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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅱ.The town which withered
11/37

2-1 水の都

「野宿って疲れるなー」

「何言ってるのハルちゃん。熟睡して寝言まで言ってたくせに」

「えぇっ!? 何て言ってたあたし!?」

「“ラーメン”って言っていたよね?」

「“らーめん”とは何ですか?」

「ラーメン。それはあたし達の世界の、至高の食べ物を指す単語である」

「至高って……ラーメンを買いかぶりすぎだよハルちゃん」

「いいや、ラーメンを侮るな」

「……所詮は食い気か」

「何か言ったかそこの黒いの」

 地図を手にしたフラットを先頭にして、華奈達は他愛の無い言葉を交わしながら美しく整備された道を行く。

 ちなみにこの地図、カヴェリーラの街を出る際に2人組の中年男性商人にしっかりと買わされた品である。

 商人達はなかなかの商売上手で、他にも出発の前日に買い揃えることの出来なかった寝具類や旅の必需品など、様々なものを買わされた。

 ストッパーの深冬が居なかったら、危なく更に色々と買わされていたところである。

 商人の口車に乗せられそうになる一同(主に華奈)に対し「それは、本当に、必要なの?」という半ば殺気の込められた彼女の言葉が、一体何度飛び出したことか。

 ……と、それはどうでも良い話であるが。


「そろそろ見えてくる頃でしょうか」

 地図を覗き込みながら、カイリが呟く。

 カヴェリーラを発って2日。

 歩いた距離を考えると、目標としているヴァレンティーネへ到着する頃合である。

「きっともうすぐだよ」

 何気ない口調で、深冬が言った。

 だがその言葉は強い確信の意を含んでいる。

 深冬曰く、ヴァレンティーネへと近付くにつれて、時折感じる彼女を呼ぶ気配が徐々に強くなってきているのだという。

 深冬へと加護を与える精霊がその近くへ封印されていて、助けを求めているのかも知れない。

 というのはフラットの言だが、言葉には出さずとも、全員が自然と同じ考えを抱いていた。

「見えてきたね」

 遠くに見え始めた街並に、環が目を細める。

 遠くゆえまだ霞んで見えるが、その街並は商人達から聞いたヴァレンティーネの特徴によく似ていた。




 白い石畳に、白と青を基調とした美しい建物の数々。

 美観を損ねないようにと整備された街並。

 街の至るところに設置された噴水からは常に澄んだ水が溢れ、街に隣接する湖セオフィラスは、神聖ささえ漂わせながら存在している。

 それが、聞いていたヴァレンティーネの特徴である……筈であった。


 街の入り口付近で、華奈達は思わず立ち尽くす。

「水の都……か」

 誰にも聞き取れぬような声音で、パルスがぽつりと呟いた。

 いや、パルス以外の者も、思わずそう口に出してしまいそうな心境であったに違いない。

 目の当たりにしたヴァレンティーネの、白と青の街並は確かに美しい。

 だが誇らしげに点在する噴水からは水など一滴も溢れておらず。

 更には、聞いた話によるとヴァレンティーネは観光の名所として常に静かな賑わいを見せている筈なのだが、街中からは活気というものが全く感じられなかった。

 ちらほらと見受けられる人影は街人か。その表情も、どことなく沈んでいるように見える。

 どうしたものか、と。

 誰もが思案していると、ふと、深冬が何処かへ向かって歩き出した。

「深冬?」

 華奈が呼び掛けるが、返事は無い。

 仕方なしに走って追い掛けてみると、深冬は珍しく厳しい表情を浮かべて何処か一点を見つめていた。

 視線の先が、彼女が目指している場所なのだろうか。

 尚も無言で足を進める深冬に、華奈達は続いた。




「何か夏の日照りで干上がりそうなあたしん家の近くの池みたいだ……」

 深冬が足を止めた先に広がっていた光景に、華奈は思わず呟いた。

 目の前にあるのはヴァレンティーネの観光名所のひとつである、街に隣接して存在する湖セオフィラス。

 ……の、筈なのだが。

 視界を埋め尽くすほどに広大なセオフィラスは、全くもって華奈の言葉通りの状況に陥っていた。

 全く水が無い、という訳ではないのだが、美しく神聖な湖面を湛えている筈のセオフィラスが枯渇寸前であるという事実は一見しただけで明らかである。

 これが、精霊が封印されることによってもたらされた影響なのだろうか。

 話に聞いた神聖な湖面を湛えていれば、さぞ美しい湖だったであろうに。

 枯れかけた湖を眺めながら、華奈達は眉根を寄せる。

「ミフユ、湖から何か感じる?」

 ここまで終始無言だった深冬は、フラットの言葉を受けて首を横に振った。

 湖からは、悲痛な気配しか感じない。

 この場所へと足を運んだのは、ただ、何となくここへ来なければならないような気がしたからだった。


 だが、ふと考える。

 精霊が封印された影響は第一世界にも必ず現れる、と、デルヴィスは言っていた。

 そうなった時に起こり得る状況を、精霊は自分達に見せたかったのではないだろうか。

 ……そして恐らくこれは、状況としてはまだ軽度な方だ。

 確信めいたその思いに、知らず、深冬は唇を引き結んでいた。


「ここに何もないとなると……どこへ行けば良いでしょうか」

「うーん……多分こっち、かな」

 悲痛な表情を湖へと向けたまま呟かれたカイリの言葉に応え、深冬は再び歩き出す。

 彼女の感覚は、未だ途切れた訳ではないようだ。

 その感覚を頼りに進むしか今は方法が無いゆえ、華奈達は再び深冬の後へ続いた。




 街の中でも一際大きく、そして美しい建物の前で、深冬はようやく足を止める。

 位置的には街のおよそ中心であろうその場所に鎮座する、円形の浅い堀に囲まれた建物。

 それを呆然と見上げる華奈達の脳裏には“教会”やら“神殿”やらといった単語が浮上していた。

 街の基調色である白の石壁に青の屋根という造りは清涼感を漂わせ、正面入口であろう観音開きの扉は青銅で造られ、程好く重厚さをも醸し出しているが、威圧感は無い。

 扉の上の方には、円形のステンドグラス。

 モチーフが何なのかは判らなかったが、描かれているのは女性だ。

 やはり青を中心に彩られ、美しく陽の光を反射するそれは、妙に華奈達の心を惹き付ける。

 だが。

 街の雰囲気と同様、やはりこの場所もどこか寂然としていた。

「ここに何かあるのか」

 全員が無言で建物を見上げるだけという状況を見かねてか、パルスが口を開く。

 深冬は口元に手を宛がい、首を傾げた。

「何かある……ような気はするんだけど、自信は無いかなぁ」

「んー、じゃあ、とりあえず入ってみる?」

 言いながら華奈は前へと歩み出て、閉ざされていた扉を軽く押し開いてみる。


 ……が。

 その瞬間目に入ったモノから視線を逸らし、再び扉を閉めた。


 中が見えなかったゆえ華奈の行動の意味が判らない他の者達は、不思議そうに首を傾げる。

「ハルナさん、どうしたんですか?」

「入るんじゃなかったのか」

「いや、駄目だ。ここに入っちゃ駄目だ」

 嫌な汗をだらだらと流した華奈は、ぶんぶんと首を横に振りながら後退してきた。

「な、何かあったのハルちゃん?」

「何かっていうか青白い物体っていうかあれに捕まったら呪われるっていうかえぇいもうとにかくここを離れ……」


 ギイイィ。


 と、華奈の言葉を遮るようにして内側から扉が開かれる。

 その、あまりにもホラーな音を立てたため思わず全員が注目してしまった、ようやく人が通れるか通れないか程度に開かれた扉の奥の暗闇からは。


 ……やたらと痙攣した青白い手が這い出てきた。


「「「!!!??」」」

 突如として襲い掛かってきた恐怖映像に声にならない声を上げ、華奈と深冬は凄まじい勢いで他の者の背後に避難する。

 盾にされたパルス・フラット・カイリも、思わず己の得物に手を掛けて身構えた。

 人間には為し得ないような動きで華奈達の方へ迫ってくる青白い手。

 軋んだ音を立て、ゆっくりと開かれていく扉。

 広がっていく暗闇の中に浮かび上がる、伸ばされた手よりも更に青白い死霊の顔。

 あぁーもう駄目だ呪われる、と、何人かがあまりの恐怖に諦めの境地へ立たされる。

 しかし。

「みんなどうしたの? この人、普通の人間だよ?」

 ふんわりといつもの微笑を湛えながら、環が言った。

「……はい?」

 思わず聞き返し、涙目になっていた華奈は恐る恐る盾にしていたパルスの後ろから顔を出してみる。

 ……が、扉の隙間から半分ほど出ているモノを見てやはり視線を逸らした。

 具合が悪いとかそういうレベルではない青白い肌。

 死んだ魚よりも淀んだ虚ろな眼差し。

 何だかやたらと痩せ細っている身体。

 一応人間の形をしているようには見えるが、アレのどの辺りが普通の人間なのかを激しく問い詰めたいと華奈は思う。

「こんにちは。お邪魔しています」

「……こんにちは。ようこそ」

 だが環は、ソレに対して平然と挨拶をしている。

 ソレも、(環を含め)初対面で相当失礼な態度を取られたというのに何だか普通に挨拶を返しているし。

 もしかしたら本当に普通の人間なのかも知れない。

 そう思い直して、華奈と深冬は逸らしていた視線を戻してみた。

「……参拝の方でしょうか」

 ずるずると半端に開いた扉の隙間から這い出ながら、その男性(?)は尋ねてくる。

 出来ることならば極力しゃきっと出てきて欲しかったが、自分達の態度も流石にアレだったので、華奈達はなるべく気にしないよう努めることにした。

 視界にさえ入れなければ、きっと怖くない。きっと。

「えぇと……私達はこの辺りに来るのは初めての旅の者です。ここは参拝をする場所なのですか?」

「ええ。ここは水の精霊を祀る神殿ですから」

 ようやく普段の冷静さを取り戻したフラットの質問に、男性は淡々と答える。

“精霊”という単語の出現に、華奈達の目の色が変わった。

 よくよく見れば、男性は(外見はホラーだが)涼やかな水色と白のローブに身を包んでいる。

 ここが精霊を祀る神殿だというのならば、この男性は神殿へ仕える神官なのかも知れなかった。

「現在は、まあ……街もこのような状態ですので神殿も閉鎖してしまっておりますが。

 ですが、遠くからいらっしゃったのでしょう。宜しければ中をご覧になって行かれますか?」

 物悲しげにそう言ってから。

 意外にも片手で力強く扉を押し開け、男性は華奈達を神殿の中へと招き入れる動作をする。

 華奈達は顔を見合わせて。

「良ければ、是非」

 そう答えると、男性の後に続いて神殿の中へと足を踏み入れた。


 神殿の中は広く、寂然としたその空間に足を踏み入れた者達の靴音を酷く反響させた。

「ふわ~……」

 ぽかんと口を開けて、華奈は高い高い天井を見上げる。

 外観と同様に神殿内部も白を基調とした造りで、天井は所々がステンドグラスになっていた。射し込む青い陽の光に、目を奪われずにはいられない。

 薄暗い神殿内を照らす唯一の照明であるその光は、どのような仕組みになっているのか、時折揺らめく。

 青い光の揺らめきは神殿内の白い壁に如実に描き出され、まるで、澄み渡った海の中にでもいるような気分にさせてくれた。

「綺麗」

 華奈と同様に天井を見上げた深冬が呟く。

 環も、パルス達も、声には出さずともその美しさに感心していることは明白だった。


 やがて、空間に反響していた靴音が止まる。

 先頭を歩いていた者が足を止めたのだ。

「どうです、美しいでしょう。この神殿は精霊の棲むと言われる湖セオフィラスを模して造られているのですよ」

 華奈達を神殿内へと招き入れてくれた男性神官は振り返り、微笑みながら解説してくれる。

 が、華奈と深冬はその微笑を直視できず、思わず目を逸らしてしまった。

 男性神官の顔がホラーゆえ微笑まれても恐怖しか感じない。

 更に異常に青白い顔が揺らめく青い光に照らし出されているものだから、2人にとっては殊更恐怖映像と化しているのだ。

 折角感動していた気分が台無しである。

「本当に、美しいですね」

 応えたのは、唯一平然としている環だ。

 こんなことで痛感するのも何だがタマちゃんは偉大だ、と、華奈は思う。

「そうでしょう。普段であれば毎日のように参拝の方々がいらっしゃって、賑わっているのですよ。しかし、先程も言いましたが現在は街がこのような状況ですし……

 神官長のシュゼット様も行方不明となってしまわれたので、閉鎖となってしまいました」

「行方不明?」

 男性神官の言葉に、フラットが喰らい付いた。

 パルスとカイリの目の色も変わる。急に険しくなった雰囲気に、華奈達は首を傾げた。

「ええ……街が枯れ始めた頃……10日ほど前からでしょうか。ヴァレンティーネで、行方不明者が続出するようになったのですよ。

 被害者はシュゼット様を始め、老若男女を問わず様々です。聞くところによると、ヴァレンティーネだけではなく世界規模で謎の行方不明者が続出しているとか。

 あなた方がどちらからいらっしゃったのかは判りませんが、そういった噂は?」

「いや」

「そうですか……」

 再び、神殿内に一人分の靴音が響く。

 華奈達が視線だけで男性神官の姿を追うと、彼は神殿の最奥、祭壇のある場所へと向かっているようだった。

 数段しかない階段を彼は上り、祭壇の中心にある水晶のような美しい球体に手を翳す。

 水晶は一瞬煌き、次の瞬間、己の上空の空間に何かを映し出した。

「うおぉ」

 華奈が思わず声を漏らす。

 映し出されたのは神殿の雰囲気に相応しい、絶世の、と言っても過言ではないほどに美しい女性であった。

 ゆるやかに波打つ長いプラチナブロンドの髪に、白磁の肌、神殿内を照らす青と同じ色の、伏し目がちだが大きな瞳。

 男性神官と似通った水色と白のローブも、彼女が纏っていると一層涼やかで、神々しくすら見える。

「……神官長の、シュゼット様です。念のためお聞きしますが、ここへいらっしゃる途中、このような方を見掛けたりなどは……」

「悪いが、見覚えはないな」

「こんな美人さん見掛けてたら、絶対に忘れないもんねぇ」

 一抹の望みを含んだ男性神官の問いを、パルス達は切り捨てた。

 事実見覚えが無いのだから、そう答えるほか仕方が無かった訳であるが。

「……そう、ですか……」

 男性神官の表情が、みるみるうちに沈んでいく。

 元が元なので、それはもう目を合わせたら呪い殺されんばかりの表情だ。

 だが、顔の恐ろしさは置いておくとして、主が突然姿を消してしまった不安と悲しみは相当のものであろうことは理解できる。

 気落ちする男性神官へどう声を掛けたものか、と。

 華奈達が思案していると、ぽつりと、彼が呟いた。

「あぁ、私のシュゼット……一体何処へ消えてしまったというんだ」

 全員が首を傾げる。

 今“私の”とか聞こえたような気がするが、幻聴であろうか、と。

「私の?」

 可愛らしく首を傾げたまま、環が問う。

 男性神官は水晶が映し出す映像を見上げたまま、のたまった。

「シュゼット様は……いえ、シュゼットは……

 私の、婚約者なのです」


「え、ええええぇえぇぇ!!?」


 華奈達は、それはもう目玉が飛び出さんばかりの勢いで驚いた。

 最も、環に限り“あらあらそれはとても素敵なことねぇ”といったごく普通の驚き方だったが。

「う、嘘だぁ」

 天上人のようなそれはもう美しい女性と冥界の住人のような男がどこをどう間違って婚約者なのか、と。

 俄かには信じ難かった華奈は、思わずそう漏らす。

 その言葉に激しく反応した男性神官はぐるりと首を廻らせて華奈を見た。

「嘘なものですか、失敬な! 私とシュゼットは神殿内公認の仲なのですよ!

“ホリスのそのいたたまれなさが好きよ”とはにかんだ笑顔で言ってくれた彼女の可愛らしさといったらそれはもう妖精か天上人かといったところです!

 えぇ、確かにいち神官と神官長とでは立場が違うということなど重々承知していますよ! けれど!! それでも良いのだと彼女は月夜の美しい晩に私の部屋のテラスで……」

 カクカクと訳の判らん動きをしながら、男性神官は祭壇上にて声高らかに演説を始める。

 ガンを飛ばされた(ように見えた)華奈は、環の後ろに避難して恐怖に打ち震えた。

「あらあら。はるちゃん、何か変なスイッチでも押しちゃったみたいだね」

「こ、怖い……あの人ひたすら怖いよ……」

「と、とりあえず、神官さんの名前はホリスさんっていうみたい」

「どうでも良い情報だな」

「あの様子だと婚約者というのも本当のようですね」

「それも割とどうでも良いかな……」

 演説が止まりそうもないゆえ、一同はひそひそとそんな会話をしながら数歩後退して避難する。

「てか、いたたまれなさが好きってどうなのよ……」

「シュゼットさんも結構アレな人なのかな」

「あら、身分違いの恋で結ばれたなんて、素敵じゃない?」

「身分どうこうという話ではなかったと思うが」

「人間って不思議な生きものですね」

「まあ、趣味嗜好は人それぞれだからね」

 好き勝手言いながら後退を続け、一同は神殿の出口付近へと辿り着いた。

 もういっそのこと放っておいてここを出てしまおうか、と、全員の心境が一致する。


 だが、ふと。

 先程のことが気になっていた華奈が、パルス達に向けて問い掛けた。

「そういえば。行方不明について、何か知ってるよね?」

 ぴくりと、彼らの表情が微かに強張ったのが判る。

「そう、だね……」

 答えはするものの、言い辛そうに濁される言葉。

「……パルス。フラット」

「ああ。今後協力してもらううえで、知っておいて貰った方が良いだろう。そもそも、その点で一番危険なのは俺達だ。だが……」

 ちらりと、パルスが祭壇上で未だ奇妙な動きと演説を続けるホリスへと視線を送ると、フラットとカイリが微かに頷く。

 釈然としない彼らの反応に華奈達は首を傾げるも、どうやら話して貰えない内容ではないらしいことは理解出来た。

 ただ、場所が悪いということか。

「じゃあ、とりあえずここを出ましょう」

 環の進言に全員が同意し、パルスが扉へと手を掛ける。

 その時。


「……っ!」

 深冬が頭を抱え込み、その場へとうずくまった。

 全員が深冬の元へと駆け寄る。

「ミフユ……」

 フラットの手を借りながら、深冬はふらふらと立ち上がった。

「来たんだね、電波が」

「うん。電波ではないけど、来たよ」

 片手で頭を押さえたまま、深冬はこくりと頷く。

 そして、今までで一番明確に伝わってきたイメージを反芻する為に、目を閉じた。

「セオフィラスを挟んで、少し向こう側。切り立った崖がある場所に、人の目に付かない洞窟があるの。

その一番奥に……精霊が、封印されてる」

 精錬された装飾品のような美しさで。

 けれども今にも崩れ落ちそうなほどの儚さをも含んで。

 洞穴の最奥、水晶の中で眠りに付く美しい精霊の姿が、深冬の脳裏にははっきりと見えている。

 悲痛なまでに助けを求め続ける様も、はっきりと伝わってくる。

 ゆっくりと、瞳を開いて。

「行こう」

 力強い口調で深冬は言った。

「……お待ちください」

 青銅の扉を押し開き進もうとする華奈達を、正気に戻ったらしいホリスが呼び止める。

 振り返ると、彼は神妙な面持ちでこちらを見据えていた。

「精霊、と。今、仰いましたね。あなた方は一体何を……」

 懐疑の眼差しを向けてくるホリスに、深冬は柔らかい笑みで返す。

 そして、一言だけ、彼に対して言葉を掛けた。

「大丈夫。街はきっと元に戻りますよ」

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