスミマセンデシタ」

「ついでのように謝られても誠意を感じないな。大体団子片手に気味の悪い笑いを浮かべて余所見なんぞしながら歩いてるからぶつかるんだろう」

「団子は関係ないでしょ団子は。しかも気味悪いとは何だね乙女に向かって。折角今後について想いを馳せていたというのに台無しだわ」

「ほう、何を馳せていたって?」

 むっとして華奈は何事か言い返してやろうと構えるが、嬉しそうな街人達と対話をしている環達が視界に入り、再び、笑みを零す。

「何ていうかさ、本当に、旅をする理由が増えていくな……って、思っていた訳ですよ」

 ふふっ、と嬉しそうに笑う華奈を見て、パルスは戦闘態勢を解いた。

 彼は傍目では判らない程度に微かに表情を緩めて、華奈の頭にぽすんと手を置く。

 華奈は怪訝そうに首を傾げ、パルスを見上げた。


 その時。

 神殿の方向から、ざわめきが広がってきた。

 一体何事かと、華奈達はそちらを見る。

「おっ、深冬だ」

 ちょっとばかり跳躍して神殿の方を見ると、ざわめきの中心にいるのが深冬だということが確認できた。

 本日の宴の主役登場といったところか。

 ひとまずアノ神官に冥府へ連れて行かれたとかでは無くて良かったと、華奈は思う。

 華奈は団子を持った手を振りながら、環の方へ駆けていった。

「タマちゃん、深冬が出てきた! なんか変な服着てたかも」

「へえ、面白そうだね。前に行ってみようか」

「うん」

 華奈と環は人だかりの出来始めた神殿の方へと向かっていく。

 騎士達も華奈達や街人達の流れに従い、そちらへと進んでいった。


 人の波に多少揉まれながらも、華奈達はだいぶ前の方に出る。

 深冬の表情がようやく確認出来る程度の距離だった。

 神殿の前に仮設置された祭壇の上に立つ深冬の隣では、ホリスが相変わらず訳の判らない動きをしながら此度街を救って頂き精霊の加護を受けた云々などと何事かを熱く語っている。

それは華奈の脳にはホラー映像としてしか認識されなかったが、感動の所為なのか慣れている所為なのか、ホリス の様相に対して目を逸らしたり引いたりなどの素振りを見せる街人は全く居ない。ある意味凄い光景だなと、華奈は心の中で思った。

 そんな中、ホリスの若干後ろに視線を走らせる。

 何人かの頭を垂れた神官達に取り囲まれて立つ深冬は。

 ……やたらと疲弊していた。

 その背後に、どんよりとした影を背負っているようにすら見える。

 あれだけホリス被害を受けてその後攫われまでしたのだから、仕方の無い事なのかも知れなかった。

 攫われた後に何をされたのかは不明だが、その間ずっとホリスと共にいたというのなら、尚更……

 気の毒に、と、華奈が団子を持ったままの手を合掌すると、深冬の疲れ切って濁った目をぎろりと向けられる。

 目は訴えていた。この野郎後で覚えていやがれと。

 いや、あたしだけが深冬を助けられなかった訳じゃない。あたしだけの所為じゃない筈だと華奈は訴え返してみるが、八つ当たり全開の深冬には受け入れて貰えなかった。

 彼女がこの後合流した時のことを思い、華奈ががっくりと肩を落とした丁度その頃。ホリスの熱い演説が終わる。

 今度こそ体力を使い果たして今にも冥府の住人の仲間入りをしそうなホリスと入れ替わりに、深冬が前へ出た。

 流石にあからさまな疲弊の雰囲気を取り払った深冬は、祭壇の中心で照れながら街人達に礼をすると、すうっと、息を吸い込むようにしてゆっくりと両手を広げる。

 すると、神殿前の大きな噴水の水、神殿を囲む堀を満たす水……街を巡る全ての水が飛沫となって舞い上がり、中空を踊った。

 頭上をゆっくりと飛び交う水飛沫は光源の判らない街灯や照明達に照らされ、光の中にいるような錯覚を覚える。

 深冬が恩寵を受ける存在であることを疑いようも無い光景。

 街に精霊の護りが戻ったことを疑いようも無い、美しい光景。

 街人達の歓喜の声が聞こえる中、華奈達は見入った。

 踊っていた水達はやがて元の場所へと静かに還っていく。

 幻想的な光景は終わりを告げ、街は普段の姿を取り戻す……筈が。

 周囲が突然静まり返った。

 不思議に思い華奈は周囲を見渡して、ぎょっとする。

 華奈達以外、街人達のほぼ全てが、深冬に向かって跪いていた。

 深冬はというと、驚きの余りなのか、微動だにせず呆然とその光景を見つめている。

「なんだか深冬ちゃんが神様みたいな扱いだねぇ」

「そ、そうだね……」

 謝意は充分伝わるが、こうまでされると流石に……

(引くわ)

 環のほのぼのとした言葉を聞きながら、何人かが心の中で呟いた。



-*-*-*-*-*-*-



 何度足を運んでも慣れぬ臭い。

 開けた空間に出る際に、臭いの所為で歪んでいた表情を元の艶麗なものに戻すと、ライラはヒールの音を高く響かせながら中心へと向かい、その場所に厳存する者へ言った。

「シュノヴァ。精霊の封印がひとつ解かれたわ」

「……判っている」

「判っているのなら何をそんなに悠長にしているの」

「そろそろお前が来る頃だろうと、思っていた」

 ライラの方を見もせずに、シュノヴァは告げる。

 彼の視線の先、魔方陣の中程には、赤黒い翼を持つ人型の魔物がいた。

 銀の剣を構えた魔物は、腕に何かを抱えている。

 ゆるやかに波打つ長いプラチナブロンドの髪に、白磁の肌、伏せられた瞳。

 気を失ってはいるようだったが、それは絶世のと言っても過言ではない程の、美しい人間の女性だった。

 魔物はその場所へと跪くと、立てた己の片膝の上に女性を横たえ、彼女の白い首筋に銀の剣を走らせる。

 無惨に切り裂かれた首筋からは赤い血が溢れ、傷口に宛がわれたままの剣を伝って忌まわしき床の上へと落ちていった。

 女性の血を受けて床が鈍く光る。

 血はまるで意志を持つかのように蠢き、何かの紋様を描きながら広がっていった。

 広い空間の床を埋め尽くす巨大な円陣。

 均等に六つの区画に分けられたそれは、各区画全てに複雑な紋様が描かれているが、そのどれもが完成していない。

 そのうちの一つ。青黒く鈍い光を放つ区画の二割程度を描いたところで、血の蠢きは止まった。

 あとほんの僅かで、青黒い区画が完成する。

 そのことを確認して目を細めると、シュノヴァはゆっくりと右腕を薙いだ。

 魔物が女性の首筋から剣を遠ざける。

 シュノヴァが女性の首筋の傷に沿うようにして指を這わせると、彼の指の動きに合わせ痛々しい首筋の傷は塞がっていったが……

 先程までは暖かみのあった女性の顔色は、完全に血の気を失い青白くなっていた。

「先日の不審な空間越え。あれは恐らく、魔の精霊の仕業だ。封印の間際に軽微な魔力を切り離し何をするかと思えば、封印を解除し得る程の力を持つ者を召喚したらしい」

「では、封印を解除したのはその……」

「第二の世界の者か、第一の世界の者か。どちらであろうと知ったことではないが、相当の加護を得ている存在であることは確かだ」

 そう言って初めて、シュノヴァはライラを振り返る。

 だがその心は、彼女を見てはいなかった。

「水の都市より未だ遠くは無い。捜し出して阻止し、その血を得る」

 暗に“行け”という意の含まれた言葉。

 ライラは返事もせずに勢い良く振り返り、出口へ向かう。

 その背に向けて、シュノヴァは言った。

「同時に空間越えをした者達を、彼の者と同じ場所へ捕えてあるのだったな」

「……ええ、そうよ」

 足を止め、ライラは答える。

 背中で、彼女はシュノヴァが微かに笑ったのを感じた。

「後程、挨拶にでも伺うことにしよう」

 ひくりとライラの眉が動く。

 それ以上の変化は見せずに、彼女は再び歩き出した。

「どうぞ、お好きなように」

 言いながら、彼女は空間を後にする。

 血生臭い場所を出て薄暗い通路に差し掛かると、彼女は思いきり顔を歪め、唇を噛んだ。



-*-*-*-*-*-*-



 宴の翌日、未だ朝靄の掛かる早朝。

 華奈達はヴァレンティーネを後にした。

 出立をこのような早朝にしたのは、皆が起き出してくる頃だと昨夜の勢いのまま大勢でお見送りなんぞをされかねないと危惧した為である。

 ホリスは是非そのようにしたかったようだが、朝っぱらから精神疲弊するのは避けたかったゆえ、強引に押し切った。

 それでも、ホリスを始め神殿の神官総出で、かつ起床の早い年配の方々数名がおまけについてきていたのだが。


 次の目的地、ヘザーベアネス。

 何人かが頭に叩き込んだ地図を思い描き、場所を反芻する。

 どうあっても地図を覚えることなど不可能な華奈は、道案内は他の人達に任せることを即決し、隣を歩く深冬を見た。

 昨日に引き続き、先程のこともよほど衝撃的だったのか、彼女は未だぼんやりとどこか遠くを見ている。

 見送りの際。

 その場に来た者全員が、昨夜同様、深冬に対し跪いていたのだ。

 そのうえ、彼女が軽く手を挙げれば立ち上がり、下げれば再び跪くという隷従っぷりである。

 お陰で危惧していた八つ当たりは来なかったが、流石に心配になって、華奈は深冬の顔の前でぴらぴらと手を振ってみた。

「おーい、深冬~?」

「……ハルちゃん」

 視線は遠くを見たままだが、反応が返ってきたことで華奈はほっとする。

 しかしそれも束の間。


「民草をひれ伏させるのって……こんなに気持ちの良いことだったんだね……」


 くすり。

 微かだが確かに響く、そこはかとなく黒い笑い声。

 華奈は思わず真顔で目を瞬いた。

 更に耳だけでなく目がおかしくなっているのか、深冬の表情が若干恍惚としているようにすら見える。

 まさか目覚めてしまったというのか、女王様的な何かに。


「あっ、何でもないよ、気にしないでね!」

 数瞬後、深冬は慌てて可愛らしく訂正するが、華奈と先程のやり取りが聞こえてしまっていたその他数名の心の中に植え付けられた恐怖を振り払うことは出来なかった。

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